島流し74日目:嵐*1
「総員、撤退準備!」
嵐の兆候を読み取ったマリーリアは、すぐさまゴーレム達に号令を出す。ゴーレム達は進めていた作業の手を止めて、いそいそと荷物をまとめ始めた。
少し迷ったが、樋は三脚から外して、三脚も一緒に持って帰ることにする。……樋は焼き物だ。割れてしまうと作り直さなければならない。そして、嵐が来たなら、このあたりに置いておいたものが流れたり、落ちてきた石や飛んできた枝やその他諸々によって壊れたりしないとも言えないのだ。
そうしてマリーリアは、ゴーレム達に荷物を持たせ、拠点への道を急いだ。
急いでいる時に限って、魔物が出る。
「あらぁ、邪魔だわぁー……」
マリーリア達の進路を塞ぐように現れたのは、ホーンラビット。角が生えたウサギである。
が、小物に構っている暇は無い。マリーリアはさっと走り出て、突進してきたホーンラビットの横に回り込むと、勢いよく石斧の峰の方でホーンラビットを殴りつけた。
「あなたもお家に帰りなさいな。もう嵐が来ちゃうわよ」
一撃貰ったホーンラビットは、ぴゃーっ、と逃げていく。肉に困っているわけでもないので、マリーリアはこれを見逃すことにした。今はゴーレム達と共に、さっさと帰路を急ぐことにする。
そうして拠点へ戻った頃には、空はすっかり暗雲立ち込める様相であった。
「あらぁー……本当にこれは降りそうね」
マリーリアは、持ち帰った樋と三脚を煉瓦干し場の真ん中の方へ置いておくことにした。ここならば、多少ものが降ってこようが飛んでこようが、一応は屋根の下だ。また、屋根が駄目になろうとも、真ん中に置いてあれば屋根の下敷きになっても多少は損害を抑えられるだろう。
「ゴーレム達は……割れちゃうと大変だわぁ。お家の中で一回解体して、部品ごとに重ねて置いときましょ……」
続いて、ゴーレム達。これについては、一度使役を解いてしまうことにした。
何せ、ゴーレムはかさばる。人間と概ね同じ大きさ、形をしているのだから、当然、かさばる。だが、一回バラして重ねてしまえば、多少はマシである。
マリーリアが指示を出すと、ゴーレム達は煉瓦の家の中へ入っていって、そこで1体ずつバラけて、次に入室したゴーレムがバラけたゴーレムの部品を上手く重ねてかさばらないようにしていく。マリーリアは『よしよし』と頷いて……さて。
「それから……スライム達、ここに置いておいたら飛ばされそうねえ」
畑でぷるぷるしていたスライム達を見て、マリーリアは『あらぁー』とため息を吐いた。このスライム達、嵐を前にして全く危機感というものが無いのである!
「しょうがないわねえ……あなた達もお家の中に入りなさいな。ほらほら」
仕方が無いので、マリーリアはスライムを適当に抱えて家の中へ放り込む。これを何度か繰り返していれば、スライム達はその内、自然とマリーリアの後について家の中へ入るようになった。
嵐で吹き飛びそうなものは大体処理し終えた。これでよし。後は……嵐を待ち受けるだけである!
嵐の間に使うための薪や食材も家の中に運び込み、嵐の間の暇潰しに編むための蔓を持ち込み……そうしていると、ぽつ、ぽつ、と雨が降ってくる。
「あらぁ、きたわね」
マリーリアが少々緊張しながら雨音を聞いていると、雨はやがて、ぽつぽつ、から、ぱたぱた、へと音が変わり……やがて、ばたばたばた、と叩きつけるような大雨へと変化していく。
「……結構うるさいわぁー」
瓦にぶつかる雨の音が室内に響く。防音性という点では、草葺きの方がよかったかもしれない。だが、瓦葺きの安心感は、草葺きよりずっとずっと高い。
「風も出てきたけれど……瓦が飛ぶようなことはなさそうねえ。まあ、これ以上の風になったらどうなるかは分からないけれど……」
マリーリアは少々心配になりつつも、一応は大丈夫であろう家にほっと一息つく。
「……煉瓦の家が完成していて、本当によかったわぁー」
この嵐を、草葺きの屋根の下で迎えることになったなら、と考えるとなんとも恐ろしいものがある。雨に打たれ続けていれば、当然、体温が下がって命の危険すらあるのだ。そんな状況にならずに済むのだから、やはり家とは偉大なものである。
「ささ、折角の嵐だもの。楽しまなきゃね。ふふふ……」
マリーリアはくすくす笑いつつ、早速、木の蔓を編んで籠を作ることにした。
……木の蔓を手に取ったマリーリアは、ふと思いついてしまって、ベッドの上、自分とベッドと壁の間に、よいしょ、と、スライムを押し込んでみた。
「……楽!」
スライムからしてみればいい迷惑だろうが、ぷにぷにとして柔らかなスライムをクッションにすると、ちょっと快適である。
