島流し293日目:探索*2
「明かりが無いとよく見えないわね。えーと……あ、あったわぁー」
マリーリアは一緒に落ちてきた荷物袋を探って、中から簡易的なランプと火打石と火口を取り出した。ランプは、素焼きの器に持ち手を付けて、中に獣脂と灯芯を入れただけのものである。
火打石を火口の傍で打ち合わせ、火種を作る。すると、それをアイアンゴーレムが手で掬って、灯芯へとそっと運んだ。……鉄の手は、火傷を気にせず火を持ち運べるのである。便利!
「あ、点いた点いた。よかったわぁ、明かりがあって」
そうして簡易ランプに火が灯り、マリーリアはにっこりと微笑みつつ……小さな灯に照らされた地下室の様子を改めて観察する。
地下室は、石造り。石を積んで、漆喰で固めて作ったものらしい。地下なので、水が染み出してきて床がしっとりとしているが……雨風に直接晒されていたわけではないからか、幾分、朽ち方が緩やかである。
「椅子の形で残っている椅子があるわ。机も!……あっ、紙も!」
そして、なんと、地下室には椅子と机があった!恐らく、ここで書き物をしていたのだろう。
「……まあ流石に、紙は触れたら崩れるわよねえー……」
残念ながら、何かを書きつけてある紙は、すっかりぼろぼろになっていた。植物繊維を漉いて作ったらしいそれは、年月の経過に耐えきれなかったらしい。
だがそれでも、カビに浸食されている訳ではないし、破れている訳でもない。これだけ綺麗に朽ちたのだから……何らかの魔法が働いていた可能性が高い。
思い出されるのは、河原で拾った『奴隷の首輪』だ。マリーリアは、あれは島外から持ち込まれたものなのだろうと推測した。この島の中で作れるようなものではないだろう、と。だが……もしかしたら、ここに住んでいた者には、奴隷の首輪をこの島の中だけで作る技術があったのかもしれない。
紙は触れればほろりと崩れてしまうので、マリーリアはその紙を、持ち上げずにそのまま眺めることになる。
「……地図、かしらぁ」
机の上の紙の上には、地形、と思しきものが描かれている。素人が素人なりに作ったのだろう、という具合の、実に粗雑な地図であるが……この拠点の周辺の様子が、なんとなく読み取れた。
「ああ、やっぱり川がありそうねえ。こっちは谷になってるのね?成程……」
マリーリアは地図を眺めながら、にこにこと笑う。自分が探していたものの1つ……川は、ここを出たらすぐにでも見つけられそうだ。
「それで、ここから北西、かしら。拠点は」
そして、更にもう1つの目的……かつて人がいた場所についても、地図に記されていた。
「……鉄をこれだけ使える人が築いた本拠点は、どんなものかしらねえ」
マリーリアは目を細めると、早速、地図を記憶に叩き込み、本拠点目指して移動することにした。
床を突き破ってしまったので、アイアンゴーレム達の脱出には少し時間がかかった。
アイアンゴーレムがアイアンゴーレムを肩車したり、アイアンゴーレムがアイアンゴーレムを踏み台にしたりして、なんとかアイアンゴーレムのほとんどが地上部分に脱出してから、残ったアイアンゴーレムやマリーリアを引き上げる、という形でなんとか脱出できた。
……もし、マリーリアが1人だったら、あのまま地下室の底で人生を終えていた可能性がある。そう考えると少々恐ろしい。まあ、マリーリアなので、死ぬ気で壁を登攀しただろうが……。
「さて。地図には数か所、仮の拠点が記してあったわねえ。余裕があったらそれらも見て回りたいけれど……本拠点の方を優先したいから、その道中にありそうな1つだけに絞っていきましょうか」
マリーリアは早速、ジェードに今後の方針を伝える。ジェードも同意するとばかりに頷いてくれ、アイアンゴーレム達にはジェードから指示が出されたらしい。
また、昨日同様の陣形で進み始めたアイアンゴーレムの群れに囲まれるようにして、マリーリアは今日もまた、元気に森と山の中を進んでいくのであった。
「あっ。あれね!よかったわぁー、見つかった!」
そうして昼前には、また別の仮の拠点に到着できた。
……地図に書き込まれていたものを見る限り、この拠点は鉱山を採掘するための拠点であったらしい。
朽ち方は、先程の家より酷い。だが、朽ちた家の中には木箱の残骸があり、木箱の中には石が入っているのが見えた。尤も、石はクズ石ばかりで、鉱石の類があるようには見えない。このあたりの鉱脈は掘りつくして、廃坑にしてしまったのかもしれない。
また、すっかり錆びてしまっているが、つるはしやスコップのようなものもある。車輪の付いた貨車も。実に、鉱山労働をしていた場所らしい品々だ。
……そして。
「あっ、ここにも地下室があるわね」
今度は床板を踏み抜くのではなく、きちんと木の扉を見つけて、そこを剥がして中へ突入した。
前回の地図のような発見があるならいいのだが。と、マリーリアは期待しながら、ジェードの助けおよびエスコートを受けつつ、地下へ降りて、ランプの火で辺りを照らして……。
「あらぁー……」
マリーリアは、『あらぁー』と発したきり、何と言っていいものか分からなくなった。
「とりあえず……その、安らかに……」
……そこには、奴隷の首輪がついたままの白骨死体があったのである!
