島流し91日目:秋、そして冬に向けて*3
今、マリーリアの家には無いものがある。
それは、床だ。
……まあ、地面に煉瓦を敷き、そこにモルタルを塗って平らにしはしたが。それでも地面と高さは一緒である。
そして、床の高さが地面と一緒だと何が起きるか、といえば……。
「この家、倉庫には向かないのよねえ……」
地面と同じ高さだと、湿気を防ぐことが難しい。更に、虫や小動物の侵入があることもある。
今、マリーリアが住んでいる家は、毎日マリーリアが寝起きし、家の中で煮炊きすることで火を熾し、煙で虫除けが成され、火で空気が乾いて循環することによって保たれているが……このように人が住んでいる訳でもない家は、湿気によるカビや細菌の繁殖、そして小動物や虫による食害などを発生させやすい。
そして!秋を迎え、冬のための食糧を貯めこむ、となると……当然ながら、倉庫が必要なのである!
虫やネズミに食料を分け与えてやる余裕は無いだろう。つまるところ、マリーリアは高床式の倉庫を作る必要があるのだ!
ということで。
島流し92日目の朝。
マリーリアは、溜め池づくりは完全にゴーレム達に任せてしまうことにして……建築について考えることにした!
「えーと、柱を立てて、途中で柱を組んで、その上に床を作る……っていうかんじよねえ。造り自体はそんなに凝らないつもりだけれど……」
マリーリアは早速、高床式倉庫の設計を始める。
煉瓦の家を建てた時には木材加工に困らせられることもあったが、今は違う。何せ、今は鉄の道具がある。木材の加工はずっと簡単に、そしてずっと正確に行えるのだ!
「釘くらいは作ってもいいかもね。或いは……あっ、そうだわぁ」
マリーリアは、木材で家を建てる上でとても重要な『釘』の存在に思い当ったが、それについて、もう1つ思い出すものがあった。
「釘は漂着物を打ち直して作りましょ」
……そう。
鉄は何も、砂鉄だけからしか得られないものではない。
漂着した鉄屑を打ち直すことでも、鉄製品は得られるのだ。
マリーリアはその日、設計と指示、そして釘づくりに専念した。
設計については、概ね薪置き場や旧ベッドと同じような造りにすることにする。即ち、柱を立てたら、柱の間に棒を渡して、その棒に跨るように床板を乗せていく、という。
そして、その設計に沿ってゴーレム達に指示を出し、柱を立てさせ、高床の土台を作らせ、そして床を張ったり壁を造ったりさせていく。
「ああああ、板っていいわぁー」
鉄が生まれ、鋸が生まれて板が生まれたことによって、建築は非常に楽になっていた。
床を張るのがとても簡単だ。そして壁を造るのもとても簡単!
ついでに、屋根も板葺きにすればそれで済む。なんと手早く、なんと手軽なことか!
「木材は煉瓦よりは耐久性に劣るけれど、それは工夫でちょっと増せるものねえ」
マリーリアはゴーレムに板を作らせる傍ら、別のゴーレムにその板を炙らせていた。
炙って、板の表面を焼き焦がす。すると炭化した表面が水の吸収を防いでくれるため、木材が腐りにくくなるのだ。ついでに、焚火の煙で燻しておいてやればより一層の虫除けが期待できる。
また、木材を十分に乾燥させるためにも、炙ってなんとか木材の水分を抜きたい。……ということで、ゴーレム達は焚火の周りに板をたくさん立てかけて並べて、じわじわと乾かしつつ、乾いたものから炙り、燻す……という作業を繰り返していた。
「耐久性でいったらやっぱり煉瓦や石造りだけれど……食料の貯蔵だったら、やっぱり、木造よねえ」
……さて。
このように、マリーリアが食糧貯蔵庫を木造にしたのには理由がある。
それは、木材というものが、食料の貯蔵に向く建材だからである。
食料の貯蔵の上での天敵といえば、やはり虫や小動物であるが……カビたり腐敗したり、といった現象も大敵である。
カビや腐敗の原因の1つとなり得るものが、湿気である。湿気の多い場所ではカビが発生しやすく、また、腐敗もしやすくなるのだ。
その点、木材は優秀である。何せ……木材自体が、湿気をある程度吸収してくれるからだ!
これは、石造りでは得られない効果である。どんなに風通しを良くしても、石造りの建物は中が湿気っぽくなりがちなのだ。よって、食糧貯蔵にはやはり、木造の高床の建物が向く。
「人手が多いのもいいわねえ。うふふふ……」
板の製造、板の表面加工、そして出来上がった板の運搬などは全てゴーレムに任せられるので、とても楽である。マリーリアは釘を作ることに専念しているが、その間にどんどんと物が出来上がっていくのが中々に楽しい。
……ということで、マリーリアは楽しい木造建築を進め、島流し95日目には立派な食糧貯蔵庫を完成させていたのである!
