島流し48日目:家*7
「まずはやっぱりベッドよね!」
さて。
マリーリアが最初に手を付けるべきなのは、やはりベッドである。
質の良い睡眠は、質の良い行動時間に繋がる。マリーリアの場合、健康でいることはこの無人島生活における必須事項だ。健康のためにも、できる限り質の良い睡眠を得られる環境が欲しいのだ!
ということで、早速、ベッドを編んでいく。
枠は昨日の内に造り終えていたので、今日はそこに、網を編みつけていくことになる。
「ふふ、折角だし、紐を使っちゃいましょ!」
折角のインテリア第一号だ。ここは贅沢に……植物の繊維を使って作った紐を使って、ベッドのハンモック部分を編んでいくことにした。
やはり、木の蔓をそのまま使うより、繊維を採って紐にして使った方が、しなやかで柔らかで、かつ丈夫だ。寝心地と耐久性を両方上げられるのだから、ここで妥協することはできない!
「いずれはもうちょっとちゃんと布も作りたいわねえ……。織機も作るべきかしらぁ?」
マリーリアはくすくす笑いつつ、指をかぎ針代わりに、ざくざくとどんどん紐を編み進めていくのであった。
夕方になって、マリーリアは夕食を摂る。そして夕食のスープを食べ終えたら、さっさとまた、家に戻ってベッドづくりを進めた。
「もうちょっとで完成だもの。今日はちょっぴり無理してでもベッドを作っちゃいたいわぁ」
マリーリアは小皿の脂に火を灯し、その火を頼りにベッドづくりを進めていった。
小さな火ではあまり明るくなく、効率が悪い。だがそれでもマリーリアのベッドへの執念は凄まじく、とうとう、家の外が真っ暗になってしまった頃にはベッドが完成していたのである!
「きゃー!できたわぁー!」
マリーリアは早速、できたばかりのベッドに寝転ぶ。
ぎし、と少々枠が軋んだが、これは木材故の当たり前のこと。ころ、とハンモック部分に寝そべってみれば……今までよりも更に寝心地の良くなったベッドを、思う存分堪能することができた!
「ふふふふ……いいわねえ、この、壁の横で眠れるかんじ……うふふふ……」
……ベッドもいいが、壁もいい。マリーリアは、この『壁際のベッドで、壁と狭さを感じながら眠る』という状態が好きなのだ。落ち着く。大変に落ち着く!
「いずれは綿が入ったお布団も欲しいけれど、今はこれでいいわね。夏だし」
今が夏の盛りだが、まあ、当然、それなりに暖かい。夜は涼しいので、寝苦しいほどではないが、まあ、寝付けないほどの寒さというわけではない。
「……秋にはちゃんとお布団用意しましょ」
だが、いずれ来る秋、そして冬のことを考えると、そろそろ防寒対策を始めなけれならないだろう。準備は早すぎるということは無いのだ。
翌朝。島流し49日目の朝は、ベッドの上、家の中から始まった。
「ああ……素敵!」
マリーリアは、窓からぼんやりと差し込む光に目を覚まし、室内を見回して……大満足で、にっこりと微笑んだ。
「家の中から始まる一日って、いいわねえ!」
マリーリアが感じているものは、正に文明だ。
……火を熾し、煉瓦を焼き、それらを組み上げて家とする。この文明の発展が、マリーリアの生活をより良いものへと変えている。マリーリアは目覚めて一番に、それを実感した。
実感できる功績があると、より頑張れるというものだ。つまり……。
「この調子で、今日中に棚と椅子を作っちゃいましょ!」
今日は、室内を充実させる一日とするのだ!
朝食もそこそこに、マリーリアは早速動き出す。まずは、棚だ。
棚の作り方は、薪棚の類とほぼ同じ。枠組みを作って、そこに棚板となる部分を作っていく。全て、丸太のままの木材で作れる。が……。
「折角だし、割りましょ。棚は平らな方がいいものね」
折角なので、棚板に使う木材は、半分に割って平らな面を上に向けて並べていくことにする。こうすれば、棚板は平らになる。使いやすい。少なくとも、円柱が並んだ状態よりは遥かに使いやすい!
「一番下の段にはまだ使わない資源を置いておくとして……その上の段は普段使っていない石楔とか、石鑿とかを置いておくとして……更にその上は脂や石鹸ね。一番上の段は食器棚ってことにしましょ。ああ、ランプもここでいいかしらぁ。それで一番上は……一輪挿しを飾っておきましょ!」
三角屋根のシェルターから荷物を運んできて棚の中に収納していけば、なんとなく家らしさが増したように思われる。
「後は……この島に来た時のドレスやペチコートは、ベッドの下にしまっときましょ」
そして、概ねの荷物を家の中に運び込むことができた。持ち込んだ物品も、これでようやく家の中で保管できる。
箱を開けてみれば、ドレスや靴やペチコートが綺麗に畳まれて入っている。マリーリアはこれらを見て、『ちゃんと帰らなきゃね』とにっこり笑った。
……アイアンゴーレムを連れていくのが楽しみである!