マリーリアはころころ笑いつつ、時々逃げようとするスライムを逃がしてやり、代わりにまた別のスライムをクッションにして……楽しく、籠を編むのであった。
そうして、夜が来る。
相変わらず雨も風も強い。ばたばたと叩きつけるような雨音は弱まることを知らず、屋根と壁の隙間の通気口からふわりと漂ってくる雨の香りにも、もうすっかり慣れてしまった。
「……あらっ、大丈夫かしらぁ」
そんな折、屋根の上で何か、ごそり、と音がする。……大方、木の枝が折れて落ちてきた、といったところだろうが……。
「瓦が無事だといいけれど……あらっ」
更に、マリーリアは首筋に、ぴちょ、と冷たいものを感じて身を竦める。
何事か、とすぐさま辺りを見回して……そしてマリーリアは、あっさりと原因を見つけた。
「あらぁー……雨漏りしてるわぁ」
……やはり、屋根の一部が運悪く破損している。瓦が割れたのではなく、ズレただけのようだが……内側から直すのは困難だ。
「どうしましょ。このまま雨漏りさせておくのもねえ……うーん」
マリーリアは少し考えて……そして。
「……スライムで塞いどきましょ」
むにゅ。
雨漏りしていた部分に、スライムを詰めておいた。
「よし。そろそろ寝ましょ。おやすみなさーい」
……そして、スライムはそのままに、マリーリアはさっさと就寝することにした!スライムからしてみればいい迷惑であろうが、そんなことを気にするマリーリアではないのだ!
さて。
少々うるさい雨音に安眠を妨害されつつも眠ったマリーリアが目覚めると、外は静かになっていた。
また、皮紙の窓越しに透けて見える光が、晴れた朝を告げている。マリーリアはそっとドアを開けて、家の外の様子を見てみる。
「……荒れてるわねぇ」
外は、中々に荒れていた。地面は落ちた木の葉でいっぱいである他、昨夜、屋根に直撃したのであろう太い枝が落ちていたり、失敗作の瓦を積んでおいたものが崩れていたり。
薪置き場の1つの屋根が吹き飛んでいた。漂着していた板をそのまま葺いたものだ。幸い、板は落ちているのがすぐに見つかったので、すぐに復旧できるが……。
「煉瓦干し場も中々荒れてるわねえ」
そして、煉瓦干し場も中々に荒れている。ここは屋根だけの、壁の無いとても風通りのよい場所であるので、却って、屋根が吹き飛ぶようなことにはならなかった。だが、屋根の下にあったものは容赦なく、その雨風を叩きつけられたらしい。置いてあった土器が吹き飛んでいたり、倒れて割れてしまっていたりしている。
「スライムが外に出てたら、きっと吹き飛んでいたわねえ……」
マリーリアはそんなことをぼやきつつ、家からスライムを取り出しては畑に放してやる。スライムは分かっているのかいないのか、雨上がりのぬかるんだ畑の土の上を、もっちりもっちり、這い回っている。
「……とりあえず、屋根を直しちゃいましょ」
ひとまず、今は復帰が第一。マリーリアは破損個所や物品を調べて回りつつ、ゴーレムを再起動して、屋根の補修やその他の片づけを進めていくのだった。
そうして屋根の瓦を直し、遅くなってしまった朝食を摂って……マリーリアは、ゴーレム達と共に海へ向かう。
そう。海だ。
「あれだけ荒れたんだもの。きっと色々流れ着いてるわよぉー……うふふふふ」
マリーリアはにこにこと満面の笑みを浮かべながら、元気に海へと歩いていく。……無人島暮らしのマリーリアにとって、海は荒れれば荒れるほど良い。海が荒れれば、打ち上げられるものも多くなる。より大きく、重いものが、そしてより遠くから、ものが流れ着くようになるのだ!
「板が欲しいわぁー……」
マリーリアはそんなことを言いつつ、海に流れ着いている何らかへ思いを馳せつつ、背負った籠の重さも感じさせない健脚で進んでいくのだった。
そうして、海辺に辿り着いたマリーリアは……。
「……素敵!」
目を輝かせ、歓声を上げた。
そう。そこにあったのは、荒れ放題になった海岸。様々なものが打ち上げられた浜辺であったのだ!
早速、マリーリアは大喜びで海岸に打ち上げられたものを確認していく。
が。
「板!」
なんと、早々に板を見つけて、マリーリアは大喜びである。
それは、立派な板であった。船の甲板に使うような。
「それに、丸太も!」
更に、太い木材も見つける。船のマスト……にするには流石に細いが、舳先はこんな具合かもしれない。
「あっ!こっちには……帆布だわぁ!」
そして、更には大きな大きな布まで見つけてしまった!マリーリアは大喜びだが……。
「あらっ、この紋章……王家の紋章、よね?」
……帆布に染め抜かれた紋は、フラクタリア王国の紋章であった。




