島流し15日目:狩人*4
「……ペリュトンの解体って、どこから始めればいいのかしら」
さて。
ペリュトンを解体するぞ、と意気込んだマリーリアだったが……困る。早速、困る。
何せ、ペリュトンは合成獣の一種だ。鹿と鳥がくっついた形をしているので、それを捌くとなると、なんとも困る。鹿を捌くのとも、鳥を捌くのとも勝手が違うのだから。
「まあ……まずは羽根を毟るところからかしらぁ」
仕方が無いので、とりあえず羽を毟ることにした。羽がついたままの方が解体しやすいということも無いので、さっさと毟ってしまうに限る。
むしむし、と羽を毟っては、ある程度分類して保存していく。
まず、形の良い尾羽や風切り羽は、綺麗に引き抜いて保存する。これらは羽ペンにしたり、矢羽根にしたり、様々な加工に用いることになる。
続いて、胴体を覆う羽毛を毟っていく。これらは羽根布団の材料に……いつかできたらいいわあー、と、マリーリアは思っている。現状、流石に布団を作れるほどの羽毛の量は無い。だが、麻に似た植物の繊維と混ぜて使えば、布団らしいものも作れるかもしれない。
そして最後に、背中の羽毛は……そのままとっておく。
この、鳥の羽毛でふわふわの皮を上手くこのまま毛皮にできたら、冬の為の防寒具および寝具として活躍してくれそうだからだ。
「細かい羽毛も取っときましょ」
それらの作業の傍ら、どうしても抜け落ちてしまう細かな羽毛の類も、マリーリアは大切に取っておく。細かな羽毛は何かの詰め物にできるかもしれないし、火口に使えるかもしれない。
どんなものにも、多かれ少なかれ使い道はあるものだ。マリーリアはそう思って、毟った羽毛をこの間拾った木箱に詰めて保存することにしたのだった。
「じゃ、早速今日のご飯を出しましょうね」
続いて、肉と皮の分離作業に移る。皮を剥いで、鞣して使えるようにするのだ。
「ええと……まずはお腹を裂いて、と……うふふふ、おいしそーう」
ペリュトンの腹を裂いて、傷つけないように内臓を取り出していく。特に、肝臓。……マリーリアは鶏のレバーが好きである!
「腸……もこれ、使えそうね。鳥の大きさじゃないもの、これ」
取り出していく内臓は、まあ、大きい。腸など、牛や豚の腸と変わりないくらいの太さだ。これは何かに使えるだろう。そう。ソーセージとかに。
「これは水筒にできるかしらぁ……」
膀胱については、大切な大切な水袋の材料だ。傷つけないよう、殊更気を付けた。
他にも心臓や肺も取り出していって、そうしてすっかり、ペリュトンの内臓を取り出し終える。鳥と鹿が混じった内臓を持っているものだから、中々に大変だった。だが、その分楽しみも大きい。
「これが今日のご飯、っと……。うふふふふ、うふふふふふ」
内臓肉の類は、日持ちしないので今日食べる。つまり今日は内臓肉パーティーなのである!これが笑わずには居られようか!否!笑うしかない!マリーリアは終始笑顔で、土器の中に『食べる内臓』『食べない内臓』を分けて入れていくのだった!
内臓はそれぞれ、水に浸けて血抜きしておく。そうしておいて……。
「さあ!皮ね!ふふふ……腕が鳴るわぁ。これどうやって剥いだらいいのかしら。ぜんっぜんわかんないわぁー……うふふふふ……」
……そしていよいよ、肉と皮の間にナイフを入れて皮を剥ぎ取っていく。鳥と鹿が混ざっているので、とてつもなく厄介である。だが、この厄介さもある種の楽しさであった。まるでパズルを解くが如く、マリーリアはひたすらに皮を剥いでいく。
今回のメインは、ペリュトンの胴体……鳥部分だ。こちらは細かな羽がわふわふと生えているものをそのままにしてあるので、毛皮としてこのまま鞣していきたい。
鹿の脚の部分とは皮の質が全く異なるので、脚や首の皮は切り分けて、胴体の毛皮とは別にした。
「このまま鞣しの準備まではしなきゃねえ。はあ、大変!」
マリーリアはにこにこしつつも額に汗を浮かべて、なんとかペリュトンを解体していく。
肉から骨を外すのはまた後で。次の作業は、皮に残った肉をこそぎ落とし、皮を綺麗にすることだ。
「ああ、できてる!ありがとう!ふふ、いい子ね」
さて。
マリーリアは川辺へ向かい、そこでテラコッタゴーレムが作っていた磨製石器を回収した。
その磨製石器は、半月型のナイフである。皮に押し当てて、皮の内側に残った肉をこそげ落とすのに使うのだ。……ちなみにマリーリアは、これを石包丁として草刈りにも使おうと思っている。
「さて……頑張ってゴリゴリやるわよぉー」
マリーリアは意気込むと、そのあたりから大きな葉っぱや葉のついたままの枝などをたくさん刈ってきて、地面に敷き並べた。そしてその上にペリュトンの胴体の毛皮を置き……ひたすら、内側をごりごりやって肉をこそげ落としていく!
