島流し53日目:武器と防具*3
ということで、マリーリアはまた、ペリュトンと遭遇したあたりの深度をうろつくことにした。
武装したゴーレム10体と共に動くマリーリアは、さながら小隊の長のようである。また、バルトリアがオーディール領にちょっかいかけてきたのをぶちのめした際にもこんな風にゴーレムの隊を連れて哨戒にあたっていた。『懐かしいわぁー』とにこにこしながら、物騒な一団は歩く。
「一応、繊維を採れそうな蔓だとか、丁度いい石だとかがあったら回収していきましょうね」
マリーリアの目的は魔物狩りだが、それと同時に資源の回収だ。特に、黒曜石があったら是非とも回収したい、と思っている。……まあ、黒曜石はそんなに簡単に見つかってくれないのだが……。
さて。
そうして歩いていると、マリーリアの耳に、かさり、と草を踏む音が聞こえてくる。
「総員、警戒」
マリーリアは即座に指示を出し、音がしたであろう方向を警戒する。ゴーレム達も警戒を強め、荷物を下ろし、槍を構え……。
……すると。
「あらぁー、ケルピー!」
そこには、ケルピー……水棲馬の姿があったのである!
ケルピーは、人間を誘惑して背中に乗せ、そのまま人間を池に引きずり込んで溺死させる魔物だ。
……だが。
「いい子ねえ。かわいいわぁー」
マリーリアはにこにことケルピーに近づく。ケルピーは尻尾を振ってご機嫌な様子で、マリーリアに懐っこくしていた。
「おお、よしよし……ふふ、大人しいのねえ」
マリーリアはそんなケルピーを撫でてやると、ケルピーはその場で身を低くしてマリーリアに背に乗るように促してくる。その様子もなんとも健気で可愛らしい。
「まあ、そういう演技なんでしょうけれど……」
……なので、マリーリアはそんなケルピーの喉を、ナイフで一突きにした!
「騙し合いは私の勝ちね!うふふ……」
……喉を掻っ捌かれたケルピーは、当然のように死んだ。そしてマリーリアはゴーレム達と共に、そのケルピーを担いで拠点へと帰る。
人間を騙すケルピーを騙したマリーリアは、るんるんと只々、上機嫌であった!
さて。
「ケルピーはいい素材よねえ……うふふ」
マリーリアはにこにこと上機嫌である。というのも、ケルピーはとても、とてもありがたい素材だからだ!
まず、皮。
ケルピーは、尻から先が魚の尾のようになっているのだが、この部分の皮を鱗ごと鞣せば、非常にしなやかでいて硬い、鎧向きの革となる。
マリーリアは『劣化版のドラゴン皮みたいなのよねえ』とにこにこ笑った。まあ、ドラゴン皮には強度や耐熱性こそ劣るが、加工しやすさにも繋がるので、今は利点でしかない。
続いて、脂。ケルピーの脂は、非常に上質な馬脂だ。マリーリアは『そろそろ石鹸が無くなるのよねえ』とにこにこしながら、脂もありがたがる。
そして、毛。鬣などの長い毛は、紐を作ったり縫い糸代わりにしたり、使い道が沢山ある。
細い糸についてはマリーリアが持ち込んだ縫い糸や、マリーリアが切った髪などがありはするが……この島の中で採れるならそれを使うに越したことは無い!
……それから肉も、当然ながら美味しい。マリーリアは『今夜は燻製じゃないお肉をたっぷり食べられるわぁー』とにこにこした!
ケルピー肉は、魚肉にも似ている。特に、尻尾の方はそうだ。マグロやカツオといった、赤身の魚に近い。
……つまり、それらの魚肉っぽい肉は、水分が多めで、傷みやすい。つまり、処理は急がなければならない!
「まずは解体解体……ふふふふ」
マリーリアは、ゴーレム達と協力してケルピーの死体を木からぶら下げて血抜きをしつつ、皮をどんどん剥いでいく。
魚めいた尻尾の部分は別で使うことになるので、さっさと切り落としてしまった。皮の面積のことを考えないなら、分解した方が解体は楽である。
魚部分の解体を進めていく間に、馬部分の血抜きが進んでいく。馬肉部分は魚部分よりは傷みにくいので、こちらはきっちり血抜きする。魚部分はそうも言っていられないので、さっさと皮を剥ぎ、三枚おろしの要領で骨を外して、魚肉の塊と中骨と皮、というように分けた。
「はあ、これだけでも3日分くらいのご飯になっちゃいそう」
マリーリアは採れた肉を眺めてうっとりにっこりするばかりだ。新鮮なケルピーの尻尾肉は美味しい。絶対に美味しい。シンプルに塩で焼いても十分に美味しい。脂を使って揚げ物にしてもおいしいのだが、流石にそれをやる余裕は無いか。
それから、処理こそ急がなければならないが、干物にしてもおいしい。大きめの魚肉の塊を干して乾燥させて、更に燻しながら水分を抜いていく、という保存方法があるが、半分はそれで保存を試みてもいい。
マリーリアはケルピー肉の収穫に小躍りしつつ、早速、保存と調理に取り掛かるのだった。
……そうして。
「うふふふ……やっぱり赤身のお魚の旨味って、お肉のそれや白身魚のそれとは違うのよねえー」
マリーリアは、豪快にケルピーの尻尾肉を焼き、それをもりもりと食べていた。今日のメインディッシュはケルピー尻尾肉のステーキである。
それに、魚の骨で取った出汁と野草のスープを付けて、本日の食事だ。中々悪くない!
