島流し98日目:秋、そして冬に向けて*5
ということで。
「すごいわぁー!スライムをカツアゲするだけでこんなに!」
……スライム達を片っ端から捕まえては彼らが頑張って集めてきた食料を奪い取って、マリーリアは土器にたっぷり一杯分の食料を手に入れることができたのだった!
「ナツメの実、よね」
スライムが大量に蓄えていたものは、ナツメの実だ。そのまま食べても甘酸っぱく美味しいものだが、軽く湯通ししてから干しておけば日持ちもする。冬のための保存食としては実にいい。
「……ということは、ナツメの木があるのね。この子達の後を追いかければ分かるかしら……うふふ」
スライム達は、雑草の類はともかく、ナツメの実はすっかりマリーリアに奪われてしまったので、また新たな食糧を探しに行くことにしたらしい。ぞろぞろとスライムが這っていくのを見たマリーリアは、ゴーレム達と共にのんびりと追いかけることにする。
「あらぁ、ほんとにあったわ!」
そうして、スライムの速度で進むこと15分。マリーリアがすたすた歩けば5分とかからないようなご近所に、ナツメの木の群生地があったのだ!
「こんなに近くにあったのに見逃してたのねえ……スライムが居なかったら気づかなかったわぁ」
スライム達は、もっちりもっちりとナツメの木に登っては、のんびりのんびりナツメの実を採取している。
……とても遅い!
「じゃ、私も貰うわね」
なのでスライム達は、後から来たマリーリアに簡単に先を越されていく!ナツメの木にするすると登ったマリーリアは、スライムが1個実を採る間に30以上は採っていく!スライムが束になっても、マリーリアに勝てないのだ!
……ということで、マリーリアは粗方、ナツメの実を採り終えた。スライム達はほんの3粒程度のナツメの実を体内に浮かべて、幾分しょんぼりしているように見える。……まあ、スライムに表情は無いのでマリーリアの勝手な想像なのだが。
「さて、回収するわね」
更に!スライム達は折角集めたそのナツメの実までもを、マリーリアに奪われてしまうのだった!哀れ!
「じゃあ、収穫業務ご苦労様。お給金をあげるわね」
……だが、マリーリアはにっこり笑ってそう言うと、スライム5匹程度を抱えて拠点へ戻る。ゴーレム達もそれぞれにスライムを抱えて歩き出す。
そうしてスライムは、スライムが移動するのの3倍以上の速さで拠点へと戻され……。
「はい、お給料」
そこで、マリーリアからスライム達へ、ペリュトン肉が振る舞われるのだった!
スライム達は、失ったナツメの実の分を超えるような肉を貰って、幾分嬉しそうに見える。まあ、スライムに表情は無いのだが。
「うふふ、納税させたらその分は還元するわよ。私だって貴族だもの」
マリーリアはにこにこ笑いながら、スライムに肉を分け与えていく。ナツメの実は美味しいが、スライムにとっては肉の方が余程貴重品である。……何せ、スライム達は草や木の実なら自力で採取できるが、肉は自力ではまず間違いなく仕留められないのだ!
「塩が足りないし、丁度良かったわぁ」
そしてマリーリアとしても、丁度いい。肉を塩漬けにするための塩が足りないところなのだから。生肉を喜んで食べてくれるスライム達にナツメの代わりとして食べてもらうのが、丁度いいかもしれない。
「うふふ、また木の実を見つけたらよろしくね」
マリーリアはにこにこ笑いながら、スライム達をぷにぷにぽよぽよ、と撫でたりつついたりして愛でるのであった。
さて。スライム達が肉の塊を体内に抱えて満足気にしている傍ら、マリーリアはまた食料探しに出る。のだが……。
「木の実探しはスライムの方が優秀そうよね。力を借りましょ」
マリーリアはそう思い立つと、スライムを適当に数匹、攫ってきた。肉でお腹いっぱいになっているのであろうスライム達がどの程度働くかは分からないが、まあ、折角なので連れて行ってみることにする。
これで、食料探しが捗るといいのだが……。
「捗るわぁー」
……捗った。
結論から言えば、食料探しはスライムの手を借りることで大変捗った。
スライムは、食料の気配を察知するのが上手らしい。何か見つけると、そちらへ行こうとしてマリーリアの腕の中で体を伸ばし始めるのだ。それを見つけたら、スライムが体を伸ばす方へ、マリーリアがスライムを抱えたまま歩いてやればよい。
そうするだけで、マリーリアはナツメの木を更に数本、そして……。
「クルミの木があるなんて、幸運だわぁ!」
そう。クルミだ。
スライムが導いてくれたのは、マリーリアの脚で30分ほど歩いたところにある……クルミの群生地だったのだ!
