島流し54日目:武器と防具*4
革鎧を作るにあたって最も簡単な方法は、蜜蝋で煮込んだ革を鎧に仕立てていくことだ。
革は鞣したそのままだと、強靭でありつつも柔軟である。だが、それを蜜蝋でじっくりと煮込み、革の内部に蜜蝋を浸透させていくと、革の内部ががっちりと固まってとても丈夫になるのである。革の強靭さと柔軟性を備えながらも、防具として運用できる強度が得られる。それが、革鎧だ。
……だが。
「蜜蝋を探すのが一番難しいかもねえ……。でも、蝋を作るのはとっても難しいのよねえ……」
蜜蝋は、ミツバチが分泌する物質だ。それでミツバチの巣ができる。単に溶かして固め直すだけで蝋燭を作ることができるし、油脂類と溶かし合わせれば、革の手入れやハンドクリームなどにも使える。そんな有用な物質なのだ。
だが……当然ながら、ミツバチを見つけないことには、見つからない。ついでに、ミツバチを見つけたとしても、十分な蜜蝋を収穫できるほどの大きな巣があるかどうかは運次第だ。
そして、運次第であるところをどうにか自力で解決しようとすると……油脂を蝋化させる必要がある。が、これは今のマリーリアの技術では難しい。
「……探してみて見つからなかったら、しょうがないから石鹸で煮込みましょ」
ということで、マリーリアは随分と思い切った。……まあ、油脂の蝋化も鹸化も、似たようなものでは、ある。一応は。
マリーリアが石鹸づくりを明日以降に回すのは、灰汁が用意できていないからであるが、それと同時に……もし蜜蝋が見つからなかったら、石鹸で革鎧を煮込む必要があるかもしれないからである!
できれば、石鹸から蝋を作って使いたいところだが、それをやるには酢が欲しい!色々と足りない以上、石鹸だ!いざとなったら石鹸で皮を煮込むしかないのである!
……なので、まあ、マリーリアは『蜜蝋が見つかりますように!』と祈るのだった!
さて。そうして迎えた島流し55日目。
「蜜蝋を探しに行きましょう!」
マリーリアはゴーレム達を引き連れて、島の奥へと探索を進めることにしたのだった。
ケルピーを見つけたあたりを通り過ぎ、尚も奥へ進んでいく。森は次第に深くなっていき、木々の下に生える草も、背が高くなってきた。
「歩きにくいわねえ……。でも、燃やしちゃうわけにもいかないし。うーん……」
マリーリアは一瞬『燃やしたら楽かしらぁ』と思わないでもなかったが、まあ、それは最後の手段である。うっかり蜜蝋まで燃やしてしまうわけにはいかないので、伸びた草を掻き分け、踏み折りながら先へ先へと進んでいくことにした。
そうして森の奥の方までやってくると……当然のように、魔物がやってくる。
「あら、グリフォン。羽根布団の材料になるわね。よし、仕留めましょう!」
……やってきたのは、グリフォン。獅子の胴に鷲の頭と翼をもつ魔物であったが、まあ、当然のように、マリーリアのゴーレム兵に囲まれる。
「機動力を奪っちゃえば、そんなに怖くないわね!」
マリーリアは、グリフォンへ投げ縄を投げつける。
それは、編んだ縄の両端に石を縛り付けただけの単純なものだ。だが、こんなものでも振り回して投げつければ、石同士がお互いを引き合い、振り回し合って、ぐるぐると縄が対象に巻き付く助けとなる。
マリーリアが投げた投げ縄は、グリフォンの翼の片方にぐるぐると巻きついた。グリフォンはこれに驚いて、ぎゃお、と喚く。……だが、そうして翼に気を取られたグリフォンは、すぐさま、ゴーレム達の槍によって突かれることになるのだ。
翼が無い以上、ゴーレム包囲網をどうにかする術は、もう、グリフォンに残されていなかった。グリフォンはそのまま胸や胴、そして喉の数か所を刺し貫かれ、暴れた挙句、死んだ。
「あらぁ、あなた、大丈夫?……腕が一本、欠けちゃったわね」
……そして、グリフォンの最期の悪あがきによって、テラコッタゴーレムの内の1体が、腕を欠損した。焼き物の体は割れやすい。やみくもに振り回された尾がぶつかれば、それだけで割れてしまうこともあるのだ。
「でも大丈夫よ。腕なら換えの部品が残っているから。……そうねえ、あなた達のために、いくつか部品を貯めこんでおいた方が良さそうだわぁ」
片腕を失ったテラコッタゴーレムに魔力を充填し直してなんとか保たせるようにして、マリーリアはグリフォンの死体を運びつつ、拠点へ戻ることにした。
ゴーレムの修繕とグリフォンの処理を行ったら、また蜜蝋探しに出かけなければならないが……。
グリフォンの肉は、不味い。なので、解体は専ら、羽毛と皮、そして脂肪に、鋭い爪などを取り出すために行われる。
「このお肉はあなた達の取り分にしていいわよぉ」
……ということで、畑のスライム達が大いに喜んだ。まあ、スライム達に表情は無いので、喜んでいるのかどうなのか、分かったものではないが。
だが、いつのまにやら11体に増えたスライム達は、皮を剥がれ、適当に切り分けられたグリフォン肉に寄ってたかって、早速、それらをちみちみと食べ始めた。
「ふふ、美味しい?沢山食べてね」
……スライムの反応は無いが、マリーリアは『またスライムが増えたら楽しいわねえ』とのんびりスライムを観察するのだった!
