島流し285日目:冬の終わり*2
それから一週間。マリーリア達は、製鉄を続けた。
大量の砂鉄を大量の炭で焼き熔かし、不純物を抜き取り、良質な鋼へと変えていく。……これだけ大量だと、やることなすこと全て大規模だ。過去最大の製鉄炉に、過去最大の炭、過去最大の砂鉄……とにかく一気に大規模になった設備と原料とを目の前に、マリーリアはなんだか感慨深い気持ちでいっぱいである。
明々と炎が噴き上がる製鉄炉の横では、ゴーレム達が足踏みふいごを踏んで、大量の空気を炉へ送り込んでいる。ふいごの性能が上昇したこともあるので、今回採れる鉄はきっと、上質なものになるだろう。
製鉄が一度終わったら、炉を崩し、中から不純物に覆われた鉄の塊を取り出す。そしてすぐに次の炉の建設を始め、粘土を捏ね、砕いた焼き土を混ぜ込んで、できあがったものを積み上げて……そうして次の炉ができたら、またそこには炭が入れられ、砂鉄が投じられて、やがて火を噴くようになるのだ。
……これがひたすら繰り返される。マリーリアの家の前、製鉄所と化したそこは、常に轟轟と火が焚かれることで、夏のような暑さとなっていた!冬が終わったと思ったら、もう夏!そんな気分である!
……そうして働いた甲斐は、あった。
島流し285日目……マリーリアはようやく、あった砂鉄を全て、製鉄炉に放り込むことができた。
そして……。
「……すごい。良質な鋼だわぁ」
出来上がった鉄の塊を見つめて、マリーリアは頬を紅潮させた。
「それに、量もすばらしいわねぇ……。これなら、アイアンゴーレムがあと何体作れるかしらあ……」
冬の間、アイアンゴーレム率いるゴーレム達が鉄穴流しに励んでくれた甲斐があった。
……生まれた鉄は、アイアンゴーレム20体分にも上る。
「今後の方針を考えるべきね」
島流し286日目。アイアンゴーレムがテラコッタゴーレム達を指揮しながら、アイアンゴーレムの製造を進めていく。
その傍らで、マリーリアは皮紙を前に、羽ペンを握りつつ思案していた。
「今の調子でアイアンゴーレムの増産を進めていけば、まあ、あと2年以内に100体いく……と思うけれど。どうしましょ」
マリーリアの目標は2つある。
1つは、アイアンゴーレムを最低100体揃えること。そしてもう1つは、祖国へ帰ること。
この2つを達成できなければ、島流しになった甲斐が無いというものである。よって、マリーリアは約束の3年の間にこの2つを達成しなければならないのだ。
「やっぱり、鉄穴流しをもう1か所でやりたいわねえ。砂鉄の入手効率をどんどん上げていかなきゃ……。アイアンゴーレムが増えれば、その分、できることも倍々になっていくもの」
よって、少しでも早くアイアンゴーレム100体を達成すべく、砂鉄の採集を並行して複数進めていくことに決める。
アイアンゴーレムが生まれれば、アイアンゴーレムを生み出すのが簡単になる。つまり、作れるアイアンゴーレムは最優先で作っていくべきなのである!
「けれど、同時に船のことも考えなきゃならないのよねえ……」
……だが、マリーリアには1つ、どうしても避けられない、大変な難問が思い当っている。
「……流石に私、船の設計図は書けないわぁー」
そう。
それは、『アイアンゴーレムを100体用意したとしても、祖国に帰る手段が無い』ということである!
船、というものは、人類の英知の結晶だ。船によって人間は大きく行動範囲を広げることができた。効率の悪い陸路しか存在しなかった場所へも、海路を使って効率よく貨物を運搬できるようになった。そうして人々は繁栄し……島流し、という文化も生まれた。まあ、船の類が無かったら島流しも無かった可能性が高い。
……まあ、マリーリアとしては少々複雑な気持ちにもなるが、とにかく、船だ。
船は叡智の結晶。製造には知識も技術も資材も時間も必要で……現状、この島で船を作ることは、難しい。
理由は至極簡単。『知識が無い』からである。
様々な書物を読み、ある程度の知識を持っているマリーリアであるが……流石に、船の設計ができるほどの知識は、持ち合わせていない!
