島流し30日目:煉瓦を焼きたい*4
土器を繋ぐ、となった時に、真っ先に考えられるのは膠の類だろうか。
動物の皮や腱を煮出して作った液は、まるでスライムのようになる。それでいて、しっかり乾燥すると強固になるのだ。土器同士をくっつけるには悪くない接着剤となろう。
それから、東方の国では漆に小麦粉を混ぜて練ったもので焼き物同士を継ぎ合わせると聞いたことがある。まあ生憎、この島で漆の採れる木があるとも思えないので、それはできないが……。
それから、粘土で繋いで焼き直すこともできる。その場合は再度焼くことになるので、若干心配だが。
……と、まあ、焼き物を繋ぐ方法は、実はそれなりにあるのである。勿論、それぞれに耐久性や耐水性、難易度などが異なり、一長一短なのだが……。
そんなあれこれを考えて……マリーリアは決めた。
「モルタルで埋めてやるわよぉー」
そう。
マリーリアがこの大きな器を継ぐのに使うのは、モルタルだ。
モルタルの作り方は、そう難しくない。
灰に水を加えれば概ねそれで完成である。
だが、より良いモルタルを作りたいのであれば、灰に水を加えたものを捏ね、それを乾燥させてから高温で焼き上げ、焼けたものを再度砕いて水で熔かして練り直したものを使うのがよい。
より高温で焼けた灰の方が、耐水性、耐久性共に優れたモルタルになる。オーディール家の屋敷の納屋の補修をしていた庭師に、そんなことを聞いた覚えがあった。
灰は煉瓦焼きの過程で、或いは今までの過程でも、大量に生じている。それにどうせ、モルタルは煉瓦で家を建てる際に使うのだ。今から実験も兼ねて作っておいても良いだろう。
ということでマリーリアはその日は就寝することにした。
……この無人島に来てから、1か月が経過した。今、フラクタリア王国はどうなっているだろうか。バルトリアとの和平交渉は上手くいったのだろうか。そして、共に戦場を駆けた騎士達は。
……そんなことも考えればきりが無かったが、まあ、それはそれ、である。
翌日目を覚ましたマリーリアは、島流し31日目を迎え……。
「まずは篩を作りましょ」
早速、自分自身の生活と、将来のアイアンゴーレムの為に動き出すのだ!
モルタルを作るにあたって、質の良い灰が欲しい。具体的には、燃えさしや小石の類が混ざっていない灰がほしいのだ。
そしてそのために、マリーリアは道具を作ることになる。
そう。篩だ。
篩の目を通せば、炭のかすや小石を除去することができるだろう。ということでマリーリアは早速、木の蔓を細く裂いて、それを編み始めるのだった。
マリーリアが目の細かいザルを編む間にも、テラコッタゴーレム達が煉瓦を干し、干した煉瓦をひっくり返し、はたまた積み上げて小さな塔を作っては中で火を焚いて煉瓦を乾かしていく。
2体ほどは、薪を採りに斧を持って森へ出ている。魔物と遭遇しないように、海岸の方へ向かって木を伐採させているので、そう危険は無いはずだ。
……そして、そんなゴーレム達には難しい作業……『細く裂いた蔓を編んで目の細かいザルを作る』という作業こそが、マリーリアの仕事になるという訳だ。
ゴーレムは俊敏には動かないし、手先も器用ではない。指先を非常に細かく作ってやればある程度の細かい作業はできるが、それでもやはり、手工業の類はあまり任せたくない。効率が悪いのだ。
ゴーレムには、単純で明快な、それでいて時間がかかったり体力が必要だったりする仕事を任せるのが良い。適材適所、というやつである。
「……これでポシェットを編んだら可愛い気がするわぁ」
ザルを編みつつ、マリーリアはちょっと楽しくなってきていた。何せ、木の蔓を細く裂いて編んでいくと、木の蔓の艶やかな表面が綺麗に揃って、艶のある、美しい編地ができていくのだ。
いつか、マリーリアが使う籠の類も美しく使いやすいように作り直したいものである。
そうして昼前にはザルが出来上がったので、マリーリアは早速、灰を篩にかけていくことにした。
炉の中に溜まっていた灰や、今までに貯めこんでおいた灰を、わふわふわふ、と篩でふるっていけば、細かな灰だけが落ちてくる。
「案外、燃え残りって多いのねえ」
炭化した薪の小さな欠片や、どこかで混ざったらしい草の茎……そんなものが篩の中に残っている。やはり、ちゃんと灰を利用しようと思うなら、篩は必須なのだ。
「うーん、薪をそのまま燃やすんじゃなくて、炭を焼いてから燃やせばもう少し燃え残りが少ないんでしょうけれど……今のところ、その余裕は無いわね」
理想を語るなら、やはり炭は焼きたい。特に、冬に向けて、炭が欲しい。
……炭は燃え残りが少なく、そして燃やした際の煙が少ない。冬場は煉瓦の家に籠もることになろうが、その時、家の中が煙いと大変である。
また、炭は薪よりも高温の炎を生み出すことができるので、いずれ、製鉄するとなればその時には大量の炭が必要になるだろう。どのみち、どこかでは炭を作らねばならないのだ。
だが……まあ、その余力は無い。
炭を作るには、薪を不完全燃焼させる必要がある。至極簡単に言えば、密閉した空間の中で蒸し焼きにするのだ。例えば、大きな壺の中に薪を詰め込んで火にくべるだとか、薪の山に火を付けてからそれを丸ごと泥で覆ってしまうだとか……炭焼き窯を作るだとか。
いずれにせよ、労力も手間も、資源も必要だ。今はとにかく煉瓦の家。そして毛皮を鞣す道具。
マリーリアは今のところ、この2点に絞って動くべきなのである。……が、いずれは炭を焼くことも考えなきゃねえ、と、頭の片隅には置いておくことにした。
灰がふるえたら、水を混ぜて捏ねていく。水が混ざった灰は、放っておくと固まってしまうのでここから先は少々急ぐ。
「えーと……お団子にしましょ」
これらの灰は固まって乾燥した後、焼き直してもう一度水に溶いて使う。なので今は、ひとまず団子にしておくことにした。
マリーリアは泥団子を作るのが得意である。よって、凄まじい速さで灰を捏ね、団子の形に成形し終えた。少し充足感があった!
