島流し151日目:宝石*1
……マリーリアの島流し生活は、150日目になった。
そして無人島は、今、冬である。
「わあー、真っ白!」
マリーリアは外に出て、歓声とも悲鳴ともいえない声を上げた。
「今年は雪が降るの、早いわねえ……。初雪からしてかなり早かったけれど……」
少々遠い目をしつつ、辺り一面の銀世界を眺める。雪はすっかり降り積もって、あたりを白く白く染め上げている。それこそ、マリーリアの想定を少々超えるほどに。
「折角なら、暖冬であってほしかったわぁー……うー、寒いわねえ」
……今年は、例年のことを考えると『外れ値』であることは間違いない。例年であれば、ようやく初雪が観測できていただろうか、といったところだ。それが今年は何故か、降雪が早い。もうすっかり降り積もるほどに雪が降ってしまっている。
「これは……この無人島だけじゃ、ないわよねえ。きっとフラクタリア全土……いいえ、バルトリアもそうだわ。となると、下手すると収穫前に霜や雪でやられた作物もあるかも……。今年の冬は厳しいものになりそうね」
早すぎる冬の到来は、マリーリアにとっては大変な問題だが……同時に、フラクタリア王国でも同じことだろう。そしてきっと、隣国バルトリアでも。
「不作とかを理由にまた攻め込んでくるんじゃなきゃいいけれど……。やだわぁー、祖国に帰ったら祖国が消えてた、なんていうのは……」
マリーリアはそっとため息を吐き出す。吐き出した息は、ほわほわ、と白く漂い、消えていった。
「……ま、上手くやってもらうしかないわねぇ。島流しにされちゃった以上、私ができることって無いし……」
マリーリアはそんなことを言って気を取り直すと、早速、今日の一日も生き抜くために、活動を開始するのであった。
冬のマリーリアの朝は、ひとまず外の様子を見ることから始まる。
外は冷え込むので、毛皮の装備一式を身に付けることは必須である。これを怠って体温を余計に奪われることなど、決してあってはならない。この寒い冬を乗り切るために、小さなことでもおろそかにはできない。
幸いにして、毛皮のコートやケープ、ブーツやミトン、それに帽子といったものを一式身に付けてしまえば、それなりに暖かかった。無論、それでもしみ込んでくるような寒さはあったが、全く活動できない、というようなことは無い。
……そうして外に出たマリーリアは、ゴーレム達の様子を見るのだ。
ゴーレム達は、食糧庫の警備を行ったり、薪を新たに集めてきたり、水を汲んできたり……と、主に拠点の近くで働いている。
このゴーレム達が居なかったなら、この寒さの中でマリーリア自身が働くことになっていた。そう思えば、マリーリアもにっこりである。
だが、ゴーレム達が働く場所は、当然ながらここだけではない。
「……よし、そろそろね」
マリーリアが待ち構えていると……島の中央部に近い方から音が聞こえてくる。合図の鐘の音だ。船の合図用のものと思しき小さな鐘が漂着していたので、それをそのまま活用している。
鐘の音が終わったら、やがて、拠点の傍の川の水が増えるようになる。
「うん。今日もちゃんとできてるわぁー」
マリーリアはそれを確認してにっこり笑うと、朝食の支度をすべく、食糧庫へと入っていく。朝と昼の分の食糧を持ってきて、そのまま家の中に引きこもるのがマリーリアの最近の常だ。
……そして、この島の川の上流では……アイアンゴーレムが指揮を執って、鉄穴流しが行われている。
鉄穴流し、というものは、要は砂鉄採りの手法である。
川の水を堰き止めて大量の水を貯めこみ、そこに岩を砕き、土砂を切り崩したものを混ぜ込んで……それを一気に流すのである。
そうすれば、川の流れによって、軽い土砂は遠くまで流れていき、重い砂鉄はさっさと沈んで次の溜め池に残る。
ところどころに設置した溜め池で砂鉄を回収していけば、山の土砂や岩の中に混ざった砂鉄を高効率で回収することができる、というわけだ。
鉄穴流しが始まったのは、つい昨日のことだ。アイアンゴーレムに指示をして造らせていた溜め池が完成したので、とりあえず数度の試運転、ということで鉄穴流しを始めている。
「砂鉄がどれくらい採れたかは午後に報告を貰いましょ。さて、と……ご飯にしなきゃね」
マリーリアはここから見えない上流の方を眺め終わり、早速、食糧庫へ入っていく。……冬の間は、料理も大事な仕事の一つ。ゴーレム達に生活基盤の整備や砂鉄集めを頼む一方、マリーリアはマリーリアで、自身の生命維持のために頑張るのだ!
