島流し13日目:狩人*2
「まあいいわね。これに慣れましょ。えーと、じゃあ早速探索に行くとして……」
さて。
こうしていよいよ探索の準備が整ったマリーリアは、準備を始めた。
「ナイフでしょ?背嚢代わりの麻袋2つ。それから籠を背負って……ゴーレムには籠を背負ってもらいましょ」
まずはナイフ。何かを切り取ったり、切り払ったり、そしていざとなったら武器としても使えるものだ。
物入れとして使う麻袋は、最初に拾ったものと、麦が入っていたものを補修したもの。この2つだ。この2つを籠に入れて、背負う。ゴーレムにも1つ籠を背負わせた。……つくづく、籠を編んでおいてよかった!
「それから斧ね。……これを使う事態になった方が嬉しいような、嬉しくないような……」
そして、斧だ。
柄の長い石斧は、今のところ木を切る用途でしか使っていない。
木を切るとはいえ、切れ味がいいかと言われれば正直なところ、良くはない。木についても、切るというか叩き切っている。むしろ、叩いて傷が付いたところで体重を掛けて折っている。……やっぱり切っていない!
まあ、そんな斧ではあるが、鈍器としては優秀である。はずだ。それに、生の木にガンガンと傷を刻みつけていくくらいの丈夫さは期待できるのだ。振り回せば、弱い魔物くらいならまあ、なんとかなるだろう。多分。
「あとは……」
マリーリアは、ふと、スライムに目を留めた。3匹にまで増えたスライムだが……。
「……お水。よし」
マリーリアはそのうちの1匹を適当につまみ上げると、ひょい、と籠の中に放り込んだ。スライムは特に抵抗もせず、大人しく籠に入れられた。状況を理解していないのか、最早これまでと覚悟しているのか……。
「じゃあ早速、出発進行ー!」
マリーリアは元気に歩き出した。そんなマリーリアの後ろを、籠を背負ったテラコッタゴーレムがてくてく付いてくる。ちょっとかわいい。
……マリーリアが進む方向は、島の中心部に多少近づきつつも、然程深入りしないくらいのライン上。つまり、拠点から少し中心へ向かったあたり……マンイーターを見つけたくらいの深度だ。
「丁度いい魔物が居ればいいけれど」
マリーリアが見つけたいものの筆頭は、食料である。
マンイーターのように動かずにいてくれる魔物だと大変にありがたいが……動かずにいて、かつそれなりに食べられる魔物は多くない。そう考えると最初にマンイーターに出くわしたのは、ものすごく運がよかった。マリーリアはちょっとだけ天に感謝した。
「居るとしたら……何かしらねえ。マンイーターが居る以上、捕食対象になる小さめの魔物が居るはずだけれど……ホーンラビットとか?」
まあ、できれば獣の形をした魔物がいい。何故ならば、皮を取れるからだ。
冬を越すことを考えると、毛皮は数枚欲しい。寝具としても、衣料としても、毛皮はとても便利である。
また、鞣した皮は多くの用途に使える。そのまま切り出して、革紐として使うことだってできる。これも非常に便利だ。
「ふいご……ふいごが欲しいわね……」
……マリーリアとしては、ふいごも欲しい。羽を回転させて風を送る送風機は、あまり効率が良くないのである。手が疲れる。
そんなこんなで、マリーリアは獣の痕跡を探しつつ、森の中を探索していくことになる。
だが。
「あ、丁度いい木の蔓。いくらあっても困らないものねえ。あ、あれは繊維を取るのにいい草!」
……植物性の資源、かつ食糧ではないものばかり、見つかる。
これらも必要ではあるので、刈っては籠に入れていくが……食料は欲しい!できれば、効率的に、たっぷりと!たっぷりと欲しい!
ちまちまと採取していては食料供給が追い付かない!マリーリアに今必要なのは、獣っぽい具合の獲物なのだ!
