島流し18日目:どきどき土器*2
土器を作るにあたって、マリーリアは……まず、失敗した土器を砕くことにした。
「はーよっこいしょ。ふふ……こうしていると、お薬でも作っているみたいだわぁ」
割れてしまって使い物にならない皿や、失敗した壺。それらを砕いて、粉にしていく。
……この粉を混ぜることで、土器が焼き縮んで割れることを防ぐのだ。オーディール領の焼き物屋がこうやって煉瓦を焼いているのを見たことがある。
「余裕ができたら、海岸の白砂だとか、骨粉だとかも混ぜて試してみたいわねえ……」
粘土に混ぜ物をして焼くと、違った性質の焼き物ができる。脆くなって割れてしまうこともあろうが、逆に、丈夫で薄い焼き物を作ることもできるかもしれない。
……まあ、今のところは実験している余裕があまり無い。焼き物、特に食品の保存や加工用の壺と、テラコッタゴーレムとを大量に生産すべく、マリーリアは粘土を成形し始めるのだった。
土器も、大きく作る時は炉と同じだ。下の段がある程度乾いて硬くなってから上の段を重ねていく。
そのため、どうしても待ち時間が生じる。……その時間を利用して、マリーリアは朝食の炙り肉を腹に収めたり、粘土の水簸を行ったり、杏の実を2つに割って種を取り出し、ザルの上で干したり……と、細々した作業をこなしていった。
それから、もう1つ大事なものがある。
「ふふ……灰汁ができたわね。早速、石鹸にしていきましょ」
そう。ようやく、マリーリアは石鹸を作るのだ!
まず、マリーリアは炉に火を入れた。テラコッタゴーレムに『ここで送風機を動かし続けてね』と命じたので、炉は高火力を保ち続けることができるだろう。
「よーし、焼いちゃうわよー」
そんな炉の中へ放り込んでいくのは……貝殻だ。貝殻を炉で焼くと、石灰ができる。これを灰汁と共に脂に混ぜて練り上げてやれば、石鹸ができるのだ。
貝殻が焼けたら、それを砕く。石でゴリゴリとやってやれば、焼けて脆くなった貝殻は簡単に砕けた。
「じゃ、早速……上手くいくかしらぁ」
ペリュトンの油脂を鍋に溶かしたら、香りづけのためにローズマリーの枝を入れた。……ローズマリーの脂炒めとローズマリーオイルができた。
炒めたローズマリーはまた別途食べることにして、オイルの方に灰汁と、貝殻の粉を加えていく。そして、もったりしてくるまでよくかき混ぜる。
「……あ、クリームみたいだわぁ」
しばらく鍋をかき混ぜていると、やがて、脂がもったりとしてきた。不透明な、もったりしたクリーム状になって、かきまぜた棒の軌跡が残るようになる。
「よしよし、これで型に入れて……と」
そうしてできたクリーム状の石鹸を、型に入れていく。……が、まあ、型が無いので、仕方ない。丈夫そうな大きな葉っぱをくるりと柔らかな三角錐に巻いて、それを型とすることにした。東方の料理で『チマキ』なるものがあるが、あんな具合である。
「……じゃあ、後はこれで放っておけば出来上がり、と」
マリーリアは石鹸の葉っぱ包みをいくつかこしらえると、それらを煉瓦干し場へと移した。もっと脂が鹸化して、しっかり石鹸になったら完成だ。
……そしてやはり、屋根を作っておいてよかった。煉瓦干し場は今や、土器の乾燥場であり、肉の干し場であり、そして、石鹸の熟成場所である。マリーリアは深く深く、屋根のありがたみを感じるのだった!
そうしている内に昼が来て、昼食として肉と野草のスープを食べて、干し途中の杏の具合を見るためにこちらも食べてみた。
杏の方は、多少しなびた具合になっていたが、まだまだ乾燥させないとダメだろう。まあ、乾燥させてもそれを保存する容器が今はまだ無い。もう少しばかり乾燥されていてくれて構わない。
……それから、土器を効率よく乾燥させるべく、薪棚のような構造をもう1つ作ることにした。薪を退かして今の薪棚を使ってもいいのだが……それが面倒になるくらいには、薪がいっぱいになっているのである。
それに、板だ。板がある。この間海岸で拾ってきた板は、煉瓦干し場の広い屋根を葺くには到底足りなかったが、マリーリアのベッドくらいの大きさの屋根ならこれ1つで足りそうなのである。
屋根を葺く手間が無いなら、ほとんど手間はかからない。マリーリアは早速、土器干し場を作ることにした。
徐々にいっぱいになりつつある薪棚の脇には、木材として使えそうな真っ直ぐで長い木がストックしてある。それを使って、棚を作った。ここに乾燥途中の土器を乗せて、棚の下で火を焚いて、乾燥を早めようという目論見だ。
土器を乗せるすのこ面を作るため、薪を一列分薪棚から抜き取ってきて、それを並べる。……しかし、壺の様子を見てみたところ、まだ棚に移せるほどには乾燥していなかった。棚で焚火を使った乾燥を実現できるようになるのは、明日以降のことになるだろうか。
午後の時間が空いたので、マリーリアは皮を揉むことにした。
「あらぁー、よく漬かってるわぁー」
壺の中で漬けておいた鹿の脚の皮は、樫の樹皮を煮出した液に漬け込まれて、茶色くなっていた。
そして、マリーリアはこれを……揉む。揉むのだ!
