島流し28日目:煉瓦を焼きたい*2
それからのマリーリアは、ひたすら煉瓦を乾かし、その合間に煉瓦干し場増設を指揮し、テラコッタゴーレム達にひたすら屋根を葺かせ……とやっていた。
まず、煉瓦は一晩ほど置けば動かせるくらいには水が抜けるので、日向へ移動させた。そう。雨が降ることを考えると屋根が必要だが、煉瓦が動かせる状態で、かつ晴れた日ならば、そこらへんの日向に煉瓦を並べておく方が良い。
一日かけて日向でほかほかと温められた煉瓦は、乾燥も早い。時々ひっくり返して全体的に乾燥するようにしてやれば、1日日干ししただけでそれなりに乾燥してくれる。
そうして乾燥した煉瓦は、最早ある程度なら積み重ねておいても問題が無い。なので、隙間をたっぷりと開けて風通しが良いようにしてやりながら煉瓦を積んで、小さな塔のようにしておくのだ。こうしておけば邪魔にならないし、場所が空く分、また別の煉瓦を作ることができる。
……それから、煉瓦干し場建設の方は、マリーリアが『現場監督者』のような立場になってきた。
「1号はそのまま柱を支えていてね。2号と3号は2本目と3本目の間に梁を渡して。4号、紐を取ってきてくれる?ああ、5号、柱が立ったのね。ならあなたも2号と3号の手伝いを」
テラコッタゴーレムともなれば、ある程度の命令は聞いてくれる。自動化しようとするのでなく、その都度命令を出して細かく指示してやれば、ある程度は運用できる。上位のゴーレムのように『じゃあこの資材を使ってここにあれと同じ建造物建てておいてね』というような命令はできないが、これでも十分である。
……むしろ、ちょっと人間に指示を出す時のような感覚が蘇ってきた。マリーリアは『皆、元気かしらぁ』と騎士達のことを懐かしく思った。
テラコッタゴーレム達が屋根の骨組みを作り上げるまでに、そう時間はかからなかった。前回よりも柱の本数を増やし、面積も広くしたのだが、それでもマリーリアが1人でやる時の数倍の速さで終わってしまったのである。
やはり、人手は大切だ。マリーリアは改めてそれを実感しつつ、ゴーレム6号から10号までが草刈りするのを監督しに行くのだった。
……と、そんなこんなで島流し28日目には無事、煉瓦干し場第2号が完成した。
「わーい、できたわぁー」
マリーリアはぱちぱちと拍手する。ゴーレム達もぱちぱちと拍手の真似をするのだが、ゴーレムの素焼きの手から生じる音は、『かつん、こん、ぽん』というような音である。まあ、これはこれで賑やかでよろしい。
「この煉瓦干し場はあなた達の待機場にもなるわね。煉瓦造りが一段落したら、マッドゴーレムはここで待機するようにしましょ」
今のところ、雨が降るとマッドゴーレムはゴーレムではなくなってしまう。そんな彼らも、屋根のある場所で待機できれば壊れずに済む。今後は雨の予兆を感じ取ったらすぐ、マッドゴーレムをここに避難させることにした。
さて。
そうして煉瓦干し場2号の完成を喜んでいたマリーリアだったが。
ガサリ、と茂みが鳴る。マリーリアが何度も行き来しているあたりなので、植物はすっかり折れ、『ここに生えるのやめとこ』となって獣道と化しているそんなあたりだが……。
「あらぁ」
ガサガサ、とそこから出てきたのは……コカトリスであった。
「総員!作業止め!戦闘準備!木材か石材、斧など何でも武器になりそうなものを10秒以内に手に取りなさい!」
マリーリアは即座に目を瞑って、ゴーレム達に指示を出す。
もそもそと煉瓦を作っていたゴーレム達は、マリーリアのぴりりとした命令によって即座に動いた。
あるものは『石器にするのに丁度いいわぁ』とマリーリアがため込んでいる石を手に取り、あるものは薪置き場から薪を抜き取り、またあるものはマリーリアが使っている斧を手に取った。……ちょっとどんくさい個体は、わたわたしていたが。まあ、それでも竈から石を持ってくるくらいのことはできたようだ。
さて。
対するコカトリスは、尻尾が蛇の鶏である。
ただし、でっかい。
……ちらり、と見た時には人間の子供程度の大きさだっただろうか。だが、コカトリスの脅威は何よりも、その邪視である。コカトリスは目が合った生物を石に変えてしまう呪いの眼差しを操る生き物だ。マリーリアがそれを食らったら大変である。
なのでマリーリアは目を閉じた。……そして、ゴーレム達に指示を出した。
「目標、コカトリス!コカトリスに近いものから順に4体はコカトリスの後ろへ回り込みなさい!絶対に逃がすな!」
そう。コカトリスが石にしてしまうのは生物だけだ。
つまり、ゴーレムの部隊というものは、およそコカトリスにとって想定し得る最悪の相手なのである!
