島流し7日目:雨*4
ということで、マリーリアは屋根の下へ避難した。
幸いにして、雨のほんの降り始めに気付けたらしい。然程濡れずに避難することができた。
「土器を取り込んでおいてよかったわぁ。この暗さじゃあ、到底探して回収できないもの」
次第に強まっていく雨脚を感じつつ、マリーリアはほとんど何も見えない夜の森の空を見上げた。
……そう。ここは無人島。太陽の光と月の光だけが光源であり、その他に光など、存在しない。よって、陽が落ちて、月も見えないような曇天だと……本当に何も見えないのだ!今のように!
「いずれ、照明も考えなきゃね。まあ、それは獣を狩ってから考えた方がいいかしら……」
マリーリアはため息を吐きつつ、『どうやったら明かりを手に入れられるかしら』と考えることにした。
……まあ、どのみち中々に難しそう、なのだが。
「暇ねえ……」
明かりの無い暗闇の中では、できることがあるでもない。
「……寝るしかないわぁ」
仕方なく、マリーリアは昨日までの寝床……つまり、屋根の下の地面に枯れ草を少し敷いただけのそこに寝そべって、はあ、とため息を吐いた。
「やだぁ、やっぱりベッドの寝心地ってよかったのねえ……」
比べてみると、やはり、今日作ったばかりのベッドの良さが分かる。マリーリアは『明日こそは!』と心に誓いつつ、仕方なく地面で眠ることにした。
そうして、朝。
「あっ、止んでないわぁ……」
……朝になっても、雨は止んでいなかった!
雨が降っていると困ることがいくつもある。その内の1つが、『煮炊き』であった。
マリーリアは現状、煮炊きの為の火を、屋外での焚火に頼っている。が、そうなると……雨が降っている時には煮炊きができないのだ!
おかげで朝食はお預けである!水を少し飲んで、マンイーターの茎を生のまま齧って、それで終了である!
……早く、煉瓦造りの家が欲しい。それもできれば、冬と言わず、夏の間に。
寒さを凌ぐより先に……雨風を防ぎ、屋内で火を使えるようにするために!
まあ、雨が降っているのは仕方がない。仕方がないのでマリーリアは紐を作る。
昨日、採取した木の蔓はまだ蔓のままでいくらか屋根の中に入れてあったのだ。よって、それを裂いては繊維を取り出し、紡いでいくことにする。
糸を紡ぎながら、暇なので歌でも歌うことにした。オーディール家に居た頃、メイド達が糸を紡ぐ時に歌っていた歌だ。
……夏の終わり頃になると、メイド達は亜麻糸を紡いでいた。天気のいい庭先でそれが行われていた時には、マリーリアが屋根裏部屋で本を読む傍ら、開け放った窓から晩夏の香りの風と共に、メイド達の紡ぎ歌が入り込んできたものである。
あのメイド達はどうしているだろうか。マリーリアは軍を率いるようになってから、ほとんど屋敷に戻っていない。もしかしたらあの時に歌っていたメイド達はもう、ほとんど屋敷に残っていないかもしれない。
それを少々寂しく思いつつ、マリーリアは1人、糸を紡ぎ続けた。
昼頃、雨が止んだ。
しっとりと全体的に濡れて湿った森の中では、屋根を葺くための草を刈るのも非効率的である。なにせ、濡れる。雨に濡れた草の中に分け入って行ったら、それだけでびしょ濡れである。
「屋根を作るわよぉ……」
だがマリーリアはベッドの屋根を葺くことにしたのだ。最早この信念は止められない。
雨上がりでは、炉を作り足すことも叶わない。精々、炉の周りで焚火を熾して少しでも早く乾燥させようか、という程度のものである。
マリーリアは炉の傍に焚火を熾して、ついでに濡れた枯れ枝を火の傍に並べて乾かしておくことにした。……そして。
「濡れても何でもいいわぁ……。この後水浴びすれば問題ないものね……」
ちょっと目の据わったマリーリアは、半笑いで草を刈りに出た。
……まあ、その程度には、雨が嫌なのである!