構造はある程度分かる。どんな船があるかもなんとなく知っている。だが、それだけだ。正確な設計図を見たことは無い。オーディール家では船を使った貿易も行っていたが、それらに関する業務にマリーリアが触れることは無かった。家督を継ぐのはマリーリアではないのだから、仕方のないことではあったが。
「生半可なものを作って沈没、全滅……っていうのはシャレにならないものねえ。はあ、どうしましょ」
……これが、船でなかったなら、試行錯誤を繰り返しながら改良に改良を重ねて作っていく、ということもできただろう。だが、船だ。一度海に出てしまえば、その船に命を預けるしかない、船だ。生半可な知識で作った船に命とアイアンゴーレム達を預けられるか、といったら、答えは否である。
ということで、総合して、『マリーリアには、造船の知識が足りない』ということになるのだ。
「……この島に船って、流石に無いわよねえ」
マリーリアはそんなことを呟きつつ、『無いでしょうねえ』と嘆息した。当たり前である。船がある島に島流しするほど、流石のフラクタリア国王も愚かではないだろう。多分。
「となると、テラコッタゴーレムを使い捨てにする覚悟で、船の実験を繰り返して船の設計図を一から作る、ことになるのかしらぁ……」
少々気が遠くなるような気分になりつつ、マリーリアは尚も考える。
3年、と、マリーリアは言った。もっと掛かるかも、とも言ったが、できることなら大切な仲間達をそんなに待たせておきたくはない。
彼らは……仲間の騎士達は、マリーリアが島流しに遭うと決まった時、大いに泣き、悲しみ、そして……国王を恨んでいた。
マリーリアは『皆、気にしないで頂戴ね』と言ったが……マリーリアのことを思うあまり、彼らが国への忠誠心を失わないとも限らない。否、多分、もう失っている!
よって、あまり待たせておけない。あまりに長く待たせておいたら……彼らはマリーリアが死んだものと思って、その悲しみと怒りに任せて国を滅ぼしてしまいかねない!
「あああ、時間はあんまりかけたくないわぁー……」
……考えるだけで、時間を掛けたくなくなってくる。時間が経てば経つほど、仲間の騎士達を絶望させてしまうだろう。そして……国の危機である。勿論、同時に騎士達の危機でもあるが。
「やっぱり船がどこかに落ちてるといいんだけれど」
船が、修繕可能な破損具合で難破してきてくれる、というのも、期待しづらい。この無人島に流れ着いてくるものは、今のところ全て、破損した船の部品だけである。恐らく、島の周辺の岩礁にぶつかって、船が壊れてしまうのだろう。よって、船が丸ごと流れ着く期待は持てない。
「船……船、どこかに無いかしらぁ……設計図でもいいのだけれど……うーん、先住民の方がどなたか、船を残していてくれたらよかったのに」
マリーリアは唸りつつ、そんなことを考える。
……そして、はた、と気づいた。
「そう、よね。ここには、かつて、人が住んでいた……」
この島には、かつて誰かが居た痕跡が、色濃く残っていた、ということに。
「この島にかつて住んでいた誰かさんは、最終的にどうしたのかしら」
……そして、その『誰か』が今、居ないのならば……答えは2つに1つ。
死んだか、『ここを出ていった』か。そのどちらかだ。
それからマリーリアはアイアンゴーレムの製造を進めた。今はとにかく、人手が欲しい。優秀な、テラコッタゴーレム達に指示を出せるくらいの能力を持ったゴーレムが欲しいのだ。
アイアンゴーレムの部品ができたら、それらに片っ端から模様を刻む。
最初の1体ほどには、凝れない。だが、ある程度はここで時間と体力を消費してやるつもりだ。
優秀なアイアンゴーレムが居るとどれほど便利か、ということは、この冬の間で痛いほどよく分かった。だから、1体目のアイアンゴーレムほどではないにせよ、ある程度優秀なアイアンゴーレムに居てほしい。
特に、これからはあれこれ分業することになる。『砂鉄採り』と『製鉄』と『アイアンゴーレムの製造』、そして『食糧調達など生活の維持』。最低でも4つに仕事を分けて、それぞれが回っていくようにしたい。その上、砂鉄採りは更に倍かまたその倍の数、並行して行いたいのだから、本当に人手は幾らあっても足りない。
ということで、マリーリアは気が急くのを押さえつつ、アイアンゴーレムに模様を刻み入れ、そして、完成した端から起動していって、起動したアイアンゴーレムに次のアイアンゴーレムの模様を刻ませて……と、作業をどんどん加速させながら続けていった。
……そうして、島流し292日目。
「ようこそ、私達の拠点へ。歓迎するわ。愛しい仲間達」
マリーリアは、21体のアイアンゴーレム達の前でにっこりと笑っていた。
新たに生まれた20体のアイアンゴーレム達は、それぞれ、体に刻まれた模様も眩く、きらきらと輝いて見える。最初の1体よりは模様が少ないが、それでも必要な分は全て刻んだ。マリーリアにできる限りのことができた、と自負している。
……アイアンゴーレムが20体、ともなれば、もう、これだけで町の1つ程度は滅ぼせる可能性が出てきた。
マリーリアは自分がそれなりの武力を手に入れてしまったことを改めて自覚して、背筋に走る寒気と興奮をしっかりと味わう。
後には退けない。やはり、進むのみ。マリーリアは早速、アイアンゴーレム達に指示を出す。
「早速だけれど、あなた達にはそれぞれ、別の仕事をしてもらうことになるわ。えーと……じゃあアイアンゴーレムは……あっ、1体だけじゃなくなったから、区別する必要が出てきちゃったわねえ」
……が、早速、頓挫した!
