島流し25日目:どきどき土器*4
釉薬の主成分は麦に似た植物……イネ科であろう植物を刈り取って燃やして作った灰が良いだろう。イネ科の植物はガラス質を多く含むので、これらの灰を使って釉薬とすると、剥がれにくく割れにくい、丈夫なガラス層を陶器の表面に作ることができるのだ。
勿論、色合いや風合いを考えて様々な素材で釉薬を作ることも考えられるが……ひとまずは実用性を考えて、今はイネ科雑草の灰と長石で釉薬を作ろうと決めたのだった。
そうして眠って起きて、翌朝。起きてすぐ、塩漬け肉と野草で簡単に朝食を摂って……。
「さ、次のを焼きましょ。テラコッタゴーレムももう少し欲しいものね」
ひとまず、土器第二弾を炉に入れて炉に火をくべ始めた。乾燥させた土器はまだまだある。焼けるだけ焼いていきたい。
そして、それらを焼く傍らで釉薬づくりを進めていくのだ。
「まずは草刈りよねえ……」
……釉薬の為に、草を刈る。大変だが仕方がない。マリーリアは石包丁でざくざくと草を刈っていく。
「あらぁ、よく見たらこの草、実がついてるのね」
そして、雑草の中に麦めいた穂を見つけた。無論、麦のようにぎっしりと実がついているわけではなく、何とも貧相な見た目ではあるが……。
「折角だし、食べてみようかしらぁ。うふふ」
マリーリアは、『これででんぷん質の食べ物が僅かにでも手に入るなら万々歳!』とばかり、嬉々として草刈りを進めていく。
……釉薬の為の灰の為の草刈り、と思うと元気が出ないが、食べるための草刈り!と思えば元気が出てくる。人間とは案外単純な生き物なのだ。
ということで、マリーリアは大量の雑草もとい食料候補を持って拠点へ戻った。
炉の火の様子を確認して、ゴーレムに送風機を動かさせておいて……さて、早速、持ち帰った雑草の実を脱穀していく。
まずは実を外して、乾燥させる。乾燥したらこれを板に挟んでゴリゴリとやるのが早いのだが、生憎、板が無い。なので仕方ない、マッドゴーレムに命じて、石臼を作らせることにした。大きな石を固い石でひたすらコツコツ叩いて削り、くぼみを作るのだ。単純作業を延々と繰り返すことが得意なゴーレムにはもってこいの仕事である。
……まあ、こうして野生の麦として食べられるかもしれない実の処理は一旦終了だ。元々の目的であった灰づくりに戻る。
「……焼いたら減っちゃうのよねえ。当然だけど……」
灰を作った。そうしたら、嵩がぐんと減った。当然である。
「本当に一握りくらいだわぁ……。うーん、草を灰にして使うのは効率が悪いわねえ。もっと大量に草を手に入れられるなら話は別だけれど……」
植物を灰にすると、残るもののなんと少ないことか。マリーリアは少しばかり遠い目をしつつ、残った灰を掻き集める。
「まあ、後のことは後で考えましょ。今は釉薬、釉薬……」
集めた灰は、早速、壺の中に入れる。そしてそこに熱湯を注いで、灰汁を抜く。こうして灰汁を抜ききった灰を釉薬に使うのだ。
「……灰汁は捨てちゃうの勿体ないわね。これでお洗濯しましょ」
あらゆるものを無駄にしないマリーリアは、釉薬づくりのついでに洗濯をすることを決めた。灰が沈殿して灰汁を捨てる時になったら、洗濯しよう。
そのままマリーリアは昼過ぎまでひたすら薪を集めていた。
明日にでも使えるような枯れ木を探して、ひたすら森の中を歩き、石斧で枯れ木を叩き折り、運ぶ。……中々に厳しいが、仕方がない。これをどんどんやっていかないと、燃料が無くなって炉を動かせなくなってしまうのだ。
未だ、最初の頃に伐採した木材は乾ききっていない。あれを炉にくべる燃料とするのは厳しいだろう。薪置き場の下では火を小さく焚いて薪の乾燥を促進してはいるが、やはり不安は残る。
マリーリアはついでにベリー類の採取なども行って、昼頃拠点へ戻った。その頃には炉がいい具合になっていたので、火を止めて、そのまま冷却を待つことにする。
昼食に魚を食べる傍ら、灰汁の様子を見に行ってみると、灰が沈殿しているのが見えた。なので早速、灰汁だけ別の壺に移して、灰にはまた水を注いでおく。こうして灰汁を抜ききらなければならないので、釉薬を実用できるようになるのはまだ先のことだ。
「ま、いいわ。お洗濯、お洗濯……ふふふ、灰汁と一緒に石鹸も使ってみーましょ」
マリーリアはるんるんと上機嫌で、チマキ状態の石鹸を1つ取り、灰汁の壺を小脇に抱え、川へ洗濯に向かった。灰汁でどれだけ汚れが落ちるかの実験でもあるし、石鹸の実用性を確かめる実験でもある。そしてやはり、何より……綺麗になるならそれに越したことは無いのだ。上機嫌にならないわけがないのであった。
マリーリアは早速服を脱ぎ、服を洗う。
まず、服は灰汁に漬け込んでおく。これを煮込むこともあるのだが、今はただ灰汁に漬け込んでから揉むだけにする。
そしてその間に自分の体を洗う。石鹸の効能を確認するために、葉っぱの包みを剥がして、ころんとした三角錐の石鹸を取り出し、水に浸けて、ほわほわ、と泡立ててみると……。
「あら、成功!」
石鹸は無事、石鹸として機能していた!
