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島流し120日目:アイアンゴーレム*2

 島流し120日目。

 マリーリアは、鉄の部品の1つ1つに紋を刻んでいく。

 小さな鏨をハンマー代わりの石で打ちながら、少しずつ、少しずつ、紋を刻んでいくのだ。

「錆止めの観点からも、魔力定着は必須よねえ。ある程度は脂を塗ってお手入れするけれど、それでもどうしても、手の届かないところは出てくるでしょうし……脂風呂に毎日入浴させるのも手だけれど、それもなんかねえ」

 独り言を呟きつつ、両手足と胸部の部品に刻んでいくのは、魔力を定着させる紋……つまり、『単なる物質をゴーレムにするための力をより強く発揮するための紋』だ。『ゴーレムの疑似生命をより強固に定着させる紋』とでも言えるかもしれない。

 ゴーレムとは、物質であり、同時にその物質に宿る生命や魂を魔術で代替したものである。物質に宿すものをより強固に定着させれば、体が朽ちることは無い。このあたりは死霊術ネクロマンシーと似ている。死霊術もまた、動かす死体が朽ちて腐っていくのを防ぐために疑似生命を強固に定着させる必要があるのだ。

 実際、マリーリアは死霊術師の知り合いにこの紋を教えてもらって、ゴーレム用に改造した。……マリーリアはこうしたところ、妙に器用なのである。

「それから、私との記憶の共有ができた方がいいわね。私が知っている戦術や剣術を最初から使えた方がいいもの」

 続いて、アイアンゴーレムの頭部と胸部には、また別の紋が刻まれていく。……全体を通して、この紋と先程の紋が占める割合が大きい。何故ならば、この2つこそがこのアイアンゴーレムの肝だからである。


 生物の生存可能性を高める要因は、何か。

 その1つは当然、身体の強固さだろう。

 当然ながら、すぐに死ぬ体というものは存在する。小さい頃のマリーリアは体の弱い子供であったが、あの体のまま無人島に放り出されていたら、流石に生き延びることはできなかっただろう。

 だからマリーリアは、『ゴーレムの疑似生命をより強固に定着させる紋』を刻んだ。

 そしてもう1つは……知識だろう。

 あらゆる経験、あらゆる記憶……つまるところの『知識』を持っていれば回避できる危険というものは、とてつもなく多い。

 獲物の狩り方、食料の集め方、毒物への対処、金属加工のための知識……そうしたものをある程度知っていたからこそ、マリーリアは今、こうして生きている。

 ゴーレムも同じだ。冬場、飢えた魔物に囲まれた時にどのようにして切り抜けるか。相手の陣形のどこを切り崩せば被害を最小限に抑えられるか。そんなことを知っているのといないのとでは、当然、ゴーレムの生存に大きく差が生じる。

 ……ということで、マリーリアは『マリーリアと記憶を共有できるように』と紋を刻んだのである。

 こうすることで、マリーリアの経験や知識をアイアンゴーレムに教えることができる。敵に迫られた時、咄嗟に右と左どちらに動くべきかを判断する材料を与えられるし、崖が崩れて戻れなくなった時、拠点に伝えたり迂回したりするための手段を与えることができるのだ。

「体の丈夫さは大事よぉー。賢さも、とっても大事」

 マリーリアはにっこり笑って、部品に紋を刻み入れる。一目一目、丁寧に。生まれてくるアイアンゴーレムが、どうか、丈夫に長く仕えてくれるように、と。

「できるだけのものは持たせてあげないとね」

 炉の傍、熱風がマリーリアの髪を揺らし、額に汗を滲ませる。

 額の汗を拭って、マリーリアは慈しむような視線を手元の部品に向けた。

 ……ゴーレムの完成は、もうじきである。




 午後も引き続き作業を進めていく。

 鏨の使い方に慣れてきたら、紋を刻む速度は倍以上になった。『コツが分かると楽しいわぁー』とマリーリアはにこにこしながら、ここここここ、と素晴らしい速度で紋を彫り進めていった。

