島流し99日目:秋、そして冬に向けて*6
というわけで、翌日。島流し99日目。
「さあ!蜂蜜のところへ案内してね!」
マリーリアは、蜂蜜を持ち帰ってきたスライムから蜂蜜を没収し、蜂蜜を没収されてしまったスライムがまた蜂蜜を採りに行こうとするのを利用して、蜂蜜の在り処へ案内させることにした。
スライムとしてはとんだとばっちりなのだが、マリーリアがより効率的に仕入れてきた蜂蜜のおこぼれに与ることは間違いないので、まあそれで良しとしてもらいたいマリーリアである。
さて。
スライムが伸びる方に向かって歩き続けて、40分程度。スライムもこの移動手段に慣れてきたのか、『この人間、伸びた方に進んでくれる!』とようやく理解したのか、多少、移動効率がよくなってきた。
マリーリアは『よしよし』と時々スライムを撫でてやりつつも進み……そして、少々の懸念を口にする。
「……1つだけ、心配なことがあるのよねえ」
口にすることで頭の中を整理しつつ、マリーリアは尚も歩く。
「スライムが蜂蜜だけ持って帰ってきたのは、なんでかしらぁ……」
……そう。
今、マリーリアが心配しているのは……『スライムが蜂蜜だけ持ち帰ってきた』というところにある。
蜂蜜、というものは、当然だが蜂の巣の中にある。
六角形に区切られた蜜蝋の巣の中に、たっぷりと蓄えられた黄金色の蜜。それが蜂蜜である。つまり、蜂蜜を見つけたのなら、同時に蜂の巣を見つけたということになる。
そして、蜂の巣には蜂蜜以外のものも当然、ある。
例えば、花粉の塊であったり。蜂の幼虫だって居るし、卵もあるかもしれない。そして何より、蜂の成虫が居ないわけがない。
……何かあって、蜜蜂達が蜂蜜も巣も放棄して逃げ出さなければならないような状況にならない限り、蜂蜜を見つけると同時に、蜂蜜よりもっと高栄養であろう蜂の子を見つけたり、蜂をついでに捕まえたりできるはずなのだ。
スライムはもったりむっちりしたか弱い生き物であるが、案外、図太い。自分より小さな生き物……例えば昆虫の類は、スライムのおいしいご飯なのだ。
そのスライムが蜂の子も蜂本体も無く、ただ蜂蜜だけを持ち帰ってきた、という事実が、マリーリアの頭脳に少々の不安要素として刻み込まれた。
……そして、マリーリアの嫌な予感というものは、当たるものなのである。
「あらぁー」
……結局、拠点から1時間ほど歩いた頃。
マリーリアはようやく、蜂の巣を見つけた。
「……これは、大物だわぁ」
流石、『島の中央部に向かって』1時間も歩いただけのことはある。
そこにあったのは、人間の身長を遥かに超える巨大な巣であった。
ついでに。
「大きいわねぇ……」
……犬か猫か。そのくらいの大きさの、蜂であった!
マリーリアは瞬時に納得した。『成程ねぇ。スライムが蜜だけ持ち帰ってきたのは、巣から漏れた蜜をこっそり集めてきたから!蜂の子や蜂を取らなかったのは、取らなかったんじゃなくて取れなかったからだったのね!』と。
……だが、のんびり納得などしていられない。巨大な蜂は、そのお尻の針をぎらつかせながら、こちらに向かって飛んでくるのである!
「あっ割と速いわぁー」
しかも速い。巨大な蜂は、案外速い。マリーリアが走る速度と概ね同じくらいの速度で迫ってくる。しかも、大量に!
「……撤退!」
ということで、マリーリアは一旦、撤退を決めた。流石に、あの大きさの蜂に集られて刺されたら、死ぬ!
ゴーレム達をマリーリアの盾にするように展開させつつ、マリーリアはなんとか逃げ出した。マリーリアの腕の中、スライムだけは蜂蜜に未練があるのか、みよん、とちょっと体を伸ばして蜂の巣の方へ向かおうとしていたが、マリーリアは『ダメよ』と言いつつスライムをぺそ、と軽く叩いた。
「さて……どうしましょ」
マリーリアは悩む。あの蜂の巣をどうしてくれよう、と。
あの蜂蜜をむざむざ捨てるのは惜しい。この島で手に入る、ほぼ唯一の純粋な甘味料。日持ちして、防腐剤としても使える。そんな素晴らしい素材を、同じく素晴らしい素材である蜜蝋共々捨ててしまうのは、あまりにも惜しいのだ。
だが、あの蜂は流石に、すぐさま対処できるものではない。準備が必要だ。何せ、でっかい蜂である。犬か猫か、といった大きさの蜂である。それがマリーリアが走る速度と同じくらいの速度で迫ってくるのである。しかも、数百匹!
……そう。あの蜂、大きさもそうだが、数も問題である。
1匹や2匹なら、まだいい。本来の蜂よりも対処しやすいとすら思える。何せ、武器を振り回して容易に当たる大きさなのだから。
大きさというものは、強さに直結するものであるが同時に、攻撃の当てやすさでもある。本来の大きさの蜂を槍で突くのは難しいが、あの蜂ならばそれも可能だ。
……だが、そんな蜂であっても、数百匹居るとなると話が変わってくる。
1匹やっている間に5匹くらい来る。或いは、その5匹に手間取る間に数十匹に囲まれることになるだろう。
そう。数の暴力というものは、いつだって強い。今のマリーリアがゴーレムによる数の暴力で狩りを行っているのと同じだ。数が居るというのは、強い。強いのだ!そして敵がそうだと、ものすごく厄介!