さて、グリフォンの処理で遅くなってしまったが、昼食を摂って、マリーリアはそのまままた蜜蝋探しに出かける。
蜜蝋が見つかるかどうかは運次第。強いて言うなら、花の咲く方へと向かっていった方がいいのだろうが、それにしたって、花の咲く場所を見つけられるかは運次第だ。手あたり次第、とにかく探索範囲を広げていくしかないだろう。
「見つかるといいけれど……中々無いわよねえ」
マリーリアはあちこち探しながら、森の奥へと進んでいく。……が、マンイーターを見つけただけだった。蜜蝋は見つからない!
……まあ、マンイーターの根っこは美味しいので、マリーリアは大喜びでそれらを収穫し、持ち帰ったが……。
……という具合に、マリーリアはそのまま数日間、探索を続けた。
だが、獲物を狩れるばかりで、蜜蝋は見つからない。魔物を狩って得る肉や皮も、そろそろ処理しきれなくなってきた。
マリーリアは、『やっぱり石鹸で革を煮込もうかしらぁ』と、そろそろ決断を迫られ始めている。これ以上の深度へ進むには、やはり、防具があった方がいい。なんとしても、革鎧程度は、身に付けていきたいのだが……。
そんな、島流し60日目の朝。
「今日は雨ね」
その日は雨が降っていた。なので、探索はお休みである。
「スライムが大喜びでしょうねえ。うふふ……」
マリーリアは雨の中だが、畑の様子をちらりと見に行って、そこでスライムが13匹に増えているのを確認した。……雨が上がる頃にはもっと増えていることだろう。
「さて、あなた達は皮を揉んで鞣して頂戴ね」
そして、マリーリアは今までに収穫してしまった皮の数々を、ゴーレム達に鞣させることにした。
鞣し液に漬けておいた皮を、叩いて揉んで引っ張って、柔軟な組織にしていくのだ。
特に、今回は徹底的に鞣す。皮の毛を抜いて、毛皮ではなく完全な革にしてしまおうとしているので、容赦は要らないのだ。……そして、力加減など必要ない工程において、ゴーレム達は大変に役立つ。
マリーリアが1人でやっていたら時間と体力の消費がとんでもないことになったであろう皮鞣しの作業も、ゴーレム達にやらせればすぐである。
マリーリアは家の中で1人、脂の半分を石鹸に加工したり、紐を編んだりしながら雨の日を過ごした。
雨の日は、暇である。よって、マリーリアはその日、料理を楽しむことにした。
「こういう日だもの。じっくり煮込んだ脛肉なんか、丁度いいわよねえ」
また一頭ペリュトンを仕留めたので、その脛肉をじっくりじっくり、煮込んでいく。家の中に炉を作ったことによって、雨の日にも調理を楽しめるようになったのはとてもよかった。
「骨も煮込んで美味しいスープにしましょ」
炉の灰の中にはマンイーターの根っこが突っ込んである。いずれ、ほくほくと蒸し焼きになって美味しくなってくれるだろう。そして、鍋の中では、ペリュトンの骨や筋、そして脛の肉が塩や香草と共に煮込まれて……何とも美味しそうなスープへと変貌を遂げていく。
マリーリアはそんな炉の傍ら、ふんふんと歌を歌いながら紐を編んで過ごした。
じっくり煮込んだ脛肉のスープとマンイーターの根の蒸し焼きを昼食に楽しんだら、夜までは籠を編んで過ごす。
スープはたっぷり作ったので、夜にも食べることにした。
……のだが。
「あら、固まってるわぁー。うふふ、煮凝りね」
夜になって、さあスープを食べよう、としたマリーリアは、鍋の中ですっかり冷めたスープが、ぷるるん、とまるでスライムのように固まっているのを見つけた。
尚、マリーリアは煮凝りが好きである。ぷるぷるした食感の煮凝りが口の中でとろけていくのがたまらない。……だからスライムが好き、というわけではないが。
「そうよねえ、筋や骨を煮たら、煮凝りもできるわけだわぁ」
今まで、こんなにじっくりじっくりと煮込む余裕などほとんど無かった。よって、マリーリアは筋や骨の類は精々出汁をさっととる程度にしか使っていなかったのだが、このようにじっくり煮込めばぷるんとした煮凝りができるのである。
「……煮凝り」
そう。煮凝りが。
……マリーリアは、鍋を揺すってぷるるん、とやりつつ、ふと考え……。
「これだわ」
マリーリアは、にっこりと笑って鍋をぷるぷるやる。
「蜜蝋じゃなくて……これで、革を煮込みましょ!」
……そう。
革鎧を作るため、蜜蝋を革に浸透させるつもりでいたが……蜜蝋の他にも、熱で溶け、そして冷えて固まる物質は存在する。
その1つが、『膠』である。