島流し47日目:家*6
さて。
家に窓が無いことに気づいてしまったマリーリアの島流し47日目は、優雅なブランチから始まる。
漂着していた麦の麻袋。あの中に入っていた麦の粒を煮て作った麦粥が、本日のメニューである。出汁として燻製肉を入れ、ついでに魚の骨も煮出して使ってみた。臭み消しには、チャイブを刻んで放り込んである。
「あら、結構おいしい!」
柔らかく煮えた麦粥は、マリーリアを大いに満足させた。……何せ、久しぶりのでんぷん質!久しぶりのでんぷん質なのだから!
やはり、でんぷん質は大切である。マリーリアは深く実感しつつ、干し肉と魚の骨出汁の麦粥を、存分に楽しむのであった。
ブランチが終わったら、いよいよ窓だ。窓である。
今、窓には煉瓦が詰まっている。モルタルで固めていない、そのままの状態の煉瓦だ。これをこのまま入れておくことによって、後からここだけ抜いて、窓にできるようにしておいたのだ。
試しに煉瓦を抜いてみたが、ちゃんと煉瓦は抜けた。ぽっかり、と穴が開いたそこを見て、マリーリアは『成功!』とにっこりした。
……さて。
「窓、窓……やっぱり、いずれはガラスにしたいわねえ」
マリーリアは早速、窓の材質を考える。
いずれは、ガラスにしたい。透明度の高いガラスを作るのは大変だろうが、ひとまず、近くの川に長石と珪石の砂が堆積していることが分かったのだ。あれらを焼いてガラスを作ることも、いずれは可能になるだろう。
だが……まあ、今はまだ、それすらも難しい。なのでガラスは置いておくことにして……。
「やっぱり、これにしましょ」
マリーリアは、コカトリス皮紙を窓にすることにした。
窓とは、何か。
……家の壁の一部に穴を開けて、そこから光や空気を取り込めるようにしたものである。
まあつまり、穴さえあれば、それでいい。窓とはそういうものだ。……だが、そうすると雨が吹き込んだり、風が吹き込んだり、何かと不便なのである。
そこで、窓は『開閉できる』という特徴を持つことが多い。
例えば、木の鎧戸を付けるだとか。開き戸を付けるだとか。マリーリアの住んでいたオーディール家の屋敷では、ガラスを嵌め込んだ窓があったが、そのように『光を通し、雨風は通さない』というような窓も存在する。
そして、ガラス窓に近いものが……布の窓、だろう。
軍の施設などでは、木の鎧戸の内側に、布張りの窓があった。木で作った窓枠に、荒く織られた紗を張ったものである。光と風をある程度通すが、よほど強く吹き込まない限りは雨が入り込むことは無い。あれは中々に便利であった。
……ということで、マリーリアはあれを、コカトリス皮紙で作ることにしたのである。
薄く展ばした皮は、それなりに光を通す。風は通さないが、どうせ屋根と壁の間に隙間があるのだ。風通しの心配はしなくていいだろう。むしろ、きっちりと塞げる仕組みを作っておいた方がいい。
「ふふ、ちゃんと張り直してよかったわぁー」
マリーリアは、乾かしておいたコカトリスの皮を木から外した。
雨の後、ちゃんと伸ばし直し、張り直して干していた皮は、最初に張った時よりも薄く伸びた状態で乾いていた。
「うん……うん。よし。ちゃんと紙になってるわねえ」
マリーリアはるんるんと浮かれながら紙を取り込み、早速、この紙を使って窓を造るべく、木材を調達することにした。
さて。
「……できれば、壁にぴったり嵌るように平らな面が欲しいのよねえ」
マリーリアは窓枠を造るにあたって、やはり、木を割ることになる。
丸木のままだと、太さはまあ良いとしても、やはり、曲面しか無いのが問題なのだ。煉瓦で組まれた窓は、綺麗に四角い。2つに割った木を使えば、きっちりと嵌め込める窓枠を作ることもできるだろう。
……ということで。
「小さめの木材なら、石鑿1本だけでも割れるわねえ」
マリーリアは、乾燥した薪の中から丁度いいものを取ってきて、石の鑿を打ち込んで、割った。
生の太い丸太を割るのでもなければ、案外、木は簡単に割れる。マリーリアは『やっぱり乾燥って大事ねえ』と頷いた。
特に、窓枠にするなら木材が乾燥していることはとても大切だ。何故なら、生の木材は乾燥すると……縮むからである!大きさをきっちり揃えて作ったとしても、意味が無いのだ!
「えーと、じゃあこれを……削ればいいかしらぁ」
更に。
割った後の木材の、もう片面を曲面ではなくするために……マリーリアは、ゴーレムを使う!
「じゃあよろしくね」
……ということで、ゴーレム達は、マリーリアから受け取った木材を、ひたすら石ですりすりとやって研磨し始めた。木を削って板にするなど、非効率の極みだが……仕方がない。現状、木材をするすると加工できるような道具は無いのだ。ナイフはできる限り温存したいところであるし、ナイフ以外に鉄の道具は無い!
