島流し292日目:探索*1
島流し292日目は、昼前から探索に出ることになった。
マリーリアと、『近衛』のゴーレムが4体。それに、ジェード。この1人と5体で森の中を進む。
「今回探したいのは、1つは川ね。多分、この島の反対側にもう1本くらいは川が流れていると思うのよ」
マリーリアは歩きながら、ゴーレム達に話して聞かせる。……話し声を発することで、魔物達に怯えて隠れていてもらう目的もある。不要な戦いは避けたい。
「川があれば、鉄穴流しができるわ。そうすれば砂鉄の収集速度を倍にできるから、アイアンゴーレムの量産も倍の速度で進められる」
ひとまずの目標は、川である。鉄鉱石の鉱脈を手に入れようとするよりは、質の良い砂鉄を使った方が不純物の少ない良質な鉄を手に入れることができる。アイアンゴーレムをこれから量産していくにあたって、砂鉄は何が何でも欲しいものだ。
ということで、川は欲しい。砂鉄を流しつつ水簸できる設備として、川は欲しいのだ。
「それから、人の痕跡ね。……絶対に、人が住んでいたと思うのよ。だからどこかに、何かが残っているかも」
そして川の他に探さなくてはならないものは……先人が遺した何か、である。
「単純な労働力じゃなくて、知識とか技術とか……そういうものが私1人の力だと、そろそろ頭打ちなの。どうにかしなきゃいけないから、先人に学ぶしかないわぁ。まあ、学びたいものが残っているとも限らないから、本当に運任せになるけれど……」
……これについては、川のように『まあ在るだろう』と思えるものではない。全く無い可能性もある。先人が居たことは居たのだろうが、どのくらいの期間ここに居たのかは分からない。生活など碌にできずに死んでいた可能性もある。そして、先人が居たとして、彼らが何かを残しているとも限らないのだ。
ということで、本当に運頼み、なのだが……1つだけ、マリーリアには心当たりがある。
「でも、この島の中央部の方、やっぱり魔法の気配がするのよねぇー」
……それは、この島に来てすぐの頃にも感じた気配。
何らかの魔法が、未だに島の中央部にある。そう思えるのだ。
マリーリアと5体のゴーレムは進んでいく。『近衛』の2体ほどが先行して、歩くのに邪魔な枝を払ったり、草を踏み折ったりしてくれるので大変歩きやすい。マリーリアは『彼ら、紳士的ねえ』とにこにこしつつ、体力を温存して進むことができた。
……今進んでいる5体と1人の内、最も脆いのはマリーリアだ。それはそうである。5体は鉄の塊なのだから!
よって、もし戦闘になるようなことがあれば、アイアンゴーレム達に戦ってもらうことになるだろう。噛まれても引っかかれても、鉄の塊ならばまあ、大丈夫であろう。むしろ、噛んだ魔物の牙が折れる可能性が高い!
「奥の方まで来たけれど……まだ、中央には到達しない、のかしらぁ……」
ひたすらに川沿いを遡って進んでいるのだが、砂鉄採取地点を通り過ぎ、その先の滝を通り過ぎても、まだ川は流れている。……まだ、『奥』ならびに『上』がある、ということだ。
この島の地理については、マリーリアはそう詳しくない。自分の行動範囲内である程度の情報を持っているだけであって、この島の全貌など、まるで分からないのだ。
川が何本あって、標高はどれくらいなのか。島の外周は一周するとどのくらいになるのか。そういった基本的な情報すら、持っていない。まあ、今までは生活を安定させたり、ゴーレムを生産したりするのに精一杯で、島の探索をする余裕はほとんど無かったのだから仕方ないのだが。
だから、マリーリアは川の傍をどんどん上っていきつつ、できるだけ周囲の情報に目を向けた。
生えている植物の様子を見るだけでも、分かる情報は数多い。大雑把に標高を知る手助けになるし、木の皮に付いた傷を見ればどんな魔物が生息していそうかを推測することもできる。
「やっぱりこの辺り、ワイバーンがウヨウヨ居そうねえ。歩行型のドラゴンも、小型のが居ると思うわぁ……」
マリーリアは早速、ドラゴン亜種の存在を察知しながらも、特に躊躇わずに進む。こちらはアイアンゴーレム5体である。ワイバーンや小型のドラゴン如きに負ける布陣ではない。余裕である。
