島流し17日目:どきどき土器*1
海岸へ辿り着いたマリーリアは、ゴーレムが塩をもう一巡作り終えたところで諸々を回収し、ゴーレムを連れて枯れ枝を拾い集めながら拠点へ戻った。
ゴーレムには磨製石器を作ってもらうのではなく、粘土の採掘を行ってもらう。粘土の採掘は急務なので!
「えーと、じゃあ早速これで樹皮を煮出して……わあ、茶色くなったわぁ」
その傍ら、マリーリアは早速、樹皮を煮出して鞣し液を作っていく。鍋は直火に掛けられて便利だ。土器でこれをやるとしたら、樹皮と水を入れたところに焼き石をどんどん入れていく、といった製法になっただろうから。
「……こんなに不透明になるくらい、茶色くなるのねえ」
……煮出していくと、鍋の中はどんどん茶色くなっていく。茶色くなりすぎて、もう、鍋の底が見えない。しっかり不透明な液体が出来上がっていく。多分これはものすごーく渋いのだ。絶対に舐めない。マリーリアはそっと心に決めた。
煮出し液ができたら液を壺へ取り出し、壺の中に鹿皮を漬け込む。あとは数時間ごとに揉んでやる予定だ。
そして、鞣し液を煮出した後の樹皮はお役御免なので、畑のスライムに与えた。スライムはぷるんぽよんと3匹揃って樹皮へやってきて、もりもりと樹皮を食べていく。
「……渋くないのかしらぁ」
スライムは味へのこだわりもあまり無いのかもしれない。渋いであろう樹皮をもりもり食べていく様子に躊躇の類は見られない。
スライムにとって、味は些事なのかもしれない。むしろ、柔らかく煮込まれた樹皮は柔らかい分食べやすくていい、ということなのかもしれない。
「分かんないわねえ。でもまあ、可愛いからいいわぁー。うふふ」
マリーリアはスライムをつんつんつついた。ぽよ、ぽよ、と揺れるスライムを眺めて、暫しの休憩とした!
休憩が終わったら、土器の製造に移る。急務だ。これが急務なのである!
ペリュトンの鳥部分の毛皮は、ひとまず塩を当てて干してある。干した皮を戻してから鞣し液につけても、鞣しは間に合うはず。
……が、やはりこのままにしておくのももったいないので、できるだけ早く、あれを漬け込めるくらいの容器が欲しいのだ。
大きな土器はその分、粘土を大量に消費する。その割に失敗しやすい代物でもあるので、マリーリアとしては中々に辛いところだ。
「またマッドゴーレムを作って、しばらくは土器づくりに専念した方がいいわねえ……」
雨が降ったらまたやり直しになるが、それでも1人で延々と粘土を捏ねて運んで、とやっていては時間も手も足りない。マリーリアは早速、マッドゴーレムを作っていくことにした。
前回作ったマッドゴーレムの残骸を捏ね直して、なんとかマッドゴーレムを3体ほど作る。
そして出来上がったマッドゴーレム達の命令を何度か書き換えながら進んで、先日見つけたばかりの粘土採掘所へ赴いた。
「じゃああなた達はこれで粘土を突き崩して採掘。テラコッタゴーレムは籠に粘土を詰められるだけ詰めたら、拠点の指定した場所にぶちまけること。籠を空にしたらまたここへ来て粘土を詰めていってね」
ゴーレム達に命令を出したら、早速、もそもそ、とゴーレム達が動き出す。テラコッタゴーレムはともかく、マッドゴーレムは本当に、動きがのろい。まあ、それでもやってくれるだけありがたい。なんだかんだ、自分が手を出さなくても事が進むというのはありがたいことなのだ。
マッドゴーレム達が、もそ、もそ、と木の棒で粘土層を破壊していくのを見て、マリーリアはにっこり笑った。
そうして粘土の供給ラインが整ったところで、マリーリアは拠点に戻り、土器づくりより先に、塩漬け肉を干し始めた。
……煉瓦干し場が肉干し場になっている。まあ、これはこれで有効に活用できているので、よし。
「じゃあ、他のお肉も一応、塩を当てておきましょうか。……えーと」
少しばかり残っていた肉をまた塩漬けにして、これでいよいよ本当に肉の処理は終了した。
終了したのだが……。
「……脂身があるわねえ」
そう。塩漬け肉を作る際、骨と一緒に切り取った部分がある。それは、脂身だ。
ということでマリーリアは、脂身を鍋に入れ、熾火に掛けて、じっくりと炒めることにした。
そう。油脂を得るためである!
