島流し6日目:雨*3
ベッド計画はさておき、夕方が来て夜が来る。
マリーリアは干していたマンイーターの蕾を屋根の下に取り込みつつ、夕食の支度を始めた。
マンイーターの茎と蕾、そして根と、池の罠にかかっていた川エビとを煮たスープであるが、まあ、これはこれでそれなりに美味しい。
贅沢を言えば、もっと肉や魚の類が欲しいのだが、我儘は言えない。代わりに、暗くなりきる前に採ってきたベリーを食後に食べて満足した。甘いものはやはり、人間の心を癒すのだ!
その日はそのまま眠って、翌朝。
「まずは薪の乾燥からいきましょ。折角薪小屋を作ったわけだし……」
朝食の煮炊きの前に、小さな焚火を薪小屋の薪の下で焚く。これをやりたかったので、薪小屋の床の高さを高くしてあるのだ。
火を焚けば当然、空気が温まる。そして乾く。そうすれば薪も乾きやすいということだ。……まあ当然、薪にうっかり引火しないように気を付ける必要があるが。
「いずれは薪小屋も煉瓦造りにしたいわねえ」
いつかは、薪を乾燥させるためにあまり気遣わずに火を焚けるような設備を整えたい。まあ、いつかは、だが。
薪のための小さな焚火を確認しながら、その横でマンイーターの根を葉に包んで焼く。こうして火を通すと煮るよりも時間がかかるが、やはり美味しいのだ。
「これはこのままちょっと置いておいて、先に炉を作っちゃいましょ」
そうして朝食の仕込みが終わったら、炉を積み上げにいく。できれば、炉は今日中に完成させてしまいたい。
「土器の乾燥の具合は……うーん、こっちはまだまだね」
が、炉は形を作り切ってからしっかり乾燥するまでに時間がかかるし、土器もまた同じだ。土器もしっかり乾燥させてからでないと、炉に入れられない。薪と一緒だ。
「あ」
そう。薪と一緒。……そう思い至ったマリーリアは、屋根の下で乾かしていた土器を持ってくる。形は崩れなくなったが、触れればしっとりとした水の冷たさを感じる。焼くことはできない。
……まあ、だが、形は崩れないので。
「乾燥棚……便利ねえ。土器もこれで乾燥が進みそう」
乾かしている薪の上に乾燥中の土器を並べてみた。……土器は暫く、薪と一緒にこうして乾燥させてみるといいかもしれない。
そうしている間にマンイーターの根っこが焼けたのでそれを食べ、水を沸かして飲んで……さて。
「ベッドを作りたいところだけれど、先に土器をやっちゃいましょ」
ベッドには心惹かれるものがあるが、まずはこちらが先だ。
「表面を石とか貝殻とかで磨いて……と」
生乾きの土器の表面を、滑らかな石や貝殻で強く擦り、磨いていく。すると、土器の表面は次第に滑らかな、かつ目の詰まった良質な面に変わっていく。
「表面を削るの、これが一番いいわねえ。ふふふ」
先日拾ってきたばかりの貝殻の破片でゴリゴリとやれば、土器の表面が滑らかになって磨かれていく。波に洗われて滑らかな形になった貝殻の破片は、こうした作業にもぴったりだ。『こうやっていくとものすごく光る泥団子ができるのよねえ……』とマリーリアは遠い昔を思い出した。
土器を一通り磨き終えたらまた炉を積み上げ、そして……。
「じゃあベッドを作りましょ」
マリーリアは早速、ベッドづくりに取り組むことにした。
ベッドを入れる家が無いなら、家が無くてもいいベッドを作ればいいのだ。そう。つまり、薪小屋のような……屋根付きのベッドを!
