島流し121日目:防寒着*2
ゴーレムが人間に劣る点があり、そして勝る点もある。
勝る点の1つは、夜目だろう。
……ゴーレムは、厳密にはものを『見る』わけではないようだ。スライムやその他数種類の魔物がそうであるように、魔力を探知しながらそれらしく動いているだけなのである。
つまり、昼でも夜でもゴーレムにはあまり関係が無い。よって、夜戦においては、ゴーレムは多くの生き物に対して優位に立てるのである。
……とはいえ、相手も魔物。普通の生物にはありえない嗅覚や視力を持っているものの集まりである。当然、相手にとって不足は無い。
「アイアンゴーレム。指揮を任せるわぁ。好きにやって頂戴」
そしてマリーリアは、悠々と高みの見物を決め込んだ。にっこり笑って家の前、一応念のために鉄の斧を手にする程度の余裕ぶりである。
だがこれでいい。
アイアンゴーレムは1つ頷くと、すぐさまテラコッタゴーレム達に号令を出し始める。
……ゴーレム同士の会話は、音によらない。魔力と魔力のやり取り、いわば、マリーリアが軍で用いていた信号のようなものなのである。
マリーリアはそれを当然のように傍受しながら、ゴーレム達に出された指示を理解して……ころころと笑い出した。
『獲物はホーンラビットなど、小さくて毛皮が柔らかいものを優先。』
そんな内容の命令の後に、怒涛の勢いで細かな指示が流れていく。ゴーレム1体1体へ、瞬時に凄まじい量の情報が送られていく。これは、ゴーレムからゴーレムへの伝達にしか成し得ない情報伝達の速さであろう。
そして、アイアンゴーレムの指示に従って、ゴーレム達が一斉に動く。
小さな魔物はゴーレム1体で仕留められる。一気に距離を詰めて、相手が数に怯んだところを鉄の槍で一突きして仕留める。
それを見て逃げ出そうとする小さな魔物達も、逃がさない。ゴーレム達は怒涛の勢いで魔物を逃がすまいと追いかけていく。
この様相に混乱したのが、大きな魔物達……グリフォンやペリュトンである。
自分達という脅威がやってきたというのにもかかわらず、小さな魔物を躍起になって追い回し、容赦なく仕留めていくゴーレム達。その隊列は乱れることなく、しかし、自分達をまるで見ていない!
この状況が理解できなかったペリュトン達、グリフォン達は……それ故に、反応が遅れた。
それは、自分達に忍び寄るアイアンゴーレムの存在への反応が、である。
「やっぱり優秀ねえ」
マリーリアはうっとりとしながら、アイアンゴーレムの快進撃を見守っていた。
単騎で敵陣の真ん中へ忍び込み、奇襲。それで一気に2体ほどの魔物を仕留め、後は、敵がばらけたところをテラコッタゴーレム達と一緒に囲んで、各個撃破していく。
ゴーレム達は1つの隊である。そして、魔物達は残念ながらそうではない。
魔物達はあくまでも、食料に目が眩んで一緒に攻め込むことにしただけの烏合の衆。そこに連携も何も、あったものではない。そしてそれこそが、ゴーレム部隊と魔物達の命運を分けることになるのである。
1体、また1体とやられていく仲間達を見て、魔物達は隊列を乱した。逃げ出すものも出てきたが、ゴーレム達は油断せず、追えるものは追いかけて仕留めたが、深追いはしない。さっさと逃げていくものはそのまま逃がした。
そうしていけば、すぐに魔物は居なくなる。……ゴーレム達は無事、拠点の防衛に成功したのであった!
