島流し29日目:煉瓦を焼きたい*3
皮を紙にする、というと、羊皮紙が有名なところだろう。
今や、植物の繊維を梳いて作る植物紙が多く出回るようになったフラクタリア王国でも、未だ、羊皮紙の需要はそれなりにあり、羊皮紙の生産も行われている。
羊皮紙は、とても簡単に言ってしまえば『脂を抜ききって、薄く薄く展ばして乾燥させた皮』である。
とりあえず、脂を抜いて引っ張りながら乾燥させて薄く展ばしてあれば大体はそれでよいのだ。鞣しの作業が入る毛皮などよりは分かりやすい。
ということで、マリーリアはゴーレム達に煉瓦を作らせる傍ら、早速、皮の処理に入る。
「石包丁、案外活躍するわねえ。うふふふ……」
コカトリスの皮から、できる限りの脂を除去する。
これは、石包丁でゴリゴリやって皮の内側を削ることである程度達成できる。だが、それでもやはり限界はあるので……。
「灰汁に浸しましょ。よっこらしょ」
……ぽしゃ、と。灰汁の中に、コカトリスの皮をとっぷり漬け込んだ。
洗濯にも使える灰汁であるが、こうした皮の脂抜きにも使える。ついでに、皮の表面に残る羽毛を抜き取るのにも、灰汁や石灰水に漬け込むのは有効なのである。
ひとまずこれで一日置いておくこととして、マリーリアは肉の処理を続けることにした。
肉は今日と明日食べる分は今晩中に処理してしまうこととして、それ以外の部分を塩漬けにしていく。後で燻製にして、ペリュトン肉と同じように保存する予定だ。……また煉瓦干し場が肉干し場と兼任になってしまうが仕方がない。
そうして粗方の肉を処理してしまったら、ついでに骨も焼いてから干しておくことにした。いずれ、出汁になるものである。……スライムが自分の餌かと勘違いしたのか寄ってきたので、マリーリアは『まだダメよぉー。一回出汁を取ってからあげるからねえ』と教えてやりつつ、スライムを畑に投げ込んでおいた。
今日明日の分の肉は、調理した状態で置いておくことにする。生のまま置いておくのは流石にまずいのだ。
ということで、コカトリスのブラッドつくねを作る。……要は、コカトリス肉のミンチに内臓肉のミンチを加え、そこに血を足して捏ねてまとめて適当に焼いたものである。
「ふふふ、いっぱい作って明日まではこれでいきましょ」
マリーリアはにこにこしながら、コカトリスのレバーや心臓や舌をみじん切りにしてミンチに混ぜ込み、塩を加えてよく捏ねていく。
……そこへまたスライムが性懲りもなくやってきたので、『しょうがないわねえ』と、食べるつもりの無い部分をくれてやった。……そうしている内に他のスライムもやってきたので、マリーリアは3匹のスライムにそれぞれ餌をやりながら挽肉を捏ねる羽目になった!
捏ね上がった挽肉にはローズマリーの他、この間探索中に見つけたチャイブのみじん切りを加えていく。それから血を適当に混ぜて、もったりした質感になったら……それを串にくっつけて、焚火で焼くのだ。
「うふふふ、お肉が焚火で焼けていくのって、いいわよねえ」
マリーリアはにこにこしながら、つくね串を焼いていく。じゅわり、と滲んだ脂がぱちぱち爆ぜていい音がする。表面がほんのりと焦げて、これがまた良い香りだ。
焼き上がったものを早速一本食べてみたところ、香ばしく焼けた表面を噛み破れば旨味の濃い肉汁が溢れ出てきて中々に満足感がある。つくねは柔らかく、血を混ぜた分濃厚な味わいで、それでいて内臓肉のみじん切りが食感のアクセントになっていて美味しい。
「ふふふ、これ、中々いいわぁー……」
ほう、と満足のため息を吐き出しつつ、マリーリアは早速また焼けた次の一本を食べにかかる。……今後も狩猟で収穫があった日は、こうやって美味しいお肉パーティーをしよう、と心に決めながら……。
そうして翌日。島流し29日目の朝を迎えたマリーリアは、煉瓦の乾燥具合を確かめたり、塩漬けにしたコカトリス肉を干したりして過ごすことになる。
それから、薪を集めに出た。煉瓦をこれからどんどん焼いていくことになるが、そうなったらいよいよ、薪が足りない。今、薪置き場に置いてある薪は、下で火を焚いたりなんだりしたおかげで大分乾燥が進んでいるが、アレだけではすぐ足りなくなる。
ということで、テラコッタゴーレム2体を連れ、残り8体のテラコッタゴーレムには粘土運びや煉瓦造りを命じておいて、マリーリアは斧を片手に木を切りに行くのだ。
尚、石斧は3つに増やした。テラコッタゴーレムともなれば、ある程度は道具も使える。以前、マッドゴーレムに磨いてもらった石があるので、それを石斧に仕立てて持たせてやった。これでゴーレムも木を切れるようになるので、効率は3倍である。
そうして薪を集めたら拠点へ戻り、また薪を集めに森をゆく。
途中でベリーを見つけたら籠に入れ、程よい木の蔓を見つけたら束ねて丸めて肩に掛け……そうして諸々の素材をたっぷりと集めては拠点へ戻り、拠点はそれなりに資源で豊かな状態になった。
「そろそろ魚用の罠も駄目になってきたし、新しい籠を編まなきゃねえ」
やらねばならないことはたくさんある。もう魚獲りの罠が無くとも食料に困らない程度の肉が貯蓄されているが、それはそれとしてお魚を食べたい日もあるので、やはり籠はどこかで編み直さなければならないだろう。
そんなことを考えつつ、マリーリアは探索に同行させていたゴーレム2体にそれぞれ、『薪を乾燥させる係』を命じて、次の雨の日にでも籠を編めるように木の蔓の下処理をしていくのだった。
食事はつくね串を焼き直したものや、つくね串を輪切りにして、それを仕上げに加えて煮込んだスープにした。
焼いたものを更に煮る、という少々贅沢な調理法だが、これもまた中々に美味しい。少し手の込んだ料理を食べると、なんとなくほっとする。
無人島生活でも、こうした美味しいものへの探求心および心のゆとりは忘れたくないものである!
