島流し61日目:武器と防具*5
ということで。
「ふふふ、煮るわよぉー」
……島流し生活61日目の朝。
マリーリアは、元気に骨や筋や皮を煮込んでいた!
「鍋がそんなに大きくないの1つしか無いのが悔やまれるわぁー……」
マリーリアはそんなことを言いつつ、筋や皮や骨や、その他諸々を、煮出しては交換し、煮出しては交換して、どんどん濃い膠液を作っていた。
濃い膠液ができたら、大きな葉っぱを敷いた欠け瓦の上に薄く流して固める。そして、薄く流した膠液がぷるんと固まったら乾燥させて保存するのだ。
「……鉄が作れたら、ゴーレムより先にお鍋ねえ」
ちまちまと膠の板を作りながら、マリーリアはそう、深い実感と共に呟いた。
やっぱり、鍋。鍋は大事である。
そうして膠液を作り始めたら、適当なところでテラコッタゴーレムに作業を任せることにした。後は、ゴーレム達が膠を煮出すのを眺めつつ……革を膠で固めていく作業を行うのだ。
マリーリアは、瓦を作るのに使った半割りの丸太を利用することにした。
「さて、革を乗せて、膠液を塗って、と……」
膠を塗った革の上に、更にもう一枚革を乗せると、マリーリアはその2枚を接着するように、丸く滑らかな石でバンバンと革を叩き始めた。
「……結構伸びるわねえ」
圧着を目的として叩いていたのだが、叩けば革は伸びる。……ついでに、革の繊維の間に膠が染みていくのも分かった。これは中々、悪くない。
「だったらこのままもう一枚いっちゃいましょ。えーと、また膠を塗って……」
薄く延ばされた2枚の革が上手く接着され、固まったのを確認してから、次の膠液をゴーレム達から貰ってきて、また革に塗り、もう一枚革を乗せ、またバンバン叩き……。
「……ほんとに伸びるわねえ。叩きすぎかしらぁ……」
……まあ、こんな具合に、マリーリアは革を膠で固め、薄く延ばしながら幾枚も重ねて……そうして、硬い板を作り上げるに至ったのであった!
やたらと硬い革の板ができてしまった。マリーリアは『あらぁ』とぼやきつつ、出来上がった革を確認する。
……膠と革が幾層にもなったそれは、まあ、硬い。蜜蝋で煮込んだ革より更に硬いのではないだろうか。これは中々の収穫である。
「さて、これで鎧を作らなきゃね」
マリーリアはにっこり笑うと、早速、出来上がった革の板を鎧に仕立てていくことにした。
革は非常に固かったが、黒曜石のナイフで何度も何度も切れ目を入れていけば、なんとか切れる。そうやって胸当てや篭手の形に切り抜いていくのだが……まあ、こんな状況なので、そこまで複雑な形には切り抜けない。胸当ては胸部を守るだけの形。篭手も、手ではなく腕を守るための筒状のものだ。
だが、単純でもなんでも、防具があればその分強くなる。マリーリアは切り抜いた革を軽く炙って柔らかくしながら、丸太や木材を土台に使いつつ、石で叩いて成形していく。
ある程度成形できたら、今度はそれらを装着できるように、紐やベルトを通していく。
篭手は、筒の3分の1程度を切り抜いたような形にしておいて、開いた部分を広げて腕を通し、そして革紐で縛って腕に固定するようにする。
胸当ては、肩にかけるためのベルトと胸当ての板に穴を開け、革紐を通して縫い合わせるように接合して、続いて、背中に回して固定するためのベルトも接合して、なんとか形にする。
そうして形ができたら、最後に、ケルピーの尻尾の革を膠で貼って、しっかりと圧着して……完成だ。
マリーリアは遂に、防具を手に入れたのである!
さて。
武器も防具も、装備しなければ意味が無い。胸当てと篭手を装備してみたマリーリアは、ふんふん、と頷きつつ、あちこちの調整を行った。
「肩はもうちょっと詰めましょ。お腹周りは……鞣した皮を巻けば、多少の攻撃なら止められるわよね。いずれは膠で固めた革で腹部や下半身用の鎧も作りたいところだけれど……」
マリーリアはあれこれ試しながら、『革を小さな板状に切って、それを革紐で繋いでいくようにすれば、動きやすくて丈夫な鎧ができるかしら……』などと考えていく。
肋骨が入っている胸部や、曲げ伸ばしがほぼ無い肘から下とは違って、腹部や脚部は、ものすごく動く。そこに合わせた鎧を作ろうと思ったら、柔軟に作る必要があるのだ。さもなければ、自分の動きを鎧で阻害してしまう。そして、マリーリアの最大の武器はやはり、素早さ。武器を失うくらいなら防具など無い方がいい。
……ということで、ひとまず、今のところは腹部や脚部の鎧は、革を巻くことで代用することにした。膠で固めた革を使って帷子を作ることも考えたが、今はとにかく、鉄が優先である。鎧の必要を感じるようになったら、また考えよう。マリーリアはそう心に決めた。
……かくして、マリーリアの武装が整った。
黒曜石の穂先の槍と、ケルピーや他の魔物の革を使った革鎧。
原始的だが、効果的だ。大抵の生き物は刺されれば死ぬし、刺されるような攻撃を一度でも受け止めることができる鎧があったならば、それは大きな利となる。
「よーし。これで明日はいよいよ、本格的に進むわよぉー」
マリーリアはにこにこと宣言すると……。
「……ところで増えたわねえ」
畑でぷるんぷるんしているスライム……総勢30匹ほどを眺めて、『あらぁ』と声を漏らす。
「……何かに使えないかしら」
スライムは、別にこれ以上増えなくてもいい。いいのだが、まあ、多分、今後も増えるだろう。となると、減らす必要が出てくるのだが……何かに利用することも含めて、スライムの今後も考えていかなければならない。
「今度食べてみようかしらぁ」
マリーリアの呟きは、スライム達に聞こえているのかいないのか。スライム達は、ぷるん、と体を揺らすばかりである。そしてこの世は弱肉強食。スライム達は弱肉として、強者たるマリーリアに食べられる運命にある……のかもしれない!
