島流し300日目:探索*6
島流し300日目の朝は、よく晴れていた。澄み渡る空と、標高の高さ故の少々冷たい空気、そして爽やかな風を存分に味わって、マリーリアはアイアンゴーレム達に指示を出す。
「では、進軍」
にっこり笑って槍で指し示す先。それは、山の先、谷底にある街並みであり……その上空を飛び回るドラゴンである。
ドラゴンを倒すにあたって、マリーリアは時間を掛けるつもりが無い。一気に矢を射かけて、一気に落として、一気に仕留める。そのつもりだ。
……というよりは、そうしなければならないのだ。
ドラゴンと長時間に渡ってやり合おうものなら、間違いなく、こちらの損傷は避けられない。
何せ、ドラゴンだ。火を噴くし、飛ぶし、尻尾を振り回すし……手に負えない!そんな相手と延々と戦い続けるなど、正気の沙汰ではない!
ということで……マリーリアは、ドラゴンを引き付ける必要がある。ドラゴンが一直線にこちらへ向かってきて、こちらの手の内を知らない内にこちらの総攻撃を浴びるようにしなければならない。
のだが……。
「まあ、心配ないわよねえ」
山の上、谷を見下ろすそこに立てば、ドラゴンはすぐこちらに気付いて飛んでくる。
「こっち、光り物だもの。うふふふ」
……そう。ドラゴンは、光り物が好きである。金銀や宝石を巣に持ち帰り、大切に守ってしまう性質のある生き物である。
つまり……朝日にきらきらと煌めくアイアンゴーレムの群れは、ドラゴン垂涎の的なのである!
ドラゴンはこちらに気付いてすぐ、突っ込んできた。きらきら光るお宝を前に、すっかり気分が高揚しているらしい。
前回はここで『撤退!』と指示を出したものだが、今回はそうしない。マリーリアはにっこり笑って、片手を挙げた。
マリーリアの指示によって、ゴーレム達は黙って弓を構えた。木の棒を削って焼いて尖らせつつ硬化させただけの矢は、矢尻が無く光らないが故に、ドラゴンの注意を引かない。
完全に注意の外にある矢は、それでもドラゴンの方を向く。……そして。
「撃て!」
マリーリアの号令と共に、一斉に矢が放たれた。
矢は、主にドラゴンの翼を狙う。
ドラゴンの脅威は、やはり『手が届かない』というところであろう。逆に、一度地上に落としてしまえれば、後は寄ってたかって数の暴力を味わわせてやることができる。
……そういうわけで、アイアンゴーレム達が放った矢は、見事、ドラゴンの翼を射抜いていく。
ドラゴンの翼の皮膜は、薄いとはいえ、ドラゴンの皮。それなりに丈夫な代物であったが……それでも矢を一斉に10本以上受ければ、無傷では済まない。2本の内の1本が突き刺さるだけでも十分だ。翼に突き刺さったままの矢が、ドラゴンの飛行を十分に妨げてくれる。
「次!」
そして、ドラゴンがこの状況に警戒するより先にゴーレム達が動く。
ここ数日の訓練の成果は、矢を命中させることだけに出るわけではない。むしろ……『矢を射かけてから次の矢を射るまでの時間の短縮』こそ、訓練によって培われたものなのだ。
ギュッ、と、弓の弦が引き絞られる。そして、ドラゴンが射抜かれた翼で慌てて羽ばたくその真っただ中へ、また、矢が飛んでいくのだ。
「相手は混乱している!今のうちに撃て!」
マリーリアの声に鼓舞されるようにして、アイアンゴーレム達は次々に矢を放つ。その一方、ドラゴンは流石に、状況を理解しつつあった。混乱は消え、代わりに、怒りがその目に宿る。
……だが、怒ったところでどうにもならない。
ドラゴンの翼は、既に破れ傘の様相である。見て分かるほどに穴が開き、血が流れ、そして、幾本も突き刺さったままの矢がドラゴンを地面へ引きずり降ろそうとする。
矢が刺さったドラゴンは、まるで、虫ピンで展翅板に留め付けられた蝶のようであった。自由を失い、その尊厳までもを失うまいと吠えるが、吠えて怯える相手は居ない。
「そろそろ落ちてくるわね。ふふふ……」
そう。ここでドラゴンを狙っているのは、怯えなど知らぬゴーレム達。そして、肝が据わりに据わったマリーリア・オーディール・ティフォンなのだ!
「……槍の準備を」
にっこりと笑いながらも、マリーリアの目は鋭い。獲物を見つめる捕食者の目であった。
ドラゴンが吠える。
いよいよ飛ぶ力を失いつつあったドラゴンは、地上近くに垂れ下がった尻尾をアイアンゴーレム数体に掴まれて、いよいよ、地上へ引きずり降ろされたのである。
そこへ迫るのは、アイアンゴーレム達の槍。まるで容赦なく繰り出される槍は、ドラゴンの皮の比較的柔い部分を貫き、血を流させる。
こうなると最早、ドラゴンは尊厳を失うどころではない。ドラゴンは翼を永遠に失い、血を失い、そして、命までもを失おうとしているのだから!
