島流し115日目:アイアンゴーレム*1
砂鉄採りの状況を見にいつもの河原へ行くと、そこでずっと働きづめになっているテラコッタゴーレム達が今日も元気に働いていた。
「あらぁ……随分集まったわね」
集まった砂鉄はそれなりに多い。上流の土砂を切り崩しているからか、かなりの効率で砂鉄が集まったようだ。それこそ、嵐が来た時のような収量が、連日記録できている、というような。
「これならいけそう。よし、早速取り掛かりましょ。まずは炭を焼くところからね。えーと、砂鉄の分量がこれだと、炭……炭、結構要るわねえ……」
マリーリアは『ああ、大変……』とぼやきつつ、まずは炭焼き窯を組み立て直すところから始めることにした!
……ということで、島流し115日目まで掛かって、なんとかかんとか薪を集め、炭焼き窯を3基、設営することができた。鉄の斧があったからこそ、この効率で薪を手に入れられたし、ゴーレムが居たからこそ、この効率で諸々の作業を進められた。道具というものは本当にバカにならない。
「さて、じゃあ炭焼き窯、着火!」
窯に火を入れて、それぞれの窯の前ではゴーレム達がわっせわっせと旧式の送風機で風を送りこみ、窯の中の木材を温め始めた。このまま丸一日と少し焼いて、薪を完全に炭化させるのだ。
……そして。
「さて、また製鉄炉もそろそろ乾いたかしらぁ……こっちも大変だったわぁー」
また炉である!炭焼き窯もそうだが、製鉄炉も鉄を取り出す時に炉を壊して取り出すので、逐一炉を作り直す必要があったのである!とても大変!
……粘土を捏ね、前回の炉に使っていた焼け土を砕いたものも混ぜ、成形して、炉を作った。焼け土を混ぜた分、前回よりも更に罅割れに強くなっただろうか。
今回は砂鉄の量が多いので、その分、炉も少し大きめに作った。そして高さがあるのは相変わらずである。高さがあった方が火力を上げやすいのだ。
「さて……アイアンゴーレムを作れるくらいの鉄が採れればいいけれど」
マリーリアは、炉を見つめて呟いた。
……アイアンゴーレムを作るには、人間一人分の大きさをした全身鎧のようなものを作る必要がある。指の1本1本まで精密に作る必要があり、それもまた悩みの1つだが……それ以上に、原料である鉄が足りるかが、不安だった。
製鉄したとして、砂鉄の重さそのままの重さの鉄が手に入るわけではない。不純物が抜け、錆が落ち、鉄はどうしても砂鉄より少なくなる。
そして、どのくらい少なくなるのかは、砂鉄の品質にもよるので何とも言えない。更には、製鉄の時の送風の具合や炭の具合、果ては蝶の羽ばたきの1つですら影響して、出来上がる鉄は大きく品質を変えてしまう。どんなものがどの程度出来上がるかは、やってみないことには分からないのだ。
「……前回は、結構上手くいったと思うのよね。あれくらいの調子で鉄が採れてくれれば、問題ないと思うんだけれど……」
マリーリアはどうにも言えない不安を感じる。
この冬を越すにあたって、アイアンゴーレムが1体でも居るかどうかというのは大きな違いだ。それでいて、冬が来るまでに製鉄に挑戦できるのは、よくてもあと1回程度。だが……出来上がった鉄を打ってアイアンゴーレムに仕上げていくのには、相応の時間がかかるだろう。何せ指の一本一本に至るまでを細かく作っていかなければならないのだから。
それを考えると、『冬まで』を考えた時、これが最後の機会になるのだ。不安は当然である。
「……ま、考えても仕方ないわね。きっと上手くいくって信じてやるしかないわぁ」
まあ、何にしてもマリーリアはやるしかない。
アイアンゴーレム1体分に足りない程度の鉄しか手に入らなかったとしても、鉄がいくらかでも手に入るならそれでいい。そう思ってやるしかないのだ。
そうして、島流し116日目。
「炭はできたわね。ふふ、これなら製鉄の後、冬に室内で使う分もあるんじゃないかしらぁ」
炭焼き窯を崩して、炭を取り出す。
3基の内、2基はかなり上手くいった。全ての薪が完全に炭化しきって、上質の炭が出来上がった。
1基は少々上手くいかなかったが、それでも一応、炭にはなった。この中で炉の中心部にあった、品質の良い炭だけを選り分けて製鉄に使う。残りの炭は、冬場の室内で煮炊き用に使うことにする。……炭は薪とは違って、燃やしても煙が出にくい。室内で使うなら、薪より炭の方が良いのだ。
「さて……じゃ、始めましょうか。集合!」
そうして炭ができたところで、マリーリアはゴーレム達を集めた。わらわら、と集まってきたゴーレム達を見回して、マリーリアはにっこりと笑う。
「これより、製鉄を始める!上手くいきますように!」
……マリーリアの祈りに合わせて、ゴーレム達ももそもそ、と動いて、『上手くいきますように』と祈る姿勢を取った。勿論、本当に祈っている訳ではないが。あくまでも、形だけだが。だがそれでも、ゴーレム達の様子を見たマリーリアは、なんだかこの製鉄が上手くいくような気がしてくるのだ!