「じゃあまずは……紐ね」
……そして、ベッドづくりに先立って、最初に作らなければならないものは……紐である。
今、マリーリアは木材などを結ぶために木の蔓を使っている。だが、蔓ではどうしても、強度が落ちるのだ。
そこで、紐である。
平行に揃えただけでは強度の低い繊維を撚って、紐にしていく。すると柔軟かつ丈夫な、素晴らしい素材に変わるのだ。
特に、ベッドのような……マリーリアの体重を安全に支えられなくてはならないような、強度と安定感が必要なものについては、是非、木の蔓ではなく紐で造りたい。
……だが。
「結構大変なのよねえ。えーと、まずは茎の長い草を水に浸して……」
……紐の原料となる植物の繊維を取り出すのは、中々面倒なのである。
例えば、綿花のようなものがあれば、簡単だ。あれは元々繊維がそのまま実るようなものだから、あれをそのまま取って紡げばいい。
だが流石に綿花は無い。この無人島は多少温暖とはいえ、流石に綿花が自生できるほどの暖かさは無いのだ。
となれば、麻のように真っ直ぐな植物を刈ってきて、それの繊維を取るしかない。刈り取った植物の茎を水に浸して数日置いて、植物の肉の部分が腐ったら揉み洗いして繊維だけ残していくのだ。
……まあ、マリーリアも今、そんな具合のことをしている、のだが。
「これだと紐の完成だけでも4日5日後になっちゃうわねえ……。もう少し簡単に繊維が採れるものがあればいいんだけれど」
いずれ、紐は大量に必要になる。だから、大量に作れるように植物の茎を刈って水に浸しておくのは、悪くない。だが……今、できれば、今日。紐が欲しい。
計画を見誤ったのよねぇ、とマリーリアはため息を吐きつつ、しかし、現状、炉が乾くまで次の段階には進めない。ここでベッドなり、煉瓦干し場なりを造っておくのは悪くないのだ。特に、次にまた雨が来る時のことを考えれば、尚更。
ということで。
「これは……あっ、駄目ね」
マリーリアは、数種類の植物の茎を手に、試行錯誤していた。
茎の表皮を剥がして、そのまま一直線に下ろす。するり、と途切れずに剥くことができたなら、そこから真っ直ぐな繊維を採ることができるかもしれない。
のだが……。
「うーん、これは丈夫じゃないわねえ。繊維っていうかんじでもないわぁ……」
中々、いい繊維を表皮に持つ植物が無い。マリーリアは『ありそうなものだけれど……』としょんぼりしつつ、もそもそ、と植物の茎から皮を剥ぎ続け……。
「あらぁ」
……その中の1つが、いい具合だった。
それは、名も知らぬ植物の蔓である。だが、その皮を剥けば、内側に繊維質のものが現れる。数本の細い繊維が皮と一緒に剥けて、まるで楽器の弦を張ったかのようにも見えた。
「……これ、集めましょ」
そうして丁度良い植物を見つけたマリーリアは、にっこり笑ってその植物を乱獲すべく立ち上がるのだった。
そうして。
マリーリアは皮を剥ぐだけで繊維を取れる植物を見つけ次第、ひたすら裂いては繊維を取った。
皮を剥げば、繊維が綺麗に並んだ面が現れる。そこから更に表皮を除いて、繊維だけにしていったのである。
そうして出来上がった繊維を撚り合わせて紐にしていけば……。
「まあ、これくらいあればベッドを建てるのには足りるかしらぁ……」
なんとか、ベッドを建設するくらいの紐は、手に入ったのであった。
遅い昼食は適当に済ませた。どのみち食べるものはマンイーターの茎と根だ。ただし、茎も少しずつ傷み始めている。早めに食べきってしまった方がいいだろうと思われた。
適当にマンイーター素材を煮て作ったスープを胃に収めたら、早速、ベッドを建設し始める。
「えーと、丈夫にするためにはこっちにも柱を足した方がいいわねえ。それからええっと……」
薪小屋は最悪の場合、崩れてもまあ、いい。大変なだけだ。
だが、マリーリアが眠るベッドが崩れたら、下手したら骨の一本くらいは折れかねない。そしてこんな無人島で骨など折る訳にはいかないのである。マリーリアは念には念を入れて、しっかりキッチリとベッドのフレームを組み上げていった。
……そうして。
「今晩はここで眠れるわね!」
夕方にはなんとか、ベッドらしいものができていたのである。
「ふふ、これなら中々寝心地も悪くないわぁ」
今回作ったベッドは、中々寝心地も悪くない。というのも、薪小屋での『床』にあたる部分を、雨の日に編んだハンモックで作ったからである。
木の蔓で編まれたハンモックは、そうそう切れるようなものではない。いずれはちゃんとした紐で作り直してそれを使いたいところだが、まあ、それは後でいい。
今はとにかく、硬い地面でもなく、硬い薪の上でもない場所で眠れる喜びを味わいたいのだ!
「……まあ、雨が降らないことを祈りましょ!」
ただし、このベッドにはまだ、屋根は無い。屋根を葺くのは本当に時間がかかるのである……。
その日は夕食を摂って早めに就寝した。というのも、『早くベッドで寝てみたいわぁー!』と大興奮だったからである。寝ることも最早、娯楽なのだ。
「……ふふ、いいかんじだわぁ」
そうして、ぎし、と木の蔓を軋ませながらベッドに横たわったマリーリアは、大満足でころりと寝返りを打った。
木の蔓はやはり少し硬いが、いずれ紐でハンモックを編み直せばもっと寝心地が良くなるだろう。或いは……持ち込んだ白麻のペチコートや流れ着くボロ布を使ってシーツを作れば、更に寝心地がよくなるはずだ。
「ふふふ……今日はぐっすり眠れそうだわぁ」
マリーリアはくすくす笑いながら目を閉じた。今までよりずっと楽な姿勢で眠ることができるのだから、体力の回復が大いに見込める。マリーリアはすぐさま、眠りに落ちていった。
……そんなマリーリアは、夜半、目を覚ます。
ぽつ、と顔に何かが当たって。
「……あらぁ」
マリーリアは、ぱち、と目を開けて、そして、ふむ、と空を見上げ……その空からまた、ぽつり、と雫が落ちてきたのを見て、悟った。
「雨だわぁ……。やだぁー……」
……雨である!とことんタイミングの悪い、雨である!