……なりふり構わなくなったドラゴンは、ひゅ、と大きく息を吸い込んだ。なので、マリーリアはさっとその場を離れる。
すると、ドラゴンの真正面……そこに居たアイアンゴーレムを、ドラゴンの吐く炎が包み込む。
だが。
「あらぁ、無駄よ。だってそこに居るのは鋼鉄の戦士達ですもの」
ドラゴンの舌に、槍が突き刺さる。更にそのまま下顎を貫いて、地面まで一気に槍が貫いた。
……そう。アイアンゴーレムは、鉄でできているのだ。炎に晒され続ければ当然、いつかは熔けるだろうが……人間のように、炎を受けてすぐに死んでくれるようなものではないのである!
炎を吐いたドラゴンは、炎を吐くことで口腔という弱点を自ら晒すことになった。
そして、吐き出される炎をものともせず突っ込んでくるアイアンゴーレム達によって、ドラゴンはいよいよ、どうすることもできなくなった。
いよいよ自らの死を悟ったのであろうドラゴンは、大きく尾を振り回してアイアンゴーレムを弾き飛ばそうとする。だが、鉄の塊を殴りつければ、痛むのはドラゴンの尾の方だ。アイアンゴーレムは、ごろん、とその場に転ぶことはあっても、人間のように潰れてひしゃげてはくれないのだ。
咆哮を上げ、ドラゴンは暴れた。最後の悪あがき、というような暴れ方に、地面が揺れる。
これには流石に、アイアンゴーレム達も転んだり、弾かれたりと動きを止める。
ドラゴンはこれを唯一の機と見たのだろう。必死に暴れ、下顎を縫い留める槍を折って、そのままマリーリアの居る方へと突進して……。
……だが。
「大人しくなさいな」
そこでマリーリアの弩が、その弦を鳴らしたのだ。
「あら。私も中々やるじゃない。うふふふふ」
マリーリアが放った矢は、ドラゴンの目を貫いていた。マリーリアはにっこり笑って、槍を手に取る。
「今夜はお祝いだわぁー」
そして、にっこり笑ったマリーリアの手から繰り出された槍が、深々と、ドラゴンの眼窩に突き刺さり……その奥の脳髄を、見事に破壊したのだった。
さて。その日の夕方。
「じゃあ、ドラゴンを仕留めたお祝いに!かんぱーい!」
マリーリアの音頭に合わせて、アイアンゴーレム達が拳を突き上げ、スライムがぴょこんと飛び跳ねた。
……もの静かな配下に囲まれて、マリーリアはドラゴンの炙り肉の串を掲げ、にこにこと満面の笑みを浮かべていた!
ドラゴンの解体は、重労働であった。だが、アイアンゴーレム達が居たので、随分楽だった。これでも、かなり楽だったはずだ。
自分達より遥かに大きな体から皮を剥ぎ、骨を外し、肉を切ってある程度の大きさに分け……とやっていくのは、とてつもなく大変であったが、それでも夕方までで済んでしまったのだから大したものであろう。
「うふふふふ。ああ、素敵だわぁー!ドラゴンの素材が、こんなに沢山!」
マリーリアは積み上げられたドラゴン素材を眺めながら、にこにこと上機嫌である。それもそのはず、ドラゴンまるごと一頭分の皮に爪に牙に骨……全てを売ったなら、フラクタリアでは城が買えるほどの値が付くだろう。
「お肉、おいしーい!」
そして、肉も美味しい。こんがりと焼けたドラゴンのレバーは、表面は香ばしく、そして中はとろりと柔らかく滑らかで、とても濃厚なのだ。……傷みやすい内臓肉から食べることにしているが、それだけでもかなりの量がある。マリーリアは、『ドラゴン脂と合わせてレバーペーストにしときましょ』などと考えつつ、黙々にこにこ、食べに食べ、食べ続けた。
そうだ。美味しいことは良いことだ。マリーリアはこの戦果に大満足である!
さて。
そうしてマリーリアは、一度拠点へ戻ることにした。
島流し300日目の記念すべきドラゴン殺し。その勢いのままに谷底の町の探索をしてしまいたいところではあったが……谷底の町に眠る財宝と同じくらい、ドラゴンの肉や素材も貴重な品なのだ。そして、これらを運びながら探索するのは、流石に難しい!
「戻ったら、鍛冶のアイアンゴーレム達にお肉と皮の処理を任せましょ。うふふ、スライム達にもドラゴン肉のお裾分けしてあげなきゃね。ああ、そうだわ、もう鉄の絞り金が作れるようになったし、今度こそソーセージ作ってみようかしらぁ……」
……マリーリアは、非常にうきうきと、拠点への道を帰っていく。昨夜の頭蓋骨のことといい、谷底の町のことといい、考えなければならないことは山のようにあるが……今は、ドラゴンの戦果に喜びつつ、この処理に頭を悩ませる贅沢を楽しもうと決めたのだ。
「ついでにドラゴンの鱗の鎧、欲しいわねえ……」
……そして何より、谷底の町には何があるか、分からない。流石に、バルトリアの王子がここで100年に渡って生きている、とは思えないが……魔物が居る可能性は非常に高い。
そういうわけで、まずは装備を整える。マリーリアはにこにこと、自分の鎧や槍、そしてソーセージのことを考えつつ歩くのであった!




