島流し158日目:宝石*3
翌日。島流し158日目。
マリーリアは、草木染にした糸を……編んでいた!
「こういう飾り紐、素朴だけれど中々悪くないわよねえ」
マリーリアが編んでいく糸は、マリーリアの小指程度の幅の平らな飾り紐へと変わっていく。
……糸は、草木で染めてある。ある樹皮からは、鮮やかな金茶の糸ができた。芽吹きを待つ木の枝からは、赤に近い色が。そして、煮詰めておいたベリーで青みのある紫にしたり、マンイーターの葉を干したもので緑にしたり……。
それらを媒染するのには、灰汁を使った。灰は炉で毎日たくさん出るので、それに熱湯を加えて置いておいて、その上澄みの液に染めたい糸を浸しておいてから、染液へ糸を投じるのである。そうすると、より鮮やかにはっきりとした色で染め上がるし、色落ちも少ない。
「うふふふ……こういうの、ずーっとやって居られるわぁー」
マリーリアはおっとり笑いながら、その手元ではすさまじい速さで糸が繰られていく。基本的には、7本程度の糸でそれぞれに片結びを繰り返していくだけなのだが、片結びの方向や順番によって、飾り紐には模様が生まれていた。
「ただの縞々も可愛いけれど、菱模様もいいわよねえ。うふふふ……」
どんな模様を、どんな色で作ったら美しいか。そんなことを考えながらひたすら手を動かしていくのは、やはり楽しい。
……何かを生み出すのは、楽しいのだ。マリーリアはこの島で、それを改めて感じている。
それから、やればやっただけの成果が得られるということも、楽しい。……やはり、フラクタリアで戦っても戦っても認められなかったのは、少しばかり辛かったのだ。
「楽しいわぁー」
笑いながら、マリーリアは穏やかな時間を過ごす。何かを生み出し、それを他ならぬ自分自身が喜ぶことができる今を、楽しむ。
……のんびりと凪いだ心の一方、手元はすさまじい速さで動いているが。まあ、それすらもマリーリアには楽しいのであった!
そうして飾り紐が出来上がっていく。
出来上がった飾り紐は、テラコッタゴーレム達の手首にあたる部分に結ばれて、ゴーレム達を飾った。
テラコッタゴーレムの体を強化したところで、元が割れ物なので微々たるものだろうが……それでもまあ、マリーリアは満足した。作るのが楽しかったなら、それはそれで成功なのである。
そして何より、なんとなく……テラコッタゴーレム達が嬉しそうに見えたので。無論、ゴーレムなので、自我がある訳でもないはずなのだが。まあ、なんとなく……。
翌日。島流し159日目は、また宝石磨きを始める。
「珪石の研磨板、案外悪くないのよねえ……」
マリーリアは、珪石の粉を混ぜ込んだ粘土の板を大層気に入っている。これは中々便利でよろしい。いっそ、素焼きにしてしまって固めてもいいかもしれない。あまり高温でやってしまうと、今度は珪石が熔けてしまうので加減が難しいだろうが……。
「ふふ、この瑪瑙、すごくいいわぁー……」
マリーリアが今磨いているのは、海辺で拾った瑪瑙だ。ほんのり透き通る乳白色の中にオレンジの縞を溶かし入れたような、そんな石である。磨いていくと縞の具合がまたよく見えるようになってきて、マリーリアはにこにこしている!
「これは私のにしーましょ」
またゴーレムに与えてもいいが、1つくらいは自分のものも欲しい。だって、折角の冬、折角の時間、そして折角の娯楽なのだから!
石磨きもそこそこに、マリーリアは午後、かぎ針を作る。
「前に漂着した壊れたカンテラから針金を貰って……ちょっと曲げて、これでよし、と」
かぎ針の作りは非常に簡単で単純だ。木材を細く削ったものの先端を鉤状に削ってもいいし、今回のように針金があるなら、それを曲げるだけでも作れる。今回は漂着物のおかげでとても簡単だった。
「これで編んでみて……うーん、成程、こんなかんじね」
できたてのかぎ針で、マリーリアは草の繊維の糸を編んでいく。
滑らかなレース糸でもなければ、ちゃんとしたかぎ針でもないので、多少、編みづらい。だが、少し編んでみれば、案外すぐ慣れることができた。
そうして編み進めていって、マリーリアはすぐ、レース模様の鍋敷きを編み上げることに成功した。
「ふふふ。毛糸があったらストールでも編むんだけれど」
生憎、これは草から作った糸なので、そう温かなものでもない。身に付けるものを編むのはあまり現実的ではないだろう。だが、暮らしのための小物を作るくらいならこれで十分だ。マリーリアは『次は何作ろうかしら。やっぱりバスマットがそろそろほしいのよねえ』などと考えつつ、またかぎ針を動かしていくのだった!
