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3:求人

◆◆◆◆からマジマ視点




******



「フッ……ククク……」

 

 咲間が去った後の職場内では、涙の別れの後にしては到底似つかわしくない、くつくつと言った忍び笑いのようなものが聞こえてきた。以前、解放され損ねたと言っていた真白のものだ。



≪ドウシタ?ナニガ可笑シイ?≫


「いえ、咲間さんは本当に可愛いなと思いまして。彼女の中では10年という記憶ですが、本当は40年位ここに居たって知ったら……いや、もう今頃は知ってしまったかなぁ?そしたら彼女、どうなると思います?考えただけで愉快な気持ちになりますよねぇ」



『ああ、想像しただけでも堪らない』そう言いながら、ようやく出られると希望に満ちていたあの女の瞳に映るのは、果たして望んだ通りの姿なのか。

 マシロ自身は、できればそのまま絶望に壊れゆく様をそばで見てみたいと思ってはいたが、まだ()()()の為、渋々我慢したといったところのようだ。



「あ~やだやだ。マシロったら、性格悪いわねぇ。咲間さんがこの空間に残された最後の人間となった時も、それに耐えられなくて精神が壊れかけたっていうのに。あなたあの時も突然発狂し出した彼女を見て笑っていたわよね?」



 その時は散々恐怖心を煽るだけ煽って楽しんだあとに、マシロが咲間の記憶を書き換え<二人同僚が解放された>という事のみ記憶に残した。

 人間には希望を持たせることが大切だからだ。希望があるからこそ、絶望が生まれる。それにリセットしたことで、また楽しめるなと思った。

 

 そしてただの気紛れではあるが、ついでに過ごした年月も()()()()短くしておいた。この気紛れはまさしく大成功だったのだけど、直に見れないことだけが悔やまれる。



「でも、そのお陰で君もこの【職場の同僚ごっこ】を楽しめただろう?」

「それは……まぁ、ね。暇だったし」



『我ながら良い仕事したな』と自負しているくらい、あの時の判断は間違えてなかったとマシロは思っていた。

 

 あのまま普通に精神を壊したのでは、一回で使い切りのオモチャになってしまう。それでは全く面白くもないし、暇つぶしにも使えない。せっかく最後に残った人間なんだから、長く大切に扱わないと。



「それに、彼女が最後に気にしていた年齢の変化。あれだって『多分変わらないわよ』だなんて希望を持たせちゃってさ。今頃、あの子はその希望のせいで最高の絶望を味わっていると思うよ。ククク、マヤもそれわかってて言ったんでしょ?」



 マヤは見た目には優しそうな女性ではあるが、同僚ごっこ中も姉御肌()の先輩として、それはそれは優しく咲間に接していた……というよりも演じていた。『真白さんっていつもニコニコしてますよね』なんて言われていたんだけど、それがあまりに可笑しくて笑っていただけだ。

 

 同性だからか、咲間は彼女に全幅の信頼を置いていた。一人っ子だと言っていた彼女からすれば、記憶上10年間も共に過ごしているのだ、心の拠り所となる姉のような存在だったのだろうことは容易に想像できる


――が


 それだけにマヤが『変わらない』と言った言葉はきっと信じたに違いない。いや、『信じたい』というのが正しい表現だろう。

 そして信用していればしているほど、絶望は大きくなるものだ。しかしマヤは特に裏切ったわけでもない、本人の希望通り、欲しいだろう台詞を吐いただけに過ぎないのだから。


 あの人間にはもう二度と会うこともないだろうし、マヤもすぐに忘れるだろう。本心では咲間のことなど心底どうでもいいと思っているのだから。



 どう考えてもマヤの方が質が悪いと思う。『参謀ならこのくらいできて当然よ』とシレっと言うのだから



「ふん。でも正直に『ここから出れば60歳位のおばちゃんになってるわよ』なんて言ったら、出て行かないかもしれないじゃない?冗談じゃないわ」

「ふぅん。あれは円滑に出て行って欲しかったってことか」


「そっ。良い先輩ぶるのだって疲れるのよ?だから、あの涙はホンモノの涙よ。ふふ、ただし喜びからくるものだったけどね。でも、マシロはてっきり咲間さんを気に入っているとばかり思っていたわ」


「咲間さんのことか……そうだね、お気に入りのペットとかオモチャってとこかな。ここに残るようなら、僕が面倒見てあげてもいいかなって思ってたけど。でも、僕の手から離れるって言うんだから、仕方がないよね?」



