島流し14日目:狩人*3
さて。
ペリュトンを食べると言っても、ペリュトンに今のマリーリアが勝つのは中々に難しい。
まず、マリーリアの武装が貧弱である。
これが、全身鎧にハルバード、とでもなっているのなら、それでペリュトンを威嚇できた。或いは、ゴーレムがもっと大量に居たなら、それでも何とかなっただろう。数の暴力は強いのだ。
……だが、今のマリーリアの装備は、石斧にナイフ、そしてテラコッタゴーレム1体、である。
これでペリュトンに勝たねばならないのだから、中々に厳しい。
……中々に厳しい、が。
「まあ、相手は1人ぽっち。こっちは2人、だものね。それに……ふふふ」
マリーリアは笑って、ゴーレムに命じる。
「じゃあゴーレム。命令よ。あのペリュトンをひたすら追いかけ回しなさい。そして石を投げつけてやるのよ」
ゴーレムが動く。愚直にマリーリアの命令を遂行しようとするゴーレムは、恐れも迷いも持っていない。ただ、ペリュトンに向かって突っ込んでいく。
当然、ペリュトンはこれを警戒した。ペリュトンはその鹿の頭を低くして、蹄で地を掻く。角を突き出して、テラコッタゴーレムへ突進する構えだ。
だが、マリーリアも居る。
……ついでに!
「ほーら、行っておいでなさいなぁー」
マリーリアは、ペリュトンの顔面目掛けて、スライムを投擲した!
ぺにょっ。
……妙な音と共に、スライムはペリュトンの顔面に張り付いた。こうなるといよいよ、ペリュトンは迷う。
テラコッタゴーレムが襲い掛かってきているのは知っている。マリーリアの存在も知っている。だが、今はスライムに顔面を覆われていて、周囲の様子が確認できない!
そうして混乱したペリュトンへ、マリーリアが迫る。テラコッタゴーレムと離れた方からペリュトンへ向かう。ペリュトンも聴覚を使ってマリーリアの位置は大凡把握しているだろうが、それでもすぐには動けない。何故ならば、マリーリアの反対側からはテラコッタゴーレムがやはり迫っているからだ。
だが、ペリュトンは迷うより先に動くべきだった。この迷いこそが命取りなのである。
迷っている間にマリーリアはペリュトンに肉薄していた。そしてペリュトンは、近づかれたらご自慢の角を使った突進ができない。助走をつけるだけの距離が、もう無いのだ。そもそも、スライムを振り払いきれないペリュトンにとっては、最早どうすることもできなかっただろうが。
……そして。
「もらい!」
マリーリアの石斧が、ペリュトンの脚を勢いよく打ち据えた。
一撃で、どれくらいの傷を負わせられただろうか。
ペリュトンの脚は皮が裂け、血が流れたが、どの程度の深手を負わせられたかは分からない。
……だが、これでいい。マリーリアとて、一撃で仕留められるとは到底、考えていない。
ただ、ペリュトンを劣勢に追い込めれば、それでよかった。或いは……ペリュトンに劣勢を自覚させれば、それで。
要は、ビビらせられればそれでよい。
「よしよし、いい具合だわぁ」
ペリュトンがようやくスライムを振り払った頃には、テラコッタゴーレムが投げた石がいくつかペリュトンの胴や頭に当たっていた。ついでに、マリーリアはもう一撃、同じ脚に石斧の一撃を食らわせている。
……そして、そこまでで時間切れだ。ペリュトンが動き出した。
だが、ペリュトンはここでマリーリアやゴーレム、そしてスライムに襲い掛かろうとはしない。そう。ペリュトンは『劣勢』を感じ取ったのだ。
「あら、逃げるのね。いい子だわぁ」
ペリュトンは早速、逃げ出した。脚を怪我しているのでそこまでの速度は出ないが、それでも必死に、逃げていく。
……このままペリュトンを見送れば、マリーリアは助かる。だがそうはしない。当然だ。ここまでやったのだ。当然、食べる。食べるために、あのペリュトンを狩る。
「行くわよぉー。うふふふふ。鬼ごっこなんて久しぶりだわぁ」
なので、マリーリアはスライムを拾い上げ、ゴーレムを伴い……ペリュトンを追いかけ回し始めたのである!
さて。
数ある魔物や獣の類は、非常に優れた身体能力を有するものが多い。
人間には成し得ない速度で地を駆る獣も居れば、大空を飛ぶ鳥も居る。今、マリーリアが追いかけ回すペリュトンもその類だ。人間より速く、人間より大きく、人間より重い。ついでに蹄や角がある分、硬く鋭い。ついでに飛ぶ。
……そんな生き物相手に、人間であるマリーリアと、テラコッタゴーレムが勝てるものがある。
その1つは知略であろう。考えることは人間の最大の武器である。
次に器用さか。石斧をはじめとした道具を作り、使いこなすことも人間の強みだ。
……だが。そんなものが無くとも、人間が多くの獣や魔物に対し、完全に肉体で勝る部分がある。
「うふふふふ、どうしたのかしらぁ。もう疲れちゃったのかしらぁ。私はまだまだいけるわよぉー。うふふふふ、うふふふふ」
マリーリアは執拗にペリュトンを追いかけ回している。ペリュトンが逃げても逃げても、追いかけ回している。
持久走の様相を呈してきたが、それでもしっかり追いかけ回す。そしてゴーレムはゴーレムなので当然、疲れなど知らずにペリュトンを追いかけ回している。スライムはマリーリアの首筋にぺたんとくっついて、マリーリアの体温を下げる手助けをしてくれていた。というか、その用途でマリーリアに使われていた。
……そう。
人間が多くの生き物に勝てる部分。
それは、持久力なのである!