「脂があれば、それで明かりにできるものねえ」
マリーリアはにこにこしながら、焼いた時に罅が入ってしまった椀を持ってきた。罅が入っていても、鹿や鳥の脂を入れておく分には然程問題はあるまい。どうせ常温になれば固まる脂なのだから。
鍋の中で脂身がぱちぱちとはじけるのを木の枝でつつきつつ、マリーリアはじっくりじっくり、脂をとっていく。途中でローズマリーを一枝入れた。これで脂が酸化していくのを多少遅らせることができる。酸化した脂は嫌な臭いがするようになるので、死活問題である。
そうしてローズマリーの恩恵を受け、ほんのりと良い香りになった脂は、取れ次第、どんどん椀の中へ流し込む。そしてまた次の脂身を鍋へ放り込んでいき、適宜ローズマリーを放り込み……。
……そうして、テラコッタゴーレムが運んできた粘土が、そろそろ山になるぞ、という頃。
「結構採れたわねえ」
脂は椀1つに収まりきらず、今、鍋の中にも結構な量が溜まっている。
あらぁ、とマリーリアはこれを覗き込み……そして、ぴん、と思いついた。
「……石鹸作ってみましょ」
そしてマリーリアは焚火の中に石をぽいぽいといくつか放り込むと、いそいそと壺を持って海へ向かった!
「あっ、やっぱりね。ふふふ……」
海岸へ赴けば、ゴーレムに塩を作らせていたあたりに大量の灰が落ちていた。当然である。塩づくりには大量の火が必要で、大量の火を生み出すには大量の薪を燃やす必要があるのだから。その分、灰も大量に出る。
マリーリアはにこにこしながら大量の灰をぱっふぱっふと壺の中へ掻き集め、それを抱えてまた拠点へ戻る。そして拠点近くの川で水を汲み……。
「よっこいしょ。……きゃっ、結構跳ねるわねえ。やだぁー……」
灰汁の中に焼き石を入れて、水を沸かす。こうして焼き石でぐつぐつやる分には土器もそうそう割れないので、土器を使って湯を沸かす時にはこれに限る。
「じゃ、これはこのまま置いておいて……お鍋の脂は固まったら葉っぱの上にでも移しておきましょ……」
まあ、煮炊きの鍋が脂に占拠されていると困るので、脂は固まったら適宜移動させることにする。こういう時、動物性の油脂は常温で固まるのでありがたい。適当にぺたぺたと盛り上げておけば保存できるのだから、まあ、臭いの類には目を瞑ることにした。
さて。
こうして脂身の処理も粗方終わったところで、出来上がった脂かすをさくさくと齧っておやつにしつつ、マリーリアは土器づくりを始める。
土器づくりの最初は、粘土の仕分けから始まる。
粘土に枝や根っこの欠片、枯葉や枯れ草、それに小石などが混ざると、粘土としての質が落ち、焼いた時に割れやすい粘土になってしまうのだ。
よって、粘土を捏ねてはそれらを取り除く作業が必要なのだが……。
「……この量の仕分けをするのは、大変ねえ」
テラコッタゴーレムがまた運んできた粘土が、べしょ、と積み上げられる。既に山だ。山ができている。粘土の山だ。
これをマリーリア1人で仕分けるのはどう考えても大変だし、ゴーレム達には少々荷が重い。マッドゴーレムは自身が泥なので、粘土に泥を混ぜてしまうことになる。テラコッタゴーレムになら可能だろうが、まあ、それにしても余りある仕事量になるだろう。
これをどうにか、楽に仕分けられないものか。マリーリアは考えて……。
「あっ、水簸したらいいんじゃないかしら」
そう、思い至ったのである!