「ふふふ……これで、採ってきた食料を本格的に貯蔵できるわぁ……」
島流し95日目の午後の始まりは、食糧貯蔵庫と共に在った。
晩夏、そして初秋を感じさせる幾分弱まった日差しに煌めく、燻し板の屋根。しっかりネズミ返しを取り付けた柱によって生まれた高床式の倉庫は、これからの冬の備えの為に重要な役割を果たしてくれることであろう。
更に、倉庫の中には貯蔵用に、釉薬を掛けて焼き上げた土器が並んでいる。
釉薬の実験は、いくつかは失敗で、いくつかは成功であった。やはり、灰や粘土がある程度入っていた方が安定する。マリーリアとしては、『まあ、今後も色々混ぜながらやってみましょ』とのんびりした構えであるが。
「明日からはいよいよ、採取生活ね。できれば、採取の段階でアイアンゴーレムが居てくれたらよかったんだけれど……流石に、砂鉄もそこまでは集まっていないものねえ……」
マリーリアは少々心配になりつつ、ため息を吐いた。
実は、簡易的な鉄穴流しは一昨日から開始している。つまり、溜め池を作って、水を貯めておいて、そこに切り崩した土砂を混ぜ込んでよく攪拌したものを一気に流す、という、ただそれだけの簡易的なものだ。
……だが、それでも砂鉄集めの成果はそこまで芳しくはない。当然、採れる砂鉄は増えたのだが、やはり溜め池1つ、水路も整備せず、となると、どうにも効率が上がりにくかった。
まあ、やらないよりはやった方がいい。アイアンゴーレムを作るに足る分の砂鉄も、きっとその内集まるはずだ。……恐らく、秋の中頃には、なんとか。
「ま、気長にやりましょ。まだ半年も経ってないんだもの。3年はかかる見込みで頑張らなきゃね」
マリーリアは『慌てない、慌てない』とにっこりしながら砂鉄のことを一旦忘れることとして……さて。
「じゃ、色々掘ったり採ったりしにいきましょ!」
楽しく採集へと向かうのであった!
「あっ。あったあった。うふふ、お花も終わって、丁度いいところよねえ」
……マリーリアが今日、主に狙っているのは……百合である!
「ちょっと根っこ貰うわね。……あら、おいしそ」
百合、とは言っても、花や茎ではない。根……鱗茎の部分である。
「茹でて食べるだけでも美味しいはずよね、これ。うふふふ……」
マリーリアは百合根を次々に掘り出しながら、ゴーレムが背負う籠の中へぽいぽいと入れていく。漂着した鉄屑を使って小さなシャベルを作ったので、掘り返すのにも効率が良い。
「うふふふ、もうじき木の実の季節が来ちゃうから、その前にこいつは片付けちゃわなきゃね。忙しくなるわよぉー」
マリーリアはにこにこ笑いながら、次の百合を探して森の中を進んでいく。
……晩夏ともなると、百合の花の時期は終わっている。花の時期であればあの白く凛とした花がよく目立つので探すのにまるで困らないのだが、今はもう、花が終わってしまっているので、百合を探すのに少々難儀する。
だが、百合のすらりと長い茎や特徴的な葉、そしてところどころ残っている花の朽ちた跡や、そこに残る種の鞘などを目印にしていけば、案外すぐに見つかるものなのだ。それにそもそも、マリーリアは探索の度に『あっ、ここに百合生えてるわね。いつか食べましょ』と記憶していたので……。
そうして夕方まで森の中をうろつき、百合根をたっぷりと手に入れてきたマリーリアは……拠点に戻ると、石臼を取り出してきた。
「これを保存食にしなきゃね」
……そう。百合根はこのままでは、そう長くは日持ちしない。
なのでこれを加工して、保存食にする必要があるのだ。
石臼で百合根を潰していく。
石臼は、いつぞやにゴーレム達にひたすら石をごりごりやってもらって作ったものだ。それに翡翠のハンマーを組み合わせて、マリーリアはどんどん百合根を潰していった。
「潰したらどんどん絞ってね」
マリーリアが潰した後の百合根は、どんどんとゴーレムに渡されていき……そこで、布を使って絞られる。
徹底的に絞る。搾りかすに水を注いで、それをまた絞る。とにかく絞る。少したりとも百合根を無駄にしないように、と、絞りに絞る。
そうして百合根のしぼり汁は、器に入れられていく。器には水が注がれて、しっかり攪拌されて……そして、放置される!
「でんぷんが沈んだら上澄みを捨てて、残ったでんぷんを干して固めましょうね」
そう。マリーリアはでんぷんを作っていたのである。
でんぷんは完全に乾かしてしまえば、後はかなり日持ちがする。冬の間もでんぷん質を食べるためには、このようにして貯蔵しておく他に無い。
「これ、マンイーターの根っこでも同じことできるかも……。手ごろなマンイーターが居たらやってみましょ」
マリーリアはにこにこしながら、マンイーターを適当に一匹仕留めることを心に決めた。
何故ならば……やっぱり、でんぷんは美味しいからである!