島流し62日目:砂鉄採り*1
緊急事態である。
マリーリアは砂鉄はさておき、まずは川底にゴーレムを潜らせて、鎖の端を手繰らせた。
……その先に人骨でもあるか、と思ったのだが、幸か不幸か、鎖の先は岩に引っかかっていただけであった。
「……これ、何かしらぁ……やだぁー……」
マリーリアは少ない情報を前に、途方に暮れる。
砂鉄が見つかったのは嬉しいが、なんというか、見つかって欲しかったような欲しくなかったような、そんなものまで見つかってしまうともう、どうしていいのか分からない!
『奴隷の首輪』というのは、高度な魔法の品である。
その名の通り、奴隷に装着するものだ。これを装着された人間は、装着した人間の奴隷となる。……いわば、マリーリアのゴーレム使役魔法を、ゴーレムではなく人間に使うようなものだろうか。
当然ながら、普通、ゴーレム使役魔法は人間に対して使えない。それは、マリーリアとは異なる意思を既に持っている生き物だからだ。
同じように、人間以外の生物にも使えない。また、人間の死体であっても、そこに残留する意思や魂の影響で、ゴーレムにするのは難しい。
……だが、そんな事情を一切無視して、人間を思うがままに操る。それが、『奴隷の首輪』なのである。
当然、現在ではもう製造が禁止されている。だが、前の王朝が国を治めていた100年前には、まだこのようなものが製造されていて、使われることもままあったそうだ。
現在においても、捕虜を安全に捕えておくだとか、自死しかねない犯罪者を大人しくさせるだとか、そういった目的で使用されていないこともないが……まあ、珍しいものであることには変わりない。
マリーリアは、拾い上げた奴隷の首輪をつぶさに観察する。
……きちんとした作りだ。間に合わせで作ったものではない。ちゃんと、技術と道具と素材が揃った環境で作られたものである。
ただ、古めかしい。大分古めかしい。まあ、現代に作られたものではなさそうである。
「これだと……うーん、100年以上は前のもの、かしらぁ……。前の王朝以前のもの、に見えるわねぇ……」
デザインや、仕込まれた魔法の形や様子を見るに、やはり古い物だろうと思われる。川底で残っていたのは奇跡的だ。……そう。この首輪は、川底で残っていた。
「これ、金よねえ……?やだぁー」
……そう。表面に苔が付着しているものの、それでもこの首輪がキッチリ残っていたのは……この首輪が、黄金で作られた豪奢なものだからである!
「やだぁー……奴隷の首輪だっていうことより、これが黄金でできてることの方が怖いわぁー……」
絶対に何かあった。何か、怖い事情があった。黄金でできた奴隷の首輪を嵌める人間は、どんな人間だ。少し考えたマリーリアは『やーん』と嘆きつつ、拾ってしまった首輪をどうしようか少し迷い……。
「……まあ、首輪はともかく、鎖は一応、鉄だものね。本当に素晴らしいものだわ。貰って帰りましょ」
けろっとして、奴隷の首輪を持ち帰るべく、背嚢代わりの麻袋へ放り込むのであった!鎖は最早、すっかり錆びきってボロボロであったが、それでもなんとか還元すれば、鉄として使える……かもしれない。
さて。
何やら怖い代物を見つけてしまったことで、マリーリアはこの島の前提を変えなければならなくなった。即ち……。
「この島、かつては誰かが住んでいたのね」
……この島は、ずっと『無人島』であったわけではなさそうだ、ということだ。
「うーん……まあ、思えば変ではある、のよねえ、この島……。魔法の気配はあったし。そもそも……淡水魚!食いでのある淡水魚が居るんだから、かつて誰かが養殖目的で持ち込んだことがあった、と考えられるのよねえ……。それに、ベリーの自生地が沢山あるのもそうだし……誰かが意図して種を蒔いたんじゃないかしらぁ」
マリーリアはあれこれと考えながら、先人の痕跡を思い出していく。やはり、ここに誰かが居たことは間違いないだろう。
「問題は……その人が、『まだ』ここに居るとちょっと、ねえ、ってことだけど……まあ、無いわよねえ」
マリーリアはそっと嘆息した。
先人がここに居たことは間違いない。魚やベリーのことが無かったとしても、奴隷の首輪があった時点で、誰かがここに踏み入ったことは間違いないのだ。
だが……そんな彼らが生き残っている、とは、思い難かった。
「魔物が人間を恐れずに襲い掛かってくるし。ということは、人間が島の中央部で暮らしている、っていう風には考え難いわぁ。それに、煙の一筋だって見たことが無いし、逆に、向こうからは私の存在が煙で分かっていてもおかしくないのに、接触は無いし……まあ、誰も居ないんでしょうねえ」
もし、生き残ってこの島に居る人間が居たら、交渉するなり取引するなり、そういったことも考えなければならなかっただろう。だが、その可能性は限りなく低い。
何せ、向こうがずっとこの島に住んでいるのだとしたら、マリーリアの存在に気付かない訳が無いのだ。だというのに誰も接触してきていないということは……相手にはこちらと接触する気が無い、ということか、はたまた、『そもそも誰も居ない』かのどちらかである。
「どうして、居なくなっちゃったのかしら。まあ、老衰とかだと思うけど……」
マリーリアは、ここにかつて存在していたであろう先人に思いを馳せつつ、『あんまりむごくない死に方だったらいいわねえ』と思い……そして。
「……ちょっと不穏よねえ。やだぁー……」
なんとなく、不安を抱えつつ、改めて嘆くのだった!
