島流し2日目:まずは食料*2
もうじき夕暮れてくるのであろう空の下、木漏れ日の中を川沿いに歩いていくと、やがて、水が溜まって池のようになっている個所を発見した。
「あら素敵。水草も生えて……理想的だわぁ」
マリーリアは『よいしょ』と水の中を覗き込む。……すると、水面に反射する木漏れ日のその下で、ぴち、と動く影があった。
「……居るわね」
そっと声を潜めて呟き、笑う。そう。マリーリアの目が一瞬捉えたそれは、間違いなく魚であった。
「明日の朝には何かかかっていると嬉しいんだけれど……」
……ということで、マリーリアは罠を水の中にすぽりと沈めた。そのままでは浮いてきてしまうので、中に石と、それから申し訳程度に水草を入れておく。餌になってくれたら嬉しいが、はてさて。
こればっかりは、ちゃんと魚が獲れるか分からない。正直なところ、運次第だろう。なのでできれば、罠を量産して沢山仕掛けておきたいところなのだが……それはまたいずれ、ということになるだろうか。
継続してやっておいた方がいいものは、1つでも2つでも、早めに作っておく。それがいいように思われた。なのでマリーリアはひとまず罠を置くと、拠点へ戻るべく、またふんふんと鼻歌交じりに元来た道を戻るのだった。
……そうして。
「はー、片面完成したわぁー……」
その日の夕暮れ時まで頑張ったマリーリアは、なんとか、屋根を片面、葺き終わることができたのだった!
「あらっ、案外、片面だけでも快適ね!」
風除けがあるだけでも案外、違うものである。マリーリアは『これはいい』とばかり、にこにこしながら出来上がったばかりの屋根……もとい壁のような、そんなものの前に座る。
「……当面、これでもいいかも」
屋根はすっぽりと自分を覆ってくれるものがいいように思うが、何せ、片面を葺くだけでも大変だった。弱い雨程度ならこれだけでも凌げるだろう。屋根のもう片面の優先順位をそっと下げつつ、マリーリアは火を熾し、水を煮沸すべく鍋を火にかける。
……ところで、火熾しも3度目となると、流石にちょっと慣れてきた。ひたすらに流木で流木をこすり続けるだけとはいえ、体重の乗せ方など、慣れれば分かってくるものも多いのだ。
マリーリアは焚火の前で湯が沸くのを待ちつつ、のんびりと蔓を編む。採集用の籠はいくつあってもいい。とりあえず、ベリー類を摘むための籠が1つは欲しい。……今日も、午前中にベリー類を食べただけである。そろそろいい加減、真っ当に食事らしいものを食べないと体がもたない。
今後、雨の日など、採集を諦めざるを得ないこともあるだろう。そうした日の為にも、ある程度、貯蔵できる食べ物が欲しいところだが……。
「……食べ物の貯蔵となると、いよいよ海の方で食べ物を探した方がいいかしら」
マリーリアは『どうしようかしらぁ』と思いつつ、黙々と籠を編む。どうか、この籠がいっぱいになるくらいの食糧がどこかで見つかりますように、と祈りつつ。
そうして水を飲み、明日の朝の分の水を瓶に移して、大きな籠を1つ、小さめの籠を1つ編み終わったところで、マリーリアは寝ることにした。
「……ベッドも欲しいわぁ」
ころ、と横たわった地面には、葺き材の余りである草が敷き詰めてあるが、寝心地がいいとは言えない。
少なくとも、衛生面を考えて、地面から離れたところで眠りたいものである。が、それができるのは、もう少し後のことになりそうである……。
翌朝。マリーリアは朝陽に照らされて目を覚ます。
「……お腹、空いたわねえ」
目覚めは空腹と共にあった。流石に、昨日の食事では足りない。到底、足りない。
まあ、希望はある。今朝は例の……池に仕掛けた罠を確認するところから始まるのだ!
