島流し32日目:煉瓦を焼きたい*5
ゴーレム達に手伝ってもらいつつ、煉瓦を炉へ運び入れる。
炉は最初から、煉瓦を焼くことを想定して作ってある。煉瓦を200ほど、一気に焼き上げることができる大きさだ。
煉瓦を立てて火の通り道を確保しながら、煉瓦をどんどん詰めていく。そうしてたっぷりの煉瓦が炉に入ったら、いよいよ火を入れる。
これも土器を焼く時と同じだ。最初は少しずつ炉と中身を温めて、温まったところでいよいよ盛大に送風していく。そうすることで、割れを減らすことができるのだ。
一時間ほど火を回してから、いよいよ、ゴーレム2体による送風が始まった。……なので。
「じゃあ、これが蓋代わり、と……」
炉の温度をより高めるため、マリーリアは炉の上に、そっと焼き物の板を置いていく。テラコッタゴーレムの部品として作ったものの、割れてしまって使い物にならないものだ。砕いて土器に混ぜてしまおうかとも思ったが、大きめの板は何かと役に立つので取っておいたのである。
「さて……これでいよいよ、煉瓦ができるわねえ。ふふふふ……」
灰の塊がちゃんと乾いたら、明日にでも焼き上げて、そして明日からもう、煉瓦の家を作り始めてしまいたい。
マリーリアはにっこり笑って、早速、家の建設予定地を決めることにしたのだった。
マリーリアは迷いつつも、家の建設予定地を決めた。
「じゃあここにしましょ」
……建設予定地は、屋根シェルターの横だ。煉瓦の家ができたら屋根シェルターは撤去してもいいし、しばらくは納屋替わりに使ってもいい。或いは、屋根シェルターを改造して地面から屋根を離すようにして、屋外で煮炊きできるようにしておいてもいいかもしれない。
まあいずれにせよ、草葺きの屋根は夏の雨と暑さで朽ちてしまう可能性が高いので、あまりアテにならないが……。
建設予定地を決めたら、早速、基礎工事を始める。
煉瓦造りのゴーレムを2体残して、炉の面倒を見ているゴーレム2体を除いた残り6体を使って……地面を掘る。
「土台は大事だものね。床くらいはちゃんと作らなきゃ。ふふふ……」
地面を掘るのは、そこに煉瓦を埋め込んで床や壁の基礎とするためだ。……資源をケチるのであれば、壁にあたる部分だけ掘って煉瓦を埋めていくやり方にして、床は土のまま……という形でもいいのだが、まあ、折角だ。煉瓦も予定通り全て焼き上がれば余裕ができるので、惜しみなく使っていく予定である。
「さあ、しっかり踏み固めるわよぉー」
掘った土は、ゴーレム達と一緒にふみふみやって固めていく。……暫し、マリーリアとゴーレム達はその場で踊っているような状態になった!
基礎ができたら昼食をとって、魚の罠を仕掛けに行った。池の罠はもう朽ちかけていて、あまりよろしくない。やはり定期的に取り換えてやらないといけないようだ。
だが、朽ちかけの罠の中にも魚が入り込んでいたので、昼は焼き魚にした。肉は美味しいが、魚も美味しいのである!
続いて、昨日編んだ籠と鞄と敷物のそれぞれを、燻すことにする。燻製を作った時と概ね同じやり方だ。燻すものが肉か木の蔓かの違いでしかない。
「これで虫よけになるものねえ」
燻した理由はいくつかあるが、そのうちの1つが虫よけである。
木の蔓で編んだ籠や鞄は、そのままでは虫に食われて穴が空いたり綻んだりしてしまう。だが、燻してあると虫がその匂いを嫌うので、長持ちさせたいものは燻しておくと良いのだ。
「ふふ、艶が出て中々綺麗だわぁ」
……また、燻すと煙が纏わりついた木の蔓は、素朴な生成りから艶やかな飴色へと変貌していく。艶を帯びて、ついでに耐水性も増す。同じく、毛皮の類も燻すと撥水仕上げになるので、燻しておいて悪いことは無いのだ。……まあ、煙特有の香ばしい香りが付着してしまうのだが。
「……ついでに屋根も燻しときましょ」
折角なので、屋根シェルターに煙を送っておいた。草葺きの屋根は、虫が湧く。なので定期的に燻して虫を追い出し、ついでに腐食からも守ってやらなければならないのである。マリーリアは『燻されて頂戴ねー』とにこにこしながら、籠やら屋根やらを燻し続けるのだった。
そうして夕方になったら、煉瓦を取り出す。
「さーて、焼けたかしらぁ……?」
どきどきしながら炉の蓋を退けて、すっかり冷めた煉瓦を取り出す。
……すると。
「わあ、ちゃんとできてる!」
そこには、しっかり素焼き(テラコッタ)の明るい赤褐色になった煉瓦が、たっぷり詰まっていたのである!