食糧庫から家に戻ったマリーリアはコートやブーツを脱ぐと、早速、炉の傍に置いてある土器の中を確認した。
「昨夜浸けておいた分は戻ってるわね。よし」
覗き込んだ土器の中には、水に浸けた栗。……カラカラに乾燥させた栗の実は、一晩水に浸けておいたものを適当に砕きながら煮て、粥のようにして食べる。最近のマリーリアの朝ごはんは大体、これであった。
炉には火が絶えない。今も、熾火になってしまってはいるが、火がまだ残っている状態だ。マリーリアはそこに繊維くずや小枝を足していって、すぐに火を大きく育てた。
そこに鍋を掛け、昨夜から戻しておいた栗を水ごと移して、煮込み始める。ぐらぐらと鍋の中が揺れるようになったら鍋の位置を調整して、弱い火でことこと煮込む。
その間に、昼食の準備を始める。昼食は塩漬けにして燻製にした肉を戻しておいて焼き直すつもりだ。それを水に浸けておくのである。ついでに、マンイーターの根っこがまだ残っているので、それを水で濡らして、大きな葉っぱで包んで、置いておく。午前の作業の間で休憩を挟んだ時にでも、炉の灰の中に埋めておけば蒸し焼きになって美味しく仕上がるのだ。
やがて、煮えた栗粥を少々の塩で調味して、干したナツメの実と一緒に食べる。
「うん!おいしい!」
栗の実は元々仄かに甘いものだが、一度干したが故に、より一層の甘さになっている。それがとろりと煮込まれると、またなんとも美味しい。とろみと温かさもまた、この冬には丁度良かった。
マリーリアは満足して食事を終えると、さっさと食器類を片付けて……昨日から取り掛かっている鞄づくりに取り組み始めるのだった。
マリーリアが今作っている鞄は、背負う形のものである。つまり『背嚢』だろうか。
革に穴を開け、そこに細い革紐を通していって、かがるようにして縫い合わせていく。至極簡単なつくりだが、丁寧に紐を締めていけばちゃんと丈夫に仕上がる。
他にも肩掛け鞄や、ベルトに通して身に付ける小さな道具入れも欲しい。まあ、冬は長いので、それらを作ってもまだまだ時間が余るだろうが。
そのまま昼まで、鞄の作業を進めた。少しずつ形が出来上がっていくのは中々楽しい。やはり、目に見えて成果のある仕事は、何ともやり甲斐があって良いものだ。
「さて……今日はここまでにしましょ」
マリーリアはにっこり笑うと、ひとまず昼食を摂ることにした。
水で戻した燻製肉を焼き直したものと、ほっくり蒸し焼きになったマンイーターの根っこ。この2つで昼食としたら、食後にはお茶も飲む。
「ふふふ、ちょっと文明的」
お茶とはいえ、至極簡単なものだ。そのあたりに生えていた草を干してから焙煎して、それを湯で抽出しているだけのものである。
だが、そんなものでも案外美味しいのだ。香ばしさと、ふんわりとした優しい甘みが感じられるのが悪くない。そして何より、温かなお茶を飲めば、体も温まる。マリーリアは冬の間、家の中に閉じこもりがちなこともあって、このようにお茶の時間を楽しむことにしているのである。
「さて。そろそろ出なきゃ、夕方になっちゃうわね」
食事とお茶を終えたマリーリアは、コートやブーツを身に付けて外に出る。
「うう、寒いわぁー」
やはり、外は寒い。一面に雪が積もっているだけのことはある。だが、寒さにぐちぐち言っていられない。むしろマリーリアは、少々わくわくしているくらいであった。
「じゃあゴーレムを何体か連れていきましょ。えーと、とりあえず荷物持ちっていうことで3体も居れば間に合うわね」
