島流し1日目:まずは食料*1
そう。シェルターだ。
ごく小さなシェルターでも、無いよりはあった方がいい。ちゃんとしたものは後々作るが、簡易的なものでも在るのと無いのとでは大分違う。少しでも快眠して、少しでも体力を回復できるような、そんな設備が必要だ。今後の生活、一番の資本はマリーリアの体と健康なのだから。
さて。
それからマリーリアは小一時間かけて浜へ戻り、更に小一時間かけて荷物を運ぶ。
特に、帰り道は荷物がある分、疲れた。……とはいえ、荷物を運べば、いよいよ『キャンプ地』に思えてくる。拠点となれば、土地に愛着も湧いてくる。マリーリアは上機嫌であった。
ついでにその道中、ある程度、ものを探しながら歩いた。
1つ目は、粘土の採掘場所。
今後、粘土はとても重要になる。主に、レンガや瓦といった建材づくりのためだけでなく……マリーリアの能力、『ゴーレムの使役』を考えた時、必要になるからだ。
ゴーレムを作る方法は勿論、粘土以外にもある。木彫りで作ってもいいし、鉄で作ってもいい。特に、鉄で作ったアイアンゴーレムは非常に頑丈で、強い。矢を射かけられても、剣を振り下ろされてもまるで平気な、無敵の兵士なのである。
だが……まあ、木彫りはともかく、鉄でゴーレムを作れるようになるのは、それこそ数年先の話だろう。
目下のところ、ゴーレムづくりの素材として一番重要になるのはやはり、『粘土』なのである。
現時点で見つけてある粘土層から粘土を採りつくしてしまった後のことを考えて、今から別の粘土を探しておきたい。
「うーん……川沿いを探した方が見込みがありそうだわぁ」
が、残念ながら、ざっと見渡した限りでは、粘土が採掘できそうな場所は無い。が、きっと川沿いのどこかを探していけば、粘土が採掘できるような箇所もあるだろう。水の流れる場所には粘土が溜まりやすいのだ。
マリーリアは前向きに、『また今度探しましょ』と切り替えることにした。
続いて探すもの2つ目は、手頃な木材。
……斧を作るためのゴーレムを作るためのスコップを作るために、適当な材料が必要である。
ついでに、今夜の寝床である屋根を作るためにも、支柱となる木材が数本欲しい。
今は斧が無いので、手頃な木を伐採するわけにいかない。となると、既に折れている木があったら、それは積極的に拾い集めていかなければならないのだ。
「あらぁ、丁度いいのがまた一本」
……まあ、森の中を歩いていれば、案外見つかるものである。マリーリアは『よっこいしょ』と木材をまた一本担いで、ふう、と息を吐いた。
「……荷物持ちのゴーレムが欲しいわぁ」
流石に、木箱1つに木材数本を運んでいると、重い。が、仕方がない。ゴーレムを作るための泥を作るためのスコップを作るまでは、どうにもならない……。
そして探すもの3つ目。これが直近で最も大切なもの。
……つまり。
「あっ!木苺!うふふ、これは僥倖ねえ」
食料!食料である!
マリーリアが見つけたのは、赤い実を実らせている茂み……木苺の茂みである。
見たところ、そこそこの範囲で木苺の茂みが分布している。赤い実は森の中でもよく目立つ。これなら採取も簡単だ。
「えーと……ベリー摘みのための籠が欲しいわねえ。屋根とスコップの次は籠か器だわぁ……」
まあ、今は採取できない。何せ、器になるものが鍋と瓶しかないのだから!そして鍋と瓶は、水の為に確保しておきたい。水は大切だ。本当に。
「後は……あらぁ、あっちにはシルバーベリー!」
ついでに、少し見上げてみれば木の葉の間に、シルバーベリー……グミの実が実っている。グミの仲間には秋に結実するものと初夏に結実するものがあるが、どうやら初夏に結実するものがこの島に自生しているらしい。
「ふふふ、ベリーは赤くて見つけやすくて助かるわぁ……」
ひとまず、ベリーを摘んで食べる。食べる。ひたすら食べる。……今は持ち帰れないのだから、この場で食べていくのが一番である。
ラズベリーとシルバーベリーだけで空腹を満たし、活動に必要な栄養を得ることは難しいだろう。だが、無いよりは絶対にあった方がいい。食べた分の力にはなる。
マリーリアが暫し、ベリーを摘んでは食べ、摘んでは食べ、ついでに『挿し木にしておいたら3年後ぐらいには実るかしらぁ……それとも、株ごと抜いて、お家の傍に植えた方がいい?』と考えていたところ。
「あらぁ、これ、百合の蕾ね?」
ついでに、百合を見つけた。ふるん、と風に揺れる蕾はまだまだ小さいが、あと一月か二月すれば花開くのだろう。その時の芳香を思うと、なんとも楽しみである。
……が、それ以上に楽しみなものがある。
「ということは、根っこを食べられるわよねえ……」
そう。百合の根……鱗茎部は、食べられるのだ。確か、芋のようでまた違う、甘みのあるねっとりとした味わいなのである。
「収穫は……多分、花が終わった後、よねぇ」
マリーリアはそんなことを考えながら、可愛らしい百合の蕾を指先でつついた。『いつか食べちゃうからね』とにこにこ宣言してみたが、百合からしてみたら大変に恐ろしい死刑宣告だったかもしれない……。
「はあ、よっこいしょ!」
そうしてマリーリアはなんとか、荷物を運ぶことができた。もう日は高く昇っている。ベリーをつまんできたとはいえ、喉も渇いた。まあ、そのベリーの株をいくつか引っこ抜いて持ってきてしまったからであるが。
マリーリアは煮沸消毒しておいた水があったので、それをくぴくぴと飲んで喉を潤し……さて。
「じゃ、お屋根を作りましょ。今夜は星を見ながら寝なくていいようにしなきゃね」
一息ついたところで、早速、拠点……テントというか、屋根というか、そういうものを作ることにした!
