島流し79日目:製鉄*2
ということで、翌日。島流し79日目。
……無人島生活も2か月を超え、もうすぐ3か月になろうとしている。
来た時には初夏であった無人島は、そろそろ晩夏の気配を漂わせている。そう遠くなく、秋が来て、そして冬の気配が染み出してくるのだろう。
そんな日和に……マリーリアはいよいよ、鉄を作ることになるのだ。
製鉄するにあたって、マリーリアは、炉とふいご、そして炭と砂鉄を用意した。
これから砂鉄を溶かし、鉄にしていくのだが……やり方は至極単純だ。炭と砂鉄とを重ねていき、ひたすら燃やす。それだけである。
……無論、途中で不純物を抜くために炉の横に穴を開けて不純物を取り除いたり、火力を高めるためにひたすらふいごで空気を送り込み続けたり、といった作業はあるが、概ねはこんなところだ。
ということで。
「着火!」
マリーリアは早速、炉の炭に着火する。最初は砂鉄を入れず、ただ、炭だけだ。砂鉄無しで炭だけ燃やして、まずは炉を温めるのである。
「さあ……どこまで火が大きくなるかしら。挑戦ね。ふふふ……」
マリーリアは強敵に挑戦するが如く不敵に微笑んで、炉をじっと見つめた。
……上手くいけばいいが。
炉が十分に温まったら、いよいよ砂鉄を入れていく。
「砂鉄の純度は大丈夫だと思うんだけれど……うーん、まあ、駄目なら不純物として取り除けるはずよねえ……」
不安なことはたくさんあるが、何はともあれ、やってみないことには何も始まらない。
マリーリアは緊張しつつ、瓦を簡易的なスコップ代わりにして、火を噴き上げる炉の中へ砂鉄を入れていく。
さらさら、と炉に零れていく砂鉄が煌めいて、なんとも美しい。そして砂鉄が入ったことによって、炉の火の色が変わる。ぶわり、と橙の炎が大きく揺れて、マリーリアはにっこりと微笑んだ。
「いい調子だわぁ。ささ、炭も入れなきゃ」
続けて、炭も炉に注ぐ。ざらざら、と炭を満たしていって……さて。
「気長にやらないとね」
後は、待ちの一手だ。ゴーレム達(と、スライム達も)がふいごで送風し続けているのを眺めつつ、時折、砂鉄と炭とを炉に投入しつつ……しばらくの間は、ひたすら待つしかない。
「……あああー、でも、落ち着かないわぁー……」
とはいえ、落ち着かないものは落ち着かない。そわそわする。そわそわするのだ!
マリーリアはそわそわ、そわそわ、と炉の周りをぐるぐるしながら、『大丈夫かしらぁ……』とぼやき続けた。
ぼやいたとしてもどうしようもないことなのだが、何せ、ここまでにかかった労力が労力だ。それら全てが無駄になるかもしれないこの状況下、落ち着いているのは中々に難しい。
「……こういう時、他の人が居たら一緒にそわそわできるんだけれど……ふふふ、それは欲張りかしらぁ」
マリーリアは苦笑しつつ、ひとまず、そこらへんに居たスライムを拾い上げて抱きかかえることで落ち着きを取り戻すことにした。スライムはぷにぷにしていてひんやりしていて、こういう時にぎゅっと抱きしめて落ち着くには丁度いいのである。
「ゴーレムもスライムも、居てくれてとっても助かるけれど……やっぱり、人が居るのと居ないのとって、大分違うのよねえ……」
マリーリアはぼんやりと、そう呟く。
……軍に居た頃は、共に戦う仲間が居た。彼らは学の無い者も多く、粗野であったり、或いは下品であったりすることも多かったが……それでも周囲に人がいるということは、まあ、悪くないものなのである。
孤独な闘いは精神を摩耗させる。無論、程度は個人によって大きく異なるのだろうが……1人孤独にゴーレムと共に生きることができるマリーリアであったとしても、それは同じことだ。
今、ここに騎士の仲間達が居たら。
……そんなことをぼんやりと考えつつ、マリーリアは暫く、炉の炎を見つめていた。
「……いけない、いけない。そろそろ炉に横穴を開ける頃ね」
そうしてしばらくぼんやりしたマリーリアは、炉のことを思い出して慌てて準備する。
「そんなに分量がある訳じゃないから大丈夫なようにも思うけれど……まあ、やってみないことには、ねえ?」
マリーリアは呟きつつ、炉の横……元々『ここに穴を開ける』と決めていた箇所に、棒を打ち込んでいく。
「えーと、こんなかんじ……かしら?あっ、上手くいったわ!」
そして棒が炉の壁を貫通して、抜き取られた時……その穴からは、赤熱する液体……熔けて液体となった鉱物の混ざりあったものが、どろりと流れ出してきたのである!