「ささ、余白にもしっかり紋を入れちゃうわよぉー。うふふふふ、後は単純に、身体の強化よねえ……うふふふふ」

 さて。

 アイアンゴーレムを冬場のマリーリアの代わりにするための必要な紋2つを刻み終えてもまだ、余白はある。それらの余白をまた埋めていくように、マリーリアは早速、おまけの紋を刻み入れていく。


 次に刻むのは、身体の強化。疑似生命の定着ではなく、もっと単純な……人間における『筋力』や『持久力』のようなものを強化するためのものだ。

 正確には、魔力の伝達速度を上げるためのものである。1つは魔力を一度渦巻かせて溜めておきつつ、加速させて一気に流せるようにする機構。もう1つは余剰の魔力を貯蓄しておいて、それを魔力の渦に適宜添加する機構。

 つまり、瞬発的な動作が速くなる機構と、それをより無駄なく行えるようにするための機構である。延々と走り続けることはできないが、数秒程度なら、マリーリアを超える速度で走ることができる。そんな具合だろうか。まあ、運用方法は人間により近しくなるかもしれない。


 速度重視の紋が刻み終わったら、ごく小さな余白にちまちまと、守りの性能を上げるための紋を刻んでいく。僅かな余白も無駄にはしない。アイアンゴーレムには、これだけの労力をかける意味があるのだ。

 テラコッタゴーレムやマッドゴーレムには、紋を刻めども強化の幅は然程大きくない。だが、アイアンゴーレムならば、より大きな幅の強化が見込めるのである。……1を1割増しにしても0.1しか増えないが、1000を1割増しにしたら100も増える、というような具合だろうか。

 だからこそ、マリーリアは目をぎらつかせながら必死に紋を刻む。掛けた労力が実を結ぶことを知っているから、頑張れる。


 ……そうして、マリーリアは夜になるまでずっと、紋を刻み続けていた。




 空にうっすらと月が見えるようになり、いよいよ太陽の光の残滓も消え失せようという頃。

 夕食の支度もせず、ただ、マリーリアは出来上がったそれを見つめていた。

「……できた」

 太陽と月、両方の光を僅かずつ受けて、きらきらと煌めく紋。

 組み上がった体は、マリーリアより幾分大きいくらいの人間の形をしている。

 ……アイアンゴーレムだ。


 アイアンゴーレムの周りを、テラコッタゴーレム達がそわそわと取り囲んでいる。自分達を率いることになる隊長の誕生にそわそわしているようにも見えるが、単にマリーリアのそわそわがゴーレムに反映されているだけである。

 そんなゴーレム達のように、マリーリアも内心でそわそわしつつ……アイアンゴーレムの体に近づいて、そっと、触れる。

「おはよう、って言うには遅い時刻だから……」

 触れたところから魔力を流す。

 ただの鉄の塊が……ゴーレムへと、変貌を遂げる。

「代わりに、『ようこそ』って、言わせてもらうわ」

 アイアンゴーレムは体を起こすと、夜の帳が降りゆく中でにっこりと笑うマリーリアを見上げ……その場で居住まいを正し、片膝をついて跪くと、マリーリアの手を取ってその手の甲に口づけた。


 ……ようやく、アイアンゴーレムが生まれたのである!




「あ、駄目だわぁー……この子、ちょっと気合入れて紋を刻みすぎたわぁー……」

 アイアンゴーレムが生まれてすぐ、マリーリアはふらふらとその場に崩れた。が、そのマリーリアは、すぐさまアイアンゴーレムに支えられる。『ありがとう』とにっこりしつつ、マリーリアはそのままアイアンゴーレムに支えてもらって、家へ入る。

「これだけ紋を刻んじゃうと、起動する時に消費する魔力も半端じゃないわねえ……。明日の朝に起動した方がよかったかも」

 ベッドに寝かせてもらいつつ、反省する。

 ……とっておきのアイアンゴーレムを作ってしまったが、ここまでとっておきだと、消耗する魔力が、中々に莫大だったのである!

