島流し121日目:防寒着*1
島流し121日目は、そのまま猛烈な勢いで動き始めた。
「では、テラコッタ1号は2号から6号までを連れて、薪を集めて来て頂戴。場所はここから東西に半里までね。北へ進むと中央に近づいちゃうから、あまり北へは動かないように。アイアンゴーレムは残りのテラコッタ達と適当なスライムを連れて、食料集めに。では解散!」
マリーリアが指示を出せば、ゴーレム達がぞろぞろと動いて、それぞれの仕事を果たしに動き出す。
特に、実に曖昧で雑な指示しか出さなかったアイアンゴーレムがスッと動き出したのを見て、マリーリアはにっこり、満面の笑みだ。
「……やっぱりいいわぁー。うふふふふ」
吹く風は冷たいが、マリーリアの心の中はぽっかぽかである!ああ、素晴らしきかな、アイアンゴーレム!
ゴーレム達に薪と食料を採取させている間に、マリーリアは衣類を作り始める。
「うふふ。やっと、針と糸が役に立つわねえ」
マリーリアは、この島に持ち込んだ道具の1つ……針と糸のセットを取り出して、早速、ペチコートを縫い始めた。
「そんなに凝った形のものは必要ないわね。とりあえず、胴を温められるように作りましょ」
たっぷりと布を使ってスカート状にしてあるリネンのペチコートをバラして布にして、それらを衣類に仕立てていく。シュミーズのような形にするだけだが、こんなものでも重ねて着れば暖かい。
「どのみち、毛皮を着ることになるから……鞣しの甘い毛皮が肌に触れても擦れないように、体を保護する役割だけ持てればいいわね」
簡単な作りの服を3着ほど仕立てていきつつ、マリーリアは同時に、毛皮をどう仕立てていくかを考える。
この冬を乗り越えるための防寒具。その主な素材は、やはり毛皮なのである。
毛皮は、どんぐりの木の樹皮から得た鞣し液で鞣したものである。ゴーレム達に延々と揉んでもらったり、叩いてもらったりしていたので、それなりに柔らかくできている。
だがやはり、布のようには柔らかくない。当然だが。
……原因は主に2つ。
1つは、鞣し方がやはり、甘いのだ。
もっと簡単に皮を柔らかくできる鞣し液も存在する。特定の金属を用いるなどすれば、それを作れる。だが、マリーリアはこの島の限られた資源と限られた技術の中で、それを手に入れることを諦めた。
なのでどうしても、鞣しは甘くなってしまった、と思われる。それでも、ゴーレムが叩いて揉んでと頑張ってくれたおかげで、相当によいものができているとは思うが。
そしてもう1つの理由は……毛皮自体が、分厚いのである!何故なら、『そういう』魔物ばかり狙って狩ってしまったので!
昼前。
服を3着縫い終えたマリーリアは、一度戻ってきたゴーレム達の成果を確認しておくことにした。
「あらぁ、薪がかなり集まってるわぁー」
薪は、浴室の横に張り出す形で作った屋根の下に薪棚を造って、そこに収めてある。この調子で集めてもらえれば、一冬超えるだけの薪は手に入るだろう。
「ご苦労様。それで、アイアンゴーレムの方は……」
マリーリアが振り向けば、アイアンゴーレムがマリーリアの前に傅いて……ケルピーの首を差し出してきた。
「……あらぁ。狩りもしたのね?まあまあまあ……」
早速、とんでもない成果である。このアイアンゴーレム、マリーリア無しでも魔物に打ち勝ち、その肉を持ち帰ってきたのだ!