……さて。
「まずは整地しなきゃ。傾斜はあんまりない土地だから、仮住まい程度なら土を盛ったり抜いたりはしなくて良さそうだけれど……うーん、草がぼうぼうだし、枯れた草も朽ちずに残っているし……」
マリーリアは、拠点とすることにしたその土地を眺める。
土地は傾斜が少なく、木も少ない。比較的開けた場所である。だが、その分草が元気に生い茂り、更に、去年生い茂った草なのか、枯れ草がわさわさと溜まっているような状況なのだ。
「草刈りして、枯れ草を全部退かして……ってやるのは、大変よねえ……」
……これが、ただの草なら、喜んで草刈りした。そのついでに干し草のベッドを作ったり、草ぶきの屋根の材料にしたり、草を活用できるからだ。
だが、ここの草は去年か更にその前かの枯れ草混じり。乾いた泥にまみれ、そうでなくとも半ば朽ちかけた枯れ草が混じっているのだから、活用しようがない。青草と朽ちた枯れ草を選り分ける労力を考えると、何ともげんなりさせられる。
……なので。
「焼きましょ」
マリーリアは、このあたり一帯を焼くことにした。
「案外ちゃんと燃えるのねえ。ふふふ……」
そうして地面が燃えた。火熾しした甲斐があったというものである。
青草は燃えにくいが、何せ、枯れ草混じりにわさわさしていた場所だ。枯草の方に火がついてしまえば、あとは火が地面を舐めるように広がっていき、そして青草もある程度片付く。こうして草は鬱陶しくない程度に片付いた。
火は、マリーリアが予め草を刈って、水を撒いておいたあたりで止まった。少し燃えすぎたところは葉っぱ付きの枝で叩いて消した。
……こうしてマリーリアは、程よい土地を手に入れ……いよいよ。
「じゃあ、次はスコップね」
……いよいよ家を作るために……次にスコップを作る。
スコップ、とはいえ、マリーリアの知るような形の『長い柄の先に板がついているもの』を作るのは難しい。何故ならば、今のマリーリアでは板を作ることが難しいからである!