奴隷の首輪が存在している時点でこういうものを見つける日が来ることはなんとなく分かっていたが、それでもやはり、奴隷の首輪を掛けられたまま死んでいる者を見つけてしまうと、『あらぁー……』となる。
かなり昔のことであろうから、悲しみも風化したように脆く軽いが、それでも思うものが無いわけではない。
だが、鎮魂の祈りもそこそこに、マリーリアは改めて、考えることになる。
「まあ……鉱山と拠点がある時点で、鉱山労働者が居たっていうのは当然なのよねえ……それが奴隷かどうかは分からなかったけれど……」
まず、ここに白骨死体があること自体は、おかしくない、と思われる。
要は、この近くにあるという鉱山は、奴隷の力で採掘作業を進めていたのだろう。ということは、まあ、この島に居た人間は、それなりに数が居たのではないだろうか、と思われる。
自らに自らの手で奴隷の首輪を掛ける者も、居ないことは無いし、それが有効な状況もある、が……まあ、普通に考えるならば、奴隷とその主人、最低でも2人は居たのだろう。
「奴隷……よね?奴隷、だったんだと思うけれど……えええー……分かんないわぁー……」
だが、改めて白骨死体を観察したマリーリアは混乱する。
「これ……金、だと思うのよねえ……。金の糸、つまり、金刺繍の服……?奴隷が金刺繍の服なんて、着るかしらぁ……?」
……白骨死体には、繊維のようなものが残っている。つまり、朽ちずに残っていた衣類の残骸なのだろうが……その中に、金の糸があったのである。朽ちず錆びない黄金であるからこそ残ったのだろうが、奴隷が金刺繍の服を着ていたとなると、ますます不思議である。
「ダメだわ、全然わかんない」
ということで、マリーリアは考えるのを止めた。これ以上考えても、可能性はいくらでも出てこようが答えが出てくるわけはない。
今、マリーリアに必要なのは、推測ではなく、探索。……考えることではなく、新たな情報を得ることなのだ。
鉱山近くの拠点なのだから、船の情報は無いだろうと思いつつ、一応、探した。当然、無かった。当然である!こんなところに船の設計図などあったら、マリーリアは腰を抜かすところだ!
「まあ、お酒っぽいものが見つかったのは上出来かも。この島で醸造していたみたいねえ」
強いて言うなら、酒類の発見は1つ、意味があっただろう。陶器の壺の中には、少々熟成が進みすぎた酒と思しき液体が入っていた。どうやら、ここに居た人達が作って、飲んでいたらしい。
……酒を得るにはそれなりに時間と手間がかかる。また、余裕が無ければできないものだ。
つまり、それだけの長い時間、彼らはここに居た、ということである。ついでに……資材を島外への脱出ではなく酒に回すほどなのだから、元々島外への脱出ではなく、この島への永住を目標にしていたか。はたまた、島外脱出を夢見つつも、酒という娯楽が無ければやっていられないほど過酷な状況にあったのか……。
「……どういう人達だったのかしらぁ」
先程の白骨死体の金糸といい、この酒といい……ここに居た人達がどんな人達で、どんな目的で、どうしてここに居たのかがまるで掴めない。
マリーリアは違和感を覚えつつも、しかし、その違和感を拭う答えがここで見つかる訳でもない。割り切って、さっさと次の目的地へ移動することにした。
鉱山近くの拠点から、数時間。すっかり太陽が傾いた頃。マリーリア達は、山のてっぺんに来ていた。
「はあ、随分登っちゃったわねえ……」
山登りもいいところである。マリーリアは、すっかり標高の高くなった視界の中、広い広い空を見渡してため息を吐いた。
冬が終わったとはいえ、春先の今はまだ、夜などは冷える。暮れ泥む空の下、徐々に冷えていく大地の様子を確かめて、マリーリアは少々焦り気味に、きょろきょろ、と辺りを見回す。
「多分、このあたりだと思うんだけれど……」
山のてっぺんに来たのだから、恐らくはここが目的地なのだ。マリーリアが目指してきた場所……『かつて、先人が住んでいた場所』が、この近くにあるはずなのである。
見てきた地図を思い出しつつ辺りを見回してみるが、やはり、それらしいものは無い。マリーリアは『困ったわねえ』とため息を吐きつつ、尚も辺りを見回し……。
「あら、谷……」
……山のてっぺんから下を覗き込んで、そこに、深い深い谷があることに気づいた。
そして。
「……あらぁ」
谷は、谷と言うよりは、地面の割れ目、といった風情であった。谷は深く、それでいて、急だ。
まるで、世界の殻を一部分だけ割って、その割れ目から別の世界が覗いているかのような……そんな錯覚すら覚えそうになるほどの断崖絶壁。そして……あまりにも不思議な光景。
「谷底に、建物……?」
そこには、建物が並んでいた。
町があった。
人々が暮らしていたのであろう、その痕跡を、色濃く、はっきりと遺していた。
マリーリアはそのまましばらく、じっと、その光景を見つめていた。
遥か下方に広がる世界は、ごく小さくしか見えないが……建築様式は100年ほど前のものに見える。
そして、色濃く魔法の気配が漂っていた。
「魔法都市……」
まるで、魔法によって成り立ち、魔法によって繁栄した御伽噺の国のようだ。ここには、さぞかし名のある大魔導士でも住んでいたのだろうか。
町はきらきらと、夕日に輝いて見える。……それは、長らく人工物など見ていないマリーリアの目に、それらがあまりにも美しく見えるからか。或いは、未だ残る何かしらかの魔法の影響か。
或いは……。
ぎゃおおおおお。
……そんな声を空から聞いて、マリーリアは顔を上げる。
「あっ……成程ねえ、分かったわぁー」
そして、顔を上げた先……大空を舞うのは、立派なドラゴンであった。
「あの町、ドラゴンの巣になってるのね。ということは、光り物が沢山蓄えてあって……それで光って見えるんだわぁー。納得!」
マリーリアはにっこりと笑うと……。
「総員、撤退ッ!」
すぐさまゴーレム達に号令をかけ、一目散に逃げ出すのであった。
流石に、ドラゴンを倒すだけの武装は、無い!