アイアンゴーレムの示す方を見てみれば、首を落としたケルピーが木からぶら下げてあり、血抜きされていた。そしてその向こうでは、栗やくるみを拾い集めてきたらしいテラコッタゴーレム達が、それらをよいしょよいしょと仕分けていく。
栗はイガを剥いて、皮ごとそのまま天日干しする。後は、1日1回程度、皮ごと乾煎りしつつ乾燥を進めていけばいい。硬い皮の中でカラカラと音がするくらいになれば、そうそう傷まない。食べる時はカラカラに乾いて脆くなった皮を割って、一晩水に漬けておいてから煮ればいいのだ。
どんぐりは、以前やったように茹で零し、灰汁で煮て、そうして粉に挽いておく。しっかり乾煎りして乾燥させておけば、このどんぐり粉もそうそう傷まないのだ。
「立派だわ。ふふ、勲章があったら叙勲ものなのだけれど。じゃあ、午後はあれの解体をお願いしようかしら」
マリーリアはアイアンゴーレムにケルピーの解体をお願いしておく。あれはあれで力仕事なので、頼めるなら頼んでしまいたかったのだ。
「……あっ、そうだわぁ」
そこで、マリーリアはふと気づいてアイアンゴーレムを呼び止める。
「もし、解体してもまだ時間があるようだったら、弱い魔物を狩ってきて頂戴。肉は小さくてもいいわ。何なら、肉はスライムにあげちゃってもいいの」
アイアンゴーレムは、マリーリアの指示を聞きつつ、少々不思議そうに首を傾げている。中々愛嬌があって可愛い。マリーリアはアイアンゴーレムの様子にまたにっこりしつつ、自分の意図を説明した。
「薄くて柔らかい毛皮が欲しいのよ」
「……まあ、この島の中央部に近いところの魔物ばっかり狩っていたら、こうなるわよねえ」
昼食を終えたマリーリアは、ゴーレム達がケルピーの解体や薪割りを進める中、現在手元にある資材を見つめ直していた。
「丈夫な分厚い皮……うーん、防具にはいいんだけれど、衣類としては、あんまりよろしくないのよねえ……」
……マリーリアが現在所持している毛皮の類は、それらの大体が分厚くて、硬い。毛もごわごわしたものが多い。
これでも断熱の効果は見込めるが、衣類として身に纏うことを考えると、あまり、具合がよろしくない。衣類は衣類である以上、体に合わせて伸縮するものが望ましいのだ。あまりにも頑丈すぎると、体の動きに合わせて服が動いてくれないのだ!
「やっぱり、小さくて弱い魔物を狩って、薄くて柔らかい毛皮を手に入れるしかないわね」
……なので、マリーリアは今後、食料のためではなく、毛皮のために獲物を選択しなければならない。
例えば、ウサギやキツネの類……比較的小さな獣の毛皮ならば、体が小さい分、皮も薄くて柔らかいのだ。勿論、その代わりに皮の面積が小さいので、何匹分も集めなければいけないのだが……。
「でも私は魔物達に警戒されるのよねえ……。そう考えるとやっぱり、アイアンゴーレムにお願いするのがいいかも」
尚、マリーリアはこの島で比較的強い魔物をガンガン狩ってしまったため、島の魔物達から既に恐れられている。『アイツを見たら逃げろ』と噂し合っているのではないだろうかと思ってしまうほどに、逃げられる。
……なので、マリーリアの気配が薄いアイアンゴーレムに働いてもらった方が、まだ、目がありそうだ。今後しばらくは、毛皮目当てにアイアンゴーレムに狩りを頼むことになりそうである。
「となると、鞣し液をまた調達しておかなきゃいけないわねぇ……。うーん、ゴーレムの配分が悩ましいわぁー」
マリーリアは悩みつつ、ひとまず、今ある毛皮でも作れそうなものから作り始めることにした。ひとまず……毛皮と鞣し革を使ったブーツを作って、足元の防寒対策を進めることにする!
皮を縫い合わせるにあたって、マリーリアは太く長い縫い針を取り出した。
「これ、持ちこめてなかったらペリュトンの角を削って針を作るところから、だったわねえ……」
鹿の角を用いれば、太めの針は作れる。革を縫い合わせる程度ならそれで十分だが……やはり、金属製のちゃんとしたものがあるなら、それに越したことは無いのだ。
マリーリアは早速、適当な革を切っていく。
靴底になる部分は、頑丈な革を二枚重ねにする。側面にあたる部分は、できるだけ柔らかそうな毛皮を選ぶ。……まあ、できるだけ。
「小人が縫い合わせてくれたらいいんだけれど、そうはいかないわよねぇ。うふふふ……」
部品が出来上がった状態で置いておくとブラウニーがやってきて靴を縫ってくれる、という伝承もあるが、まあ、期待できない。マリーリアは続いて、革紐を作っていく。靴の部品を切り出した後の革の、いわば端切れになってしまったものを紐にしていくのだ。
革紐は真っ直ぐに切っていくのではなく、ぐるぐると渦を巻くように切り出していけば、より長い革紐が取れる。何かを切り出した後の、その外側の部分が特に、これをやるのに適する。無駄なく革を使えるので、少し得をした気分になるマリーリアであった。
革をひも状に切り出せたら、今度はそれをよく延ばしていく。ぴんと張った革紐を机の角などにこすりつけていくようにして力を加えていけば、革紐はより細く延びていき、同時に柔らかく、しなやかになっていく。こうしていけば、ものを縫い合わせるのに使える紐になるのである。
「まあ、こんなものでいいでしょう」
ある程度までの細さになったら、マリーリアは早速、それに針を通していく。使う針は2本。靴の形に切り抜いた革に鏨で穴を開けていき、その穴の中を通すようにしながら、2本の針で革の縁をかがるようにして縫い合わせていくのだ。
「これくらいの太さの革紐で縫うのでも、しっかり力を掛けていけばきっちり縫い合わさるのねえ」
縁になる部分が革紐なので、特に気を付けて、しっかりと密に縫い合わせていく。ここをできる限り頑丈にやりたかったので、植物繊維の紐ではなく革紐で縫うことにしたのだ。
マリーリアは一針ずつ、きっちりきっちり縫っていく。……これには中々に時間がかかるもので、夕方頃ようやく、靴が出来上がったのだった。
「はあー、できたわぁー」
肩と目の疲れを揉み解しながら、マリーリアは出来上がった毛皮のブーツを眺める。
やや大きすぎるくらいのブーツは、ふくらはぎの中程までを覆えるくらいの丈である。そして、緩い部分は革紐を巻いて留める。これでなんとか、着用できてなおかつ暖かいはずだ。
「さて、ゴーレム達の方はどうかしらぁ……」
靴に集中していたので、外の様子は見ていない。マリーリアは心配少々、わくわく大半の気持ちでそっと外を覗き……。
「あなた、優秀ねぇ……」
そこに居たアイアンゴーレムが、その手に小さな獣の皮を持って居るのを見て、ぱちぱちぱち、と拍手することになったのだった!