 ペットの小鳥がカゴから出て自由になりたいと飛び立ってしまったものは仕方がない。自由になりたいと本人が願うのなら、マシロには止める気など元からなかったのだから。

 

 本人からすれば、きちんと選択肢を与えている辺り、このメンバー内で自分が一番優しい、と思っている。

 

 ただ、優しいかどうかは別としても、元来 享楽的な性格というのもあって、マシロが一番人間界に馴染んでいたと言える。それはマヤやマカベのような立ち位置にいない分、少しだけ身軽なところがあるからかもしれない。ようするにこの中で一番の下っ端はマシロだ。



(これからようやく忙しく…いや、面白いことが始まる。退屈な日々もおしまいだ)



「お前達、いつまで雑談をしている」

「違うわ!マシロがそもそも話し出したから悪いのよ」

「えぇー!?僕のせいなの?」



 これ以上話し続けるとマカベの長い説教を聞くことになりそうだと、マシロもマヤも黙ることにした。マカベの説教は理詰めで非常に疲れるのだ……主に頭が。



『全く……』とぼやきつつも、マジマ様の入れ替わりが完了した今、今後の計画はどうするのかと話始めた為、どうやら回避できたようだ。



≪マズハ、マカベ。今マデ指示役ゴ苦労ダッタナ≫

「いえ、勿体なきお言葉」


≪計画トシテハ、ヨウヤクコレカラト言ッタ所ダ。ココハ我々ノ捕ラワレテイタ世界ト、コチラノ世界ヲ繋グ場所トシテ、非常ニ都合ガイイ≫

「はい。40年ほどでしかありませんが、特になんら問題もありませんでした」



 この空間の中では何十年過ごそうとも年は取らないのは、我々であっても人間であっても条件は同じだ。ただ人間とは違い、我々はここから出ても見た目に然したる変化は起きない。魔力量が多いこともあるが、そもそも人間よりも長寿だからだ。


 器は元人間であったものだが、時空を渡ってからすぐに魔力を巡らせることですんなりと身体に馴染んでくれた。入れ替わり直後は、ほんの少しの間だけ魔力がない状態になる。マカベはたまたま運良く、その状態で渡って来たが、以降は「もしも」がないように、契約書に<時空を渡る間のみ、魔力を封印する>と明記した。もちろん気付かれないように、回りくどい書き方にはしているが……


 あくまで()()()()()渡る必要があるからだ。



≪当初ノ計画通リ、ココヲ拠点ニ、徐々ニコノ世界ノ人間ト入レ代ワッテイク事トスル。ナニ、今マデ通リ、ホトンド変ワリハナイ≫

「では、今後はここの認識疎外を解くのですか?」


≪……イヤ、ソレハマダ早イ。住所不定モシクハ独リ身ヲ条件トシ、残リハ解除シヨウ≫


「それには私も賛成ね。多すぎる制約のせいであなたを呼び寄せるまでに時間がかかったのだもの」

「マヤ!いくらお前でも、マジマ様になんて口の利き方をしているんだ!!」

「アハハ、マカベはすっかり上司役が板についちゃったよね。初めはあんなにぎこちなくて、寡黙な上司をやってたのに」



 マシロが加わる前のマカベは元来寡黙な性格をしていたせいで、全く職場の人間共とのコミュニケーションが取れていなかったという。むしろ元の真壁の方は陽気な性格だったようで、職場内でも急に性格が変わった真壁を(いぶか)しんでいた。

 

 そういった経緯もあって、マカベの次は精神系の魔法を得意とするマシロが時空を渡ることとなり、元の真壁の性格を陽気から寡黙へとマシロが記憶操作したのだった。



「お前は本当に!その余計な一言がなければだな……」

「あ、マカベちょっとストップ!!」



 マカベのお小言が始まろうとしたタイミングで、入り口前に入ろうかどうか迷っているお客様の影が見えた



≪オヤ、開放シタ直後ニ、()()()トハ縁起ガイイ。マシロ、イケルナ?≫

≪オ任セ下サイ、我ラガ魔王……イエ、マジマ部長……≫



 マシロは魔王マジマ改め、マジマ部長へと恭しく礼を取り、軽く身嗜みを整えた


 お客様が扉に手を掛ける。ここでは全員が笑顔でお迎えするのが鉄則だ。少しでも働きたい意欲を高め、ご納得の上気持ちよく契約を交わし、我々の世界へ向かって(就職して)頂かないとならないからだ。