これは、砂鉄に混じってしまった砂が熔けたものであったり、はたまた、元々砂鉄の中に取り込まれてしまっていた鉄以外の物質であったりする。それらは鉄より余程融点が低いので、このように穴を開けてやれば横から出てきてくれるのだ。
「……石が熔けるのって、不思議な気分だわぁ」
マリーリアは、ほう、とため息を吐きつつ、熔けた鉱物の流れ出したものをのんびりと眺める。
それらは流れ出し、地面に接したところからどんどん温度が下がっていって、今は黒っぽい、鉱物らしい色合いを取り戻しつつある。
「……これでお肉とか焼けないかしらぁ」
……マリーリアはなんとも気の抜けたことを考えつつ、木の枝の先でつんつんとそれをつついてみた。が、当然、赤熱の具合が収まってきたからといって、常温に戻ったわけではない鉱物である。ずっとつついていたら、木の枝が燃え始めたので、『あらあらあら』とマリーリアは木の枝を放って火を消した。
「……暇ねえ」
本当ならば、火の具合を見たり、開けた横穴から炉の中を覗き込んだりして、風量や炭と砂鉄の割合などを調整すべきなのだろうが……マリーリアには残念ながら、製鉄の経験はほぼ無い。よって、調整も何も無いのだ。ただ観察して、次回以降に生かせるよう、蓄積を重ねておくだけ。
よって、暇!暇なのだ!マリーリアは存分に暇を持て余しながら、製鉄炉から上がる炎をのんびり眺めるのだった!
半日ほど炉を動かしただろうか。最後の砂鉄と炭を炉に入れる時がやってきたので、マリーリアは大きく息を吐く。
「はあ……上手くいっていればいいんだけれど……」
ここまで来たら、もうマリーリアにできることは何も無い。ただ、炭が燃え尽きるのを待って、更に炉が冷えるのを待って……それからようやく、炉を壊して、中身を取り出して、ということになる。
「……取り出すのは明日ねえ」
ぼんやりと炉を眺めながら、マリーリアは不安と緊張を胸に、明日へと結果を送ることになったのだった。
そうして、翌日。
島流し生活80日目の朝。
「じゃあ……壊すわよぉ」
マリーリアは緊張しながら、煉瓦や石で炉を殴り始めた。ゴーレム達も一緒に殴ってくれたので、粘土を積んだ炉はすぐに壊れ、中に残ったものを露わにしてくれる。
「……一応、何も無い、ってことは無さそうだわ……」
炉の底に残っていたのは、黒やグレーを固めて作ったような、塊だ。見た目は鉄とは程遠く、石やガラスに近い。
というのも、この塊は、炉の粘土や砂鉄に混じった砂から熔け出た様々な鉱物がまじりあって固まったものだからである。要は、途中途中で炉の横から抜いていた物質と同じ、いわば廃棄物の部分だ。
問題は……この塊の、内部なのだ。
「やってみましょう」
マリーリアは意を決すると、大きな岩をゴーレム4体に命じて運ばせて……それを、塊の上に落とした!
数度、そうして岩を落としていると、やがて塊が割れる。
ばきり、と綺麗に割れたのは、外皮の部分だ。その奥にあるものを確認すべく、マリーリアはそっと覗き込んで……。
「……あっ!できてるわぁー!」
……砕けた黒い破片の中、きらきらと光り輝くのは、鉄。
鉄とはこんなにも美しいものだったか、と驚かされるような、そんな鉄がそこにあった。
鉄の塊を一欠片分取り出して、そっと朝陽に照らしてみる。
鉄の塊は、綺麗な面など持ち合わせていない。凸凹の激しい、不揃いな形をしている。だからこそ、その凹凸の1つ1つが光を反射して、きらきらと美しい。
「……綺麗」
綺麗だった。
それ以外の言葉なんて、何も出てこない。
人類の英知、文明の結晶。それが今、マリーリアの手の中に……『鉄』として確かに存在している。その美しさに心奪われて、マリーリアは暫しそのまま、鉄を見つめ続けるのであった。
……こうして遂に、マリーリアは鉄を手に入れたのである!
「……さて、と」
そうしてマリーリアは、微笑んで炉の中身をもう一度見下ろす。
「鉄は……そうねえ、ちょっとした道具をいくつか作るくらいには、できてるわね」
出来上がった鉄は、そう多くはない。土器にたっぷりと溜めた砂鉄も、還元して塊にしてしまえば随分と小さくなってしまうものだ。
だが、これで十分。ひとまずのところ、次の段階へ進むための準備には、十分なのだ。
「うふふふ。これで早速、斧とハンマーを作るわよぉー」
マリーリアは笑いながら、次の計画……より効率的に鉄を得る計画を進めるべく、にこにこと竈を作り始めるのだった!




