島流し82日目:製鉄*4
ということで、テラコッタゴーレムを使って大分ズルをしながらの鍛冶が始まった。
赤熱した鉄塊が取り出され、石の上で叩かれていく。
何度も叩いて伸ばしては折り、叩いて伸ばしては折って、熱が足りなくなったらまた炉に入れて……そうして少しずつ、鉄は鍛えられていく。
しっかりと叩いて伸ばして折って……を繰り返してやることで、鉄はより強くなる。よりしなやかで壊れにくい、素晴らしい素材へと変化していくのだ。
そうしてある程度鍛えた鉄は、今度はこつこつと、四角柱に成形されていく。ここからは金床代わりの石も、場所を選んで平らな部分を使うようにする。
「整ってきたわね」
やがて、マリーリアの両手にすっぽり収まる程度の大きさの四角柱が出来上がった。出来上がったら最後に……。
「じゃ、棒を通すところを作りましょ」
最後に、翡翠の鏨を使って四角柱の丁度真ん中あたりを打つ。そうしていくと、徐々に穴が開き、ついでに潰された四角柱は真ん中で少々広がるような形になった。
……これにて、最初の作品である『ハンマーの頭』が完成である!
更に続けて、斧の刃を作る。そして、鑿も作ったら、ここで最初の鍛冶は終了だ。
出来上がったばかりの鑿が、じゅっ、と水の中で冷やされて鋼色に輝く。マリーリアはちゃんとそれが冷えたかを注意深く確認してから、そっと取り出して、石の上に並べてみた。
「……ふふふ、ハンマーと斧、それから、鑿!いいわぁー、これでやっと、鉄の恩恵を受けられるのね!」
ようやく、である。
これでようやく、鉄の道具が手に入った。
ハンマーがあれば、鉄を打つのに使えるほか、より多くの砂鉄を手に入れるために岩を砕くこともできよう。まあ、それには少々、このハンマーは小さいかもしれないが……。
そして、斧があれば木材をかなり効率よく切ることができるはず。そうなれば、炭を焼くのも幾分楽になるというものである。マリーリアはうきうきしている!
……そして、鑿。これが、重要なのだ。
「鉄の鋭い鑿があれば、木に穴を開けることができるものねえ」
今回、ハンマーはヘッドの方に穴を開けた。そこに棒を通して固定して、金槌とする。
が、斧はそうではない。斧は石斧をそうしたように……斧の刃が付いていない方を木材に差し込んで固定することにしている。
そんな時に必要なのが、鑿だ。
木材に綺麗な穴を開けるために、鉄の道具があるととてもよい!今まで、石と火を使ってなんとかやっていた作業もすぐに終わることだろう!
ということで、その後は木材の加工に入った。
ハンマーヘッドに通る太さにまで木材の柄を調整し、通るギリギリのところでハンマーヘッドに打ち込んでいく。そうしてしっかり柄がはまり込んだら完成だ。これで、次回からは金槌を使うことができる。……まあ、ゴーレム達に任せてものを量産することを考えると、まだまだ翡翠のハンマーは使い道がありそうだが。
それと同時進行で、ゴーレム達には鑿を研いでおいてもらった。しゃこしゃこしゃこ、と石で鑿が研がれていくと、鋼の美しい煌めきがそこに宿る。マリーリアは鑿の刃を見て、大いに満足した!
さて。
続いて、斧のための木材も用意する。こちらは鑿で穴を開けていくのだが……。
「ああ!鉄の道具って、素敵!」
マリーリアは感動していた!その鉄の鋭さ、鉄の切れ味に!
「ああ、すっごい……すっごいわぁー、さくさく木が切れる!」
……今までは、石で木を叩き折っていた。叩いて、繊維がほぐれた木を削り取るようにして切っていたし、或いは、折っていた。
そんなところから、『切れ味』という概念が生まれるくらいのところまで、一気に駆け上がってきたのだ。鉄の文明は素晴らしい。マリーリアは暫し、感動のままに天を仰ぎ、『鉄って最高……』と幸せを噛みしめていた!
そうしてマリーリアは、金槌と斧、そして鑿を手に入れることができた。
鉄だ。鉄の道具である。鋼色に煌めくこれらは、どんな金銀財宝にも劣らない価値を持っているのだ。少なくとも、今のマリーリアにとっては金銀よりもこれら鉄の道具の方が余程価値がある!