マリーリアは水を飲むと、早速、池へ向かう。
昨日設置した通り、池の底には例の罠が沈んでいる。マリーリアは、それを慎重に引き上げて……。
「……あら、入ってる!」
罠の中には、小さなエビが2匹と、両手に収まるくらいの大きさの川魚がかかっていたのである!
「わあ!これで朝ごはんには困らないわね!ふふ、お魚、お魚……」
マリーリアはるんるんと喜びのままに拠点へ帰ろうとし……そこで、がさり、と、茂みが鳴る音を聞いた。
はっとしてナイフを抜きつつ身構えていると、池の向こう側の茂みが揺れて、そこから……ひょこ、と。
「……スライムだわぁ」
ふに、ふに、とやってきたのは、スライムである。透明でふにふにした不定形の生き物であるが、なんとなく丸っこくまとまってはいる。近年の研究によれば、スライムが丸っこくなるのは『彼らの趣味』だそうだ。
そんなスライムは、マリーリアに気付いているのかいないのか、ふに、ふに、と池の縁までやってきて、そして、くぴ、くぴ、と水を飲み始めた。
……水と一緒に摂り込まれたらしい水草の切れ端がスライムの体の中を、ふよ、と漂う。ついでに、川エビも一匹、スライムの中にするりと取り込まれた。
そんなスライムを見ているとなんとも不思議な眺めである。透明な体の中に水草や川エビが浮かぶ様子は、まるでゼリー寄せか何かのようであり……。
「……確かスライムって食べられるのよね」
スライムを見つめるマリーリアの目は、本気であった。
「うーん、可もなく、不可もなく……みたいなお味ねぇ」
そして、スライムは『ぴゃーっ!』と逃げ出していった。というのも、マリーリアに体の端っこをちょっと削られて、食べられてしまったからである!
「うん、うん……でも、お水の補給としては悪くないかも」
スライムをちょっと切り取って食べてみた結果、『まあ、大体は水』ぐらいの感想を抱いた。特に不味くはないが、美味くもない。他に水が無い時にはスライムを食べよう。マリーリアはそう決めた。
「そうねぇ……スライムはアレだけれど、冬に向けて食料を貯蔵することを考えると、お肉の類を獲れたら効率がいいし……魔物を狩って食べることは視野に入れた方がいいわね」
ついでに、魔物狩りについても考える。
魔物は、まあ、魔力によって強化された生き物であり、そのついでに凶暴であるが……概ねは獣である。つまり、食べられる。
昨日出会ったマンイーターも、あれはあれで実は食べられるのだ。シャキシャキして美味しいらしい。マリーリアは食べたことが無いが。
「……となると、行動範囲を広げて採取の効率を上げるためにも、魔物狩りできるだけの武力は早めに揃えなきゃいけないのね。ああ、大変だわ……」
大変、大変、とマリーリアは嘆きつつ、その口元はにこにこと緩んでいる。
……やることがある、というのは、案外楽しいものだ。それが自らの暮らしに直結しているとなれば、尚更。
さて。
拠点に戻ったマリーリアは、火を熾し、そして魚と川エビを焼いて食べた。『お塩欲しいわぁ』とぼやきつつであったが、それでもやはり、魚の身は美味かった。体に不足していた栄養が吸収されていくような、そんな感覚すら覚える食事であった。やはり、肉や魚の類は重要である。
朝食を終えたマリーリアは、さて、と立ち上がると、例の簡易スコップを手に河辺へ向かう。
「屋根はもうこの際、後回し、後回し。……先にゴーレム作りましょ」
そうして川辺の土を崩して水と混ぜて捏ねつつ、マッドゴーレムを作っていくことにしたのであった!
