島流し33日目:家*1
瓦。つまり、屋根の建材だが、これが無いと当然ながら、家は家としての用を成さない。
ということで、マリーリアは早速、瓦の形を考えていく。
「えーと……使う粘土の量を考えても、単純な丸瓦か平板瓦、かしらぁ。丸瓦にすると、量産が難しそうなのよねえ……。でも、平板瓦だと引っかけるところが焼く過程で割れやすそうなのよ……」
瓦には色々な形がある。
緩く湾曲した丸瓦もあれば、平らな板に出っ張りを付けて瓦として使えるようにした平板瓦もある。
また、瓦の形によって、屋根の組み立て方も変わってくる。丸瓦は、最初、凹面が空を向くように並べていって、その2つの凹にまたがるようにして、凸面が空を向く向きの瓦を乗せていくことになる。
一方、平板瓦だと、屋根の梁に瓦のでっぱりを引っかけていくことになる。当然、瓦と瓦の間に水が入り込まないように、隙間なく、きっちりと。
……と、考えていったマリーリアは。
「雨漏りしにくそうなのは、丸瓦なのよねえ」
そう、結論を出した。
丸瓦ならば、凸面を上にした瓦の上から流れた雨水が、全て凹面を上にした瓦へと流れ込む。そして瓦の凹面を雨樋のようにして、雨水を屋根の外へ排出してくれるはずなのだ。
その点、平らな瓦だと、雨水が瓦の側面を伝っていって雨漏りする可能性があるのではと考えた。そしてそれを防ぐために、より多くの瓦が必要で、その瓦の重量を支えるための梁が必要で……と、結局は面倒になる。
葺き材とは、雨水を防ぐためのものというよりは、雨水を効率よく屋根の外へ流すためのものなのだ。
「よし。じゃあ丸瓦にしましょ」
そうしてマリーリアは決断すると、早速、丸瓦のために……木を切ることになる!
さて。
丸瓦を焼くとなったら大変だ。瓦なのだから、規格が揃っていなければ効率があまりにも悪い。だが規格を揃えるとなると、粘土板の大きさだけでなく、その湾曲具合までそろえなければならないのだ!
……となると、型となる焼き物を予め焼いておいてそれに合わせて瓦を乾かすか、はたまた、太い丸太のような、緩く湾曲する曲面を利用して、その上に粘土の板をぺそぺそと乗せて乾かしていくことになるだろう。
当然、焼き物の型では効率が悪い。煉瓦と違って、その型1つで大量の瓦を作れるわけではないのだ。型に合わせて湾曲させた粘土の板が、ある程度乾いて形を保てるようになるまで待つ必要がある。当然、すこぶる効率が悪い。
かといって、型を複製するのもよろしくない。型を複製するとなると、いずれは『複製の複製の複製……』というように、初めの型から大きく形を変えたものが出来上がってしまうだろう。それでは、型の意味を成さない。
だが、瓦の湾曲にしっくりくるような丸太となると……中々、太い。そんな丸太を切り出してくるとなると、大仕事なのである。
何せ、マリーリアの手元にある石斧は、何かを切るというよりは、傷をつけてそこから叩き折る、というようなものなのだから。
だがそうするしかない。現状、マリーリアはこうするしかないのだ……。
……ということで、マリーリアは炉の番をするゴーレム2体を置いて、他8体のゴーレム達と共に太い木を切ることにした。
「ええーと……これでいいかしらぁ」
マリーリアは、めぼしい木を見つけると、それを切り倒すことに決めた。
太さはマリーリアの腰より太いだろうか。中々立派な木である。高さもそれなりにあり、これを倒すのは中々に度胸が要る。
「じゃあ頑張って削っていきましょうね。はあよっこいしょ、と……」
……そしてマリーリアは、そんな木の表面を一周、ナイフでサクサクと削っていく。
上から下へナイフの刃を動かして、上向きのささくれを沢山作っていくような具合だ。
これを一周分終えたら……。
「じゃあ次は斧で頑張りましょうね」
斧を振り下ろしていく。そう。斧は、振り下ろすのだ。木に対しての角度は非常に浅く。ほとんど上から下へ、という具合だが、これでいい。
斧の刃は、ナイフで作ったささくれで引っかかって止まる。そして新たなささくれを生んでいくのだ。
これを繰り返していけば、ある一定の高さに合わせて木材が削れていく。こうして徐々に木を削って細くして、最後は木の上部に蔓を掛けて引き倒し、折る。こんな具合である。
……が。まあ、大変である。
どう考えても、大変なのである。だが他に方法が無い!
今ある道具で何とかやろうと思ったら、こういう方法しか無いのだ。マリーリアは『のこぎり欲しいわぁ……』と嘆くが、のこぎりは無い!