「半分は干して燻製にするけれど、それでもまだ残るのよねえ……。焼いてほぐし身にしておこうかしらぁ」
さて。ケルピーの尻尾は流石に、大型の魚程度の大きさがあるだけあって中々食べきれない。半分を燻製にするにせよ、もう半分も早めに食べきってしまわなければならないのだ。
……とりあえず、生のままだと傷みが早いので、焚火の遠火で炙って、火を通しておくことにした。これで明日くらいまでは持つだろう。
さて。
食事を終えたら、ケルピーの皮を川で水洗いして、血や肉を落としていく。
「これ、下流のお魚の餌になるのかしらぁ……あ、でも、多分あそこのお魚、草食よねえ……まあ、水草の肥料になればいいわぁ」
マリーリアは池の魚に思いを馳せつつ、ケルピーの魚部分の皮を綺麗にした。特に、皮のすぐ内側にある脂は、しっかり落としていかなければならない。石鹸や石灰も使って、しっかり脂を抜いていく。
脂を抜いたら、どんぐりの木の樹皮を煮出して作った鞣し液に浸して置いておく。後で揉んだり伸ばしたりしながら干していこう。
そうして、翌朝。島流し生活54日目。
マリーリアはケルピーの馬部分も解体していくことにした。
「はあ、やっぱり、お魚より馬の方が解体が大変ねえ……」
脚があり、肋骨があり、内臓も複雑な馬部分はやはり解体が面倒である。だが、まあなんとか、マリーリアはそれをやり遂げた。
「うん……質のいい皮だわぁ。うふふふ……脂身も沢山あるから、脂もたっぷり採れるわぁ」
皮は防具にしたり、道具に使ったりしたい。脂はしっかり採って、照明用にしたり、石鹸に加工したり、様々に利用したい。革のお手入れにも馬脂はよいのだ。皮製品が増えそうな今後、大いに活躍してくれることだろう。
皮は洗って、尻尾部分と一緒に鞣し液に浸けておく。肉には塩を当てて水を抜いておく。そして、脂の処理に取り掛かる。
脂身は適当に細かく切って、鍋でじっくり炒めて脂を搾って……ローズマリーを枝ごと入れて低温でじっくりと煮出すようにして、香りを移すと同時に脂が傷むのを防ぐ。ローズマリーの成分は油脂が傷むのを遅らせる効果があるのだ。だから、食用油の瓶にローズマリーを一枝入れておくことも多い。マリーリアの軍が駐屯したことのある砦では、厨房係がそのようにして油を長持ちさせていた。
「半分くらいは石鹸にしましょ」
ローズマリーの香りがふわりと漂うようになった脂は、焼き物の椀に入れて固めておく。このまま灯芯を入れて明かりにしてもいいし、灰汁と石灰を入れて加熱して石鹸にしてもいい。
今回狩ったケルピー、そのたった一頭分でも、かなりの量の脂が採れた。これで当面は、食用の油脂にも、ランプの燃料にも、そして石鹸にも困らずに済みそうである。
さて。
「じゃあ、皮を防具にする算段を立てなきゃいけないわねえ……」
マリーリアは早速、皮を革にし、それを仕立てる方法を考える。
……ケルピー革で鎧を作るにあたって、今回は二重構造にしようと思う。馬部分の革で胸当てと篭手を作り、それらに魚部分の鱗の革を貼って、強度を増すのだ。
ケルピーの魚部分の皮は、いわば、劣化版ドラゴンの皮。鱗が並んだ表面は刃に対して強く、そして軽い。盾などに貼れば、攻撃を受け流すのにとても良い。
軍によっては、武装の一部にケルピーの皮を用いているものもあるくらいだ。ドラゴン革より安価に調達でき、簡単に加工できるため、それなりに量産にも向くのである。
……ということで、マリーリアもそれらに倣って、まずは、ケルピーの皮を貼るための革鎧本体を、作ることになる、のだが。
「……ミツバチを探さなきゃ」
革鎧を作るにあたって、マリーリアはミツバチの力を借りる必要がある。それは、『蜜蝋』が必要だからだ。
……明日以降、マリーリアはミツバチを探すべく、森の中を探索する羽目になりそうだ!