「囲め!囲んだら叩け!蛇の頭を優先して!……あっ、コカトリスが動かなかったらもう叩かなくていいわよぉー」
そうしてしばらく、ぼこぼこ、とコカトリスを殴る音が聞こえていたが、ふと気づいたマリーリアが『そろそろいいかしらぁ』と命令を更新すれば、ゴーレム達はコカトリスを殴るのを止めた。……どうやらもうコカトリスは死んでいたらしい。
マリーリアは目を開けて、コカトリスの死体を確認する。ゴーレムに囲まれて叩かれたコカトリスは、まあ、蛇の尻尾さえなければただのでっかい鶏である。
マリーリアは『またお肉が増えるわぁー』とにっこりした。
さて。
コカトリスの乱入があったため停止していた煉瓦造りを再開させつつ、マリーリアはテラコッタゴーレム1号2号3号と共にコカトリスを捌き始めた。
まずは吊るして血抜きして、羽根を毟って……とやりつつ、しかし、やはりマリーリアは考えなくてはならない。
「拠点にまで魔物が出てきたこと、今まで無かったものねえ……。ちょっと考えなきゃダメかしらぁ」
今回のコカトリスは、大方群れをはぐれてきたものだろう。だが、そんなものでも、ふらふらと拠点にやってくるのだから困る。
下手に寝込みを襲われたら死ぬ。特に、目覚めと同時にコカトリスが覗き込んで来ていたりしたら、もうどうしようもない。
「……そういう点でも、煉瓦の家、早くほしいわねえ」
そう。マリーリアは煉瓦の家を、嵐への対策として欲していた。
だが……よくよく考えてみれば、今回のように魔物が攻めてきた場合にも、ある程度安全を確保できる場所としての家があった方が良い。今あるベッドや草ぶき屋根のテントくらいでは、魔物の襲撃に対してあまりにも心もとない。
防衛や安全のことを考えても、やはり煉瓦の家を建てるのは急務である!
コカトリスは首を掻っ捌いてぶら下げておいた。血抜きである。抜いた血は後で挽肉やモツと混ぜて焼いて食べる。ブラッドソーセージにはしない。マリーリアは学習した。
「じゃ、そろそろ最初に干した煉瓦を火で乾かす頃よねえ……」
コカトリスが来てしまったので作業が停滞したが、マリーリアは煉瓦を作っているのである。早速、最初に干した煉瓦の様子を見に行くことにした。
作って2日半ほど経過した煉瓦は、内部にしっかり水気を残しているものの、表面はしっかり乾いている。まあ、この状態の煉瓦を炉で焼くと、中に閉じ込められた水蒸気によって爆発するので、まだまだ乾燥させなければならない。
「えーと、じゃあ、もうちょっと広めに間をとって組み直して、と……」
マリーリアは『こんなもんでいいかしらぁ』と呟きつつ、ぽこぽこ、と乾燥煉瓦を組んでいく。
たっぷりと隙間を開けて積まれていく煉瓦は、小さな塔か、はたまた囲いか、というようになっていく。
そうして煉瓦が生み出す中央の空間に、マリーリアは薪を運び込み……薪の下に小枝を置き、繊維くずと木の削りくずを乗せ、火打石で火花を飛ばす。
すっかり慣れたもので、火打石を数度打ち合わせただけで火が付いた。ぽっ、と燃え上がったそれに息を吹きかけて火を大きくしていけば、やがて小枝が燃えて、その内薪にも火が付いていく。
「これでよし、と!」
こうして小さな煉瓦塔の中に小さな焚火を熾しておけば、煉瓦の乾燥をより促進させることができる。熱の効果は勿論、火があれば風が動くので、より一層風通しが良くなるのだ。
後は、時々煉瓦の表と裏をひっくり返すべく煉瓦を組み直してやる必要もあるだろうが、まあ、それはテラコッタゴーレムにやってもらえばいい。
……何せ、テラコッタゴーレムは熱くなった煉瓦を持っても火傷しないのだ。こういうところは、マリーリアよりも高性能である!
さて。煉瓦はこのまま放置するしかない。乾いていない煉瓦を焼いて煉瓦が炉ごと爆発するのは避けたい。いずれは炉もより大きなものに作り替える必要が出てくるだろうが、少なくとも今はその時ではないのだ。
ということで、煉瓦は放っておいて、コカトリスを捌く。
「……蛇は後で開いて焼きましょ」
ひとまず、捌いたらコカトリス肉が大量に採れた。その大半は鶏肉のようなものである。
そして羽も沢山取れた。骨は出汁を取るのに使って、その後は畑に撒いてスライムの餌、そして畑の肥料とする予定だ。
だが……マリーリアは少々、困っている。
「うーん、皮はどうしましょ」
……蛇の部分はともかく、コカトリスの鶏部分の皮は、鶏のそれよりは分厚い。だが、牛皮や鹿皮、ダチョウの皮といった皮革製品に使われるような皮と比べると、大分薄いのだ。このコカトリスが然程大きくなかったこともあるが、まあ、皮を革にして実用するのは難しいかもしれない。
「どうしようかしらぁ……やっぱりパリッと焼いて食べちゃうのが一番かしらねえ」
マリーリアはちょっと考える。鳥の皮をパリパリに焼いて食べるのは好きだ。脂を採るついでにパリパリの鳥皮ができるのだから最高である。ちょっと塩を振って、サクサクパリパリ食べるのが大変よろしい。
……だが、それだけでは少し勿体ない気もする。何せ、皮と言わず、肉が大量に余っているような状況なのだから。皮を焼いて食べている暇があったら肉を焼いて食べるべきなのである。
「うーん……あっ、そうだわ」
が、そこでマリーリアは思いついた。
「紙にしましょ」
そう。マリーリアは、皮紙の存在を思いついたのである!