……ということで、食後にはお茶を淹れてみた。
イネ科の雑草の実を集めてきて鍋で炒って、そこに水を加えて煮出したものだが……。
「これ麦茶だわぁー」
東方の国では大麦を炒って煮出す麦茶が飲まれているが、以前、舶来品として入手したその麦茶の味に似ている茶ができた。まあ、イネ科の実を使っている時点でこうなる気はしていた。
「ふふ、悪くないわねえ、こういうのも」
マリーリアは食後のお茶を楽しみながら、『ハーブティーくらいはできそうだし、今後もこういうの、やってみましょ』と心に決めた。
そんなこんなで煉瓦の増産と資源の採集で島流し29日目を終えたマリーリアは、いよいよ島流し30日目を迎え……。
「焼くわよぉ……」
いよいよ、でっかい土器を焼くことにしたのだった!
炉の大きさ目いっぱいの大きな器をそっと炉の中に収め、炉に火を入れる。最初は弱火。炉も土器も温まったところで、薪を火格子の上に乗せて、送風機でガンガン空気を送り込んでいく。
今回も焼き物係のゴーレム2体で運用していく。2体でやらせれば薪をくべるために送風が止まることが無いので、火力のムラが生じにくいのだ。
「あああ、上手くいきますように……」
マリーリアは祈りつつ炉を見守る。
……が、炉を見守っていても別に、焼き物の成功率が上がる訳でもないので、熱く熱せられていく炉の周りに生乾きの煉瓦を並べて乾燥を促進したり、また煉瓦を積んで塔を作ってその中で焚火を熾して煉瓦の乾燥を促進したり……とにかく煉瓦の面倒を見ることで気を紛らわした。
昼には炉の火が消える。後は夕方まで放置して、それから炉の中を確認することになるだろう。
「大きい器は何としても欲しいのよねえ……うーん、上手くいくといいけれど……」
マリーリアはチラチラと炉を見ながら、なんとか割れずに焼けていることを祈り、そして午後はまた、薪や木材の確保のため探索に出るのだった。
……そして、夕方。
マリーリアはコカトリスの一昼夜干しを炙って食べ、野草をコカトリス脂でソテーしたものを食べ、デザートには収穫したベリー類を煮詰めて作ったジャムのようなものを少し食べた。砂糖が無いので果物を煮たそのままの味になっているが、まあ、フルーティーな香りと濃縮された甘味と酸味が美味しい。
満足のいく夕食を摂ったら……いよいよ、炉の中を覗く。
緊張しながら、マリーリアはそっと、炉の中へ手を入れ、大きな器を持ち上げ……。
……そこで、マリーリアの手は空虚な感覚を覚えた。
嫌な予感しかしない中、そっとそれを炉の外へ出してみれば……。
「ああああああああ!割れてるぅう!」
やはり!大きな器は、真っ二つに割れていたのであった!
真っ二つだ。容赦なく、真っ二つであった。真っ二つになりつつもキッチリ焼き上がっているところが若干恨めしい。
「火の当たり方がまずかったのかしら。それとも、真ん中あたりに何か、大きめの石とかが入っちゃってたのかしらぁ……」
マリーリアは反省点を探そうとしてみるが、まあ、分からない。そして、分からないものはしょうがない。
「……上手くいかないものねえ」
しゅん、としたマリーリアのところへ、スライム達がぴょこぴょこ跳ねてやってきた。なので手慰みにもちもちもち、とスライム達を揉んでいると、少しばかり元気が戻ってくる。
「まあ、これを糧にまた挑戦しましょ。ペリュトンの毛皮だって、今すぐに鞣さなきゃいけないものじゃないし……」
一度乾燥させたペリュトンの皮は、まあ、もうしばらく放っておいても大丈夫だろう。冬までに鞣せればそれでいい。毛皮が欲しいのは、どうせ冬だ。
だから気長にやればいい。マリーリアはそう気持ちを改めて……。
「あ、あらっ?あなた達、この土器気に入ったの?」
そこで、割れた土器の中へ、ぴょこ、と飛び込んでいくスライムを見て、少々戸惑った。スライム達は割れた土器の上でぽよぽよ跳ねたり、もっちりと這い回ったりして……。
「あ、隙間が好きなのね……」
……3匹それぞれ、土器の割れ目に沿って、むっちりと収まった。どうやら、焼き物と焼き物の間、その隙間に収まっていると落ち着くらしい。
「変な習性ねえ……。あ、もしかして、畑にもこういう隙間、設置してあげた方がいいのかしらぁ……」
マリーリアは暫し、土器の割れ目に収まったスライム達をぷにぷに、とつついてそんなことを考えていたが……。
「あ」
そこで、ふと思いついたのである。
「そうだわ。そう、そうよ。このスライムみたいに……」
マリーリアはスライム3匹を、うにょん、と土器から引き剥がし、土器の割れた断面を見てみる。
断面は崩れるでもなく、綺麗な面をしている。そして割れた個所以外は、全てしっかりとよく焼けているのだ。ならば……。
「割れちゃったら繋げばいいんだわ!」
この割れ物を、繋いで使えばよいのだ。マリーリアは、そう決意した!