島流し45日目:家*5
桟木の設置には、またモルタルを使う。
桟木は瓦の重みで安定する予定だが、それでもある程度は固定しておくに越したことは無い。
モルタルを盛って、そこに桟木を置いていく。桟木がそのまま煉瓦に固定されることを期待するというよりは、桟木が落ちてしまわないように引っかかる部分を作るべくモルタルを盛り上げておく、といった具合だろうか。
ひとまず桟木がちゃんと引っかかっていてくれれば、後は瓦の重みで安定できる。これくらいでいい。
「さあ、やるわよぉー」
マリーリアは早速、割れた瓦の上に練ったモルタルを盛り上げ、更に割れて小さくなった瓦の欠片を鏝代わりにして、モルタルを盛り始めるのだった!
盛ったモルタルの上に、桟木を乗せる。むに、とモルタルが変形して、桟木を受け止める形に変化する。
更にモルタルを足して調整しながら、桟木が転がり落ちないよう、煉瓦の上に上手く出っ張りを作っていくのだ。
「こんなもんかしらぁ。……うん、いいかんじ」
そうしてモルタルがある程度固まるまでは放置である。その間に他の桟木もどんどん固定していって、昼前にはすっかり、全ての桟木が煉瓦壁に跨るようにして渡ることになった。
昼食を摂ったら、早速瓦……と行きたいところだが、モルタルがしっかり固まってから作業を続けることにした。
一応、桟木が転がりさえしなければ上に瓦を積んでいっても問題無いとは思うのだが……やはり、心配なものは心配である。ここに来て瓦を割ってしまっては、完成が遅れる。改めて瓦を焼く手間を考えると、一日待った方が良いだろうという結論に至ったのだ。
マリーリアはそわそわそわそわしながらも、木材および薪を入手すべくゴーレム達と共に木の伐採を行ったり、塩づくりをまた再開したり、木の蔓で編んだものをもう一度燻したりしながらその日を終えた。
島流し46日目。いよいよ瓦を葺く。
朝食もそこそこに、マリーリアは早速煉瓦の家へと向かった。
「瓦!」
そして瓦葺きだ。瓦葺きである。待ちに待った瓦葺きに、マリーリアの気分は高揚している!
……ということで。
「じゃあ肩車お願いね。ふふふ、やるわよぉー」
マリーリアは早速、テラコッタゴーレム達の手助けを受けながら、瓦を葺いていく!
瓦葺きは、そう難しいものではない。特に、マリーリアが作った丸瓦は、アレを引っかけてこっちを引っかけて、といった手間が無いのだ。
まずは、一番裾にあたる部分を作る。瓦を桟木の上に並べていくのだが、この時、瓦は凹面を上にして並べていく。これらの瓦は、雨樋のような役割を果たして、雨水を屋根の外へスムーズに排出してくれるのだ。
一列終わったら、一段上へ。上の段の瓦の端は、下の段の瓦に重なるように。……こうして、凹面の瓦だけで屋根の片面を葺き終える。
……そうして一面並べ終えたら、次は凹面の瓦2枚に跨るようにして、凸面を上にした瓦を並べていく。こうすると、凹面が上の瓦同士の間を埋めることもでき、更に、凸面が上の瓦が効率的に雨を弾いて凹面の瓦に集めてくれるのだ。
そのまま凸面の瓦も並べていく。こちらも凹面の瓦を葺いた時と同様に、下の段に重なるように上の段を葺いていく。きちりと重なり合った瓦は、魚やドラゴンの鱗を思わせる。マリーリアはこうした眺めが中々どうして好きなのだ。
「はあー、結構疲れるわねえ。特に、中から瓦葺きしなきゃいけないのが……」
……まあ、好きな光景のため、そして何よりも、安全と住みやすさを備える煉瓦の家が欲しいがために頑張っているマリーリアだが、瓦葺きは大変である。
桟木の上にそっと体重を預けながらの高所作業。テラコッタゴーレムよりマリーリアの方が身軽に動けるため、屋根の上にはマリーリア1人が乗って、実質、マリーリア1人が瓦葺きの作業をしている。ゴーレム達は、地面に積んである瓦を取って渡してくれる係だ。
だが、遣り甲斐はある。
何せ、自分の力で徐々に屋根ができていくのだ。目に見えて成果が上がる仕事は、悪くない。マリーリアは徐々にできていく瓦屋根に励まされつつ、連続して作業を行った。
……そして。
「ふう……できたわぁー」
最後に、2枚の屋根の交点、すなわち屋根のてっぺんの辺に、凸面を上にして瓦を被せていけば、これで屋根が完成である!
マリーリアは早速、ゴーレムに下ろしてもらって屋根から地上へと戻ってきた。
そうして改めて見てみれば……素焼きの丸瓦葺きの屋根は、中々どうして可愛らしい!
「ふふふ、頑張った甲斐があったわねえ」
マリーリアは嬉しくなって、にこにこしながら何度もくるくると出来上がった家の周りを回って屋根を確認する。
何度も何度も確認して、マリーリアはにこにこ微笑みながら、ようやく手に入れた我が家を、存分に楽しむことにした!