……そのままマリーリアは探索と採取を続けた。一度、繊維の草と木の蔓と、そしてたっぷり収穫できた杏の実を置きに拠点に戻った。……2日くらいは杏だけで食い繋げるかもしれない。だが、杏だけで体は動かない。肉や魚も欲しいところなのだが……。
「あ、丁度いい石!これ、割れ方が鋭い奴じゃないかしらぁ……ふふ、これなら叩いて割ってナイフにできそう」
黒曜石と思しき石を拾えても、獲物は居ない。
「ここ、粘土の層がたっぷり!これならテラコッタゴーレムの量産に使えそう!」
粘土の層を見つけても、獲物は居ない。
「あら、こっちにも池があるのね。お魚は……居そうだけれど、流石に手掴みは無理ね……」
魚が居そうな池を見つけたが、安定した食料供給には少々弱い!
……ということで、獲物らしい獲物を見つけられないまま、日が暮れた。
「どうしようかしらねえ……」
マリーリアは夕食の杏を齧り、麦粥を食べながら思案する。
「やっぱり、魔物を狙った方がいいわよね。……もう少し深いところに潜った方がいいかしら」
考えるべきことは単純だ。
『森のより深い方へと探索の手を伸ばすかどうか』。これが、マリーリアの目下の悩みである。
魔物は魔力によって生まれることが多い。魔物が多い地域とは、魔力が多い地域に他ならないのだ。
そしてそんな事情から、当然ながら、魔力の濃い方へ向かえばその分魔物が多く、そして魔物が強い、というのが概ねの法則である。
魔力が少ない場所で生きている魔物は、少ない魔力から生まれる魔物……例えばスライムなどだ。つまり、弱い。
或いは、魔力がそれなりの場所で生まれたが魔力が少ない場所に生息している魔物は、まあ……他の強い魔物に追いやられて逃げてきた魔物だ。つまり、弱い。
……よって、魔力が少なければ少ないほど、その土地には魔物が居ないか、はたまた居たとしても弱いか、ということになる。
「でも……弱い魔物がここまで見られないとなると、余程の大物が居るのか、ちょっと変な魔力の偏り方をしているか、っていうことになっちゃうのよねえ……」
だがこの島には、弱い魔物があまり居ないように見える。まあ、『最弱!植物でもないのにほぼほぼ食物連鎖の最底辺!時々植物にすら浸食されて捕食されている!体のいい保水土扱いされている!』と言われるスライムは居るが。
となると……それら弱い魔物が魔力の多いところでも生きられるような地形や魔力の偏りが生じているか、はたまた、大物が片っ端から弱い魔物を捕食しているか、概ねそのどちらかであると考えられる。
たまたま中心部からはぐれてしまった強い魔物が、島の辺縁部の弱い魔物を食べつくしている……となると、いよいよ、対峙するのが不安である。
ということで、マリーリアには2つの選択肢がある。
1つは、このままの深さを保って森を探索して、弱い魔物がはぐれて出てくるのを待つ。
もう1つは、森の深いところまで探索の手を伸ばして、強い魔物を倒す。
……当然ながら、前者は比較的安全である。だが食料が手に入りにくいことは間違いないだろう。そして後者は食料を手に入れられる可能性が高いが、その分、危険が一気に増えるのだ。
対するマリーリアの装備と言えば、鎧の類は無く、武器は石斧とナイフくらい。そして何より、マリーリア自身は取り立てて戦闘能力が高い訳でもない。貴族の娘というには元気が過ぎるが、少なくとも一騎当千の戦士などではないのだ。
マリーリアは考えた。考えに考え、唸って、空を仰いで……そして。
「……でも、危険を冒さないと食べ物が無いものねえ」
決断した。
……森の奥へと、踏み込むことを。
翌日。
マリーリアは昨日と同様、テラコッタゴーレムを従えて、森の深部へと向かった。
マンイーター跡地(根を掘り起こした跡がそのままなので目印に丁度いいのだ。)を越えて、更に奥へと進んでいく。
「……あら」
