島流し0日目
「あらぁ……いい朝ねえ」
マリーリア・オーディール・ティフォンは目を覚ました。
目の前に遮るものなく広がるのは、水平線に顔を出す太陽。朝焼けに彩られる空と、広大な海。
起き上がって大きく伸びをすれば、ふわり、と海風に煽られて、マリーリアの金髪が首元で揺れた。
「ああ、そういえば切ったんだったわぁ。ふふ、頭が軽い」
マリーリアは、肩にもつかない長さになった己の髪に触ってくすくす笑うと、早速、流木を拾いに歩き出す。
……マリーリアの、無人島生活1日目の朝である。
~島流し令嬢~
マリーリアの島流しが決定したのは、つい一週間前のことだ。
経緯は至極簡単。
『平和になった世界に英雄は必要ない』からである。
マリーリアは貴族である。貴族であった。だから昨年までずっと、国のために戦い続けてきた。
……マリーリアの母国であるフラクタリア王国は、残念ながら武力に乏しい国であった。大昔に起こった大きな魔法大戦で多くの犠牲が出たことを悔やみ、武力に頼らぬ政治を目指していたからである。
よってフラクタリア王国はここしばらく、外交は全て武力に頼らぬ交渉にてやりくりしており、しかし、そのせいで愚かな隣国から舐め腐られること度々。遂に、フラクタリア国内で魔物の発生が相次ぎ、国中で大忙しとなっていたところに付け込む形で隣国バルトリアが、宣戦布告してきたのである。
そこで立ち上がったのがマリーリアである。マリーリアの生家であるオーディール家は、隣国バルトリアにちょっぴり接する位置にあった。そして、隣国バルトリアが最初に狙ってきたのは、辺境伯がしっかり目を光らせる国境付近の土地ではなく、国境にちょっぴりだけとはいえ接した『弱小男爵』であるオーディール家の領地だったのだ。
……が、マリーリアが数百の『私兵』を率いて戦ったところ、武力をちらつかせにやってきたバルトリアの兵団を、逆にちょいとボコボコにすることができた。
すると次第にことが大きくなり、まあ、いつの間にやらマリーリアは、ただの男爵令嬢の身であったにもかかわらず国の中枢に関わるような軍部の役職を手に入れ、更には新たな子爵位『ティフォン』まで授与されて、大出世していったのである。
……だが、それらの大出世も、今振り返れば全て、仕組まれたものだったのだろう。
マリーリアが隣国バルトリアをちょいとボコボコにした結果、バルトリアは大人しくなり、両国の戦争は膠着状態となった。
流石に、軍備がほぼ無いフラクタリア王国としては、このままバルトリアを攻め落とすこともできず、かといってバルトリアもこれ以上の犠牲は出したくない、と考え……。
そうしてようやく和平条約を結ぶことになったのだ。
だが。
いざ和平条約を結ぶ、となったその際、隣国バルトリアには『落としどころ』を提示してやる必要があったらしい。
そしてその際に選ばれたのが、マリーリアだった。
『此度のちょっと過度なボコボコは、マリーリア・オーディール・ティフォンによって行われたものである』。
そういうことにしてマリーリア1人を処罰すれば、平和になった世界を脅かす者は居なくなる。隣国バルトリアも留飲を下げ、両国間の関係は良好なものになって、平和に手を取り合って生きていくことができる、というわけだ。
よって、マリーリアの公開処刑が決まった。それがほんの一か月前。
マリーリアは『まあそんな気はしていましたわぁ』とおっとりのんびり笑って、オーディール家から王城へと連行された。
マリーリアを見送る父や母、兄弟達は、何も言わなかった。彼らもまた、マリーリアの処刑に賛同していたのである。長子でもないマリーリアが1人、みるみる出世していく姿は、彼らにとってあまり面白くなかったのだろう。
……が、マリーリアは公開処刑にならなかった!