「きゃー!よかったぁー!ちゃんとできたわぁー!」
マリーリアは小躍りしながら煉瓦を取り出して、適当に積み上げていった。ゴーレム達も手伝ってくれて、200余りの煉瓦が積まれて並ぶことになる。
「ああ……これで明日からは家づくりに入れるわね」
マリーリアはにっこり笑って、できた煉瓦を早速、家建設予定地の近くへ運ばせる。
……いよいよだ。
いよいよ、ちゃんとした家に、手が届く!マリーリアは興奮しつつ、日暮れの森の空の下で小躍りし続ける。
スライムがぴょこぴょこやってきて一緒に踊れば、いよいよ楽しく……。
「……ところでまた増えたわねえ」
尚、スライムは6匹になっていた。
……雨が長かった分、増えたらしい。或いは、ペリュトンの骨のかすだのコカトリスの蛇部分だの、色々食べたからかもしれないが。
ぷるるん、と揃って震えるスライム達に『まあ、ちゃんと働くなら増えてもいいわよ』と言ってやると、スライム達は分かっているのかいないのか、またぷるぷる揺れるのであった。
翌日。
マリーリアは目を覚ましてすぐ、第二弾の煉瓦を焼き始めた。炉が外にある都合で、煉瓦は晴れた日にしか焼けない。家の煉瓦を組む作業は小雨くらいでも大丈夫だが、煉瓦焼きはそうもいかないので、煉瓦増産と煉瓦焼きは晴れている間にできるだけ進めてしまいたいのである。
……ということで、早速、煉瓦焼きを進めていく傍ら、マリーリアは炉の上部で灰の塊を焼いていく。
「モルタルモルタルー、ふふんふんふん……」
よく分からない歌を歌いつつ、灰の塊をどんどん並べては焼いていく。2日置いた灰の塊はある程度乾いていて、焼いても問題が無いように思われた。まあ、これらは最悪、割れても罅が入っても問題ないので、雑にやるに限る。
灰の塊は、炉の炎によって赤熱し始めた。その頃合いを見て、マリーリアはそれらを取り出し、壺に取る。
「……結構な量よねえ。ふう」
今まで貯めこんでいた灰を全て使ったこともあり、灰の塊はかなりの量である。壺1つには到底収まりきらないので、壺2つ目、3つ目にもどんどん入れていった。
……そうして。
「じゃあ、1号2号は煉瓦の炉をお願いね。3号4号5号6号は煉瓦の増産を。7号8号9号10号は私と一緒に家の建設の準備をするわ。付いてきてね」
出来上がった灰の塊の壺1つを持ったマリーリアは、ゴーレム4体を引き連れて建設予定地へ向かう。
いよいよ、家を建てる時が来た!
「じゃあ、早速……ふふふ、面白いくらいに粉々になるわねえ」
さて。
マリーリアは早速、壺の中で灰の塊を砕いた。
水を加えて練って乾かしただけの時には随分とカチカチになっていたものだが、焼き直してみればすっかり脆くなって、面白いほどすぐ砕けていく。
木の棒でよいしょよいしょと突いて灰の塊を粉々にしたら、そこに砂と水を加えていく。
「これでモルタルの完成ね。ああ、直接触らないようにしなきゃね……」
一度焼いてから再び水を加えた灰は、触れると火傷を負う。マリーリアは『気を付けなきゃ』と自戒のように呟きつつ、早速……壺の中身を、建設予定地の踏み固めた土の上に、一気にぶちまけるのであった!
昨日踏み固めた地面の上に、しっかりモルタルが流されていく。大きめの壺1つ分のモルタルは、徐々に広がっていき……だが当然、広がり切らない。
「私がこれを塗り広げていくから、あなた達は煉瓦を置いていってね。煉瓦の側面には、モルタルを付着させること。いい?」
マリーリアはゴーレム達に指示を出す。ゴーレム達は頷くと、煉瓦を持ってやってきて、ぶちまけたモルタルにちょこちょこ、と煉瓦の側面を触れさせてから、それを地面に並べ始めた。
マリーリアはゴーレムの速度に負けないように、木の棒でモルタルを伸ばしていく。……鏝が欲しい。粘土で作ったあれを、早く焼いてしまうべきである!
が、まあ、床一面になんとなくモルタルが広がればそれでいいのだ。あとは、ゴーレム達が煉瓦を並べつつ、程よくならしていってくれる。マリーリアはモルタルが固まる前に床の出来具合を確認して、時々、歪んだ部分を直したり、モルタルが足りない部分に足したり……とやっていった。
そうして昼頃には、床ができた。
……そう。床である。
この、何も無い無人島に、遂に床ができたのである!
「わあ……建造物、っていうかんじ、するわぁ……」
草葺きの屋根やベッドとは全く違う、明らかな人工物。火と水と土、そして人間の知恵を合わせて作った、煉瓦の床。
……これは中々に、良い。マリーリアは確かな満足感を覚えながら、しばらく、煉瓦敷きの床を眺めていた。
干し肉を炙ったものにベリーのジャムもどきを軽く水で溶いたものを乗せた『熟成コカトリスのロースト、ベリーのソース添え』で昼食を済ませたら、早速、壁の一段目に取り掛かる。
「えーと、出入口はここだから、ここを開けて……」
マリーリアが焼いた貝殻でかりかりと煉瓦の床の上に印を付けていけば、ゴーレム達はその目印を見て頷きつつ、早速、煉瓦を並べ始めてくれる。
壺2つ目のモルタルも早速使われ始めた。ゴーレム達は、モルタルに煉瓦をちょこ、とくっつけてから、それをいそいそと壁の位置に並べていくのだ。
「……ゴーレムにやらせたら火傷の心配が要らないし、鏝も要らないわねえ……」
……さっきは『鏝の作成が急務!』と思っていたマリーリアだが、いざ壁を積み始めたら、鏝はやっぱり要らないような気がしてきた。だがまあ、マリーリアが作業に携われないのはなんとなく惜しい気がするので、やはり鏝は作りたいが。
そうしてゴーレムに指示を出していけば、すぐに壁1段目が積み上がった。そしてそこで丁度、煉瓦が尽きる。
「どのみち、モルタルが固まるまで次の段はお預けだものね。1日1段ずつやっていきましょ」
マリーリアは微笑むと、『あと10日後くらいには家が建ってるのねえ』とにこにこ微笑んだ。
が、微笑んでばかりも居られない。
ここから先は、煉瓦以外のものも焼かねばならないのだ。
煉瓦以外で、家に必要な焼き物。それは……瓦である!