翌日。島流し160日目。マリーリアは瑪瑙を磨き……そして、午前中の内に、瑪瑙を全体的につるんとした楕円形に磨き上げることができた。
午後は草の糸を結びながら編むようにして、石を包み……首飾りを作る。
フラクタリアの田舎には、このように糸で飾り石を編みこんで留める装飾品がある。素朴ながら優しい風合いの装飾品は、無人島生活にもぴったりだろう。
「石がちゃんと留まるようにするの、結構難しいわねえ……。えーと、ちょっと緩めに編んでおいて、後から思いっきりきつく締めるのがいいかしらぁ……」
……が、やってみると案外、難しい。マリーリアはちまちまと糸を編みつつ、糸で編んだ枠の中から瑪瑙が出て行かないようにしっかり縛って留めて……ああでもないこうでもない、とやりながら、やがて、瑪瑙を草の糸ですっかり囲み、留めることに成功したのであった!
更に翌日、島流し161日目は、昨日、糸で囲むことに成功した瑪瑙を、更に周りに糸を編みつけていきつつ、首飾りの形にしていく。
「レースみたいにしたらかわいいわよねぇ。うふふ」
そうして編んで編んで編んでいけば、やがて瑪瑙の首飾りは、まるでレースの付け襟のようになってくる。中々華やかでよろしい。簡素なリネンのシュミーズを普段着にしているマリーリアにも似合う、素朴ながら華やかな仕上がりだ。
「ふふふ。似合うかしらぁ」
マリーリアは早速、レースと瑪瑙の首飾りを身に付けてみつつ、ご機嫌でくるくる回ってみる。
「こういうのも楽しまなきゃ損よねえ。次は貝殻やってみようかしらぁ……」
……軍を率いていたこともあり、マリーリアは長らく、お洒落を楽しむことなどできなかった。それに加えて元々、オーディール家に居た頃も、他の同じ年頃の令嬢達と比べると、幾分……否、かなり、質素な暮らしをさせられていたと言える。
ということで、無人島に来てほとんど初めて、マリーリアは自由に装飾品を手に入れ、自由に楽しむ、という経験をしているのである。
「木の細工物も悪くないかもしれないわ!折角だし、次は木に石を嵌め込んでみようかしら!」
次々に溢れる可愛らしい欲望をのびのびと伸ばし、マリーリアは冬の巣ごもり生活を思う存分、楽しむのだ!
有言実行の島流し162日目は、木工細工の日となった。
「何にしようかしらぁー。そうねえ、折角だし、腕輪でも作りましょ」
マリーリアはウキウキしながら、硬めの木材……樫の木であろうそれを削り始める。
「……当たり前だけど、木材って鉄で削れるのねえ」
そしてマリーリアは、木材の加工のしやすさに感動していた!ここ最近、瑪瑙や翡翠など、それなりに硬い石を加工してばかりいたので、木材がとても柔らかく感じる!
木材を削って形を整えて、後は磨きながら更に形を整えていく。
今回は腕輪の形にするのだが、細かい調整をしながら磨くのも億劫だったので、腕輪は輪ではなく、半円を少し超えるくらいのものにして、両端に穴を開けて、紐を通して留めることにした。これならば大きさの調整に苦労することも無い!
さて。
こうした木の細工に欠かせないのは、油である。
油を塗って磨き上げた木材は、深く美しい艶を帯び、装飾品に恥じないものとなる。同時に、木材が水に強くなり、耐久性も増すのだ。
……が、ここで獣の脂などを使う訳にはいかない。木材に塗布するのならば、常温で液体の油……植物油が望ましいのだ。
そして、マリーリアは今……ごく少量、木工細工に用いる程度なら……その植物油を、持ち合わせているのだ。
「クルミは油たっぷりだものねえ。これで磨きましょ」
マリーリアは、食糧庫から持ってきたクルミの殻を割って、中身を取り出すと、それを木材にこすり付け始めた!
すると、途端にクルミから油が滲み出す。ごく少量だが、こうして木材に直接塗り付けていく分には十分な量の油である。マリーリアはそのままクルミで木材を磨き、油を染み込ませたら、次は革で拭き上げるようにして磨く。
そうして磨いていけば、木材の腕輪は綺麗につやつやと輝くようになった。深い艶の下に浮かぶ木目がなんとも美しい。マリーリアはこれの出来栄えに大いに満足した!
「やっぱり同じ作業をずっとやってるの、駄目ねぇ……」
島流し163日目。マリーリアは肩こりに悩まされていた。
というのも、昨日は楽しくてつい、木の腕輪づくりで1日を終えてしまったのだ。……延々と同じような姿勢で木材を磨き続けていたら、体が固まりもする。マリーリアはそれを大いに反省しつつ、今日はまた、宝石磨きをすることにした。……午後だけ。午前中は、糸を作ることにした。さもないと、また肩こりが悪化する!
マリーリアがのんびりと糸車を回したり、宝石を磨いたりして一日が過ぎていく。
今、磨いている宝石は玉髄である。ほんのりと青っぽい色をしているのがなんとも美しい。形も整っているので、ただ表面を磨いてぴかぴかにしてやればそれだけで十分、装飾品になり得るだろう。
マリーリアはにこにこしながら石を磨き、夜を迎え、夕食を摂り、入浴して……。
……入浴して家に戻ったマリーリアはスライムと共に就寝し……そして。
島流し164日目。遂に、それは起きてしまった。
「……あら。割れてるわぁー」
なんと!屋根瓦の数枚が、割れているのである!
 