マリーリアは適当なゴーレム達に声を掛けて、付いてきてもらうことにする。アイアンゴーレムが生まれても、テラコッタゴーレム達の価値が下がる訳ではない。彼らも優秀な労働力。マリーリア1人ではできないことも、ゴーレムが3体ほど居ればできてしまうものなのだ。
「後は……もし、雪に埋もれてない食料とかが残っていたら、探してみましょ。スライム連れて行かなきゃ」
ついでに、マリーリアはスライムをスライムの巣から適当に1匹攫ってきた。
「……あなた達、シャーベットにはならないのねえ」
スライムは冬でもぷにぷにぽよぽよ柔らかい。マリーリアは『面白いわねえ』と感心しながら、スライムを伸ばしたり縮めたり丸めたりしてしばし楽しんだ。
スライムを揉みつつ、マリーリアは海岸へ向けて歩く。
……秋のはじめからずっとそうだが、漂着物が中々よろしい具合なのである。ここ最近、船の難破が相次いでいるようなのだ。
おかげで、船の部品であったのであろう帆布や真っ直ぐなマスト、それにカンテラや小さな鐘にロープに……と、様々なものが流れ着く。
「ふふふ……今日も帆布がたっぷりと!素敵だわぁー」
今日も、波打ち際には帆布と、帆布に絡まったロープ、そしてオールの一本が流れ着いていた。マリーリアはホクホクしながらそれらを海水でざっと洗い直し、ゴーレム達に持たせる。
「あらぁ、これは積み荷ね?うふふ、中身は……あらぁー……残念、空っぽ!元は何が入ってたのかしらねえ……。」
勿論、全てが上手くいくわけではない。現状、最もありがたいものは日持ちする食糧なのだが、それが丁度良く流れ着いてくれるわけでもない。今日も空っぽの木箱が1つ流れ着いているのを見つけて、マリーリアは少々がっかりした。
木箱の中には麻袋が入っている。……元は塩か何かが入っていたのかもしれないが、海に流されてくる間に溶けてしまったのだろう。もし砂糖だったら非常に惜しいのだが!
まあ、何はともあれ、木箱というものはあればあっただけ便利な品である。こちらもゴーレム達に運んでもらうことにして……。
「さて。こっちの袋は……うん!まだ中身が残ってるわぁー」
最後に、麻袋を確認してみる。空になった麻袋が絡みついたりなんだりしているが、ちゃんと中身が残っているものもあり……その中身は、麦であった。まあ、精麦されてしまっているので、蒔くわけにはいかないが。
「ありがたいわねえ。これ一袋だけでも結構長く食い繋げそう」
マリーリアはにこにこしながら、漂着した麦の袋をまたゴーレムに運んでもらう。更に、波打ち際に流れ着いていた綺麗なガラス片や貝殻なども拾い集めていく。特に、波に削られて丸くなったガラスや、陶器の欠片、それに水晶や瑪瑙などはマリーリアのお気に入りである。
……これらは、拾い集めても特に役に立つわけではない。貝殻を焼いて石灰にする用事がある訳でもないのだ。だが、それでもマリーリアがこのようなものを拾い集めるのは、ただ純粋に楽しいからである。
「うふふ、宝物が増えるみたいで楽しいわぁー」
……いずれ、ガラスは何かに使いたいと思っているが。それはそれとして……綺麗なものを集めるのは、楽しい。折角の無人島生活だ。生き延びるだけでなく、楽しくやっていきたいものである。
「あら、珊瑚!綺麗ねえ……。これ、磨いてちゃんと形を整えてあげたら、いいアクセサリーになるんじゃないかしらぁ。ふふふ……島流しから帰る時、ここで作ったアクセサリーを身に付けてもっと派手になって帰っても楽しいかもね。折角、アイアンゴーレムを100は揃えて帰るんだし……」
マリーリアはそんなことを呟きつつ、この冬の暇潰しの1つに『拾った宝石の類を磨く』を加えた。
美しい宝石は権威の象徴である。同時に……魔法の媒介にもなるのだ。




