島流し101日目:美容と健康*2
風呂を作る。それは、とてつもなく大変なことである。
何せ、マリーリアが入れるほどの大きな容器が、水漏れしない精度で完成している必要があるのだから。
「うーん……なんだか、前にも同じようなことで悩んだのよねえ……」
……が、マリーリアには、心当たりがある。
「そう、そうよ。皮鞣しのための、皮を漬けておくための容器を作ろうとして……」
そうだ。マリーリアは、浴槽に近しいものを既に1つ、作ろうとしたことがあったのだ!
「……あったわぁ」
……倉庫と化している、最初に造った屋根の下。
そこに、例の大きな大きな土器……焼成時に真っ二つに割れてしまったのをモルタルで繋いだ例のアレが、あったのである!
「……なんとか入れちゃうわぁー」
早速、大きな土器に入ってみた。ちょこん、と座って膝を縮めれば、まあ、入れる。入れてしまう!
「ということは、これに水を張って、焼き石を入れて……お湯にすれば、お風呂にできちゃうわねえ……」
とりあえずやってみましょ、ということで、マリーリアはゴーレム達と協力して、大きな土器改め小さな浴槽に水を入れていく。
「……水を張るまでが結構大変だけれど、そこはゴーレム達にやってもらえばなんとかなるかしらぁ」
できれば水道を引きたいところだが、流石にそれは厳しいかもしれない。……或いは、砂鉄採りに使っている樋のようなものを作る余裕があれば、家の傍まで水を持ってくることはできそうではあるが……。
「で、焼き石を入れて、と……」
それから焚火で焼いた石をぽちゃぽちゃと入れて、浴槽の中の水の温度を上げていく。
「……あっ、案外、簡単に沸かせるわぁ」
そして、焼き石を二十弱程度入れたところで丁度いい温度になった。……そう。小さな浴槽にマリーリアが入ることを考えると、どうせお湯をなみなみと沸かしても溢れる!ということで、実際にはそう多くのお湯は必要ないのだ。そう考えると、小さな浴槽も悪くはない。
「じゃあ、早速……うふふ、お風呂だわぁ、お風呂だわぁ」
ということで、マリーリアはいよいよ入浴する。よっこいしょ、と浴槽に浸かって……。
「……うん。うん、まあ、狭いけれど……悪くないわぁー。うふふふ」
……大満足である!
久しぶりのお風呂は、マリーリアの心を存分に癒した!
石鹸を泡立てて体を洗い、髪を洗って、別で沸かしておいたお湯を被って泡と汚れを落として……ついでに残り湯で洗濯もした。
「……髪、短くしておいてよかったわぁー。長いままだったら、これ、濡れたまま放っておいたら死んじゃいそうだものねえ」
タオルなど無いので、体を拭いたり髪を拭いたりするのは持ち込んだペチコートをバラした布である。まあ、上質なリネンなので、特に問題は無いが。
「入浴後は火の傍で髪を乾かさなきゃね。ということは、浴室を別途作った方がいいかしらぁ。でも、そうすると余計に排水が大変かしらね」
……さて。
入浴は楽しかったが、ここで問題が出てきてしまった。
「……排水、どうしましょ」
そう!入浴した後、お湯はどう捨てるべきか!それが問題なのである!
浴槽は、空っぽの状態ならマリーリア1人でもなんとか持ち上げることができる。だが、水が入っている状態だと、持ち上げるのは難しい。
勿論、ゴーレム数体を使役して運ばせれば済む話ではある。だが、排水については色々と考えるべきことがあるのだ。
「うーん、バルトリアでは、排水を一旦集めて、溜め池で少し置いておいてから流してたのよねえ……。そうすると汚れが分解するんだったかしらぁ」
ただ排水を流すとなると、川の水が汚れる。まあ、マリーリア1人分程度、大した問題ではないのだが……拠点周辺が汚れるのも望ましくないため、少々考えなければならない。
「じゃあ、排水のための穴を掘っておいて、粘土で内側を固めておいて、それから水路を切って川に繋いで……ええと、その間は堰を設けましょ。ああ、なんだか鉄穴流しみたいな話になってきちゃったわぁ……。あ、あと、川に近いところに浴室を作った方がいいわね。えーと……ああ、大変!」
……ということで。
マリーリアは色々と大変なのである!なんということであろうか!まさか、入浴するのがここまで大変だとは!