若干、動物性の油脂特有の臭いがあるが、ローズマリーの香りで上手く誤魔化されている。そもそも石鹸の多少の臭いなど、石鹸があって汚れを落とせるというただそれだけで最早気にすべきことではないと言えよう。
マリーリアは石鹸の泡で全身をふかふかと洗っていく。今まで水洗いしかできていなかった体は、石鹸の泡を乗せてもすぐ泡が消える有様であったが、根気強く何度も洗っていればやがて、あわあわ、と泡が立つようになった。
「うふふふ、きもちいーい」
マリーリアは上機嫌でるんるんと水浴びを楽しんだ。……これができるのは夏の間だけである。秋に差し掛かればもう寒くなってくるだろうし、冬に水浴びなどしたら命に係わる。
……できればそれまでに風呂も用意したいところだが、どうなることだろうか。
さて。
そうして綺麗さっぱり入浴を終えたマリーリアは、灰汁に漬けておいた服も洗った。
多少、汚れが落ちている気がする。が、ついでとばかり、石鹸を付けてあわあわと洗ったらそちらの方が汚れが落ちた。石鹸は偉大である。
洗った服は薪置き場の屋根に干して乾かしておいて、別のシュミーズに着替え……そうしてマリーリアは早めに夕食の準備に取り掛かる。
「折角だし、この麦っぽいやつ、少し脱穀してみましょ」
そう。マリーリアの手元には、例のイネ科の実があるのだ!
石臼は当然ながらまだできていないので、本当に十数粒だけ脱穀することにした。
石の上に乗せた実を石でごりごりと擦るようにして、籾を落としていくのだ。要は、実の殻を剥くような作業である。
やはり効率は悪い。ごりごりやっても殻が外れない実も多く、そうしたものは1粒1粒確認しながらごりごりやらなければならない。これが、石臼がちゃんとできたなら、粒同士が擦れ合って脱穀できるのだが。
「さあ、お味はどうかしらねえ。うふふふふ……」
マリーリアは、なんとか脱穀した麦のようなそれを鍋に放り込み、そこへ塩漬け肉や野草も放り込んだ。これで美味しいお粥のようになってくれれば嬉しいが、どうだろうか。
しばらくの間、くつくつと穀物を煮込んだ。そうして『そろそろいいかしらぁ』となった頃、ようやく、煮込まれた穀物を一粒、食べてみることにする。
……すると。
「……あらぁー」
何とも言えない硬さ。
舌に残り続ける薄皮。
そして何より……在って無いような、存在感!
「あんまり美味しくないわぁー……」
脱穀が面倒だった分、期待したのだが。然程おいしくない。
もっとちゃんと精麦できるように、或いは粉に挽けるようになればまた別なのだろうが、そもそも、現状ではそんな風に加工するほど大量に採れるものでもない。
……マリーリアはちょっとがっかりしながら、イネ科の実を『一応、冬に蒔いてみましょ……』ということで、そっと、屋根の下にしまい込むのだった……。
まあ、麦っぽいものは残念だったが、塩漬け肉を焼いて、茹でた野草を添えて食べれば中々美味しい。代り映えしないと言えばそうなのだが、まあひとまず夕食を済ませ、いよいよ、マリーリアは炉の中を覗く。
……すると。
「あら、上手くいってるわぁ!」
炉の中には、ほとんど割れも罅も無いテラコッタゴーレムの部品が、いくつも出来上がっていたのである!
……折角なので、就寝前にテラコッタゴーレム達を動かすことにした。
パーツを地面に並べて、人の形を作る。当然、全てのパーツが上手くできたわけではないが、組み合わせていけばなんとか、4体のテラコッタゴーレムが作れそうである。
それぞれ、少しずつ形が違うのがなんとなく可愛らしい。少しとぼけた顔に見えるものや、ひょろっ、とした印象のもの。粘土の歪みや焼き縮みによって生じた表情の変化は、ゴーレム達の大切な個性である。
「じゃあ早速、働いてもらうわぁ。……さ、目覚めてね」
そんなゴーレム達を愛おしく思いつつ、マリーリアは4体のテラコッタゴーレムを目覚めさせる。
……カタ、カタ、と素焼きの板同士がぶつかる音が響き、素焼きの部品の1つ1つが合わさって1つの体となり……そして、ゴーレム達が起き上がる。
「これからよろしくね」
マリーリアが微笑めば、テラコッタゴーレム達は首を傾げつつもマリーリアを主と認識したらしい。かたかた、と寄ってきて、マリーリアの指示を待ち始めた。その様子がまた何とも可愛らしい。
……無論、テラコッタゴーレム程度では、自我と呼べるようなものはほとんど無いだろうが。だがそれでも、なんとなくかわいいものはかわいいのだ!
さて。こうしてテラコッタゴーレム達は、全部で5体になった。
なので……。
「じゃあ、もう一回炉を動かしておいてもらいましょ」
マリーリアは早速、炉の夜間操業を実現すべく、ゴーレム達に出す命令を考え始めるのだった。
そして……更に土器が増え、できることが広がっていくのだ!




