島流し26日目:煉瓦を焼きたい*1
寝て起きたら朝になる。そして、朝になった頃には炉が稼働停止していた。テラコッタゴーレム達がそれを眺めているのがなんとなく可愛らしい。
「おはよう、皆。一晩ありがとう!」
マリーリアはテラコッタゴーレム達に挨拶すると、炉の様子を確認することにした。
「まあ、それなりに失敗もあるけれど、ぼちぼち……かしらあ」
炉から無事に取り出せたものは、壺や皿や椀、まな板、煉瓦の型……それからテラコッタゴーレム2体分の部品だ。早速ゴーレムを組み立てて起動すれば、テラコッタゴーレム合計7体はそれぞれに顔を見合わせて互いを認識し始めた。共に働く仲間のことを把握しておくのは大事なことだ。マリーリアは、よしよし、と頷いた。
「これで大分、壺やお椀ができたわねえ。これで当面、器不足は大丈夫そう」
何はともあれ、ここまででそれなりの数の土器が作れた。もっと壊れる想定だったのでまだ焼いていない土器もあるが、そちらは追々焼いていくことにして……。
「遂に、おっきいのを焼く時が来たようねえ。うふふふふ……」
……マリーリアは遂に、ペリュトンの胴体の皮を漬け込めるような、大きな容器を焼くことになるのだ。
大きい土器ほど壊れやすい。粘土の乾燥と焼きによる収縮の影響をより受けやすいからだ。
なのでマリーリアは、今回焼く大きな器の乾燥にはとても気を遣った。
まず、粘土の板を作る。収縮の条件をできる限り揃えるため、塊にした粘土を糸で薄く切っていくやり方で、できる限り厚みを揃えた。
そうしてできた板は形を整えたら、ある程度乾かす。……そうして形を保てるほどに乾いたところで、ようやくそれらの板5枚を接合し、器にしたのだ。
粘土が均質で、厚みも均一であるならば、焼成時の収縮で割れる可能性を小さくすることができる。後は、念入りに念入りに乾燥させて、焼くだけである。
「上手くいきますように!」
マリーリアは炉に火を入れ、薪をくべる係のゴーレムと送風機をずっと動かし続けるゴーレムとの2体を設置した。今までは送風機を動かすゴーレムが同時に薪もくべるか、はたまた、マリーリアが時々帰ってきて薪を足すかのどちらかだったので、また多少進歩した。
送風が途切れればその分、温度が上がりにくくなる。土器の類はできるだけ高温で焼きたいので、マリーリアは今回、ここにゴーレム2体を配備したのだ。
……そして、残る5体をどう使うか、と言えば。
「じゃあ私達はひたすら煉瓦を作るわよぉー!」
いよいよ、煉瓦造りに入る。
夏の盛りはもう間もなく。そして、夏には海が荒れ、嵐がやってくることが多い。
特に、島は周り全てを海に囲まれている以上、天候の影響を受けやすい。嵐が来れば、遮るものも少ない中、その嵐に耐えなければならないのだ。
……と考えた時、煉瓦造りの家は、なんとしても欲しかった。
そう。今、マリーリアが持っていないもの。それは……壁である!
屋根は造った。最初に造った屋根シェルター然り、その後に造った薪置き場やベッド、煉瓦干し場についても、屋根はある。
だが、壁は無い!当然である。そんなもんを作る余裕は、マリーリアには無かったのだから!屋根すら作るのがいっぱいいっぱいだったマリーリアが、壁を作る余裕などあろうはずも無かった!
……なので島流し当初は、壁を作るのは秋頃、と想定していた。夏の嵐は最悪の場合、洞窟か何か見つけてそこで凌ごう、と。冬の寒さを凌ぐのに壁は必要だが、まあ、それまでに間に合えば御の字だろう、と。
しかし状況は思っていたより悪くない。このまま夏の盛りまでに煉瓦造りの家を建てることも、十分可能なように思えてきた。
ということで……。
「じゃあ、あなたは粘土を運んできてね。あなたはここで水簸施設を拡張してね。そう。土を掘って……ええと、それで、残り3体は私と一緒に煉瓦を作るからこっちへ……あっ、その前にマッドゴーレムに粘土採掘の指示を出してくるから、ついでに周辺の探索と採取を行いましょ」
マリーリアは3体のテラコッタゴーレムを伴って、森の中を進むことにした!
