島流し42日目:家*3
風は、昼過ぎまで続いた。その後は雨が只々森を濡らすばかりとなり、そしてその雨も、夜遅くには止んでしまった。
……そしてマリーリアは煉瓦干し場の屋根の下、焚火の傍らで、今日編んだばかりの敷物の上に寝転び、のんびりと過ごしていた!
「……雨、止んだわねえ。でもベッドはまだどうせびしょびしょだし……」
マリーリアは少しばかり迷ったが、今日はこのまま寝ることにした。ベッドは木の蔓を編んだハンモックでできている訳だが、それでも濡れていれば冷たい。冷たいまま眠ると風邪をひく。そういうことである。
「じゃあ、火の番を頼んだわよぉ。もし薪以外に燃え移ったら、即座に起こして頂戴ね。おやすみ」
マリーリアはゴーレム達に命令を出してから、改めて眠ることにした。
……雨で冷えた森であったが、焚火の傍で眠れば暖かい。マリーリアは肝の太さもあり、ぐっすりと眠ることができたのだった!
そうして翌朝。
「おはよう。ふわー……うーん、雨上がりの森って綺麗だわぁ」
朝になっても、木々の葉は乾ききっていない。時折、雫をぴちょりと垂らしている様子を見る限り、下草もそれなりに濡れている状態だろう。
だがマリーリアは元気に出かけるのだ。
「さあ!漂着物を見に行きましょう!」
……何せ、海岸には楽しみがあるのだから!
濡れた下草を蔓編みのサンダルで踏み折りながら、マリーリアは元気に海岸へ出た。
すると。
「あらぁ……結構色々あるわぁ!すごい、すごい!」
思わずぱちぱちと拍手してしまうくらいの漂着物が、砂浜に打ち上げられていたのである!
「ああ、麻袋が沢山!これは嬉しいわねえ」
まず、麻袋。……なんと、中身が入ったまま流されたらしい!マリーリアは大喜びで中身を確認し……。
「麦!」
喜びの声を発した!なんと、中身は麦だ!これは喜ばずにはいられない!マリーリアは思わず踊り出しそうである!
だが、まだ踊る時ではない。急いで漂着物を確認して、さっさと引き上げてしまわねば、大切な資源がまた波に攫われてしまう。マリーリアは己を律し、即座にゴーレム2体へ指示を出して、麦が入った麻袋3つと空になってしまっている麻袋2枚、そして麻袋が引っかかっていた櫂のようなものを拠点へ運ばせた。
櫂があるのはとても嬉しい。櫂は櫂として水を掻くものなので、単なる棒ではなく、先端に板が付いた棒だ。そう。板である!
「うふふ、これはまな板にしましょ」
……作業台として使える板に飢えているマリーリアとしては、櫂はとても嬉しい漂着物なのだ!
更に漂着物漁りは続く。
まず、壊れた木箱とその中に入っていた蟹。お昼ご飯は焼きガニだ!
続いて、壊れた燭台のようなもの。要は鉄の部品なので、とてもありがたい。適当に持ち手の部分をバラして板に打ち直して、研いでナイフ代わりにしてもいいかもしれない。
それから、網。どこかの漁船が流してしまったものだろうか。まあこれもありがたく使わせてもらおう。
そして……。
「樽!」
樽。
樽である。
マリーリアの目の前には、樽があるのである!
「な、中身は何かしら……あ、水ね」
中身は水であったので、然程ありがたみは無い。だが、それでも樽は嬉しい。
何せ、樽は『大きな容器』なのである。水漏れしない、大きな容器。それが、樽!今のマリーリアの道具では作ることのできない、素晴らしい人類の英知、それが樽なのだ!
「……これがあれば、大きい土器なんて作らなくてもよかったわねえ……」
ちょっとばかり遠い目をしつつ、マリーリアは大切に大切に、樽を撫でた。まあ、作ってしまった大きな土器は、また何か別の用途があるかもしれないので……。
……と、ここまでの漂着物を見て、マリーリアは、思う。
「……これ、船がやられたのかしらぁ」
なんというか、船から流されたもの、という具合である。船が一隻沈んだにしては少ないので、大方、嵐に揉まれて揺れる内、甲板にあったものが投げ出されてしまった、という具合なのだろうが……。
「……まあ、気にしないことにしましょ」
無論、マリーリアは気にしない。気にしていてもどうしようもないからである。……ただ、一応、海岸沿いは一通り確認して、漂着した人間などが居ないかは確認しておいた。まあ、居なかった。
哀れな船が哀れな目に遭っていたかもしれないことはさておき、収穫は非常に芳しい。マリーリアはるんるんと上機嫌で拠点へ帰り……早速、樽の中に鞣し液を入れていくことにした。
樹皮を鍋で煮出しては樽に注ぎ、煮出しては樽に……。
「……結構大変ねえ、これ……」
……鍋は然程大きくないので、樽を満たす分量の鞣し液を作るのはとてつもない手間である。だがまあ、仕方がない。これ以外に方法が無い!