……屋根を葺くのは大変だ。材料集めが大変だし、それを屋根に括り付けていくのも大変である。が、それでもやらねばなるまい。流石にここまで雨が頻発したら。
今の時期は、然程雨が多いわけではない……と思われる。恐らく。このあたりもフラクタリア王国の近海ではあるのだから。
が、そうなると恐らく、夏には嵐が来る。
防風や防雨の備えは、今からしておくべきだ。雨は避けても通れないものだと、この2日の雨でいたく実感した。
「全くもう……しょうがないわねえ」
マリーリアはため息を吐きつつ草を刈っていく。ベッドと薪小屋の屋根材なら、今日中に何とかなるだろう。多分。
刈った草は、紐できつく結わえていく。それこそ、ギチギチミチミチと音がしそうなほど強く、しっかりと。きつく。
こうしておかないと、屋根を葺いた後に屋根材が抜け落ちかねないのだ。そして雨を凌ぐためにはとにかく、葺き材の密度が大切である。ミチミチぎゅうぎゅうであればあるほど良い。尤も、圧縮すると体積が減るので、その分、屋根材が大量に必要になるがそれは仕方のないことである……。
「はあ……これくらいで何とかなるかしらね」
担いできた草の束を拠点に下ろしたマリーリアは、傾き始めた太陽を見て『乾かしてから屋根を葺く……のは無理ねえ』とまたため息を吐いた。
まあ、そういうことなら仕方がない。
「じゃ、水浴びしーましょ。うふふふ……」
マリーリアは早速、シュミーズを脱いで、『わーい』と川へ飛び込んでいった!
川は、雨の後だったが既に落ち着いていた。要は、流れる水は濁った泥水ではなく、澄んだ湧き水になっていたのである。
これならば水浴びにもよし。マリーリアは早速川の水で体を洗い始めた。
「……石鹸が欲しいわねえ」
まあ、水だけなので、汚れが落ちるかと言うと、そんなには落ちない。垢や脂の類は、お湯と石鹸があって初めてちゃんと落とせるものだ。
だが、泥の類を落とせるだけでも気持ちいいものである。マリーリアは暫く、川でぱしゃぱしゃやって遊びながら水浴びしていた。
ついでに、脱いだばかりの服は洗濯した。こちらも水洗いになってしまうが……この服をお湯で洗濯できるような容器は無いのだ。本当なら大きな鍋に灰汁を入れ、それで茹でるようにして洗って脂の類を綺麗にしたいところだが……まあ、それは最低でもタライか大きな焼き物の容器かができてからの話になる。
さて。
そうして多少さっぱりしたマリーリアは、未だ屋根の無い薪小屋の上に、屋根か天蓋かのように濡れたシュミーズを被せ、干し始めた。
薪小屋の薪の下で火を焚けば、薪は乾くしその上のシュミーズも乾くのだ。
……そして。
「私自身も乾かさなきゃね。ふふ……」
マリーリアは薪の上によいしょ、と乗っかり……。
「あ、駄目だわ。意外と熱いわここ」
すぐ降りた。
……遠火も遠火ではあるが、流石に火の上に居ると熱い。ちょっとダメそうである。
仕方が無いので、炉を乾かすための焚火の傍に行って温まる。水浴びで冷えた体と濡れた髪は、焚火のおかげですぐ、ぬくぬくほこほこしてくる。
水浴びは気持ち良いが、体温の低下は命の危機に繋がる。特に、髪が濡れたままだとよくない。マリーリアは髪に熱気を当てて、わふわふ、と乾かしていくのだった。
焚火のおかげで煮炊きができるようになったので、食事を作る。朝も昼もまともに食べていないので、大変にお腹が空いた。そんなマリーリアの本日の食事は、端が焦げるくらいに香ばしく焼いた魚と、マンイーターの茎のスープ、そして焚火で蒸し焼きにしたマンイーターの根である。
「……そろそろまた食料が無くなっちゃうわねえ」
マンイーターの蕾は全て薄切りにして干してあるし、茎と根はそろそろ無くなりそうだ。根はまだそれなりにあるが、茎はいよいよ、尽きようとしている。案外、早い。
また程よい魔物が居ればいいのだが。マリーリアは思案しつつ、マンイーターの根が尽きる前に次の獲物を探すことを決意した。
そうして寝て起きて、翌朝。朝食がてら、昨夜焼いた根っこをもそもそと食べ、その皮と、根っこを包むのに使っていた葉っぱとをスライムにやるべく畑へ向かい、そこで3匹のスライムに……。
「……ところであなた達ってもしかして、雨の度に増えるのかしらぁ……?」
……ぷるぷるぽよぽよ、と元気にしているスライムは、3匹になっていた。まあ、増えたらしい。