……ということで。
「もう、今日からここで寝ちゃいましょ!まだベッド無いけど!」
マリーリアはにこにこしながら、蔓編みの敷物を2枚敷き、そこにペリュトンの毛皮を被って横になってみた。
……まあ、もうあと2枚ほど、敷物が欲しいところではある。煉瓦の床に体温を持っていかれる感覚があった。だが、マリーリアはそれでもくすくす笑って上機嫌だ!
「ベッドは……明日、すぐにでも作りましょ!それから、ええと、煙突を作って、竈を作って……ふふふ、明後日くらいには、室内で調理できるようにしちゃいたいわねえ」
そう。マリーリアには家がある。家があるということは、室内で調理!室内で調理ができるのだ!今後は、雨でも風でも関係なく、調理ができるのである!
「もしかすると、室内で使うために薪じゃなくて炭が欲しくなるかも。まあ、それは煙突と竈を造って、実際に使ってみてから考えましょ」
マリーリアは早速、『こっちにテーブル代わりの木箱を置いて、こっちには棚を造りたいわねえ。ベッドがここで、それから、敷物がもうちょっと欲しいわぁ』などとインテリアの計画を立て始める。
勢い余って、もう既に使えるものは、運び込んでしまうことにした。つまり……テーブル代わりの木箱や、食器の類、それに、編んだ籠など。
「やっとこれも使えるわね!」
……持ち込んだ食器の中には、小さな焼き物の瓶もある。煉瓦と一緒に焼いた小さな瓶は、液体を入れるのに使おうと思っていたが……まあ、一輪挿しにして、花を飾っておくのも悪くないだろう。
幸い、この島には美しい花が咲いている。今が夏の始まりだから、ということもあろうが……きっと、秋になっても咲く花はあるだろうし、そうしたものを毎日1輪ずつ、部屋に飾ってみてもいい。
そう。何せマリーリアには、家がある!家があるのだ!
……興奮醒めやらぬマリーリアは、早速、昨日集めてきた木材を選んで『ベッドはこれ!棚はこっち!』と、明日使うものを選定し始める。更に勢い余って、骨組みだけは組み始めてしまう!
とはいえ、夜になればそれも難しい。暗くなってきて手元が見えなくなってきたら、仕事は終わりだ。
マリーリアは慌てて焚火に鍋を掛け、燻製肉や野草を放り込んで、軽く煮込んでスープを作ると、すっかり陽が落ちてしまった森の中、てくてくと家へ帰る。
「ただいまー!」
……そう!何せマリーリアには、家が!家がある!家が!
「ふふふふふふ、お家っていいわぁー」
マリーリアは、素焼きの小皿に盛ったコカトリス脂に木の蔓の繊維を差し込んであるもの……つまり、小さなランプに火を灯し、テーブルの上に置いた。
「ああ、光を反射する天井や壁があると、こんな小さな火でも案外、見えるものなのねえ」
この手の簡素なオイルランプは、火が小さい。到底、室内全てを明るく照らせるほどではない。だが……ひとまず、手元のスープや椀を確認することくらいはできるし、その小さな灯火に癒しを得ることだって、できるのだ。光が部屋の中に閉じ込められている分、屋外の夜を照らすのとは訳が違う。
「ふふ、こういう小さな火を楽しむためにランプに火を付けるのも悪くないわぁ」
マリーリアは、オーディール家の屋根裏部屋にランプを持ち込んで、夜も本を読んでいたあの頃を思い出す。
あの時も、小さな灯火に心癒されながら過ごしていた。あの頃から、マリーリアはこうした火の類が好きだったのだ。
今も、焚火がぱちぱちと音を上げながら燃え盛る様子を何とは無しに眺めるのは好きだ。煉瓦や土器を焼く炉が火を噴き上げているのを見るのも、好き。
……だが、こうして家ができてようやく、こうした小さな灯火の心地よさを思い出すことができた。
火の暖かい色の光に照らされて、素焼きの煉瓦は益々温かな色味に見える。
揺らめく火が生み出す影は同じように揺らめいて、なんとも心地よい。
「……やっぱり、お家っていいわぁー」
ほう、と息を吐いて、マリーリアはにこにこと、改めて『家』の心地よさを味わうのであった!
その日はそのまま就寝した。煉瓦床の上、敷物2枚重ねの更に上、そしてペリュトンの毛皮の下で眠るマリーリアは、久しぶりにぐっすりと、日の出を過ぎてもまだ、寝ていた。
……理由はまあ、至極単純である。今までの疲れが、『家』を手に入れた安心感から一気に出てきた、ということであろう。
だが、他に理由があるとすれば……。
「ふわ……あらぁ?今、何時くらいかしらぁ」
島流し47日目の朝を迎えたマリーリアは、きょろ、と薄暗い室内を見回す。
そして……そっと、ドアを開けてみて、愕然とした。
「……もうお昼近くだわぁ」
そう。
マリーリアは久しぶりに、寝坊したのだ!理由は簡単!
「……今まで、壁が無かったものねえ。太陽が昇ったら、眩しくなってきて自然と目が覚めていたのが……今はそれ、無いんだわぁー……」
今までのマリーリアは、太陽と共に眠り、太陽と共に起きるような生活をしていた。そうならざるを得なかったのだ。ほとんど屋外、というような場所で寝起きしていたのだから!
そして!
「窓、作らなきゃ……」
この家!まだ、窓が無いのである!