そこで、ふと、マリーリアは肌に触れる空気が変わるのを感じた。……ゴーレム使いでしかないマリーリアは、ゴーレム以外の魔力を感知するのが然程得意ではないが、それでも感じられるような何かが一瞬、感じ取れたのだ。
だがそれも一瞬のこと。すぐに空気はまた元の様子に戻って、何事も無かったかのように静まり返る。
「……やっぱりこの島、何かあるんでしょうねえ。やだぁー……」
今のは何かの魔法の気配だったのだろうか。まあ、マリーリアに危害を加えるものではなかったようだが……やはりなんとなく、心配ではある。
「……魔物が出る時点で、今更かしらぁ……」
間違いなく、この島には何かがある。今の気配もそうだし、マンイーターが居る時点でそうだ。そしてそもそも、雨とマンイーター由来の生ごみがあったとしてもスライムがぽこぽこ生まれるのはやはりおかしい。
この島が『無人島』とされている以上、人間の記憶にも残らない程の大昔に何かがあった、といったところだろうか。だとすると……まあ、あまり考えても意味はない。答えが出ないことを考えても仕方がない。こういうことを考えるなら『こうだったら楽しいわぁ』と空想を広げてにこにこする時に限る。
ということで、この島の最奥に何があるかは次の雨の日にでも考えるとして……。
「じゃあ、あのマンイーターがたまたま零れ種か何かであそこに生えてただけで、本来ならこのあたりでようやく魔物の生活域、っていうことなのかしらぁ。……ふふ、心配して損しちゃった」
マリーリアは安心して、周囲を見回す。
マンイーターが居た地点よりも島の内側なら、マンイーターよりも手強い魔物が居る可能性が高い、と思って警戒していたが、どうやらあのマンイーターこそが外れ値……突出して島の外側に進出してしまった個体だったと考えた方が良さそうだ。
が。
マリーリアがるんるんと進んだ、その時。
「……あらぁ」
がさり、と茂みが鳴る。そして……鹿の頭が覗いた。
おや、と思ったマリーリアが次に見たものは……鹿の頭の下についている、鳥の胴体!
「あ、あらっ?」
そして鳥の胴体の下についているのは、鹿の脚!
……鹿の頭と足、そして鳥の胴と翼を持つ『ペリュトン』は、背中の翼を大きく広げてマリーリアを威嚇している。
「あらぁ……これはまずいわぁ……」
まあ、まずい。端的に言ってしまえば、非常にまずい。何せペリュトンは、『人間を殺すことを目的としている』類の魔物だ。
ペリュトンは、自分の影を持っていない。光に当たった時地面に落ちる影は、人間の形をしている。
……そして、人間を殺すことでその人間の影を手に入れることができるという。そうして影を集めていけばいずれ自分の影を取り戻せると思っているのかどうなのか、とにかくペリュトンは人間を襲うのである。
魔物が居るとしても精々ホーンラビットか大ネズミくらいのものだろうと想定していたマリーリアからしてみたら、このペリュトンはあまりにも想定外だ!
改めてペリュトンを観察してみるが、マリーリアの身の丈を超える体高と、如何にも強靭そうな脚、そして角……こんな魔物がおまけに凶暴なのだというから、いよいよマリーリアにはどうしようもない。
ここは逃げるべきだろうか。マリーリアは迷ったが、すぐ考え直す。
ペリュトンはその蹄で大地を駆ることについてもそうだが、それ以上に、鳥の翼で空を飛ぶことについて警戒しなければならない。軍を率いてペリュトンと戦ったこともあるが、あの時も大地と空とを行き来するこの魔物に非常にてこずらされた。
まあとにかく、あのペリュトンから逃げられるとは思えない。走る速度はあちらの方が上だ。
だが、真正面から戦って勝てる相手でもない。特に、今のマリーリアの武装は貧弱なのだから。
よって絶体絶命。マリーリアは、とてつもない危機に瀕している!
……だが。
それでも。
「でも……美味しそうね」
それでもマリーリアは、斧を構えた。
この恐れ知らずのペリュトンを、食べるため!