何にせよ、浴室は欲しい。さもないと、冬場は入浴中に凍死する。
ついでに、焼き石を作ったり入浴後に髪を乾かしたりできるように暖炉を作っておきたい。浴室の中はほかほかと暖かくあるべきなのだ。
「ええと、じゃあ煉瓦造りにして……床は板張りにしましょ。それで浴槽は……」
マリーリアは、ちら、と浴槽を見て……決意した。
「……排水用の穴、開けてみましょ」
「一度罅を塞いだのに穴を開けるなんて、不思議よねえー」
ということでマリーリアは、素焼きの浴槽をごりごりとやって削り、穴を開けていく。
「地道にやりましょ。また割れちゃったら大変だもの」
少しずつ、少しずつ、だ。素焼きの浴槽は割れやすい。少しずつ削って穴を開けるようにしないと、何かの拍子に力がかかったところから一気に割れかねないのだ。
ゴーレムと交代しながら浴槽に穴を開けたマリーリアは、早速、簡単な実験を行う。
穴の開いた浴槽に水は貯まらない。お風呂を準備する時には、この穴を埋める必要がある。
「ええと、水を入れる時には……」
マリーリアは、そこらへんをきょろきょろ、と見回して、丁度、栗を拾い集めて戻ってきたらしいスライムをむんずと捕まえて、栗を奪い取ると……。
「スライムを詰めればいいわね」
むぎゅ!と、浴槽の穴に突っ込んだ!
……スライムは、しっかり穴に詰まった。実験は成功である。スライムが居る限り、マリーリアはお風呂の栓に困ることは無いのである!
スライムもマリーリアと一緒に入浴することが決定してしまったところで、早速、浴室を作り始める。
家を建てた時、予備として焼いておいた煉瓦がまだまだ残っていたので、それを組み上げて家の形を作っていくのだ。
床は煉瓦を敷き詰めておいてからモルタルをかけて仕上げる。最終的には床板を乗せて、素足でも冷たくないようにする予定だ。
浴槽を置く場所と、排水用のパイプを設置する場所を決めておき、パイプの行き先には穴を掘って浄水設備を簡単に作る。暖炉と煙突も設計するのを忘れない。そしてドアは……食糧貯蔵庫よろしく、板で隙間なく作る!
「板っていいわぁー」
マリーリアはにこにこしながら、ゴーレム達が床板やドアの板を切っていく様子を眺めた。
……鉄の道具ができたことによって、木の加工が簡単になった。おかげでちゃんとしたドアができるようになったのである!
「……後で、自宅のドアも作り替えましょ」
冬に向けて、隙間風をできるだけなくす努力をした方がいいだろう。さもないと、凍え死ぬ。マリーリアは『ドアっていいわぁ……』とにっこりしながら、ゴーレム達に余分のドアをもう1つ注文するのだった。
……そうして、島流し110日目には、浴室も完成した。
ごく小さな浴槽、暖炉、石鹸やリネンを置いておくための小さな棚、そして髪が乾くまで休憩するためのスツールと小さなテーブルなどがあるだけの、小さな空間である。
だが、これがあるのと無いのとでは大分違うのだ!風呂の意味は、大きい!
「うふふふふ、石鹸も2種類置いときましょ。ローズマリーの石鹸と、オレンジの石鹸と……うふふ、楽しいわぁー、うふふふふ」
……長い島流し生活には、娯楽が無い。生きることに精一杯なばかりで、物事を楽しむ余裕すら失ってしまえば、体が生き残っても心が死んでしまう。
だからこそ、お風呂は重要なのだ。
心身の健康、そして美容のために、風呂を作ってよかった。マリーリアは心の底から喜び、ついでに、お風呂の栓にしっぱなしだったスライムをそっと解放してやった。スライムは特に気にした様子もなく、ぽよぽよ、と跳ねながらどこかへ消えていった。恐らく、マリーリアにとられてしまった分、また栗でも拾いに行くのだろう。
「さ。食料の調達も進んできたけれど……どうかしらぁ」
スライムを見送ったマリーリアは、『戻ってきたらまた栗が増えるわぁ』と喜びつつ、食糧貯蔵庫の様子を見る。
食糧貯蔵庫には、百合根から採ったでんぷんや、この数日の間に仕留めたマンイーターの根っこから採ったでんぷんの袋が壁にぶら下がっている。また、マンイーターの茎を一度湯がいてから干したものもいくらか保存してある。
天井からはしっかり塩漬けして水気を抜いて乾燥させてから燻製にしてより水を抜いた肉の数々がぶら下がっている。……大量の肉の塊がぶら下がっている様子は、中々に壮観だ。
更に、棚には食料の詰まった土器。栗や松の実、どんぐりの粉、干したナツメの実。スライムが見つけてきた野茨の実……ローズヒップは蜂蜜漬けにして保存してある。他にも、煮詰めたオレンジの果汁やベリーの果汁の瓶があり、漂着した瓶の酒、葡萄酒の樽、そして……蜂蜜!
「スライムのおかげで沢山集まってきたわねえ」
マリーリアはにっこり笑って満足した。食料集めに際しては、スライムの力が大きい。何と言っても、スライムのおかげで蜂蜜が手に入ったのだから!
「まあ、ギリギリまで食料は集めるとして……」
マリーリアは、また食糧貯蔵庫の付近でスライムがぽよぽよ跳ねているのを見つけて『あ、捕まえて食料を回収しましょ』と考えつつ、呟く。
「……そろそろ、砂鉄も溜まってきたんじゃないかしら」
……もうじき、冬が来る。
だがその前になんとか、アイアンゴーレムが間に合いそうであった。