ここで肉が残っていると、皮が革にならない。肉から腐敗していってしまうためだ。
肉や脂肪の類はしっかり落としておかなければ、腐った毛皮と共に寝起きすることになりかねないので、マリーリアは必死に半月ナイフを動かしていく。
「これは晩御飯ね。ふふふふ……」
こそげ落とした肉は、捨てずにちゃんと取っておく。食べるためだ。この島に来て初めての肉なので、大切に、無駄なく食べねばなるまい。
そうしてマリーリアが皮を綺麗にしている間に、テラコッタゴーレムはマリーリアに命じられてペリュトンの肉の解体を行っていた。とはいえ、『あなたの腕より大きな塊があったら、骨の関節ごとに切り分けておいてね』という程度のものなので、骨付き肉がどんどん量産されていく。
ペリュトンの肋骨がまた1本ずつ切り分けられ、骨付き肉ができていく。それを横目に眺めつつ、マリーリアはひたすら、毛皮の内側を綺麗にしていくのだった。
……そうして昼を過ぎて、ようやくマリーリアの作業が終わった。ひとまず、皮の内側がなんとか綺麗になったのだ。
あとは、これらの皮を鞣すだけである。が、鞣しの材料が無いので、今はただ干しておくことにした。明日以降、時間ができたら鞣しに入ることになる。
「脂肪のつき方も鹿とは全然違うんだものねえ。はあ、大変だったわぁ……」
マリーリアはため息を吐いて肩を回す。ずっと下を向いての作業だったので、肩や腰が痛む。……だが。
「ま、いいわぁ。ささ、ご飯にしーましょ!うふふふふ……」
マリーリアは、るんるんと上機嫌だ。
それもそのはず。だってこの後は、内臓肉パーティーなのだから!
ということで、マリーリアは海岸へやってきた。
鍋と薪、そして食べる内臓と共に、海岸へやってきたのである。
……理由は簡単だ。これからマリーリアは、塩を作らねばならないのである。まあ、お昼ごはんを食べつつ。
ペリュトンの肉は大量であった。一日や二日では食べきれないほどの量がある。
……となると、マリーリアはこれらの肉を保存する必要がある。
肉類を保存するにあたって、最終的には『水分が少ない状態にする』ことができればいい。そのために、塩漬けにしておくだとか、乾かして燻製にするだとか、そういう手段を取る必要がある。
最悪の場合、薄切りにして乾きやすくした上で焚火の上で乾かして、塩漬けでも何でもない白干しにすることはできる。だが、初夏のこの暖かさでそれをやるのは、若干、躊躇われた。……暖かければ暖かいほど、肉は腐りやすい。そして、一度腐った肉は、その後塩漬けにしようが干そうが、腐ったままである。
肉が腐る前に、肉を乾かす。これが中々に難しい。ついでに、一度干したとしても、その後に雨が続いて湿気って黴が生えることも有り得る。……ということで。
「まあ、塩漬け……は難しいだろうから、塩に漬けてお肉の水を抜いてから干して、燻製にするのが一番いいわよねえ……」
マリーリアはこの大量の肉の水気を抜くべく、塩を作ることにしたのだ。
ということで、マリーリアは鍋で海水を煮詰め始めた。
土器は直火で加熱すると割れる可能性が高い。海水をひたすら煮詰めるには、いつもの金属鍋の方が良いだろう。
マリーリアは海水を汲んで鍋に入れ、焚火にかけてぐらぐらと煮立たせていく。
「やっぱりペチコートの布をここで使うことになるわね。まあ想定内よ」
その傍らで、ペチコートを一着、バラした。使うのは、ペチコート1着の更にその半分以下だが……要は、海水を濾すための布が必要なのである。
ペチコートに使われている白麻は、こうした濾し布にぴったりだ。マリーリアとしても、いずれは塩づくりのために布が必要だろうと踏んでいたので、まあ、予想の範囲内である。
そうして鍋の中身が煮詰まってきて、鍋の表面に白っぽい膜が張るようになったら、鍋の中身を土器にあけて、それを布で濾す。
「これは石膏分、ね」
最初に析出するものは、石膏分。きめ細やかな白い泥のようなそれを、マリーリアはそっと葉っぱの上に乗せた。ま、何かに使うかも、ということで。
それから更に海水を煮詰めていくと、やがて塩が析出するようになる。こうなったら、完全に水気を飛ばしてしまう前にまた別の布で濾し取る。これが塩だ。
そして残った部分はにがりである。……ものすごく苦い液体である。まあ、これは適当に椀に入れておいた。
さて。こうして、海水を煮詰めに煮詰めて塩を作ることはできる。できるのだが……。
「……これ、何回やったら十分な量になるかしらぁ」
海水を鍋にたっぷりと注いで湧かしても、得られる塩はほんの一握りである。これは中々に、厳しい!