マッドゴーレム3体とテラコッタゴーレムも3体が揃うと、中々のものである。1体を従えて歩いていた時とはまた違う感覚に、マリーリアはにこにこ笑顔になってしまう。
「ふふふ、軍に居た時のことを思い出すわぁー」
思い出すのは、ゴーレム軍を率いていたあの頃のことや、人間の騎士の軍を率いることになってしまったあの頃のこと。そして、彼らとの思い出である。
「……皆、元気かしらぁ」
自分を無人島へ送ってくれた騎士達のことを思い出して、マリーリアは少しばかり、懐かしく寂しい気分になる。
……だが、寂しがっては居られない。マリーリアは必ずや、この無人島でアイアンゴーレムを揃え、そして祖国フラクタリアの土を踏みしめるのだ。……物理的に。がっつりと。アイアンゴーレムは人間より重いので、土の踏みしめ方も立派なものになるだろう。
マリーリアは『絶対にやってやるわよぉー』とまたにこにこしつつ、森の中を進んでいく。
お目当ては、この間見つけたばかりのビルベリーとリンゴンベリーだ。そろそろ実ってきたかしらぁ、と茂みを見に行くと、案の定、熟したものが増えていた。なのでそれらをありがたく頂く。採ったベリー類は籠に入れて、テラコッタゴーレムに持たせた。……とても便利!
それから、繊維を取るための木の蔓を大量に伐採していき、ついでに木材もいくらか伐採したところで、テラコッタゴーレム2体を先に拠点に返した。荷物を持って帰ってくれるのでとても便利だ。
それからマッドゴーレムに粘土採掘の指示を出し、丁度そこへやってきた粘土運びのテラコッタゴーレムを労い、それからマリーリアは拠点へ帰ることにした。
……さあ!煉瓦づくりが始まる!
煉瓦造りにあたって準備するものは、水と灰、そして割れ防止のために失敗した焼き物の粉を混ぜた粘土と、煉瓦の型である。
粘土は当然必要として、型は煉瓦の大きさを揃えるために必要である。このためにわざわざ型を陶器で作っておいたのだ。
水は、粘土の硬さを調整するのと、型に付着してしまった粘土を洗い落とすために使う。そして灰は、煉瓦を作る地面に撒いておくことで、煉瓦型に成形した粘土が地面にくっついてしまわないようにするのだ。
早速、マリーリアは煉瓦干し場を片付けて灰を撒いた。……煉瓦干し場で干されている沢山の燻製肉は、できたての壺に入れて保存しておくことにした。できればしっかり乾燥させたいので、煉瓦造りが一段落したらまた干そうと思う。
さて、こうして出来上がった煉瓦造りの地面の上で……マリーリアと3体のテラコッタゴーレム達は、それぞれに作業を始めた。
型を地面に置き、そこに粘土を詰め、型をそっと抜き、型を一度水洗いしつつ型に水を纏わせて次の粘土が型から外れやすいようにして、また型を地面に置き、そこに粘土を詰め……。
……そんなことをゴーレムとマリーリア、合わせて6体の2体1組態勢でやっていると、すぐに煉瓦干し場の床が、四角く抜かれた粘土でいっぱいになった。
「わあー、結構すぐねえ。流石、人数があると違うわぁー」
もっと時間がかかることを覚悟していたマリーリアは、少し拍子抜けするような心地である。
「1、2、3……えーと、大体150くらいかしらぁ……」
煉瓦を数えてみると、まあ、大体150個くらいである。これらを積み上げると……4m四方の家の壁が、2段程度は組めるだろうか。高さは30㎝程度になる。
当然ながらそれでは高さが到底足りない。室内で使える調理用の炉を家の中に作ることを考えると、14段くらいは欲しい。……つまり、あと7回程度、煉瓦を作ることになる。