マリーリアは途中でゴーレムと交代して、木を切る……もとい、木を削る役をゴーレムにやらせておくことにした。こういう、地道で時間がかかる力仕事はゴーレムにやらせるに限る。
そしてマリーリアは、木のできるだけ上の方に木の蔓を編んだロープを何本も引っかけ、今、斧を振るっているゴーレムの反対側に木が倒れるよう、蔓を2方向に引いていく。ロープの先は他の木に引っかけたり、結んだり。そして何本かはゴーレム達に持たせて、引っ張るように指示した。
「これで上手くいくといいんだけれど」
マリーリアは少々不安になりつつも、少しずつ削れていく木の幹と働くゴーレム達を暫し、見守るのだった。
そうしてその時は訪れる。
みし、と音がして、木が今までになく大きく傾いた。
「木が倒れるわよぉー!全員、引っ張って頂戴!」
マリーリアが声を掛ければ、ゴーレム達はそれぞれに精一杯の俊敏さで頑張ってくれる。そうして、ミシミシミシ、と音を立て、やがてバリバリと音を上げ……木が倒れたのであった!
「皆、破損は無い?……無さそうね。はあーよかったぁー……」
マリーリアは即座にゴーレム達の点検を行った。
……このように木を切る以上、どのゴーレムかは破損するかもしれない、と覚悟していたのだが、幸運にも、破損は一体も出なかった。
ひとまずその結果に安堵したら……さて。
「……じゃあ、枝を落としましょう。切ったりなんだりするのは拠点に持ち帰ってからの方がいいわね」
マリーリアは石斧で木の枝を払っていく。ゴーレム達も、石斧を持っているものはマリーリアと同じように枝を払っていく。他のゴーレム達は、枝を拾ったりなんだりと働いて……。
「じゃ、持ち上げるわよ……せーの!」
……そうして、マリーリアとゴーレム達は、丸太を運び始めたのであった!
こういう時、マリーリアは『1人じゃなくてよかったわぁー!』と思う。
ゴーレムが8体も居れば、丸太もなんとか持ち上げられるのである!
拠点へ持ち込まれた丸太は、ひとまずそのまま放っておくことにした。
……本当なら、この丸太を2つに折って、更に縦2つに割って、半割りのもの4本にして煉瓦干し場に並べておきたいところだが……まあ、今はその気力が無い。
「ひとまず、あなた達は石の楔を作って頂戴ね。はい」
ゴーレム達には、石を削らせることにした。丸太を縦に割るなら、楔をいくつも打ち込んでいって割るのが確かである。
ちゃんとした鋼の斧でもあれば、薪割をするようにして木を割れようが……鉄の道具が無い、というのはこういうことなのだ。
さて。
マッドゴーレムを含めたゴーレム11体が河原で石を研ぎ始めたところで、マリーリアはすっかり遅くなってしまった昼食および早めの夕食を摂った。
今日は、いつもの肉と野草のスープの他にも干した杏を水で戻して、それを薄く切った燻製肉で巻いたものを作ってみた。中々美味しかったので、時間がある時にまたやってみようと思う。
そうして夕食を摂り終わったら、煉瓦を炉から出す。今回もそれなりにちゃんと焼けている。……勿論、焼くのに失敗して割れてしまうものもあるのだが、まあ、それはそれである。ある程度は仕方がない。
ひとまず、明日以降、また家造りと煉瓦製造を進められるように、炉から煉瓦を全て出し、炉に溜まった灰をぱふぱふぱふ、とふるってから壺に入れ、水で練って丸めて乾かして……という作業を進めておいた。
まあ、今日できることを明日に回さないのはマリーリアの性分なのだ。
翌日。島流し34日目。
マリーリアは、今日も朝から煉瓦を焼きつつ、同時にゴーレム達が作った楔を昨日の丸太へ打ち込んでいた。
大きめの石で叩いて、研ぎ澄まされた石片を丸太の横から食い込ませていく。
「あら、いいかんじだわぁ」
打ち込まれた楔は、木を裂きつつあった。少しずつ、少しずつ、丸太は縦2つに割れようとしている。
「ふふふふ、よーし、この辺りはもういけそうね。えーと、棒を食い込ませて、っと……」
ある程度まで楔が仕事をしたら、生まれつつある木の割れ目に木の棒を突っ込んでしっかりと咬ませる。そして、次は棒をガンガン叩いて、割れていない方に向かって棒を打ち込んでいけば……。
めり、めり、と音を立てながら、丸太が裂けていく。……そうしてやがて、丸太は綺麗に真っ二つになったのであった!
「これで瓦が作れるわねえ……長かったわぁー」
マリーリアは、はふう、と息を吐いてにっこり笑った。
割れた丸太を見ると、達成感がじわじわと湧き上がってくる。
……これでまた一歩、煉瓦の家完成に近づいた!




