島流し101日目:美容と健康*1
そうして島流し101日目の朝がやってくる。
蜂蜜の処理が終わり、蓋をされた沢山の壺が食糧貯蔵庫に並んだ後の朝は非常に爽やかで心地よい!
マリーリアは今日も笑顔で、冬ごもりに向けて頑張ることにする。主に……食料以外の部分において!
マリーリアが今、心配しているものは……健康、そして美容である!
健康といえば、冬場は健康が脅かされる時期だ。寒さは体力を奪い、体力が奪われれば病気になりやすくなる。この島流し先の土地で病気になれば、その後に待ち構えているものは死であろう。
ということで、マリーリアは病気にならないために、3つの事柄に気を付けることになる。
1つ目は食事。これは当然だ。今、最優先でやっている。
食べるものが無ければ人間は死ぬ。そして、食べるものが不十分だと、生きていたとしても不健康になっていく。よって、あらゆる種類の食材を食べられる状況にしておいた方がいいのだ。
2つ目は保温。これも当然だ。夏までに煉瓦の家を建てたのはこれが大きい。
雨や風に晒されて体温が下がれば、余計に体力を消耗する。そして、体力を消耗した体は病気になりやすいのだ。
そして3つ目は……衛生。
病気の素となる汚れ、穢れを落とすべく、衛生的に過ごすべきなのである!
だが、この島で衛生的に過ごすのは中々難しい。
例えば、マリーリアは現在、身を清めるのに石鹸を使った水浴びを行っているが……これを冬場も行うことは難しい。体や髪が濡れた状態で過ごせば死ぬ。冬にそんなことをやっていたら、本当に死ぬ!
なのでマリーリアは、お風呂を作りたい。
湯を張って体を温め、血行を良くして体調を整え、そして汚れを落として清潔にできる設備。それが必要なのである!
……そして、そこまで欲を出すなら、もう少し手を伸ばして基礎化粧品くらいは揃えてしまいたい。
具体的には、肌を保湿して美しさを保つためのクリーム。それくらいは、入手したいのである!折角、蜜蝋と蜂蜜が手に入ったのだから!
蜜蝋に油脂を加えて固めると、柔いクリーム状に固まる。それは、唇や手など、皮膚の保湿に使えるのである。
蜂蜜をごく僅か、水に溶かして使えば化粧水にできる。これも肌の保湿に使えるのである。
そして肌の保湿は美しさに直結する!これらの基礎化粧品は是非、手に入れておきたい!
……この無人島に来てからというもの、マリーリアは美容に全く無頓着にならざるを得なかった。だが、いずれ帰国することを考えれば、いつまでもこのままではいられない。
『島流しされたマリーリア・オーディール・ティフォンはみすぼらしい姿で帰ってきた』などと言われてはいけないのだ。国の頂点に君臨する者に文句の1つくらい言ってやろうと考えるならば、強く、美しくなければならない。ついでに威圧感と諸々の凄みを引っ提げていきたい!
……ということで。
「えーと、ケルピーから採った脂、まだあったわよね。あと、ナツメの実もあったから……えーと」
マリーリアは早速、保湿クリームを作り始めることにした!
マリーリアは蜜蝋でできた蜂の巣の塊を持ってくると、それを布で包んだ。
そして、土器に水を張っておき、そこに焚火で焼いた石を投入して熱湯を作ると……。
「えい!」
熱湯の中に、蜂の巣の袋を突っ込んだ!
……すると。
「わあー、蜜蝋が浮かんできたわぁー。うふふ、たのしーい!」
袋の中から溶けた蜜蝋がぷくりと染み出してきて、水面に浮かぶ。袋を木の棒でつつきながら続けていると、どんどん蜜蝋が出てきて水面に浮かんでいく。
……水よりも蝋の方が軽い。そして、不純物は溶けないが、蜜蝋は溶ける。これらを利用して、蜂の巣から蜜蝋を分離することができるのである!
スープに油が浮かぶように、水面に溶けた蜜蝋が浮かんでくる。マリーリアは『これをつっついてくっつけて大きな油滴にするの、楽しいのよねえ……お行儀が悪いけれど!』などと従軍時代を思い出しつつ、尚も棒で袋をつついていく。
そうするとじきに、『水面の油滴をつついてくっつける』などできないくらいに蜜蝋の量が増えていき、やがて、水の上に蜜蝋の分厚い層ができるようになった。
「じゃ、冷めるまではほっときましょ」
こうなればあとは放置だ。マリーリアは土器をそっと、脇へ避けておいた。熱湯が冷めて、水面で蜜蝋が固まったものを取り出せば純度の高い蜜蝋の完成である!