「それから……あらぁ?」
そんなマリーリアであったが、ふと、足を止めて虚空を睨んだ。
……気配だ。それも、はっきりとして明確な。そこらのワイバーン如きには足を止めないマリーリアであっても足を止めて確認すべきだと思うような、そんなものが漂っている。
「……やっぱり何か、気配があるのよねえ……」
何の魔法なのかは、判然としない。だが、確かに、何かがある。それだけは分かる。
「しかも中央部に近づくにつれて、濃くなってきているみたい」
マリーリアは慎重に周囲を見回して……しかし、気配の元になるようなものが見つかるでもない。当然のように、ワイバーンもドラゴンも出てこず……ただ、マリーリアはにっこりと笑うことになるのだ。
「これは期待が持てるわぁー」
……魔法の気配は、危険のあるものかもしれない。
だが同時に、『何かは確実に在る』ということの証明でもあるのだ。『探索したけれど何も無い』よりは何かあった方がずっといい。マリーリアは上機嫌で、更に探索を進めていくことにしたのだった。
太陽が高く昇ったところで、昼食休憩を挟んだ。
昼食は、干した栗を粉にしてから水で練って焼いたパンケーキのようなものに、ベリーのソースを挟んだものだ。それに加えて、燻製肉を炙ったものも持ってきてある。
要は、お弁当だ。マリーリアは今朝、これを作る時、ちょっとだけ楽しかった。なんとなく、お弁当というものはよいものなのだ。オーディール家に居た頃も、厨房に入って残り物を分けてもらって、それをバスケットに詰めて近所の森へピクニックに出かけるのが中々楽しかった。出かけずとも、屋根裏で残り物を挟んだパンを食べている時、じんわりと染み出すような楽しさを味わったことをよく覚えている。
「……1人だとちょっと食べにくい気もするわぁー」
……が、お弁当を食べるのはマリーリア1人である。当然だ。アイアンゴーレムはごはんを食べない!食べたら怖い!
ということで、アイアンゴーレム達は周囲の警戒に勤しんだり、マリーリアの傍で待機したりしているのだが……見つめられていると、食べづらい!なんとなく!
「次からはスライム連れてきましょ……。あの子は一緒にご飯食べられるものねえ……」
マリーリアは、次回の探索にはスライムを持ってくることを決めた。スライムがもりもりと草や葉っぱを食べるのを眺めながらなら、より一層、食事が楽しくなる気がする。
昼食休憩の後には、また歩く。
……既に数時間歩き通しなのだが、まだ先があるようである。もしかすると、今日中に拠点に戻るのは難しいかもしれない。マリーリアとしては、『島が大きいっていうことは資源が豊富っていうことだから嬉しいけれど、できれば拠点と中央部を日帰りできる距離感だと嬉しかったわぁー』と思う。まあ、仕方がないのだが……。
「うーん……少しずつ、魔法の気配は濃くなっている、と思うのだけれど」
気配は、濃い。濃いのだが、それがいよいよ近づいているからなのか、はたまた単に気配の大本が大きすぎるだけなのかは判然としない。
「……夕方には野宿しましょうね」
まあ、この調子だと日帰りは難しいだろう。マリーリアは諦めてアイアンゴーレム達に声を掛けると、また進むのであった。
……そうして、夕方。少々暗くなってきて、これ以上の探索は難しいだろう、と判断される時刻だ。
「そろそろ野営場所を探さなきゃね」
結局、マリーリアは、野営を決めた。ここまで進んできてしまったのだから、太陽が沈まない内に拠点へ帰ることは難しい。何より、ここまでの進捗を捨てるわけにはいかないので、まあ、今日のところは野営するしかないのである。
「この辺りに丁度いい場所が見つかるといいんだけれど」
野営すると決めたら、野営地を決めなければならない。一応、天幕にできるよう、麻袋を解いて繋ぎ合わせた大きな布を持ってきた。後は、適当な木に引っかけるなり、それすら無ければ最悪の場合はアイアンゴーレムに布を一晩支えていてもらうなりすれば、風除けはできる。
だができることなら、小さめの洞窟か何か、そのまま一晩過ごせそうな場所が見つかるといいのだが……。