それからはまた、火との格闘になった。
炉に火を入れ、炉を温めて、炭と砂鉄とを交互に入れていき、ひたすら送風して火力を上げる。その繰り返しだ。時々、炉の横っ腹に穴を開けて不純物が流れ出してくるのを見守りつつ、ただひたすら、鉄が生まれてくれることを祈って作業を繰り返し続ける。
ずっと火を焚いているので、とにかく暑い。マリーリアは『これ、冬場にやったらあったかくていいかもしれないわぁ……』などと思ったが、まあ、それはそれ、である。
今はとにかく、アイアンゴーレムだ。冬の前にアイアンゴーレムが欲しい以上、今やるしかない。マリーリアはゴーレム達に指示を出しつつ、製鉄作業を続けるのだった。
……そうして、島流し119日目の朝。
「そろそろ炉も冷えたわね……ふわ」
昨日の夕方まで炉には火があった。砂鉄の量が多いということは、炉の稼働時間も長いということである。当然、その間マリーリアは休憩もままならないので、非常に疲れ切っていた。炉の火が消えると同時に就寝したが、今もまだ、疲労が残っている。
「まだ眠いけど……でも、鉄の出来具合は気になるもの。さ、炉を崩しましょ」
マリーリアはゴーレムに指示を出して、炉を壊させた。そうしていくと、前回同様、不純物に覆われた塊が出てくる。
「さて、上手くいったかしらぁ……」
開いてみるまで、分からない。マリーリアは非常にどきどきしながらも、ゴーレム達に岩で不純物の塊を叩かせて……。
……そして。
「な、なんとかなりそうな量だわぁー……よかったぁ」
マリーリアは、目の前の鉄を見てほっとした。
……目の前できらきらと煌めく鉄の塊は、まあ、然程多くはない。『ものすごく上手くいった』というような結果ではなかったのだ。
だがそれでも、なんとかなりそうではある。まあ、ギリギリ、といったところだろうが……ギリギリでもなんでもいいのだ。足りれば。足りさえすれば!
「さあ、今日からはこれをどんどん成形していかなきゃね!皆!やるわよぉー!」
マリーリアは疲れも吹き飛ぶような心地でゴーレム達に号令をかけ……。
「……あ、でもやっぱりもうちょっと寝てからにするわぁー……」
……自身の体力が追い付いていないことを実感して、そそくさと退散した!ゴーレム達には炉の片付けと鉄の塊から不純物を取り除く作業をやっておいてもらって、まずは入浴する!そして寝る!マリーリアは寝るのだ!
寝た。起きた。そうして昼過ぎになってから、マリーリアはようやく、アイアンゴーレムづくりを始めることになる。
「あなた達は、あなた達自身と同じ形の部品を作っていって頂戴ね。えーと、1号と2号には手指を任せるわ。3号と4号は首と頭部。5号と6号は腕。7号と8号は胸と腹。9号と10号は脚。11号と12号は足をお願いね。13号から先は全員、人員が足りないところの補助に入るように」
テラコッタゴーレム達に指示を出せば、それぞれ、自分自身の部品の形を見ながら、こくん、と頷いた。見本があれば、テラコッタゴーレムにもこの程度のことはできるのだ。
「それで、できた部品は全て私のところに持ってきて頂戴。紋を刻むから」
アイアンゴーレムを作るにあたって、マリーリアは折角なので、とっておきのアイアンゴーレムを作るつもりである。
普段は面倒なのでやらないことが多いが……特定の紋を刻むことで、強度や魔力伝導の効率を上げることができるのだ。つまり、よりマリーリアの意思に沿った行動をしてくれるようになる。
それを部品1つ1つ、指の1関節ごとにまでしっかりと刻んでいくのだから、手間は手間だ。だが、今は時間や手間より、原料が不足している。ならば、ここは時間も手間も惜しまず、とっておきのゴーレムを作り上げてしまうべきだ。
「うふふ、どんな子にしようかしらぁ。強度はある程度上げておいた方が安全よねえ。でも、素早く動けることや賢さも大切だわぁ。後は私との相性を高める紋を組み合わせて……これは中々の大仕事ね。うふふふ……」
……マリーリアは、久しぶりの感覚ににこにこしながら、以前作ったコカトリス皮紙の余りに、どんぐりの殻を煮出して作ったインクとペリュトンの羽のペンで紋の図案を描いていく。
このように、『とっておきの1体』を作り上げるのは本当に久しぶりのことだ。テラコッタゴーレムを作った時もそうだったが、基本的にゴーレムというものは、頭数が欲しくて作るものである。1体1体の性能を上げることより、性能はそこそこでもとにかく数を優先して作る。
なんだかんだ、頭数というものは強いのだ。ゴーレム使いの強みも、『頭数を増やせる』という点にある。
……だから、今回のように、徹底的にこだわった1体を作る、というのは中々無い経験である。そして、自分の持ちうる知識と技術を限界まで絞りつくしてゴーレムを作るのは、楽しい。楽しいのだ。
マリーリアは存分に紋を考え、ああでもない、こうでもない、と試行錯誤して、その過程すら楽しむ。そんなマリーリアの横では、ゴーレム達が鉄や翡翠のハンマーを使って、アイアンゴーレムの部品を生み出していくのであった。
翌日からは、マリーリアも頭ではなく手を動かすことになる。
テラコッタゴーレム達が頑張って部品を作ってくれるので、それら1つ1つに小さな鏨を使って紋を刻んでいく。
「うふふ、目が疲れるわぁー」
細かな作業故に、とにかく目が疲れ、肩が凝る。だが、それすらも楽しいような気分になりながら、マリーリアは徐々に、着実に、そして精緻に、鉄の部品に紋を刻んでいく。
……アイアンゴーレムの完成も、目前である!