水簸、というのは、水の力を利用した篩のようなものだ。
例えば、泥はそのままではずっと泥のままであり続けるが、泥水にしてしばらく置いておくと、小石などの大きく重い粒が先に沈み、その上に砂、そして最後にごく小さな粒で構成される粘土が溜まっていく。
そうして粗方が沈殿した後で尚濁った水を別の入れ物に移し、濁りを沈殿させれば……そこに残るのはきめ細やかな粒子だけでできた粘土。こうして上質な粘土だけを取ることができるのだ。
また、砂を取りたい場合には、砂までが沈殿し、粘土がまだ水を漂って沈殿しきらない内に水を捨てて残った方を遣えばいい。そう。水簸は正に、水の篩なのだ。
が。
「……で、その水簸をやるための器が無いんだったわぁー」
器が無い。器を作るために必要な水簸をやるための器が無い!堂々巡りである!
「うーん……いえ、でも、問題ないわね。水簸した一番上の層を使うだけなんだもの。一番下の層は他の土と混ざったって変わらないんだから……」
だがマリーリアはめげない。そして、もう細かいところはどうでもいいわぁ、とばかりの心境である。
「地面でやりましょ」
……そうしてマリーリアは、地面を器にすることにした。
地面を掘って、踏み固める。広く浅い凹みができる。
そして、掘った土を盛り上げて、一段高い場所を作っておく。そこも踏み固めて、最初の凹みの一段上に同じような広く浅い凹みを作る。
これで完成である。
「上段に粘土と水を入れて、泥水にして……上澄みだけ下段に流して、後はそのまま放っておけばいいわね!」
マリーリアはにこにこと笑うと、早速、水と粘土とを運び始めた!
粘土に水を加えて、よく踏んで混ぜて、浮いてきた木の根や枯葉は除去して、砂利が沈むのを待って……そうして堰を切って、下段に滑らかな泥水を注ぎ込む。
これを数度繰り返せば、水簸設備の下段には、滑らかな泥水がたっぷりと溜まる。底の方を手で浚ってみれば、滑らかな粘土の感触があった。どうやら、成功しているようである。
「あとはこれを放っておきましょ」
そうしてマリーリアは水簸の作業を一段落させた。粘土がすっかり沈殿して、要らない水が地面に吸い込まれてしまった後で粘土を採る必要がある。今、できることはもう無いのだ。
……まだまだテラコッタゴーレムが運んできた粘土が山と積み上がっているが、これはいずれ、テラコッタゴーレムにやってもらうか、マリーリアが暇を見て処理するかして、粘土を分離しようと思う。
どうせ、土器も一度には焼けない。炉の容量の分だけ、毎日粘土を作り、そして土器を作ればそれでいいのだ。
塩漬けにしていた肉を干したら、夕食だ。
夕食は肉である。昨日採った脂で塩漬け肉と野草を炒め、それからじっくりと煮込んだスープであった。
一度炒めることによって肉に付いた焦げ目がなんとも香ばしく、香りがいい。また、焦げて少々ぱりっと硬くなった部分がよいアクセントになった。
「ふふふ、おいしーい」
一日程度塩漬けにした肉は、水が抜けて旨味が凝縮されたようであった。また、熟成が進んで旨味が増していることも確かなのだろう。
焚火の傍、素焼きの椀でスープを味わいつつ、マリーリアは空を見上げる。
……無人島の空は静かだ。そして、星が美しい。軍を率いていた頃、野営先で見た星空を思い出す。
「良い夜ねえ」
マリーリアはにっこり笑って、デザートに杏の実を齧る。……杏も、明日あたりに全て干してしまった方がいいかもしれない。この瑞々しい食感は魅力的だが、日持ちしないのでは意味が無い。
色々と考えるべきことは山のようにある。だが、それら1つ1つもそれなりに楽しいものだ。
「また明日、がんばりましょ」
マリーリアは大きく伸びをして、星空ににっこりと笑いかけるのだった。
そうして翌朝。
「あら!いい粘土!」
目が覚めてすぐ水簸施設を覗きに行ったマリーリアは、そこでにっこりすることになる。
……水簸は無事、成功したようだ。大きく浅い凹みには、滑らかな粘土の層が溜まっていた!
さあ!これで土器を作るのだ!