ということで、鞣し液製造はゴーレムに任せて、マリーリアは今日も煉瓦を積んだ。もうあと3段ほどで煉瓦部分は完成の予定である。これが終わったらいよいよ瓦を屋根に載せていくことになろう。
「瓦は……えーと、そろそろ焼いてもいいのかしらぁ……」
なのでそろそろ、瓦を焼きたい。
……乾燥が足りないかもしれないが、瓦は瓦だ。煉瓦より薄い。煉瓦のようには乾燥時間がかからないだろうと踏んで、早速、瓦を焼いてみることにした!
瓦をたっぷり詰め込んだ炉に火を入れる。最初は弱火。地面に直に置いた薪に火を付けて、送風も然程行わない。
この状態で暫く置いて、炉と瓦を十分に温めるのだ。土器を焼く時、温度の変化は緩やかな方が割れにくい。そして何より、温めれば乾燥しきっていない瓦も乾く。
炉の中で、ちらちら、と炎が蠢く。何とも可愛らしい焚火だ。
これが、火格子の上に薪を移し、薪の下からも空気が入るようにしてやって、その上で更に送風もしてやると……一気に、炎が勢いを増すのだ。炉の上部から炎が噴き出す様子は、なんとも猛々しい。マリーリアの好きな光景の1つだ。
「上手くいくといいわねえ……」
マリーリアは祈りつつ、『あと1時間くらいしたら薪は火格子の上へ。送風もお願いね』とゴーレムに任せて、自身はまた別の仕事をすることにした。
さて。
「ああああああ、これは……これはどのみち面倒だったわねえ……」
……マリーリアの前には、コカトリス皮紙にしようとしていた皮がある。
雨の中、取り込むのが面倒なので放っておいたが……どうも、風にやられて、皮を張っていた木の蔓の数本が外れてしまったらしい!皮は、なんとか木にぶら下がっているような状態になってしまっていた!
まあ、仕方がない。風があまりに強かったのだ。強い風を受けて船の帆のようになってしまった皮を支えるには、この方法は弱すぎた。そういうことである。
「あー、切れちゃってるわぁー……別の個所に穴を開け直すしかないわねえ」
皮を張る際、皮の端数か所に穴を開けて、それぞれに木の蔓を通して、それを四方八方から引っ張ることで皮をピンと張る、というやり方をしていたのだが……その穴のところから、皮が切れている個所がある。マリーリアはため息を吐きつつ、新しく穴を開けて、そこに木の蔓を通してまた木に皮を張っていく。
「……まあ、また少し脂が抜けたでしょうし、よしとしましょ」
穴が切れたことについては問題ない。どのみち、皮紙の外側は切り落としてしまう部分だ。なので、中央部分……綺麗な部分がちゃんと残れば、それでいいのだ。
マリーリアは、『これ、もう少し乾いたら石の粉をすりすり擦り込んで、また脂抜きしなきゃいけないのよねえ』などと思い出しつつ、早速、ゴーレムに『石臼を作るついでに出る石粉、このお椀に入れておいてね』と命じておいた。
……まあ、先は長いが、それでも一応、コカトリス皮紙の完成も見えてきてはいる。一応は。
……まあ、そんなこんなで、おやつ時には瓦も焼けた。
炉がきちんと冷める夕方まで待って、マリーリアは炉を覗き込み……にっこりと笑う。
「ああ、失敗もあるけれど……うん、でも、これくらいならいいわぁ。合格合格!」
炉の中には、焼けた瓦が詰まっていた。何枚かは割れてしまっているが、まあ、割れたとしても概ね板の形状をしているものである。何かの受け皿替わりであったり、小さな作業台替わりであったり、活用の機会はいくらでもあるだろう。
無事な瓦と割れてしまったものとをより分けて、無事な瓦は煉瓦の家に運ばせておく。
……そして。
「明日やることは……」
マリーリアは、焚火跡の燃えさしを使って、割れた瓦に文字を書いていく。
……素焼きの板に、炭。この2つが揃えば、メモくらいならできるのである!
「うふふ。紙とペンとインクより先に、こっちよねえ」
マリーリアはにこにこ笑いながら、『折角だし、いい詩を思いついたら割れ瓦に書いて保存しときましょ』と思う。
……少しだけ、文明が発展したような気がする!
寝る前に、マリーリアはペリュトンの皮を鞣し液の樽に漬け込むことにした。
「これで上手く鞣されてくれるといいんだけれど」
一度乾いた皮が戻ったら、これをひたすら叩いて揉んで、また鞣し液に漬けて……の繰り返しである。だが、今回の皮は羽毛が付いたままの毛皮であるので、どうなることやら。
マリーリアは『上手くいきますように!』と祈りつつ、鞣し樽に沈んだ皮を見つめるのであった。
その日は1日ぶりにベッドで眠った。雨もすっかり乾いたベッドはいつも通りの寝心地である。
まあ、このベッドももうじき、改造するか、解体するか、そんなところになる。家ができたらそこにベッドを入れることになるのだから。
「……やっぱり、このベッドはこのベッドでとっておこうかしらぁ」
ベッドに横たわりながら星空を眺めていると、このベッドを撤去するのが少々惜しい。マリーリアは『こういうのも一種の贅沢よねえ』とくすくす笑いながら、星明りの下、眠りにつくのであった!