先人は、友好的でないなら居ない方がいい!そして、居なくなっていたとしても霊魂としてそこらへんに残っているのだったら早めに天へ還ってほしい!そしてマリーリアの邪魔はしないでほしい!
マリーリアはそう祈りつつ、一応、奴隷の首輪を装着されていたであろう誰かへと祈りを捧げるのだった。『出てこないでねぇ……』という祈りを!
さて。
「ま、変なものが見つかっちゃったけれど、砂鉄よ、砂鉄!」
マリーリアは首輪のことは一旦忘れて、砂鉄へと意識を戻す。
川の砂に混じって煌めくそれは、やはり砂鉄であろう。磁鉄鉱でもあれば引き寄せて判別するのだが、生憎、そんなものは無い。無いので『推定・砂鉄!』と断ずるしかない。
「うーん、多少はここで採れそうねえ……。川を利用して砂鉄を水簸する仕組みを作れれば、それでなんとかなりそうだし……そうねえ、増量するにはやっぱり、上流で岩を砕くしかない、かしらぁ……?」
マリーリアは、川の上流を見上げる。
ここから先は、岩肌も荒々しい絶壁が目立つようになる。登っていくのは中々に骨だろう。
そして、岩肌を見ればわかる。そこにあるのは、花崗岩らしい、白に赤褐色や黒の混じった色。……つまり、砕けば砂鉄が採れるであろう岩である。
だが。
「……岩を砕くための道具は鉄よねえ」
マリーリアは、にこ、と微笑みながら、天を仰いだ。
「鉄を作るための鉄が無いわぁー」
そう。
技術の進歩の為にどうしても直面するこの問題……『服を買いに行く服が無い』にもよく似たこれが、マリーリアの前に立ちはだかるのであった!
「まあ、まずは少量ずつ砂鉄をちびちび集めて、鉄を精製して、それでハンマーを作って、岩を砕けるようにして、より多くの鉄を作る仕組みを作る……ことになるかしらぁ……」
結局、マリーリアはそう結論づけると、ほや、とため息を吐いた。
「先が長いわぁ……。冬までにはアイアンゴーレムを、と思ったけれど、難しいわねぇ……」
そう。マリーリアは、できるだけ急いでアイアンゴーレムを作ってしまいたかった。
というのも、冬の間、飢えて凶暴化した魔物から身を守るにあたって、テラコッタゴーレムでは心もとないからである。その点、アイアンゴーレムであれば、数体居るだけでも大分、違う。
……そして何より、冬には、テラコッタゴーレムを運用するのが少々難しくなるのだ。
「水が染みた状態で寒いところに置いておいたら、それだけでテラコッタは割れかねないものねえ……」
そう。テラコッタという素材は、多孔質の、水が染み込む素材である。それでいて、硬く、柔軟性は無い。
つまり……染み込んだ水が凍ってしまうと、氷になって体積を増した水がテラコッタに罅を入れ、そのまま割りかねないのである!
これは大変だ。テラコッタゴーレムにとって、こんなに恐ろしいことは無い。ということで、冬場にテラコッタゴーレムを運用するのは中々厳しいものがあるのだ。
「秋になったら、鉄どころじゃなくて冬を越す準備をしなきゃいけないし……自由に動ける内に何とかしなきゃね」
そして、マリーリアには『冬』というタイムリミットがある。冬になったら、まともに屋外で活動できなくなるだろう。それを見越した準備も必要だ。準備のために時間を取られることが予想される。
そんな状況であるので、気は急く。気は急くが……。
「……ま、砂鉄が採れることは分かったもの。地道に川の砂鉄を集めましょ。明日からまた忙しくなるわよぉ……うふふ」
……それでもマリーリアは、やるしかないのである。気長に、地道に、砂鉄を採って、製鉄できるくらいの量になるまで頑張らねばならないのだ!
ということで。
「じゃあ、砂鉄の水簸設備を作りましょ。となると……瓦、かしらぁ……」
マリーリアは、また粘土を捏ねることになる。捏ねて、焼いて……そんな日々が、また始まるのである!煉瓦の、再来!