「ご苦労様!よくやったわね」
戻ってきたゴーレム達に労いの言葉を掛けて、マリーリアは満面の笑みを浮かべた。アイアンゴーレムは恭しく一礼して、正に騎士然とした様子である。
「じゃあ、血抜きをしたら本日は解散。明日は解体作業と皮鞣しをお願いね」
今回の防衛線は、大満足の結果である。拠点を無事に守り抜けたこともそうだが、それ以上にゴーレム達の強さを確認することができた。
この分なら、アイアンゴーレムに戦闘指揮を任せてしまってもいいだろう。マリーリアも同じようなことができるが、まあ、分業できるならしてしまった方がよい。戦闘についてはアイアンゴーレムの方が向いているようである。
「うふふ、これで冬の間もお肉にはもう困らないわねえ。それに、毛皮も!」
……それから、獲物が向こうからやってきてくれたのもありがたい。特に、小さな魔物の柔らかな毛皮は、今、マリーリアが最も欲しいものである。それが向こうから沢山やってきてくれたのだから、言うことは何も無い。
「……塩はまた足りなくなりそうねえ」
が、この量の肉を処理しようとすると、また塩が足りなくなる。増産しても増産しても間に合わない。それが塩なのである……。
さて。翌日。島流し122日目。
「おはよう!皆、今日もご苦労様!破損に気を付けて、ゆっくりやって頂戴ね!」
マリーリアは、早速働くゴーレム達に声を掛けてから家の中に戻り、朝食のスープを仕込みながら早速、毛皮の処理を始めることにした。
「さて……今日はひとまず、ペリュトンの毛皮で寝具を作りましょ」
ホーンラビットなど、小さな魔物の毛皮は今日鞣し始めて、完成までにはまだかかる。ということで、今ある毛皮を先に加工してしまうことにする。まずはペリュトンの鳥部分の毛皮……羽毛皮、とでも言うべきふかふかの毛皮を用いた寝具づくりである。
今、マリーリアのベッドには、ペリュトンの毛皮が敷いてある。これの上に、ペチコートのリネンを被って寝ているのだが……流石に、冬になったらこれでは寒い。夜通し炉に火を焚くとしても、寝具はあったほうがいい。
ということで、毛皮の端を落とし、程よくベッドに収まるようにして、敷布団を二枚重ねにした。これで断熱効果がもう少し上がるだろう。
続いて、バラしたペチコートを2枚縫い合わせて、リネンの袋のようにしていく。
「で、中には羽毛を詰めればいいわね」
そこでマリーリアは外に出る。そして丁度、ペリュトンの解体をしていたゴーレム達から、毟った羽毛を貰ってきて、それをざぶざぶと洗って、ザルにあけて乾かしていく。
……ペリュトンが丁度よく沢山襲撃してくれたおかげで、羽毛布団が余裕をもって作れるようになった。マリーリアとしては嬉しい誤算である。もし羽毛がこんなに手に入っていなかったら、ペリュトンの毛皮を数枚重ねて掛布団にする予定だったのだが。
「さて。枕も作りましょ」
布団の方は、ペリュトンの胸毛や腹毛など、柔らかく軸の無い部分を使ったのだが、枕にはある程度フェザーの部分を混ぜ込む。流石に羽毛が足りないのである!
「はあ、やっぱりペチコートの形で布を持ち込んでおいてよかったわぁー」
マリーリアはため息を吐きつつ、ペチコートをバラした布を縫っていく。……このように目の細かく肌触りのいい布は、製造するのが難しいとふんで持ち込んだ。
もし、布から製造することになっていたら、麻のような真っ直ぐな繊維の植物を取り出して、紡いで、それを織って……となっていただろうが、織機を作ることを考えても、織機を木材だけで作るのは難しい。木材だけで作るにしても、その加工には鉄の道具が欲しくなるだろう。そういうわけで、布の製造はまだまだ先なのだ。
「……羊とかが居ればいいんだけれど、流石に居ないわねえ」
羊が居たら羊毛を湯がいて洗って干して、それを紡いで糸にして編んで……とやっていたのだが、羊は居ない。羊が居ないので仕方がない!羊が欲しい!マリーリアとしては羊が欲しい!
「ま、もしかしたら次の春になったら羊が湧いて出るかもしれないし……」
……まあ、望みは捨てずに、次の春を拝めるように、今はとにかく縫物をしたり、羽毛を乾かすべくひっくり返したり、と頑張ることにするのだった。
それはそれとして、羊は欲しいが。欲しいが!
布団と枕の準備ができたら、また革紐を作ったり、スライムに餌を与えたり、スライムの越冬のためにスライム小屋を用意してやったり……とやって1日が終わる。
島流し123日目は、皮鞣しを進めつつ、塩漬けになった肉を干したり、燻製にするための木屑が大量に必要になると見込んで大量に木屑を作ったり、更に、大きな燻製器が必要なので、板を使って大きな箱を作ったり……とやって終わる。
島流し124日目には燻製を始めつつ、まだ乾燥が足りない肉をひっくり返したり、また、乾いた羽毛を枕や布団に詰めたり、と作業を進めた。
島流し125日目は肉に一回目および二回目の燻煙をかけ、燻製し終わった肉は食糧貯蔵庫の天井からぶら下げたり、どんぐりを粉にしたりしている内に終わった。
島流し126日目はクルミの処理と栗の処理を行い、それから皮鞣しをまた進め……。
……そうして、島流し127日目。
「ようやくコートが作れるわね!」
マリーリアはようやく、ホーンラビットの毛皮を加工できる段階にまできたのであった!
毛皮のコート、とはいっても、作りは簡単である。
まずは毛皮を繋ぎ合わせて必要な大きさにできるように形を決めつつ、裁断していく。続いてそれらを繋ぎ合わせていき、そして最終的にそれらを仕立てて、ローブのような形にしていくのである。
「ボタンで留めるのは難しいし、編み上げもねえ……。やっぱり帯が一番だわぁ」
コートをローブのような形状にするのは、それが簡単な形だからだ。なんだかんだ、前を合わせて帯で留める形が一番単純で作りやすい。
「……襟が開くから、ケープも作りましょ」
その分、防寒対策として重ね着することにする。マリーリアは『これに次はアレを作って……』と楽しく計画しながら、針を進めていくのだった。