「あらぁ……?」
……と、そんな時だった。
マリーリアは、前方に見えた『それ』に、我が目を疑った。
「……家、かしら」
そこにあったのは、古びて、朽ちてはいるもの……かつて家だった、と思しき物体であった。
そっと踏み入る。
床板は腐り落ちて既にほぼ残っていない。屋根は元は瓦屋根だったのだろうが、割れたり吹き飛んだりしてしまったらしく、もう骨組みしか残っていない。そしてその骨組みの木材すら、朽ちかけて今にも崩れそうな有様であった。
だが、壁は煉瓦を積んで漆喰で固めたものであったらしく、まだ残っている。苔むして、漆喰が剥がれ掛けてはいたが……それでもきちんと壁らしく存在しており、それ故に、これが『家だった』と思える形で残っているのだ。
「……誰かが生活していた、のかしら」
マリーリアは、家であったそこを見回す。
……割れ砕けてはいるが、土器らしいものの名残が見つかった。残っている繊維のようなものは、ロープだったものだろうか。
そして……。
「鉄だわ」
すっかり錆びて朽ちかけているものの、鉄が見つかった。
恐らくは、斧か鍬か、そんなものだったのだろう。触れようとしたら崩れるほどに朽ちていたが、柄の部分も残っていた。
「これは釘、だったのよね……」
元は家具だったのであろう木材には、錆びたものが突き刺さっている。つまりこれは、鉄釘があったと考えていいだろう。
「そう複雑な造りじゃないから……簡易的な居住場所だった、のかも。ということは……この先に、ちゃんとした拠点がある、のかも」
……鉄を使うことができる程度の技術と資材を持った人が、ここに居た。
その事実は、マリーリアに存分に期待を抱かせる。船……或いはもっと別の、この島を脱出する方法。それがこの島に残っている可能性がまた少し、濃くなってきた。
薄暗くなってきてしまったので、マリーリアは今日はそのまま、ここで眠ることにした。
朽ちてはいても、家は家。朽ちかけとはいえ、梁は梁。……おまけに壁まであって風除けができるのだから、文句は無い。
「屋根には代わりに布をかけて……えーと、ベッド代わりの布を敷いて……うふふ、地面、硬いわぁー」
マリーリアは『地面に寝るの、久しぶりだわぁー』とくすくす笑いつつ、アイアンゴーレムが差し出してくれたクッションを頭や腰の下に入れ、なんとかそれらしく寝床を整え、就寝することにした。
「……やっぱり次回はスライム連れてきましょ」
……そして、寝る時に抱くものがあった方が楽しく眠れることに気づいたので、マリーリアは『次はスライム!』の思いをより一層、強くするのであった……。
翌日。島流し293日目。
「体がバキバキだわぁー」
ここ200日程度を遡って考えてみても、最悪の目覚めである。
……地面は硬い。硬いところで寝ると、こうなる。マリーリアはそれを思い出した。
起き出したマリーリアは、なんとか体を動かして『バキバキ』が『ちょっと痛い』ぐらいになるまでに戻す。凝ってしまった体は伸ばして動かして揉み解せば、案外なんとかなるものである。マリーリアはこれも思い出した。
「腕を大きく回す運動ー」
ぐるぐる、と腕を回せば、アイアンゴーレム達もマリーリアに倣って、同じ運動をする。その様子がなんとも可愛らしいので、マリーリアは朝から愉快な気持ちになってきた。
が。
「じゃあ、飛び跳ねる運動……あっ」
忠誠心に溢れるゴーレム達は、ここでもマリーリアに合わせて一斉に動いた。
……そう。鉄の塊であるゴーレムが5体。
朽ちかけた家の上で。
……飛び跳ねたのである!
メキッ、と音がして、朽ちかけの床板が崩れた。
「きゃっ」
その瞬間、ジェードが動いてマリーリアの体をさっと横抱きにする。そしてマリーリアを庇うように抱きかかえながら、皆一緒に、崩れた床板の下へと落ちて……。
……マリーリアの身長の2倍程度の高さを落ちただろうか。
「……まあ」
マリーリアは感嘆の息を、ほう、と吐き出して、周囲を見回した。
「地下室があったのね」
落ちた先。そこは、石積みの壁を有する、明らかに人工的な地下室であったのだ。