「いずれは大規模に製塩したいわぁ……」
マリーリアはため息を吐きつつ、しかし、今のところはこれで頑張るしかない。頑張って次の海水を汲みに行きつつ、その傍ら、出来上がったばかりの塩を付けて、ペリュトンの内臓を焼き始めるのだった。
「はあー、久しぶりのお肉!ふふふ、美味しいわぁ……」
そうして昼も過ぎ、おやつ時になると、ペリュトンの内臓類はマリーリアの胃に収まった。
肝臓は滑らかで濃厚で、まるでバターを練り込んだパテのようでもあった。肺はふわふわするような、コリコリするような、不思議な食感。心臓は噛み応えが強く、正に肉を食べている、というような実感を得られる。腸の外、胃や膀胱は水袋として使えるかもしれないのでとってあるが、それ以外は大体、食べた。
……そして、昼食ともおやつとも言えない食事の間に、塩が少しずつできていく。
「これくらいあれば何とかなるかしら……。ま、後はゴーレムに量産してもらいましょ」
マリーリアはゴーレムに働いてもらうことを決めて、できている塩を持って拠点へ戻ることにした。
拠点に戻ったらゴーレムを連れてまた海岸へ戻り、塩の作り方を刻む。海水を汲んで、火にくべて、石膏分が浮いたら濾して、濾したものを鍋に戻して、煮詰まったらまた濾す……という命令を粘土の板に刻み込んで、テラコッタの胸部にぺたっと貼り付けたのである。
『ついてこい』や『命令に従え』では、単純で簡単なことしかできない。1つの行動しかできないのだ。なので、命令を書き換える必要があり……そして、テラコッタゴーレムについては、焼く前の粘土をこうして貼り付けるだけでも、まあ、このくらい細かく命令を出せば、実行してもらえる。
その分、魔力の消費が早いので、明日の朝には停止している可能性が高いが……まあ、それは仕方がない。
さて。
ゴーレムに塩を作らせ始めたマリーリアは拠点へ戻ると、肉の塩漬け作業を始めた。
「骨はできるだけ外しましょ。ただでさえ、壺には到底入りきらないんだもの」
ゴーレムが切り分け終わった肉から骨を外しては塩をすり込んで、土器の中へ放り込んでいった。ついでにローズマリーも加えた。風味が良くなれば嬉しい。
「よし。明日以降、上手く水が抜けたところで干して燻製にすればいいわね」
こうしてマリーリアはなんとか、夕方頃には壺に収まるだけの肉を塩漬けにし終えた。それ以外の肉については、塊のまま、ひとまずはローズマリーの葉をまぶして、大きな葉っぱに包んで置いておくことにする。
解体作業は一日がかりだったが、得たものは多い。……多すぎて、処理に非常に手間取っているが!
だが、それでも得られないよりはずっといいのだ。マリーリアは『明日は塩漬け作業の続きをやって、ついでに鞣しの準備くらいは始めないとね……』と考えながら、うきうきと夕食の準備を始める。
……夕食は、皮からこそげ落とした肉と抜いた血を使ってブラッドソーセージを作るのだ!