マリーリアは王城の貴賓牢の中で『あらぁ……?公開処刑、遅いわねえ……?』と不思議がりながら3週間ほど過ごしていたが、その間、国の中枢は『どうしようどうしよう』と慌てていて、公開処刑どころではなかったのだ。
そう。数多の兵士、そしてマリーリアと共に戦った騎士達、そしてマリーリアが救った平民らによって寄せられた助命嘆願が、あまりにも多かったのである。
それこそ、『このまま公開処刑を強行すると、隣国はともかく、自国の国民感情がちょっと……ちょっとまずいんじゃないですかね……』と各部署の大臣が青ざめるくらいには。
だが、隣国との協定がある以上、マリーリアを処罰しないわけにはいかない。ついでに、マリーリアを『やっぱり殺すのやめた』として国に置いておいては、隣国にまた攻め込むつもりであると取られかねない。
……ということで。
「マリーリア・ティフォン。隣国バルトリアへ『独断にて』侵攻した罪をもって……貴族位を剥奪の上、流刑とすることを決定する!」
「あらぁ……?公開処刑じゃありませんでしたの……?」
マリーリアの困惑の中、マリーリアの島流しが決定した。そういうわけであった。
……ということで、昨日。
マリーリアは数名の騎士の護衛もとい監視と共に船に乗り、母国の大地を離れ、離島……人の手が入っていない無人島へと連行されたのである。
「ああ、綺麗な海!それに、良い風ねえ」
船の上、海風に髪をなびかせながらマリーリアが笑えば、監視の騎士達は沈鬱な表情で俯いていた。中にはすすり泣く者も居た。
島流し、とはいえども、実質は死刑である。人の手の入っていない無人の島で、令嬢が1人、まともに生きていけるわけがない。よってマリーリアには、『自決用』のナイフの所持が認められていた。
……そんな中でも明るく朗らかに笑うマリーリアの姿は、騎士達の涙を誘ったらしい。彼らは『最後の最後でマリーリア様の味方で居るために』と助命嘆願を敢えて提出せず潜伏していた者達であるが、その実、誰よりもマリーリアを敬愛する者達であった。
「あらあら、皆、そんなに暗い顔しないで?折角の船旅よ?楽しみましょう?」
ころころと笑うマリーリアは、罪人らしく両手を拘束された状態であったが、それ以外は貴族の令嬢の姿そのものである。
『最期くらいはせめて……』と泣きながら身支度を整えてくれた王城のメイド達の手によって、マリーリアは美しいドレスを身に纏い、控え目ながら装飾品も身に着けている。それら全て、『無人島では役に立たないだろうに』と上位貴族に嘲笑われ、『死出の旅装束には華やかすぎる』と国王には顔を顰められたが、マリーリアは誇り高く、明るく朗らかに胸を張って堂々としていた。
「マリーリア様……」
そんなマリーリアに声を掛けてくるのは、騎士の1人。シリル・エレジアンである。彼はマリーリアと共に戦場を駆けた仲間でもあった。情に厚く、少々暑苦しいところもあるシリルだが、そんなところもマリーリアは気に入っていた。
「とてもではありませんが、こんな船旅を楽しむなど、私にはできません!」
「あらぁ……」
シリルが声を絞り出すようにそう言えば、周りの騎士達も小さく頷き、或いはすすり泣きの声がより大きくなる。
「国のために戦った貴女が、どうして、このような仕打ちを受けねばならないのですか!私達が死なずに済んだのは全て、マリーリア様の功労あってこそ!なのに、どうしてこんな、こんな理不尽なことが!どうして……!」
「あらあらあら、シリル、泣かないで頂戴な。私、あなたに泣かれてしまったらどうしていいのか分からないのよ」
いよいよ涙を流し始めたシリルを前に、マリーリアはおろおろする。まるで弟をあやす姉のようであったが、実のところ、マリーリアは今年で18。一方のシリルは24になったところである。逆だ。立場が逆である。
「それに、島暮らしだってきっとそんなに悪くないわ。実のところ、私ね?ちょっぴり楽しみにしているのよ?」
更にマリーリアがそう優しく話しかければ、シリルをはじめとした騎士達は皆、マリーリアが自分達を気遣ってそのように言っているのだと思ったのだろう。余計に沈鬱な顔になってしまった。
……だが。
実際のところ、マリーリアは、本気であった。
誰もが信じ得ないことであったが……マリーリアは本気で、この島流し生活を楽しむ気で居たのである!
そうして沈鬱な船は、夕暮れ時、目的地である無人島に到着した。
「ここが私のお家になるのね……」
「……ええ」
騎士達が沈鬱な表情で俯く中、マリーリアは1人、ほう、と息を吐きつつ島を見渡す。
……この無人島は、然程小さくない。恐らく、オーディール領程度の広さはあるのではないだろうか。或いは、もっとか。
目の前に広がる浜は、細かく白くサラサラとした砂に覆われていて、なんとも美しい。
少し進んだところにはもう、鬱蒼と木々が茂り、蔓が絡み……如何にも人の手の入っていない森、といった具合である。
そして見上げてみれば、山がある。そう。この無人島には、大きな山があるのだ。となると、あの山は火山だったのだろうか。マリーリアは微笑みながら島を見渡し、『想像していたよりずっといいわぁ』と零した。
「では……拘束を、外させていただきます」
「ええ、お願いね」
それからマリーリアの両手を縛っていた麻縄が外される。シリルが恭しくマリーリアの前に膝をつき、麻縄を切り落とし、砂浜に投げ捨てた。
そして。
「……マリーリア様。船へ」
「へ?」
シリルはマリーリアの前に跪いたまま、手を差し出してきた。
「逃げましょう。どこか、遠くへ」
マリーリアはきょとん、とした。
ついでに、きょろきょろ、と周りを見回してみると……他の騎士達も皆、頷き合い、マリーリアへ決意の瞳を向けている。
どうやら彼らはマリーリアを連れて逃げるつもりらしい!