自然界ではこんなに執拗に獲物を追いかけ回すものはそうは居ない。無論、ゴーストの類など、執念深いとされる魔物も居ないではないが、まあ、少なくともこのペリュトンは、今までこの手合いと出くわしたことが無かったのだろう。
ペリュトンは傷ついた脚を庇いながら、振り返り振り返り、マリーリア達が追いかけてくるのを確かめては必死に逃げる。……だが、今や、最初の頃のような速度は出ていない。ペリュトンは必死にてくてくてくてく、と、早歩きしていた!
「あらあら、うふふふふ、もうおしまいなの?」
……そんなペリュトンを悠々と追いかけ回すマリーリアは、汗をかき、息も上がっているが、それでもまだまだ大丈夫である。軍に居た頃はもっと大変な行軍もしていたのだ。この程度なら何ということは無い。何せマリーリアは人間なので。
「ほらぁ、逃げないと食べちゃうわよぉ。うふふふふ」
……そうしてマリーリアは、島の外側へ外側へとペリュトンを誘導しつつ、ひたすら追いかけ回し、ペリュトンをどんどん疲弊させていった。
ペリュトンも、傷ついた脚を庇いながら懸命に逃げていたが……やがて、逃げることに全ての体力を使い果たしてしまう。
そして。
「あらっ!やったわぁー。これで当面、ご飯に困らないわねえ。うふふふ……」
拠点が見えてくるほどの距離を必死に逃げ回ったペリュトンは、遂に力尽きて、その場に倒れたのだった!
……ということで。
「はあ……。水場の近くで仕留められて本当によかったわぁ」
マリーリアはペリュトンの首をナイフでさっくりと切り、ゴーレムと2人がかりで木の枝にペリュトンを吊るし、血を抜き始めた。
血は下に置いた壺の中に溜まっていく。ここでは血も大切な資源だ。ありがたく使うことにする。
幸運なことに、ペリュトンを追いかけ回していく内に拠点近くの川の傍でペリュトンを仕留めることができた。おかげでペリュトンを捌く時も楽ができる。水を使いやすければペリュトンの解体作業が捗るし、拠点の近くなので切り出した肉や骨を運ぶのも簡単だ。
「ふふふ。明日は楽しい解体作業だわぁ」
何はともあれ、今日の成果は大きい。ペリュトン一頭分の肉が手に入ったのだから、当面、食事に困らないだろう。
まあ、肉に偏った食事になりそうだが……そのあたりは、採取してきた杏やベリー類、それに野草の類でなんとか誤魔化していけばいい。
そして……。
「ペリュトンでよかったわ。角も皮も、それに羽毛も手に入るもの」
仕留めた魔物がペリュトンだったことが、大きい。
頭と脚は鹿。そして胴体と翼は、鳥。……手に入る資源が、幅広いのだ!
鹿の角は削って縫い針や釣り針を作るのに使える。マリーリアは縫い針を持ち込んでいるが、釣り針は持っていない。作ってみてもいいかもしれない。
鳥の羽は軸を削って羽ペンにできる。うまく尾羽を利用すれば矢を作ることもできるだろう。そして何より、ふわふわの胸毛は羽根布団の材料として最適だ!
「お肉も、鹿の腿肉と鳥の胸肉が手に入るから食べ飽きなくていいわねえ。ついでに手羽先と脛肉も……」
マリーリアは『ペリュトンってお得な生き物よねえ』とにっこり笑った。
その日は早めに就寝した。ゴーレムには『ちょっとこれを磨いておいてね』と石を渡しておいたので、明日の朝になれば磨製石器がもう1つできているだろう。
よく動き、よく働いたマリーリアは採取してきた果物で夕食を済ませると、すぐベッドに横たわった。
ペリュトンと戦ったことで、自分で思っていたよりずっと疲れていたらしい。まあ、ペリュトンを追いかけ回すためにずっと走り回っていたのだから当然である。
マリーリアは『明日はお肉が食べられるわぁ……』とにこにこしながら、幸せな眠りに就いたのであった。
……そうして、翌朝。
「はあ……ふふふ、夢じゃないわぁ」
起きてすぐ、マリーリアは吊るしたペリュトンを見てにこにこした。吊るされたペリュトンからはもう、血が滴り落ちていない。血抜きは終わったようだ。
「じゃあ、早速解体作業を始めなきゃあね!」
マリーリアはベッドから飛び出すと、早速ペリュトンの解体に移るのだった!