クルミというと、美味しい中身が茶色く硬い殻に包まれた木の実である、と思われがちであるが……木に生っているものは、異なった見た目をしている。
クルミは、あの茶色の殻の周りを更にもう一回り、緑色の果実に包まれているのである。
果実、とはいえ、美味しいものではない。むしろ不味い。非常に不味い。なので、クルミを収穫したら最初にやらねばならないことは……種の周りの果実部分を腐らせて取り除いてやることなのだ。
マリーリアはゴーレム達と共に、地面に落ちたクルミを拾い集めた。ゴーレム2体で木を揺すってもらえば熟した実が更にぽとぽとと落ちてくるので、それもしっかり拾っていく。
そうして、大きな籠5個分程度のクルミが集まった。まだ熟しきっていないものも収穫してしまえば、更に手に入るだろうが……まあ、それはまた別の機会として。
「さて。じゃあこれを処理しなきゃね」
マリーリアは持ち帰った胡桃の実を、ざっ、と土器の中に移し、土器にはたっぷりと水を張る。
こうして水に漬けておくことで果皮を腐らせ、中の種……茶色い殻に覆われた、よく知られる『クルミ』の形にしていくのだ。
「……外皮はこれ、どうしようもないわねえ……」
尚、果肉を潰した時の汁は、手に着くと中々落ちない。更に、かぶれて痒みを齎してくることすらある。なのでマリーリアは、『完全に腐るまではこのままほっときましょ』と早々に撤退を決め込んだのだった。
昼食を摂ったら、またスライムを伴って食料探しに出る。
スライムが伸びる方へ伸びる方へ、と進んでいけば……今度は、ブラックベリーの茂みがあった。
「あら、素敵!」
茂みに実るブラックベリーは、なんともつやつやとして美味しそうである。大粒なのもとても良い。
「これにお砂糖を絡めてパイに詰めて焼くと美味しいのよねぇー……パイを焼く余裕は無いけど」
マリーリアはかつて、ブラックベリーのパイが好きだった。軍を率いるようになってからも、ブラックベリーを出している食堂や酒場があったら欠かさず注文していたものである。騎士達には『本当にマリーリア様はブラックベリーのパイがお好きですね』と笑われたものだが。
「そうねえ……甘味料も欲しいけれど、流石に厳しいかしら……」
砂糖は難しくとも、蜂蜜くらいはありそうなものである。だが、それを発見するのは難しいだろう。何せ、革鎧の時に蜜蝋目当てにミツバチの巣を探し回って見つからなかったのだから。
「どこかにミツバチの巣、あるといいんだけれど……」
それでも望みを捨てないのは、蜂蜜が甘味として、そして保存料として優秀だからである。
蜂蜜は腐らない。とても長持ちする。それでいて、体を動かすための燃料として適する。……つまり、冬ごもりに向けて、とても魅力的な食材なのである!
「まあ、当面の間は煮詰めた果物の汁、ね」
……それでも、無いものは仕方がない。マリーリアはオレンジをそうしたように、ブラックベリーも潰して煮詰めて、水を飛ばして瓶詰にでもしておくことになるだろう。
そうなると元が果物だったとは思えないほどの固さになってしまうのだが、水で煮戻せば溶けてフルーツのソースになる。冬ごもりを彩る食材の1つになってくれるだろう。
「お砂糖漬けの果物、美味しいんだけど……まあ、来年以降の課題、かしらぁ」
砂糖は水に濡れると溶けてしまうので、漂着する見込みも無い。マリーリアはため息を吐きつつ、しかし今はとにかくブラックベリーを摘むことにするのだった。
ゴーレム達と共にブラックベリーを摘んだマリーリアは、籠いっぱいになったベリーを手に、にこにこしながら拠点へ戻った。スライムには駄賃としてペリュトンの骨を割って与えておいた。骨髄は脂っこいが栄養もあるので、スライムには丁度いいかもしれない。
……さて。
「……全員は戻って来てないみたいね」
マリーリアはスライム達が畑でぷるぷるしているのを眺めつつ、『あらぁー……?』と首を傾げた。
もうじき陽が沈む。そろそろスライム達は戻ってきてもいい頃だが……否、そもそも、スライム達がここを『家』として認識しているかも怪しいのだが……。
だが、スライムも一応、巣へ帰ろうとする意思はあるらしい。現に、ここに30匹を上回るスライムが屯す結果になっていることからも分かる通りだ。ついでに、畑の一角が『スライムの食糧置き場』になっているのを見ても、まあ、分かる通りである。
マリーリアは『許可してないわよぉー』と言いつつ、撤去はしてやるまい、と決めた。スライム達がせっせと畑の土を掘り返し、せっせと盛り、せっせと固めてせっせと掘って作った横穴は、なんともいじらしく見えたので。
……まあ、ということで、少々足りないスライムを眺めながら、マリーリアは『他の魔物に食べられちゃったのかしら……』と、スライム達の行方を結論付けた。何せ、冬ごもりの準備をするスライムなど、魔物達から見れば『透明なぷにぷにの中に食料がぷかぷか浮いたものがぽよぽよ這っている』というものなのだから!
だからこそスライムはマリーリアにナツメだのブラックベリーだのを奪われることになるのである。他の魔物だって同じことだろう。
……と、マリーリアは『自然の世界は厳しいわね……』と遠い目をしていたのだが。
「……あ、あら?無事だったの?」
夕暮れの森の中から、ぽよぽよ、とスライム達が帰ってきた。どうやら、食べられることなく無事に帰ってきたらしい!
「あらぁー……なんだぁ、よかったわぁ」
マリーリアは幾分ほっとしながら、帰ってきたスライム達を迎え入れ……。
「……あらっ!?」
目を見開いた。
「……蜂蜜!」
そう!スライムの透明な体内には、黄金色に輝く蜂蜜が、ぷかぷかと浮いていたのであった!