「今まではアイアンゴーレムって1体だけだったから、『アイアンゴーレム』って呼べばそれで済んだのよねえ……。でも、これからはそれぞれ別の仕事をしてもらうことが多そうだし、区別できないのは問題があるわぁー……」
マリーリアは眉間を揉みつつ、『名前』の重要性に思い至った。
テラコッタゴーレムも、番号で呼ぶようにしているが……あれがあるからこそ、ゴーレム1体1体への指示が簡単で、かつ、管理もしやすいのだ。
これからは様々な作業を並行して行う必要がある。マリーリアはそれら全てを管理するべく、彼らに名前を付けることにして……。
「……じゃあ、いくわよ。右から、『カンナ1号』、『カンナ2号』、『カンナ3号』、『カンナ4号』、『製鉄1号』、『製鉄2号』、『製鉄3号』、『製鉄4号』……」
……ということで、名前を付けていった。
鉄穴流しで砂鉄採集をすることになる4体には、『鉄穴』の名を与えた。
拠点で製鉄をしたり、製鉄のための炭を焼いたりすることになる4体には、『製鉄』の名を。
生まれた鉄でアイアンゴーレムを作ったり、鉄製品を作ったりすることになる4体には『鍛冶』の名を。
食料集めや生活用品の製造、また、拠点の整備などを担当することになる4体には『生活』の名を。
……そして、マリーリアと共に島内の探索を行うことになる4体には、『近衛』の名を、それぞれに与えることになった。
そうして20体のゴーレムに便宜的に名前が付いたところで……。
「それで……最初のあなた。あなたは……」
マリーリアは、自分の一番近くで片膝をついていたアイアンゴーレム……翡翠の玉飾りを誇らしげに身に付けているそれに、にっこりと微笑みかけた。
「ジェード。あなたの名前は、ジェード、ってことにしましょう」
「よろしくね、ジェード」
マリーリアが片手を差し出せば、『ジェード』と名付けられた最初のアイアンゴーレムは、恭しくマリーリアの手を取ってその甲に接吻した。
それからマリーリアはアイアンゴーレム達に指示を出す。
『カンナ』達には早速、砂鉄採りを命じた。テラコッタゴーレム達は、全て彼らに付ける。
『製鉄』達には、ひとまず炭を作らせることにする。窯を作ったり炭を焼いたり、そもそも炭のための木材を集めたり、というところからの仕事だ。
『鍛冶』達には、余った鉄で鉄製品を作らせる。剣が6振りと……鍋である。鍋。そう。鍋がようやく作れるだけの余裕ができたのである!万歳!
『生活』達には……テラコッタゴーレムの製造を頼んだ。現状、食料は冬の余りで何とかなりそうである。よって、とにかく今は、人手を増やすべきと考えた。
……また、テラコッタゴーレムができたら、『鍛冶』が作った鍋で製塩させるように指示を出しておいた。塩は大事である。あと、灰も。
そして……。
「早速だけれど、ジェードと近衛4体、合計5体は私と一緒にお出掛けするわよ」
最後に、マリーリアは『近衛』とジェードに声を掛けた。
「船の情報が見つかるかは分からないけれど……この島には、何かある気がするの。例えば、島から脱出する方法とか、或いは、もっと面白いものとか、ね?」