ゴーレムの製造は、マリーリアにとっては簡単である。
ただ、大雑把に人間の形をしたものを作り上げ、そこに命令を刻み、それからゴーレムの主たるマリーリアの魔力を流す。それだけで完成する。
大きなゴーレムを作る時などは、他の人がゴーレムを作る時と同じように儀式を行い、魔力を整える必要があるが……とにかく、マリーリアの魔力は、ゴーレムの製造と使役にひたすら向いているらしい。逆にそれ以外のことは一切できないが。
……まあ、そういう訳で、マリーリアがゴーレムを作り使役するのにかかる労力は、他の人間がそうするよりも遥かに少ない。だが……。
「人間1人分の泥を集めるのって、大変!」
楽とはいえ、それでも労力がかかることは間違いない。特に、道具も碌に無いこの無人島においては、泥を集め、捏ねて人の形にするのも大変である。
マリーリアは簡易スコップで土を突き崩し、川辺に落としてはそれを踏んで水と混ぜて捏ね、程よい硬さになったところで掬い上げては、焚火の灰を撒いた地面の上に乗せていって人の形を作る。
……土を掬うことができるスコップの製造が待たれる。マリーリアはそんなことを思いつつ、頑張って泥をゴーレムの形にしていくのだった。
そうして一通り、人間らしい形ができたなら、次はいよいよ、命令を刻む。
「ああー、やっぱり泥だと命令を刻むのが難しいわぁ……小さな文字だとすぐ潰れちゃう」
が、細い木の枝の先で命令を刻もうとするマリーリアは、苦戦していた。そう。泥に命令を刻もうとすると、どうにも泥が柔らかくて、すぐ文字が潰れてしまうのである。
……より硬く頑丈な素材でゴーレムを作った方がいい理由の1つは、これである。
ゴーレムに刻まれる『命令』は、文字通り、ゴーレムの命となる。これによってゴーレムは動き、そして、これが失われればゴーレムは自壊する。よって、すぐ変形したり、すぐ削れたりするような素材でゴーレムを作ると、その分ゴーレムの寿命も短いのだ。
それと同時に、ゴーレムは自らの体を維持し、命令を遂行するために魔力を消費する。そして魔力を消費しきるとやはり、ゴーレムとしての形を保てなくなって自壊するのだ。
ついでに、ゴーレムの素材とマリーリアの魔力の相性というものもあるが……それについても、概ねは『より硬い物質の方が相性がいい』というくらいなものである。
そう考えると、泥で作るマッドゴーレムは、まあ、ゴーレムとしては最下級に位置するものだろう。
それでもあるのと無いのとでは大違いである。マリーリアはとにかくまずは1人分か2人分、労働力が欲しかったのだ。
……ということで。
「さあ、できたわ!おはよう!」
マリーリアはその手や頬を泥で汚しながらもにっこりと笑って、最初のゴーレムに魔力を注ぎ込んだ。
最初のマッドゴーレムは、むく、と起き上がると、マリーリアを無視して……その場に座った。
そして、そこにマリーリアがもってきた小さな焚火に、枯れ枝を一本くべる。
「わあー!成功だわぁー!」
……そう。
マリーリアが最初に造ったゴーレム。それは……火の番をしてくれるゴーレムである!
実に単純なゴーレムだ。命令は至極簡単。『目の前の焚火へ5分に1本枯れ枝をくべよ』というだけだ。これ以上の複雑な命令は、マッドゴーレムには難しすぎる。
だがこれでも十分なのだ。何故なら……。
「これで度々火熾しする必要は無くなったわね。その分、燃料を使ってしまうけれど……うーん、仕方ないわよねえ」
これでマリーリアは、あの大変な火熾しから解放されるのである!『やったわぁー』とほこほこ笑顔になりつつ、マリーリアは暫し、ゴーレムがお世話する焚火を一緒に眺めていた。
……やはり焚火はよいものだ!
「ささ。次は石斧を作るゴーレムを作るわよぉ。ふふふふふ……」
続いてマリーリアはまたゴーレムを作り始める。
泥を運び、形にするために労力は掛かる。その上、至極単純な命令しか遂行できない。……それでも、あるのと無いのとでは大違い。これがマッドゴーレムなのである!
……そうして、昼を過ぎた頃。
「賑やかになったわねえ」
火の番をするゴーレムが1体と、川辺でひたすら石を研ぐゴーレムが2体。拠点は少し、賑やかになった!