昼食を終えたら、次は椅子である。
椅子は……まず、脚であり座面の支柱となる4本の木材の中程を、一か所で縛って留める。留めたところから4本の木材を開いて、ちゃんと4本脚で自立するように調整したら……その反対側、椅子上部も、脚と同じように開いている状態になる。
こうなったら、椅子上部に木の蔓を編みつけていく。……要は、座ることを目的としたハンモックを支柱に編みつけていくような、そんな具合だ。実に簡易的だが、これがまた、それなりに座り心地もいいのだ。
マリーリアは、軍での生活中、携帯式の椅子でこのようなものを何度か使ったことがある。支柱4本と座面となる布1枚だけで出来上がる椅子は、大変に重宝した覚えがある。
「籐椅子みたいになってきたわぁー。うふふふふ」
半分に裂いた木の蔓で編んでいく椅子は、まるで籐細工のようである。これがまた楽しいもので、マリーリアは夢中になって椅子を作るのだった。
島流し49日目は家具づくりで終わった。案外、物を作るのも時間がかかるものである。
「ふふ、いいものができたわぁー」
だが、棚も椅子も、今マリーリアが使える限りの技術と道具と資源を駆使して作り上げた、満足のいくものであった。
充実してきた室内を見回して、マリーリアはその日も大満足の内に眠った。
……そうして島流し50日目。
「テーブルを作って、椅子と一緒に燻して……煙突と炉を作りましょ!」
マリーリアは、家の大切な機能……煙突と炉を作ることにした!
炉を作る位置は決まっている。そこの煉瓦壁は煉瓦が抜けるようにしてあるのだ。なのでまずはそこの壁を抜く。
「……壁に穴が開いてるのって、なんだか不思議なかんじねえ」
マリーリアはくすくす笑いながら、早速その周りを煉瓦で囲み始める。
室内側に煉瓦の囲いを作ったら、次は室外だ。こちらには、ちゃんと煙突を作る。
「……ある程度高い方が、ちゃんと煙が外に出ていいわよねえ。まあ、それはいずれ、っていうことで……」
いずれは、煙突も屋根より高いものにした方がいい。ちゃんとした煙突があった方が、空気の流れ方が安定するのだ。室内で焚いた火の煙がちゃんと外に排出されるようにするためにも、煙突は高い方がいい。
が……今は、マリーリアの胸の高さくらいまで煉瓦を積み上げて終わりにしておいた。そして、周りをモルタルで固めて終了である。実に簡易的だが、まあ、今はこれでヨシとする。いずれは、煙突に雨避けのための屋根を付けたいところだが、まあ、それもいずれ、ということにした。
煙突作業の傍ら、テーブルも作る。
テーブルも椅子と同じように、3本の木材を縛って開いて、縛ったところから下は脚とし、上は天板を支える台とした。
概ね正三角形になるように開いた脚の上部には、それぞれ横木を固定した。そしてその上に、木の蔓を編んで作った板状のものを乗せて、完成である。
木の板のように平らではなく、丈夫でもないが、ひとまずはこれでいいだろう。重すぎるものを乗せればたわんでしまうが、食器や軽めの道具類を置いておくくらいなら何の問題も無い。
「ふふふ、じゃあ早速燻しましょ」
……そして、マリーリアは出来上がった椅子とテーブルを、燻す。燻すのだ!
そう。燻すことによって、耐久性を高め、防虫効果を与え、そして、色艶を美しくするのだ。籐細工のようなイスとテーブルは、より美しく、より実用的な品へと生まれ変わる!
が。
「……どこで燻そうかしらぁ」
……燻製肉を作ったり、籠を燻したりしてきた木箱では、残念ながら椅子やテーブルに大きさが足りないのである!
マリーリアは、『丁度いい場所、無いかしらぁ』ときょろきょろ辺りを見回して……。
「あっ、ここでいいわぁー」
そして、最初に造った三角屋根シェルターに目を留めたのであった。
「……いずれはちゃんと板葺きにして、煙がもっとちゃんと漏れないようにしましょ」
……そうして、シェルターは燻し小屋になった。煙が草の間から漏れていくので、効率は良くない。だが、ひとまず……長時間燻し続けることでカバーできるだろう!
「小屋の虫除けもできて丁度いいかもね。うふふ」
火の番をゴーレムにお願いして、マリーリアは家へ戻る。
そろそろ、煙突の調子も確かめていい頃だろう。
……ということで。
「うふふふ、大分家になったわ!」
マリーリアは、家らしくなった家の中、楽しく食事を摂っていた。
今日の食事は、燻製肉にベリーのジャムもどきを添えたもの。そして魚のスープだ。この島に来てすぐの頃と比べると、大分豪勢な食事である。
「……2か月近く経ったのねえ」
マリーリアは、油脂ランプの小さな灯火に影を揺らめかせながら、しんみりと考える。
この島に来てから、50日だ。50日で、煉瓦の家を手に入れて、そこで生活する基盤も整えた。マリーリアは『私、結構頑張ったんじゃないかしらぁ』とにっこりする。
……ゴーレムが居なかったら、ここまでもっと時間がかかっていただろう。食料を必要としない労働力というものは、実にありがたい。
そして何より、マリーリアはよくやった。自分でもそう思う。『こういう時には自分を褒めてあげなきゃ!えらい!』とマリーリアは自分で自分に拍手を送ってみた。……マリーリアの動作につられたゴーレム達が、家の外でぽこぽこ、と拍手してくれる音が聞こえてきた。……ちょっと可愛らしい。
「まあ、ここまで生活を整えることに頑張ってきたし……そろそろ、次の段階に進むべきね」
そしてマリーリアはまた微笑むと……窓の向こう、島の中心部の方を透かし見るようにして微笑んだ。
「鉄を集めに行かなきゃ」
「……魔物と戦うことを前提に、準備しましょ」
そう。マリーリアの無人島生活は、ここからが本番だ。
鉄を、作る。
いよいよ、マリーリアは鉄を作るため……島の中央部に、攻め込むことになるのだ!




