島流し73日目:砂鉄採り*3
島流し73日目。
砂鉄を採るべく、マリーリアは例の川へ向かった。
「よし、このあたりね」
マリーリアは早速、水底を確認する。……砂を掬い取って見てみれば、確かにそこには黒くきらめく砂鉄があった。
「じゃ、早速やっていきましょ」
マリーリアはにっこり笑うと……早速、河原に樋を設置し始めた!
樋を設置するのは、至極簡単である。支柱となる木材を3本束ねたものを広げて三脚とし、2本1組にする。そこに樋を渡していけば、水を通す道ができる。
「東洋ではこういうのに麺を流すのよねえ……ふふふ」
マリーリアは東洋の『流しそうめん』なる文化を書物で読んだことを思い出しながら、『ここに麺を流す……うーん、分からないわぁー』とにこにこした。
さて。
何はともあれ、こうして樋が設置できたなら、後は水と一緒に砂鉄混じりの砂を流すだけだ。後は水が上手くやってくれる。
「じゃ、早速行くわよー」
マリーリアは、土器に汲み上げた砂と水を、樋の一番上からそっと流していく。
……すると。
「……まあ、それなり、かしらぁ……」
樋の刻みに引っかかって、砂鉄が残る。が、砂もいくらか残ってしまっている。
逆に、細かく細かく砕けた砂鉄は、流れていってしまっている。……これは中々、難しい。
「うーん……樋を通すよりも、沈殿速度で振り分ける方がいいかしらぁ……」
マリーリアは悩みつつ、ひとまず、やれるだけやってみることにする。ゴーレム達を動かして、次々に砂鉄混じりの砂と水を流していくのであった。
そうして。
「ううーん……あんまり採れないわねえ」
砂鉄採りを初めて数時間。太陽がすっかり高く上った頃……マリーリアはようやく、両手に一掬い程度の砂鉄を手に入れることができた。が、砂鉄以外の砂も混ざってしまっている!
「もっと大規模にやらないとダメかしらぁ……」
不純物を減らす方法は、ある。もっともっと大量の砂と大量の水を使って、本当に不純物の無い一番重い層だけを残し、他は全て捨ててしまえばいい。
だが、そうできるほどの量の砂と水は、ここには無い。それこそ、砂鉄が採れそうな岩を砕いて砂を作るところから始めるでもない限りは、不純物ごと多くの砂鉄を排除している余裕など無いのだ。
「……まあ、ひとまずこの純度でいいから、作業を続けて砂鉄を増やしましょ。やらないよりはやった方がいいものね」
まあ、樋を通す作業を繰り返していけば、純度はもっと上げられるはず。マリーリアはめげずに作業を続けることにしたのだった。
昼食を摂りに一度拠点へ戻って、それからまた、上流の河原へ戻って砂鉄採りを続ける。
……一つ言えることは、『土器、沢山作っておいてよかったわぁー!』である。
何せ、水を運ぶのも砂を運ぶのも、そして採れた砂鉄を溜めておくのも、全てが土器である。そしてゴーレム達全てが常に水か砂か砂鉄かを運んでいる状態にするならば、更に多くの土器が必要になる。……そして必要な土器は、しっかり足りていた!
おかげで作業効率は最大化されている。ゴーレムを大量に使役できるというマリーリアの能力も合わさって、この方法でやるにしてはかなりの効率で砂鉄の純度を上げることに成功しているのだ。土器を大量に焼いておいたマリーリアの先見の明がぴかぴか光っている。そんな具合である!
更に、嬉しいことがあった。
「あっ」
マリーリアは河原を歩きつつ、河原の石を見て『やっぱり上流で砕けた岩がこれよねえ……』と色々調べていたのだが、そこに、ふと気になる石を見つけたのだ。
それは、マリーリアの親指程度の直径を持つ石。そして……ほんのりと薄緑に見える。
「これ……まあ!」
マリーリアはすぐさまそれを拾い上げて、太陽光に透かしてみる。
……表面がすっかり傷ついて白っぽくなってしまっているが、しっかり磨き上げれば、これはきっと、美しい緑色を呈するのだろう。石を透かして見える光は……美しい、翡翠色だ!
「翡翠だわぁ!」
そう。マリーリアは、翡翠を手に入れたのである!それも、とても美しいものを!
「まあ、まあ……ということは、この河原やこの上流を探せば、もっと翡翠が見つかるのかしら?」
マリーリアは少々そわそわしつつ、翡翠を探して河原の石を確認していくことにした。
……理由は、簡単である。
「翡翠は鉄を打つのに使えるものねえ……」
翡翠という石が、非常に硬く、そして、強固な石だからである!