……ということで、マリーリアは考えた。考えに考えた。
蜂と戦うとなれば、真っ先に思いつくのは火や煙で蜂を燻り出すことだろうか。
だが、巣から蜂を追い出したところで結果は同じである。むしろ悪い。一度に相対しなければならない敵が増える。
ならば飛んできた蜂を火で焼き殺すなり追い払うなり、というのはどうだろうか。
だがそれも、危険が伴う。火で完全に蜂を制圧できるかは確信が持てない。そもそも、うっかり着火した蜂が飛び回りでもしたら、森が火事になりかねない!
食糧ごと森が焼けてしまえば、次に死ぬのはマリーリアだ。火を使うにしても、相当な注意を払う必要がある。できれば火を使わないで済む方がよい。
……と考えたマリーリアは、ようやく結論を出した。
「……今こそマッドゴーレムの出番ね」
蜜蜂は儚い生き物である。
具体的には、人間に針を刺すと、自身もまた死んでしまうのだ。どうも、あの針は人間のような弾力のある皮膚に刺さると、返しの部分が引っかかって二度と抜けなくなってしまうらしい。逆に、スライム程に柔らかければ刺し放題なのだろうが……。
よって、蜜蜂が人間を刺せるのは生涯に一度きり。蜂の針は、少なくとも人間に対しては、一回刺してしまえばそれで終わりなのだ。
……そう。蜜蜂の攻撃というものは、1体につき1回きりにできる!それこそが、蜜蜂の弱点なのである!
つまり、『とりあえず無駄に針を使わせる』という方策を採れば、それだけで敵を減らすことができるのだ。
……そして。
蜂の毒も、針の刺突も、ほとんど意味を成さない相手というものが存在しており……それが、マッドゴーレムである!
ゴーレムというものは、およそ毒物に対して最強である。生物ではないので、生物の身体を侵す毒物の類がまるで意味を成さないのだ。
また、攻撃を受けても体が破損しない限りは動き続けることができる。これも生物ではないが故。
……それでも、テラコッタゴーレムであるならば、針の刺突によって割れ砕けかねない。蜂は蜂でも、相手はでっかい蜂だ。あの針を打ち込まれればそこを起点に罅が走ることは間違いない。
だが……マッドゴーレムならば、話は別なのだ。
泥の体は柔らかく、多少の刺突では崩れることが無い。そして、泥に膠でも混ぜて弾力を増してやれば、刺さった蜂の針を掴んで離さない体になるだろう。そうすれば蜜蜂は針を体から切り離さざるを得ず……結果、死ぬことになるのだ!
ということでマリーリアは、膠を煮ることにした。
「膠はたくさんあるのよ。うふふふ……」
……仕留めたばかりのペリュトン2体もそうだが、それ以前にも仕留めた獲物の多くが、肉と皮だけ処理して、残りは大体そのままである。
腱や筋、皮の端っこなどは『いつか膠を採るかもしれないから』と干してあったが、それらがようやく日の目を見る時が来た。
「……やっぱり大きい鉄鍋、欲しい気がするわぁ」
マリーリアは膠を煮つつ、やはり鍋の存在に思いを馳せていた。……直火で加熱しても割れない鍋が欲しい。大きい奴が。あの蜂を何匹も丸茹でにできるくらいのやつが……。
……ということで、マリーリアはちまちまと、膠を煮た。
ひたすら煮て煮詰めて作られた膠液は、早速、泥に混ぜられていく。それが冷えて固まると、泥はぶにぶにと弾力を持つようになるのだ。
「じゃあ成形はよろしくね」
膠が固まってしまわない内に、手早く成形していく。……テラコッタゴーレムが。
見本をマリーリアが1つ成形しておいてやれば、後はテラコッタゴーレム達にもできる。そして膠が固まらない内に作業を終えるには、やはり、数。人手が居れば居るほど、効率的なのである!
そうしてマリーリアはひたすら膠マッドゴーレムを生み出し続けた。
元が泥であることと、造りが単純であることから、やはりテラコッタゴーレムのように融通が利くゴーレムにはならない。
だが、膠が入ったからか、それとも、膠の元になった魔物の魔力が多少影響しているのか……ただ土を水で捏ねただけのマッドゴーレムよりは、幾分話を聞いてくれる。
……具体的には、『方向転換』ができる。なので、『ついてこい』はできずとも、『右へ一歩!はい、また前進!』といった指示は通るので、かなり便利になっている!
「うん、弾力もいいかんじ」
固まった膠によって、膠マッドゴーレムのボディは、ぶよ、もち、とした感触になっている。人間の皮膚より幾分硬いだろうか。これならば蜜蜂の針をしっかり掴んで離さないだろう。期待が持てる。
「じゃあ、また明日……ふふふ、明日は記念すべき、蜂蜜パーティの日になるわよぉ……うふふふふ……」
マリーリアは出来上がったゴーレムに満足しつつ、明日の戦いを思ってにっこり笑うのだった!