「ああ、素敵……ようやくここまで来たのねえ」
マリーリアは満足の息を長く吐き出して、それから箱ふいごの中で頑張っていたスライム達を取り出す。へばっていたスライムだったが、適当に水の中に漬けてやれば、たちまち元気になった。それらスライムを適当に放してやって、マリーリアは夕暮れの空を見上げる。
茜色に燃えるような空を、黒く、鳥の影が横切っていく。きっと巣へ帰るのだろう。そしてきっともうじき、あの鳥達は居なくなる。……彼らは、渡り鳥だ。夏の間はこのあたりに居て、冬になったらもっと南の方へ行く。
「もうすぐ秋だものねえ」
マリーリアは微笑んで、木々の葉擦れの音と鳥の鳴き声、そして風の音に耳を澄ませる。
……達成感を得ながら過ごす晩夏の夕暮れは、中々に悪くない。マリーリアはしばらく自然の音と風とを楽しんでから、『お夕飯にしーましょ』と家へ帰っていくのだった。
……それからマリーリアは、また砂鉄を集め、木々を切っては炭を作り、そして鉄を作る、という作業を繰り返していった。
作業は繰り返していく内に次第に洗練されていき、効率化が進んでいった。
例えば、水簸をするのに丁度いい樋の角度が分かってきて、より純度の高い砂鉄を一度に集められるようになった。
また、製鉄する際、炉に入れる炭と砂鉄の比率もなんとなく分かってきて、より効率よく製鉄できるようになった。
……そしてやはり、鉄の道具だ。
鉄の斧が手に入ったことによって、凄まじい速度で木が切れるようになり、その分、炭焼きの頻度を上げることができた。
鉄のハンマーは今のところまだ使っていないが……いずれはもっと大きなものを作って、上流の花崗岩などを砕いたり、風化したものを崩したりして砂鉄を採ることになる。
そうだ。より多くの砂鉄を採り、いよいよアイアンゴーレムを造り出すために……そのためにも、ただ川に流れてきた砂鉄を集めるのではなく、自ら砂鉄を生み出していかねばならないのである!
そうして、マリーリアは島流し90日目に、必要なものを揃えたのである。
「うふふふ……できたわできたわ!」
それは、つるはしにスコップに、そして……鋸であった。
柄は長く、細かな作業のためではなく大きく振り回すことを目的としたつるはしと、土砂を掬って運ぶことに特化した、鉄のスコップ。そして、木材を板にすることのできる鋸である!
「鋸は本当に大変だったわぁー……」
……この中では当然のように、鋸の製作が大変だった。
刃の刻みを付けるために鏨で打ち、出来上がった刻みの1つ1つを研ぎ、そして、大鋸屑が詰まらないように刻みを1つおきに左右へ倒し……と、とてつもなく細かく繊細な作業と時間を掛けて作られた鋸なのである!
だが、それだけの価値はあった。何故ならば……。
「これで板ができるし、板ができればようやく大きなものを作れるようになるわねえ」
……そう。これでようやく、木材を用いて巨大な、それでいて精密なものを作ることができるようになるのだ。
鉄の文明は、同時に木材の文明でもある。鉄によってより細かく、かつ大規模に木材を加工できるようになって、木材の利用が数段階、一気に発展するのである!
つまり……。
「これでようやく、砂鉄採りの効率化ができるわねえ。うふふふふ……」
……鉄で木材を加工し、木材で鉄を生み出す装置を作って、そして鉄の量産に繋げる。そういうわけである。
マリーリアはにっこりと笑った。
「じゃあ早速、やっていきましょうか……鉄穴流し!」
いよいよ、禁じ手とも言える、大規模な砂鉄採りを始めるのだ。
鉄穴流し、というのは、東に伝わる砂鉄の採取方法である。
まず、山に水路を引く。水路の上流で花崗岩や安山岩などの砂鉄を多く含む土砂を切り崩す。大きすぎるものは適当に砕く。
切り崩した土砂を水路に流していけば、水路を下っていく過程で土砂はより細かく破砕され……その時、岩の内部に閉じ込められていた砂鉄は分離されることになる。
続いて、水路の先では堰を作って水を貯めつつ、かき混ぜては一気に流していき……大規模な水簸を行うのだ。
一気に、かつ大量に行うことによって、水簸の効率はぐんと上がる。砂鉄をちまちまと集めているのとは訳が違う。とにかく大量に鉄が採れるのだ!
だが。
「ふふふ。フラクタリアでは禁止されてるものねえ。初めての経験だわぁー」
……フラクタリア王国では、この鉄穴流しは禁止されている。
理由は至極単純だ。
「下流が土砂まみれになっちゃうものねえ。うふふふふ……」
……この鉄穴流し、環境への負荷が、ものすごく大きいのである!
当然だが、鉄穴流しを行うと、砂鉄は水路や水路の先の溜め池……通称『洗い場』に残る。だが、それ以外の軽い物質は、どんどん下流に流されていき……そこに堆積するのである!
更に言えば、水を引いて行うこれら鉄穴流しは、当然ながら下流の水を奪うことにもなる。もし、下流に畑があれば、そのための水が消えることも十分に有るわけで……国が禁止するのも已む無し、と言えよう。
「ま、この無人島じゃあ関係無いものね。うふふ、やるわよぉー」
……が、フラクタリア王国に見捨てられたこの島で、国の命令を守ってやる義理は無い!マリーリアは存分に、環境破壊してやる所存であった!
ということで……。
「……どう考えても冬までに終わらないわねえ。どうしようかしらぁ……」
マリーリアは考える。
これは、優先順位を考えないと……何もできないまま冬が来る、と!
 