石、というものは、基本的には割れる。一定の方向からの力に弱く、ぱきりと割れてしまうものもある。そうでなくとも、劈開したり、剥離したり……様々である。
無論、それこそが良い、という石もある。綺麗に割れる石なら、板のように割って瓦代わりに使うこともできるし、劈開するからこそ、黒曜石はナイフや槍の穂先、矢尻などに使える刃物へと変貌を遂げるのだ。
だが……石の中には、およそ『割れる』という性質とは無縁なものも存在する。結晶構造が緻密で複雑、靭性に長けたそれらの石の中の1つ、それが……翡翠なのだ。
翡翠は美しい石だ。白や緑や薄紫、時には空色を呈することもあるが、磨けば宝飾品になる。生憎、マリーリアはオーディール家に居た頃、宝飾品は必要最低限しか持っていなかったが、マリーリアの友人の内の何人かは、翡翠のネックレスや髪飾りを身に付けていたことがあったはずだ。
また、翡翠は割れにくいので、緻密な彫り物にも向く。フラクタリアで授与される勲章の内の1つは、翡翠を彫って花の形にした美しいものだったはずだ。
「ふふ……ハンマーにできるような翡翠が見つかったら最高だけれど、見つかるかしらぁ……」
マリーリアは早速、るんるんと上機嫌に翡翠探しを始める。
……いざ、鉄を手に入れたとしても、その鉄を打って形にする手段が無ければ、使えない。始めは、鉄を打つ鉄が無いので、石で代用するしかないのだ。そして、思い切り、熱い鉄を叩けるハンマーとなると……やはり、熱でも衝撃でも割れにくい翡翠が適するのだ!
「……ま、気長に探しましょ」
マリーリアは楽しく、河原の石を探し始める。テラコッタゴーレムには、こうした探し物は少々難しい。よって、マリーリアは地道に、そして気長に、石探しをすることになるのだ!
日が暮れてきたので慌てて拠点へ戻り、そしてマリーリアは炭焼き窯の様子を見る。
「明日、泥を崩して中を見てみましょうね」
炭焼き窯は、ひとまず火を消してある。上に被せた泥を壊して、中の薪がどの程度ちゃんと炭になっているか、確認しなければならない。だがそれも、しっかり中が冷めてからだ。ゆっくりじっくり冷ました方が、より高温を生み出せる炭……つまり、製鉄に向く炭が出来上がる。
……炭ができて、砂鉄が溜まったら、そこでようやく鉄を作れる。
「やっと製鉄できるわねえ……」
マリーリアはにっこり笑って、今日のところはさっさと寝てしまうことにした。
翌日。島流し74日目。
今日は砂鉄採りより先に、炭の様子を見る。
マリーリアは少々ドキドキしながら窯の上部の泥を退かして、中の炭の様子を見る。
……すると。
「あああー、幾らか炭化し損なってるわねえ……」
どうも、上手く炭化しなかったものがあるようだ。
炭がちゃんと出来上がっているかどうかを確認するのは簡単だ。単に、握って、折ればいい。ここでパキリと簡単に折れるものは良質な炭。特に、炭の断面に放射状の罅が走っているものは、とてもよい出来だ。
だが、中までしっかり炭化していない炭は、簡単に折れない。こうした炭のなりそこないが、幾らか出てきてしまっていた。そうした炭はもう一回、炭を焼くときに一緒に焼いてみようと思う。それで炭になればよし。ならなかったら……まあ、その時は焚火で普通の薪のように使えばいい。
「まあ、ある程度は炭も手に入ったわぁ。ふふふ……」
マリーリアは早速、出来上がった炭を籠に入れて、煉瓦干し場の屋根の下に置いておくことにした。
「……炭を置いておいたり製鉄炉を作ったりするための家が一軒、欲しいわねえ……」
マリーリアはふとそんなことを思ってしまったが、まあ、それはそれ、である。秋に余裕があったら、家をもう一つ作ってみてもいいが、今はまだ難しそうである。
炭の処理が終わったら、すぐさま砂鉄を採りに行く。
昨日よろしく、樋に砂鉄混じりの砂を流して、できるだけ純度の高い砂鉄を採っていく。
砂鉄の純度が上がれば、黒くきらきらと輝く砂鉄がなんとも美しく見えた。
また、更にマリーリアは水簸を続ける。
昨日と今日とで手に入った砂鉄を一つの土器に入れ、そこに水を注ぐ。たっぷりの水の中で砂鉄をよくかき混ぜて、それから沈殿に任せて……ある程度砂鉄が沈んだところで、上澄みを別の器にあける。
すると、鉄より軽い砂粒が大分、分離できた。尤も、このやり方だと砂ではなく砂鉄まで取り除いてしまうのだが……そこにまた新しく採れた砂混じりの砂鉄を加えて、また水簸すればよい。こうして、砂鉄の純度を上げていくのだ!
……と、マリーリアは元気に砂鉄採りを進めていた。
今日は気合を入れて、お弁当も持ってきたのだ。マンイーターの根っこを蒸し焼きにしたものと、燻製肉を軽く炙ったもの。これらを食べて、昼を過ぎてもまだ、河原で頑張っていた。
だが……。
「……あらぁ、雲行きが怪しいわぁー……」
マリーリアは、頭上が暗くなってきたのを見て、いよいよそれが来たことを悟る。
……そう。嵐が来たのだ。