翌日。島流し62日目の朝。
マリーリアはベッドから起き出すと、元気に鎧を装備し始めた。
鎧が手に入ったことで『身支度』というものが存在するようになったのだから面白い。今までは、着替えも身支度も無かったというのに。
「さっ、やるわよぉー」
身支度をすると、なんとなく気持ちも切り替わる。マリーリアは元気に家を出て……島の中央部を目指して、本格的に探索を進めていくのだった!
ゴーレム達を引き連れての探索にも慣れてきた。
テラコッタゴーレムは然程賢くないが、然程愚かでもない。指示を出せば指示通りに動くが、曖昧な指示では動いてくれない。マリーリアはその都度的確な指示を出しながら、ゴーレム達と共に森の中を進んでいく。
……そして、今回はしっかりと目的があるので、マリーリアは川沿いを上流に向かって進んでいた。
「あら、また崖。そして滝……ここの水、上手く使って水車でも作れれば楽しいかも」
マリーリアは川沿いを見回しつつ、滝を見たり、崖の断面を見たりして、目的のものが無いか確かめつつ尚も進んでいく。
マリーリアが探しているもの。それは……鉄である。
「あらぁ……川は途中で枝分かれしてたのねえ」
さて。
そうして川を遡ってきたマリーリアは、やがて、川が流れ込む大きな湖と、そこから分かれて流れていく幾筋もの川とを見つけた。どうやら、ここで分岐したうちの一筋がマリーリアの家の近くへ流れているらしい。湖には、周囲の地面から流れ込む水も溜まっているのだろうが、上流からはまた別に、川が流れ込んでいる。
「上流はもっと水量が多いんだわ……。ふふ、期待できそうねえ」
マリーリアはにっこり笑うと、湖をぐるりと迂回して、尚も川上へと進んでいく。
川上へ進めば進むほど、徐々に標高が高くなり、山登りの様相を呈してくる。だがマリーリアは令嬢らしからぬ健脚で道なき道を進み……そうしていると、比較的傾斜も流れも穏やかなところに出る。
……そして。
「あっ!」
マリーリアは、ぱっ、とその場にしゃがんで、川の水底に溜まっていた砂を確認する。
その砂は、黒く、きらりと輝くようで……そして、重いはずだ!
「砂鉄っ!砂鉄だわぁー!」
そう。砂鉄だ。恐らく、上流で玄武岩か花崗岩か、そんな岩が砕けて出てきたのであろう砂鉄が、川底にちらちらと見えているのだ!
つまり……この川底を浚えば砂鉄が採れるだろうし、この上流には砂鉄が出る鉱石の類があることになる!この島には、ちゃんと鉄があるのだ!
……マリーリアは暫く、狂喜乱舞していた。きゃあきゃあとはしゃぎ、砂鉄を眺め、そしてまたはしゃぐ。
砂鉄が見つかった。砂鉄が見つかった!つまり、製鉄の第一歩を、マリーリアはしっかりと踏みしめたのだ!
勿論、砂鉄が見つかったからといって、すぐにアイアンゴーレムが作れるものではない。むしろ、ここからが大変だろう。
だが……今はとにかく、砂鉄が見つかって、希望が生まれた今この瞬間を、喜ぼうと思うのだ。
マリーリアはしばらく、きゃあきゃあとはしゃぎ回っているのだった!
……だが。
「……ん?あらぁ?これ、は……?」
砂鉄がより多そうな場所を探して水を読んだり流れを見たりしていたところ、マリーリアは砂鉄とも違う、きらりとハッキリ光る何かを川底に見つけてしまう。
「何かしらぁ。あらやだ、くっついてる」
マリーリアは少し迷ったが、さぷさぷ、と川の水の中に入って、川底のそれを引き上げる。……が、川底に見つけたそれは、鎖が付いていた。鎖は川底の石の間に上手くはまり込んでしまっているらしく、引っ張っても抜けない。
「あ、でもこれ、何か書いてあるわぁ。えーと……」
マリーリアは、鎖に繋がったままのそれを見て……思わず、目がマジになった。
「……やっぱりこの島、何かある気がするわぁー……いえ、正確には、何か『あった』のかしらぁ……?」
……それは、古代に使われていた魔術の品。
奴隷の首輪である。