「しっかり乾いたら焼くのよね。えーと……ついでに土器も焼きましょ」
折角なので、マリーリアはごくごく小さな土器をいくつか作っていく。
それは、鏝や単なる板、小さな椀、瓶……といったもの。鏝と板は、モルタルを塗る時に使う予定だ。そして椀は何かと便利なので作る。小さければ乾くのにもそう時間はかからない。そして瓶は、まあ、何かに使えるかもしれないと思って作る。……特に用途が無ければ花瓶にするつもりである!
さて。
そうこうしている内に、空が暗くなってきた。風も強い。
「あらあらあらあら……大変だわぁ」
これは雨が来る。マリーリアはそう判断して、ゴーレム達に『日干ししていた煉瓦を取り込むこと』を命じた。そして、粘土の採掘を行っていたマッドゴーレムを呼び戻し、彼らは煉瓦干し場になんとか収める。……ゴーレムより煉瓦が幅を利かせるこの屋根の下だが、まあ、仕方がない。
「本格的に降る前に、ご飯だけなんとかしちゃいましょ」
それからマリーリアは、煉瓦を乾かしていた焚火を使って急いで調理する。
水を煮沸消毒して瓶に詰め、鍋でコカトリスの干し肉と野草をとりあえず適当に煮込んで……そして、それらを持って、ベッドへ急ぐ。
マリーリアがベッドの上に食事の鍋と水、椀の類を持ち込んで、それから木の蔓を運んできて……とやっていると、雨がしとしとと降り始める。
「ああ、降ってきちゃったわぁ」
少々、風が強い。ベッドの屋根はあまり大きくないので、多少は吹き込む覚悟だ。まあ、仕方がない。
「まあ、やることはあるものね。ふふふ……」
マリーリアはにこにこ微笑みつつ、早速、木の蔓を細く裂いて、籠や鞄を編んでいくことにした。
……こうした手芸の類も、やってみると楽しいものである。特に、森の中、優しい雨音を聞きながらの手芸は中々に楽しい。元々、マリーリアは刺繍が趣味であった。泥団子を作るのも好きであったし……結局のところは『何かを自分の手で作り上げること』それ自体が好きなのだと、ゴーレムを作った時に気づいた。
「……あの子達、マメねえ」
そんなゴーレム達はというと、煉瓦干し場の屋根の下で、今日作った煉瓦をひっくり返していた。水気がある程度抜けてしっかりしたので、接地面積を少なくして乾きやすくしているのだ。
雨の日なので煉瓦が乾くことはあまり期待できないが……それでもゴーレム達は健気に煉瓦の面倒を見ていた。まあ、マメである。
そんな光景を時折眺めつつ、マリーリアは黙々と、籠や鞄を木の蔓で編んでいくのだった。
その日は一日、雨が降り止まなかったので、籠が1つに小さめの鞄が1つ、それに魚獲りの罠が3つに敷物が1枚、と、中々の成果を上げてしまった。まあ、楽しく手芸に勤しめたのでマリーリアとしては大満足である。
陽が沈みかけるといよいよ暗くて何もできなくなったので、鍋の中のスープを飲み、水を飲んで、そうしてさっさと寝てしまうことにした。
……途中で風が強まって、木々がざわざわと揺れるようになる。ベッドも時折、嫌な揺れ方をした。また、時折小さな屋根の横から雨が吹き込んでくるようになったので、できたての敷物を壁のように設置してみた。
……中々、いい具合だった!
そうして雨と風に睡眠を妨害されつつも、翌日。島流し32日目の朝は、からりと晴れていた。
「はあ……よかったわぁー、2日連続で雨だと、流石にねえ」
はあよっこいしょ、とマリーリアは起き上がって、大きく伸びをした。やはり、晴れていると嬉しい。少なくとも、煉瓦の家が出来上がるまではできるだけ晴れていてほしい!
さて。
モルタルの原料となる灰の塊の様子を見てみたが、まだ内部に湿り気を残している様子であった。昨日は雨だったので仕方がないが。
昨日作った土器も当然のようにまだ乾ききっていないので、これらは適当に焚火の横に置いておいて乾かすことにする。煉瓦もどうせ乾かすので、丁度いい。
……というところで。
「じゃあ、そろそろ煉瓦の第一弾を焼きましょうか……」
マリーリアは少々緊張しつつ、最初に作った煉瓦……そろそろ完全に乾いただろうと思われるそれらを、焼き上げることにしたのであった。