「待ってる間に化粧水の方やっちゃいましょ」
続けて、マリーリアは鍋に少量の水を張り、そこに刻んだナツメの実を入れていった。
ナツメの実は食料でもあるが、同時に薬でもある。煮出した液には美容効果があるのだとフラクタリアで聞いたことがある。
しばらくナツメの実をじっくりと煮出していき、出来上がった液体を濾す。そしてそこに、蜂蜜を加える!
「蜂蜜をこれだけ加えておけば傷むことは無いでしょうね!うふふ、やっぱり蜂蜜があってよかったわぁー」
そうして出来上がったナツメと蜂蜜のシロップであるが……これを化粧水として使う時には、ごく少量を水で薄めて用いる。その都度、使う度にシロップを薄めて使うのは手間だが、仕方がない。水で薄める前のシロップならば日持ちするが、一度薄めてしまえば冬場といえども3日もすれば傷むだろう。
「……あら、おいし」
……そして、ナツメと蜂蜜のシロップは、美味しかった。化粧品なのだが美味しかった!マリーリアはちょっと舐めてみて、にっこりした!
化粧水の素であるナツメと蜂蜜のシロップを、煮沸消毒した瓶に詰めたところで、昼食休憩を取り……さて。
「そろそろ蜜蝋、いけるわね!」
覗き込んでみれば、土器の中、水の表面で固まった蜜蝋の姿がある。
マリーリアは早速土器をひっくり返して、蜜蝋を手に入れるとそれを化粧品に作り替えるべく頑張るのだった!
鍋に湯を沸かし、そこに小さな器を浮かべる。要は、湯煎である。
「じゃあ、蜜蝋を溶かして……と」
湯煎の器の中に蜜蝋の塊をぽこぽこといれて放っておくと、じわ、と蜜蝋がとろけていき、やがて、完全な液体になった。
「……蜜蝋が融けていくのって、なんかいいわねえ」
マリーリアはにっこり笑いながら、液体になった蜜蝋の中にケルピーの脂を入れていく。
ケルピーの脂は、以前作ったものだ。ローズマリーの枝をたっぷりと入れて煮出したものなので、とにかく香りが良い。それを掬い取って蜜蝋の海に沈めていけば、やがて脂は蜜蝋に溶け込んで、混ざりあっていく。
完全に混ざったら、それを器のまま冷まして固めて……固まったところで一度、硬さを確認してみて、硬すぎたら脂を、柔らかすぎたら蜜蝋を足して修正することにする。
……まあ、ひとまずはこれでマリーリアの美容用品が出来上がったことになる。健康はともかく、美容はこれで多少、保てるようになるだろう。そして何より、美容を考えられる程度には生活が安定した、ということだ。マリーリアとしては、これはとても喜ばしいことである!
さて。
そうしてクリームと化粧水の素を作り終えたマリーリアは、そこらへんに居たスライムがどんぐりを体内に蓄えているのを見つけて、どんぐりを回収した。
そのついでにどんぐりの木まで案内させて、そこで大量のどんぐりを入手してきた。
どんぐりは、灰汁抜きする必要があるものの、灰汁を抜けば食べられる貴重な食べ物の1つである。でんぷん質を持つので、百合根同様、大切にしなければならない!
マリーリアはゴーレムを総動員して、集めてきたどんぐりを石臼に入れ、石でごりごりと擦るようにして殻を割っていき、水に入れては浮いてきた殻を取り除き、どんぐりの中身だけを取り出していく。
どんぐりの中身は、やはりそのままでは非常にえぐみが強く、渋い。なので今度は、それを水で茹で零していく。
茹でたら水を捨て、また水を張り、今度は灰を入れて茹でる。
また水を捨て、また水を張り、また灰を入れて茹でる。
……こうしていくとどんぐりの灰汁が抜けるので、出来上がったどんぐりはそのまま潰してから干し、乾燥したら砕いて、粉のようにして保存することにした。
「はあー、結構大変だわぁ!」
大量のどんぐりを処理するのは中々に骨が折れる。だが、それでもやらねば冬の間の食糧が無いのだ。マリーリアは必死にどんぐりを処理していくしかない!
「これが終わったら、くるみもそろそろやらなきゃ……。ああ、大変……」
そして、くるみもそろそろ、外皮が腐ってぐずぐずになってきた頃である。あれも外皮を取り除いて、中のクルミの殻とその中身だけにしてしまわねばなるまい。やることはたくさんあるのである!
「これだけ働くと、やっぱりお風呂が恋しくなるわよねえ……」
……そしてマリーリアは、そう零した。
沢山働いて汗をかいて……その後にはやはり、入浴したい。今も、石鹸を使って体を綺麗にしたり水浴びしたりはしているが、程よい温度のお湯に浸かって一息つくことはできないのである。
だがやはり、冬を迎えるにあたって、どうにか、入浴できるようにしたい。寒い冬にお湯で温まりたい!
……ということで。
「よし。お風呂作りましょ」
マリーリアは、風呂を作ることになるのだ!美容と、心身の健康のために!