「……ゴーレム使いましょ」
そして揉み始めて5分くらいで、『これは時間がかかる単純作業だわぁ』と察し、ゴーレムの使役を決めたのだった!
ということで、マッドゴーレム3体が粘土採掘所から連れてこられた。粘土は掘り起こすだけ掘り起こされて運ばれないままになっているので、テラコッタゴーレムにまた粘土運びの指示を出しておいた。
「さあ、棒で皮を叩き続けてね」
……そうしてマッドゴーレム3体は、漬け込まれた皮をひたすら叩いて柔らかくすることになり、マリーリアはその間にマッドゴーレムをもう1体増やして、ペリュトンの脚の皮4枚分が、それぞれに叩かれることとなった。
マッドゴーレムは自身が泥であるせいで、泥を付着させたくないものを触らせる際には木の棒などの道具を使わせるしかない。人間であれば、手でもみもみとやれば済むところなので、やはり多少、効率が落ちる。
……テラコッタゴーレムの量産が、待ち望まれる!
夕方になるまで、マリーリアはひたすら土器を作り続けた。水簸した粘土がある程度使えそうだったので、それを掬い取って、新たにテラコッタゴーレムが運び込んできた分をまた水簸して……それから、先に掬い取った粘土を捏ねて、失敗した焼き物の粉砕物を混ぜ……。
「……失敗した焼き物、もう無くなっちゃったわぁ」
そして粉砕物が無くなった!ということは、これ以降の土器づくりはこれ無しで作るか、はたまた、今形作ってある粘土を全て焼成してから、その失敗物を破砕して……ということになる!
……なので、マリーリアは。
「うーん、あんまり余裕がある訳じゃないけれど、一応実験してみましょ」
石鹸づくりで灰汁を取った後の残った灰を混ぜたものと、ペリュトンの骨を焼いてから粉にして混ぜたもの、それから海岸の白砂を水で洗って塩を抜いたもの、それらをそれぞれ粘土に混ぜて、それで小さめの壺を作ってみたが、果たしてどうなるだろうか。
日が暮れてきたので、マリーリアは夕食の支度をする。
……塩漬け肉を軽く塩抜きしてから焼いて食べた。まあ、美味である。そろそろ肉食に飽きてきたが、文句は言えない。
「あなた達も食べる?はい」
そして、畑でぽよぽよしていたスライム達に、肉を焼く串として使用した枝を与えてみた。肉の欠片や肉汁が付いているので、多少は栄養になるだろうと思われる。
「……食いつきがいいわねえ」
スライム達は珍しい味に興味があるのか、もそもそと動いては急いで串を食べている。とても元気だ。
「いっぱい食べてまた増えるのよー」
次の雨の日にはまたスライムが増えるだろう。マリーリアはにこにこしながら、スライム達の食事風景を眺めるのだった。
……そうして数日間、マリーリアは粘土を練り、土器を作り、薪を切って……その傍ら、ゴーレム達には皮をぽこぽこ叩かせては鞣し液に漬け込み、塩を作らせ、そして干した肉には次々に燻煙を掛けていき……という日々を過ごした。
土器の乾燥も薪の乾燥も、ついでに肉の燻製づくりも、それなりに時間がかかる。進展がどうしても遅くなる。だが、マリーリアはこの時間を大いに楽しんでいた。
まず、干し肉だ。
塩漬けにしてから風乾させたペリュトンの肉は、表面が少々透き通り、しかし内部にはまだ水気を保持しているような、そんな状態になっていた。
……ということで、これを一気に燻製にしていく。
海岸で拾った壊れた木箱を使って燻製器を作り、中に大量の干し肉を吊るし、そして中で杏の枝を削ったものに火を付けて、煙を発生させる。……これを繰り返せば、燻製ができるという訳である。
燻製にした肉は、そのまままた干しておくことにした。このまま更に乾燥が進めば、歯が立たないほどにカッチカチの燻製肉ができるだろうが、その分熟成も進んで旨味も増すはずである。マリーリアは『楽しみだわぁ』とにこにこしている!
それから、皮。
ゴーレムにぽこぽこぽこぽこと叩かせ続けた皮は……なんと、それなりにきちんと革として使えそうな毛皮になっていた!
それらは肉と一緒に燻して、防虫性と撥水性を高めておいた。いずれ使う日が来るだろう。多分、冬とかに。
そして……やはり、土器である!
「うふふふふ、これは繊維くずを混ぜたもの。こっちは川の砂を混ぜたもの。こっちはにがりで練ったもの……違いが出るかしら。楽しみだわぁ」
マリーリアはにこにこしながら、粘土の研究に勤しんでいた。
もう、マリーリアは土器づくりというより、陶芸を楽しんでいた。趣味と言っても過言ではない。
……そうして島流し生活25日目!いよいよ、大量の土器やテラコッタゴーレムの部品を焼く日が来たのである!