「まあ、これくらい消費する、って分かっていれば、次からは大丈夫よ。ええ。次は……次は流石に、ここまでは紋だらけにはしないと思うけれど……」

 マリーリアはベッドに寝転がりつつ、『次はもっと上手くやるわぁ』と心に決めた。今も多少、魔力を瞬間的に大量に消費した際の頭痛や眩暈はあるものの、少し寝ていれば良くなるだろう。恐らく今日は、アイアンゴーレムの部品に紋を刻む細かな作業を丸一日続けた上での起動だったので、体が付いていかなかったのだ。

 何はともあれ、これでアイアンゴーレムはできた。次にアイアンゴーレムを作ることがあれば、その時の注意点も分かった。

 ということで……。

「ふふ、明日からたっぷり仕事を与えることになるわぁ。今の内にゆっくり休んで、魔力を蓄えておいて頂戴な」

 マリーリアはアイアンゴーレムににっこりと微笑みかけると、今日はもう寝てしまうことにしたのだった!




 翌朝。島流し121日目の朝は早い。

 というのも……。

「……お腹空いちゃったわぁー」

 魔力の消耗を回復させるためにさっさと寝てしまった昨夜であったが、夕食を摂らずに寝てしまったのだ。まあ、空腹で目が覚めたのだから、健康といえば健康なのかもしれない。

「ふふふ、おはよう。今日はしっかり働いてもらうから、よろしくね」

 ……だが、空腹だろうが何だろうが、マリーリアは元気いっぱいだ。何せ、アイアンゴーレムがここに居るのだから!




「じゃあ早速だけれど、水汲みをお願いね」

 マリーリアはアイアンゴーレムに土器を渡して、水を汲んできてもらう。

 ……特に、水場の説明はしない。だが、アイアンゴーレムは迷うことなく、家の裏手の小川へ向かっていき、そこで水を汲んできた。

 紋が上手く働いている。マリーリアの記憶をある程度共有した状態で、アイアンゴーレムは生まれてくれたのである!

「うふふ、ご苦労様。水はお鍋にお願い。朝食のスープの分だけでいいわ」

 マリーリアの指示に頷いて、アイアンゴーレムは家の中へと戻っていった。そして、鍋に7分目程度まで水を注ぐと、残りの水が入った土器を、そっと炉の傍に置いた。

 ……指示を出していないことまで、上手いことやってくれる。曖昧な指示であっても、マリーリアの記憶を参照して上手いことやってくれる。これがこんなにも、便利だとは!

 マリーリアは満面の笑みを浮かべつつ、アイアンゴーレムの仕事ぶりに満足して頷いた。これならば、苦労した甲斐はあった!




 早速、百合根の搾りかすで作った団子と肉と野草とでスープを作って朝食とする。

 朝食の支度をしつつ、マリーリアは野草を摘みに外へ出て……吹く風の冷たさに、少しばかり驚く。

「……そうね。もう、冬が来ちゃうのねえ」

 季節は秋の盛りを迎え、そして、もうじき冬が来る。ぶるり、と身を震わせつつ、マリーリアは早速、本日の仕事を決めた。

「そろそろいい加減、防寒着を作り始めなきゃね」

 アイアンゴーレムづくりにかまけて、冬ごもりの支度はまだ中途半端だ。

 いよいよ冬に向けて、あれこれ貯めこんだり、作ったりしなければならない!


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― 新着の感想 ―
[一言] マリーリアちゃん、無事アイアンゴーレム起動成功おめでとう。こだわっただけに物凄く有能そう。 夕方起動処理したのは、寧ろ良かったかも。だって昼間にダウンするより活動する時間が無駄にならなかった…
[一言] 記憶の共有があるとすごく便利だな…
[一言] 産業用ロボットレベルから一気にアンドロイドレベルになった。
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