家の大きさを小さくするならもう少し煉瓦の量は少なくて済むだろうが、そもそも、焼いた煉瓦が1つも割れずに焼き上がるとも思えない。何にせよ、これから煉瓦の量産を、どんどん進めていかなければならないということなのだ。
遅くなってしまった昼食を摂ったら、釉薬の実験に移る。
「灰汁をしっかり抜いた灰と、粘土……それから川の白砂、っと」
細かな粒子の粘土を少々と水、そして長石を砕いたものとを入れていく。長石は元が砂粒の大きさなので、石で叩いて粉にしてみた。それでもきめが粗いが、仕方がない。ひとまずこれでやってみるしか無いだろう。
マリーリアはそれらを素焼きの壺の中で調合すると、そのまま壺をくるくると回して、壺の内側に釉薬を回していく。少ない釉薬を壺の内側に行き渡らせるのはこれが一番早いのだ。
「後は……こっちの灰でもやってみましょ」
折角なので、薪を燃やした後の灰でも同じように釉薬を作ってみた。そちらもまた壺の中で作って、くるくると壺を回して内側に釉薬がしっかりかかるようにする。
生憎、外側にまで回す釉薬の余裕が無いが……いつか、ちゃんと全面が釉薬に覆われた壺も作りたいものである。
釉薬を掛けた壺はそのまま乾燥させる。しっかり乾いたら少し低めの温度で焼いて、釉薬を焼き熔かしていくのだ。
こちらはまた待つことになるので置いておくとして……火が消えた炉の様子を見に行く。
煉瓦の型が2つと、テラコッタゴーレムの素体がまた出来上がった。これでテラコッタゴーレムは全部で10体になる。マリーリアは『なんだかいいわねえ』とにこにこ顔だ!
早速、テラコッタゴーレムを起動して、新たに起動したもののうちの1体には、マッドゴーレムに頼んでいた石臼づくりを引き継いでもらう。ものを磨り潰せるようになれば、様々なところで役立つだろう。完成が待ち遠しい。
そして、残るテラコッタゴーレム9体には……。
「じゃあ、あなたは失敗した焼き物をひたすら叩いて粉にしてね。あなたは水簸した粘土に焼き物の粉を入れて捏ね直す係。そしてあなた達は草を刈る係で、残りのあなた達は刈られた草を集めて束にして縛っておく係ね」
……日が暮れ始めてきた頃、マリーリアはそう、ゴーレム達に指示を出した。
そう。煉瓦干し場の増設を行うためだ。
今、煉瓦干し場に並んでいる煉瓦はまだ乾燥途中のものだ。これは当然ながら、しっかり乾燥させなければならない。何故ならば、危険だからだ。
水を含んだ粘土を炉に入れてしまうと、中で水蒸気となり膨張した水が煉瓦を破壊し……果ては、炉すら破壊する可能性がある。危ない。とても、危ない!
ということで煉瓦はしっかり干さなければならない。自然乾燥ならば、1週間程度は干しておきたいところだ。
だが、今のままではそんなわけにもいかない。
煉瓦干し場の面積は限られるので、煉瓦の増産速度も限られる。焼くのも大変だが、乾かすのが何よりも大変だ。
煉瓦が半乾き程度に乾燥すれば動かして軽く組み上げて、その中で弱く火を焚いて煉瓦の乾燥を促すこともできる。だが、とにもかくにも、まずはその『半乾き』まで乾かさなければならず、ここまで乾かなければそもそも煉瓦を移動させることすら難しく……。
……なのでマリーリアは、煉瓦干し場を増設することにしたのだ。
「ゴーレムの手も増えたことだし、ちょっと大きめに作ってみましょ」
そうしてマリーリアは、にっこり笑って、地面に木の枝でがりがりと線を引いて、煉瓦干し場建設予定地を決めていく。
煉瓦が300か400程度は干せるような、そんな大きさの建設予定地を!