「……早く製鉄したいわぁ」
マリーリアは嘆きつつ、ゴーレム達が木材をすりすりやるのをのんびり眺めて暫しの休憩とするのだった。
ゴーレム達が木材加工をしてくれている間に、マリーリアは薪を集めてきた。
薪はしっかり乾燥した状態にしなければ薪として使えない。また、木材としても、できれば乾燥したものを使いたい。よって、できる限り先んじて、木を切ってため込んでおくべきなのである。
「ふふふ。もうじき、薪棚が増えるし……丁度いいわねえ」
ベッドを家の中に作り直すとなると、今あるベッドは薪棚にしてしまうのがいいだろう。マリーリアはそう考えつつ、『まあ、今ある薪棚をいっぱいにすることを目標にしましょ』と、早速頑張って斧を振るっていくのであった。
薪を切って、棚に収納して……そうしている内に昼になり、昼食を摂り終えた頃にはゴーレム達の板づくりがなんとか完了していた。
多少、真っ直ぐではない面もあるが、まあ許容範囲だ。マリーリアはゴーレム達に『ありがとう!』とお礼を言って、早速、窓枠を作り始める。
「組み方は……頑張って組めるように削りましょ」
作り方は単純だ。木材の端が『凹』と『凸』の形になるようにして、凹に凸を嵌め込めばいい。その分、組む大きさを間違えないようにキッチリ作る必要があるが……それは、ゴーレム式に、石ですりすりやって削って微調整することでなんとかする。
「この程度ならなんとか、石鑿でもできるのねえ」
石の鑿を、かん、かん、と大きな石で叩いて、木を削っていく。木は綺麗にすぱりと削れてくれるわけではなく、木の繊維が残ったり、思うように効率よく削れてくれなかったりするが……それでも、まあ、時間を掛ければ十分に何とかなるものだった。
そのままおやつ時まで掛かって、マリーリアはきっちりと四角く組み上がった窓枠を手に入れた。
……多少、木材を削りすぎて嵌め込むところが緩くなってしまったので、モルタルで埋めて固定した。最初からこうすればよかったような気もする。
ついでに、細く割った木で窓枠にぴったり収まる枠を2つ作ったら、今日の作業はここまでである。
「明日になったら、紙を張りましょ」
どのみち、モルタルが固まる明日まで次の作業には移行できない。あらゆる作業には待ち時間が発生してしまうものなのだ。
なので夕方までの間……。
「じゃ、ベッド作りましょ」
……マリーリアは、室内用のベッドを組み立て始めるのだった!
そうして、ベッドの骨組みだけが完成したところで、マリーリアは夕食を摂った。そして今日のところは屋外のベッドで眠ることにした。
ハンモック状に編んで作った木のベッドは、床よりはずっと寝心地がいいのである。
さて。そうして目覚めた島流し48日目。
「窓を完成させなきゃね。それからベッドも!」
マリーリアは元気に働き始める。
まず、細く割った木で作った枠よりもう少しばかり大きく皮紙を切る。続いて、その上にもう一つの枠を乗せる。2つの間には熱して溶かした松脂を塗ってあるので、仮止め程度の接着はできている。
「後は、これを……よいしょ!」
そして、紙を間に挟んだ枠を、窓枠の中へぎゅむっと押し込んだ。
大きさをぴったりに作った窓枠は、皮紙の厚みの分、少しばかりきつくなっている。そのきつさを押して、ぎゅむぎゅむと窓枠の中へ紙の枠を押し込んでいけば、しっかりと、紙の枠が嵌って外れなくなる。
「できたわぁー!うふふ、これで窓の完成ね!」
……そうして、紙を張った窓ができた。後は、窓枠を煉瓦の壁の空洞……窓の位置にそっと押し込んで、完成である。隙間はとりあえず、皮紙の切れ端を挟むことで塞いだ。後で窓を外したくなった時にも対処できる。
コカトリス皮紙を張った窓は、ぼんやりと光を通す。明り取りとしての効能は十分だろう。そして、皮であるので、それなりには丈夫だ。少なくとも、すぐに破れてしまうようなことも無い。植物紙とは違って、皮紙は水に濡れても破れやすくはならない。窓にするには、中々適した素材であった。
さて。
マリーリアは暫くの間、できたての窓を眺めてご満悦であった。
薄く薄く展ばした皮を通って室内に入ってくる光は柔らかく、どこか温かな雰囲気である。マリーリアはこれを中々に気に入った!
「ああ……そうだわぁ、折角だから、この家に家具をもっと増やしてみようかしらぁ」
更に、がらんどうの空間の中、マリーリアはそんなことを思いつく。
やはり、最初はベッドだ。それに、テーブル代わりにしてある木箱もあるが、ちゃんとした椅子を作ってみたい。棚の類も欲しい。それから室内灯も欲しい。炉と煙突も造って、室内調理ができるようにしなければ!
となると、室内でお茶を飲むくらいのことはできるようにしたい。ティーカップとポットを作ってみようか。いや、その前に鍋がもう1つ2つ欲しいが、それは製鉄の後の話だろうか。
「……やることがまた増えちゃった!」
マリーリアはにっこり笑うと、早速、陶板の欠片に燃えさしでメモを取る。
この後、何を作って、何を増やしていくか。……インテリア計画を!