木材を鋼のナイフでちまちまと削っていけば、一応、作れるだろう。だが、そんな風に使える手ごろな木材を探す時間も、ちまちまと木材を削る時間も、あまり無い。今は簡易的でいいから、地面を掘り起こしたり、土を運んだりできればそれでいいのだ。
ということでマリーリアが作ったものは、『先が尖った棒』である。
……『先が尖った棒』である。いや、一応、足を掛ける場所があるように、二股に分かれている枝を使った。二股になったもののうち、真っ直ぐな方を柄として残し、もう一方を短く折り取ればいい。これで、枝の股の部分に足を掛けて体重を乗せ、地面に深く突き刺すことができる。
「まあ、掘るのはこれで十分ねえ。運ぶのは……うーん、やっぱり籠は早めにほしいわぁ……。今日のところは、手で運ぶしかないわね」
まあ、仕方がない。道具と言う物は、機能を単純にすればするほど、そして機能を絞れば絞るほど、単純で簡単な造りになる。それこそ、マリーリアが今、こうして作ってしまえるくらいに。
「これを突き刺して地面を耕して、柔らかくなった土を退かしていけばいいわね」
スコップの『掘る』機能だけを道具に持たせ、『土を運ぶ』機能は手で賄う。マリーリアの本日の方針は、こんなところだ。
「じゃあ早速、掘るわよー。うふふふ」
マリーリアはふんふんと鼻歌を歌いながら、仮住まい予定地を四角く縁取るように土を掘り起こし、溝を作っていく。
掘り起こした土は、仮住まい予定地へと移して踏み固める。……こうして、『ちょっとだけ高くなっている土地』と、『その周りに掘られた溝』が出来上がっていく。
これらは、要は排水溝である。今後雨が降っても仮住まいの中が水浸しにならないように、屋根を流れ落ちた雨が家の外に流れていくような仕組みを作っておくのだ。
「それで、こっちが畑ね!」
……ついでに、流れた雨が流れ込む予定の場所を少しばかり耕して、そこに採取してきてしまったベリーの株を植え付けた。これで少しは畑らしくなっただろうか。
そうして溝を掘り終えたら、いよいよ屋根を作る。
屋根の作り方は至極簡単である。
「最初は骨組みね」
マリーリアは、木材と一緒に採集してきた木の蔓を使って、マリーリアの手首ほどの太さの木材を組み合わせていく。
主となる骨組みに使う木材は全部で5本。2本ずつで脚になる部分を2組つくり、その上に長い1本を渡す。要は、切妻屋根のような形になる。至極単純なつくりだ。
……だが、これが案外、大変であった。
「ああー、こっちを立てるとあっちが立たないわぁー」
マリーリアは1人で、一生懸命にあっちを立て、こっちを固定し、と頑張るのだが、やはり、1人でやっていると中々うまくいかない。2人以上居れば、『こっちを押さえている間にあっちを結ぶ』といったことができるのだが、そういうわけにもいかない。
「……早くゴーレム作りましょ」
マリーリアは結局そう強く決意すると、後はなんとかかんとか、結んだり引っ張ったり足で押さえたりしながら、骨組みを完成させた。
さて。骨組みが出来上がると、切妻屋根をそのまま地面に乗せたような、そんな風情になる。或いは、三角柱の骨組みを地面に伏せて置いた、というような具合だろうか。
「うーん、狭い」
……当然ながら、狭い。マリーリアはこの慎ましやかな狭さににっこり笑った。狭いところは嫌いではない。この、ウナギの寝床のような……実際、マリーリアが寝っ転がるとそれでほとんどいっぱいになるような、こんな寝床が案外愛おしい。
「じゃあ葺かないとね。ふふふ……。このままじゃ、雨漏りどころじゃないもの」
骨組みができたら次は葺く。マリーリアは早速、葺き材になるようなものを探しに行くことにした。
……まあ、これが重労働である。
「はあー、これで100束……?まだまだ足りないわよねえ」
マリーリアはため息交じりに、よっこいしょ、と、背負ってきた大量の草の束を地面に下ろした。
……ある程度扱いやすいように、一握りずつで結わえてある草は、そこらへんから刈ってきたものだ。だが、これを集めてくるのが大変なのである。
「案外すぐに木の蔓が無くなってしまうし……うーん、ままならないわぁ」
草の束を結わえたり、それを今後屋根の骨組みに結び付けたりしていくのに、木の蔓が必要である。今は木の蔓を半分に割いたものを使っているのだが、強度などを考えると、いずれはちゃんとした紐を作りたいところである。
「まあ、仮住まい、と割り切るしかないわねえ……。これ、今日中に2面は無理だわ。片面だけでも葺ければよしとして……今日はもう、籠作りに移りましょ。今日中に籠は作らなきゃいけないもの」
マリーリアは早々に今日中の屋根の完成を諦めた。人生何事も諦めが肝心である。
さて。
マリーリアは採取してきた木の蔓を使って、籠を編み始めた。
編む籠は2つ。
1つは、マリーリアの頭より少し大きいくらいの口径のもの。そしてもう1つは……。
「ふふふ、三つ編みで土台の輪っかを2つ作って、そこの間に経糸を通して、後は間を埋めるように横糸を通していって……できた!」
マリーリアが木の蔓で作ったそれは、ろうとのようなものである。
大きい方の口は、1つ目に作った籠より少し大きい。そしてその反対側、小さいほうの口は、マリーリアの握りこぶし程度だろうか。
「じゃあ、これを……よいしょ」
マリーリアは1つ目の籠に2つ目のろうとを、スポッ、と嵌め込むと、それを持ってふんふん鼻歌交じりに川へ向かう。
この2つの籠を組み合わせたものの正体は、魚を捕るための罠なのだ。