「お肉の解体は終わっていて、塩漬け作業が進んでいて、それでいて、あなたは単騎で小さめの獣を狩りに出た、っていうことね?はあ、優秀だわぁ……」
マリーリアは状況から概ねを推測して、改めてぱちぱちと拍手を送る。アイアンゴーレムは恭しく傅きながらも誇らしげであった。
「これは……ホーンラビットね?うんうん、すっごくいい。すっごくいいわぁー」
アイアンゴーレムが仕入れてきてくれた毛皮は、ホーンラビット……角の生えた大きなウサギのものであった。マリーリアが丸くなった程度の大きさのある大きなウサギなのだが、まあ、ウサギである。皮はそれなりに柔らかく、毛もふわふわとしているので、これを鞣せば衣類を作るのに丁度よいものと思われた。
「それに、3匹分も!こんなによく仕留められたわねえ……」
ゴーレムには生物の気配が無いので、魔物に警戒されにくい、ということはある。だが、それにしても、ホーンラビットを3匹も仕留めるのは中々難しいだろう。余程運が良かったのか……。
「……あら?どんぐり?」
だが、不思議に思うマリーリアの前に、アイアンゴーレムの手が差し出された。その掌の上には、どんぐりが乗っている。
「……えーと」
マリーリアはこれを見て頭を働かせる。ゴーレムが見せてきたのだから、これには意味があるのだ。
「つまり……どんぐりを食べに出ていたところを狙った、っていうことかしらぁ」
マリーリアが尋ねれば、アイアンゴーレムはその通り、とばかりに頷いた。
ホーンラビットは主に草を食べるが、どんぐりやくるみといった木の実も食べる。草だけではこの大きな体を維持するのが難しいのだろう。よって、この実りの季節は丁度、餌を沢山食べられる時期であり、同時に、沢山食べて冬に備えたい時期なのだ。
「もう冬がくるものねえ……。じゃ、これの鞣し作業をお願いするわ。他は明日にしましょ」
マリーリアはアイアンゴーレムに指示を出すと、早速、テラコッタゴーレム達に薪の乾燥の指示を出したり、入浴のための水汲みを指示したりしてから、自身の夕食の支度を始めることにしたのだった。
夕食は、ケルピーやホーンラビットの内臓肉のシチューである。
どんぐりの粉をまぶしてこんがりと焼いた内臓肉の類は、香ばしくもあり、それでいて旨味がぎゅっと閉じ込められて、非常に旨味が強く感じられた。ついでに入れたマンイーターの根っこと百合根に味が染みて、それもまた美味しい。
マリーリアはにっこり笑いながら美味しいシチューを楽しみ……だが。
「……あらぁ、何か来たわね」
外で、何かが蠢く気配を感じ取ったマリーリアは、警戒しながら外へ出た。
すると。
「……まあ、食料が沢山あるところを狙いたい気持ちは分かるわぁ」
そこには、魔物……ペリュトンにグリフォンに、と、それなりの大物が群れを成してやってきていた。更にその後ろには、おこぼれに与ろうとしているらしいホーンラビットなど、小さめの魔物もいる。
恐らく、狙いは食糧貯蔵庫だろう。或いは、風乾中の肉か。
「でもね」
マリーリアはそんな魔物達を見つめて……にっこり微笑んだ。
「あなた達が私のご飯になるのよ」