……のだが。
「あらぁ、駄目よ、そんなの。あなた達が怒られてしまうわ」
マリーリアはやんわりと、シリルの手を払った。
「覚悟の上です!私達は、貴女を見捨てるくらいなら……!」
「気持ちは嬉しいけれど、それでも駄目よ。だってあなた達は騎士なのだから」
マリーリアの声は柔らかかったが、言葉は厳しい。
「国のことを思って頂戴な。それに、あなた達を信じて送り出したご家族のことを。あなた達が守るべき民のことを。……ね?」
騎士達は青ざめ、絶望したように立ち尽くす。
……そんな折、海風が一際強く吹いて、マリーリアの長い髪を大きく靡かせた。
「ああ……そういえば」
マリーリアは、ドレスに不釣り合いな剣帯に提げたナイフを鞘から抜く。途端、騎士達が慌ててマリーリアを止めようとしたが……。
「髪も邪魔になるわよねえ。切っておきましょ」
「マリーリア様……!?」
騎士達が戸惑う中、マリーリアは自分の髪を首の後ろで束ね、『令嬢の自決用』にしては妙にゴツくてしっかりしたナイフで、バッサリと切った。
……マリーリアはあっさりとしたものであるのに、騎士達からは悲鳴すら上がった。髪は女の命、とも言われるほどである。長く美しいマリーリアの髪が戦場で旗標のように靡くのを見てきた騎士達には、余計に衝撃が大きかったのかもしれない。
「ああ、そんな、そんな、マリーリア様……!」
「あらぁ、そんなに慌てないで頂戴な。それで、ええと……」
マリーリアは切り取ったばかりの自分の髪を左手に掴んだまま、きょろきょろ、と見回し……。
「ねえ、もしよろしければ、あの木箱を頂いてもいいかしらぁ。ああ、中身はいいの。箱だけ。しっかりしているし、蓋があって……とってもいいわぁ」
……上陸用の小舟に積んであった木箱を、ナイフの先で指し示した。恐らく、道具入れの類だろう。念のための地図なども入れてあるのだろうから、それなりに潮風や雨に耐えられるものであるはずだ。
「え、あ、はあ……勿論、ですが……」
「ふふ、髪は使うから、とっておきたかったの。ありがとう」
早速運ばれてきた木箱に髪を納めて蓋をして、マリーリアは、ふう、と息を吐き……にっこりおっとり笑った。
「お勤めご苦労様。さあ、あなた達は帰って、任務達成の報告をなさいな。ふふ、これから忙しくなるわぁ……」
「……はい?あの、マリーリア様……?」
騎士達は、『遂にマリーリア様も気が狂ったか』とでも言うかのようにオロオロと、心配そうにしている。
だが。
「ねえ。3年か5年か……10年はかからないと思うわ。どうか、待っていてね」
マリーリアは微笑んで、そう言った。
「は?」
「それくらい経ったら、皆に会いに行けると思うわ」
また強く吹いた海風が、短くなったマリーリアの髪とドレスの裾とを強く大きく靡かせる。
「それでね……その時には、ちょっぴり、国王陛下に文句を言ってやるの」
マリーリアの微笑は優雅で、おっとりと優しく……しかし。
「アイアンゴーレムを揃えてね」
その言葉は、おっとりしていなければ優しくもない!
「あ、アイアンゴーレム……!?」
「ええ。この島、ちょっと見ただけでも、ほらね?安山岩があるわ。ということは砂鉄が採れそうだから、製錬設備まで作れたら、なんとかアイアンゴーレムまでは作れそうなのよねぇ。……そこまでに、3年か、5年か、10年か、かかってしまうと思うけれど……」
マリーリアがにこにこと笑いながら話せば、騎士達はぽかんとしつつも絶望の淵から抜け出してきたらしい。
「私ね、この島での生活を楽しみにしてるの。それは本当よ?それに、国を、我らがフラクタリアを愛してる。これも本当。……でも、全く怒っていないっていうわけでもないわ」
そしてマリーリアは、かつて戦場を駆けていた時を思わせる笑みを浮かべた。
『私兵』と偽って『ゴーレム』を率いていた時のように。そして、指揮官として騎士達の鎧をこっそりと『ゴーレム』に変え、本人達にすら気づかれぬうちに皆を操っていた時のように。にっこり、と。
「顔に出ないだけよ」
「さあ!まずは今夜の寝床を作らなくっちゃ!忙しくなるわぁ!うふふふふ」
そうしてマリーリアを残し、泣く泣く去っていった船と騎士達を見送ったら、マリーリアは早速動き出す。
待ちに待った、楽しい島流し生活の幕開けだ!