「あの……初めてなんですけど。こんなところにハローワークってあったんですね?」

「こんにちは、ハローワークへようこそ!ええ、よく言われるんですよ。必要ない時には景色の一つとしてしか見えないものなのでしょうね。さ、どうぞこちらへお掛け下さい」




◆◆◆◆




 この国では年間約8万人の行方不明者が出るという、我々が関わっているのはその中のほんの一部。しかし、絶対にバレることはない。

 そもそも実際はいなくなってはいないのだ。ただ中身が別の者に成り変わって、生活の中に紛れているだけなのだから。


 人間と言うのは中々に興味深い。魔族同士の純血種もいいが、人と交わり、人間の血と魔族の血を混ぜるのも良かろう。

 なんせ我らの姿へと入れ替わった人間共があちらの世界で身代わりとなって(就職して)捕らわれているのだから、それくらいのサービスはしてやっても良いだろう。


 そうして、できた子らを日常生活に潜り込ませて、徐々に乗っ取っていくというのも飽きなくて楽しそうだ。まぁ、これからじっくりと考えるとしよう。時間は果てしないほどにある。

 

  

「フッ……」

 ……しばらくは退屈しなさそうだ、と魔王マジマは一人ほくそ笑む。



 この世界……すなわち我々からすれば、異世界から来たという人間(勇者)に我々は敗れた。その後、勇者召喚の際に使用されたという、非常に居心地の悪い(聖魔法に満ちた)塔の地下に、高魔力を保持する幹部らと共に捕らわれていた。簡単には消滅させられないと見て、【封印】という手段を選んだのだ。


 封印されていた塔に偶然現れた時空の割れ目には感謝しかない。おそらく人間共が勇者を召喚する際に、時空に無理矢理干渉した時にできた亀裂だろう。


 それに初回の人間が単純だったことも幸運というか、もはやこうなることが我々の運命だったのではないかとすら思う。


 空間があちらと繋がったタイミングで、たまたま一人であの面談室に居合わせた人間の真壁だが、『これは何なんだっ!?』と何やら騒いで、好奇心からなのかはわからないが、()()()()()()空間に手を伸ばし、私の腹心でもある部下、現在のマカベの手を掴んだのだから。


 こうしてお互いに意図せず、これが初めての契約となった。



 その予期せぬ出来事に驚きを隠せなかったが、当の真壁が混乱し騒ぎ立てる前に一旦眠らせ、そして空間を渡ったマカベと話し合うことにした。当然そのまま空間に入り込めないか試みたが、我々魔族は弾かれてそれは叶うことはなかった

 

 そうしている間にも、開いていた時空の割れ目は徐々に小さくなりつつあった


 閉じていこうとしている様を見て、マカベは『このままここに居ても死んでいるのと変わりないのなら試す価値はあるのでは?』と言ってすぐに<真壁>に成り代わった。


『人間と契約さえできれば時空を渡れる……』そうしてこちらの世界へ単身渡り、少しずつ舞台を整えていったのだ。


 


 封印が解ければ魔力は当然元の魔力量に戻るが、別世界でも問題なく使用できることがわかった。ここが一番の懸念事項だっただけに心から安堵した。


 戻った魔力のお陰で、度々マカベと連絡程度であれば取れるようになった。マカベ一人に負担が強いられる為、長時間は無理だが、人間界の情報なども聞くことができた。


 加えて、別世界の人間共は魔法が使用できないらしい……そうなると、今度は我々が勇者の世界を侵略できるのではないか?という考えが、全員の頭に浮かんできた。



 あいつらも我々の仲間や家族をそうしてきたのだ、当然文句はあるまい?



 ただ、自然発生的に時空の割れ目が現れても、自由に行き来できるわけではない。最終的に人間が我々と契約するか、自ら落ちて来る以外には呼び寄せられないのだ。


 それに<人間>だけがこの空間を行き来できるのは、勇者が人間なのだから、そういう召喚方法だったのだろう


 だから、我々はマカベが入り込んだ、<ハローワーク>という職場を利用することとした。【契約書へのサイン】これさえ書かせれば、入れ替わることが可能になる。


 もちろん嘘は一切書いていないのだが、面白いことに内容をきちんと最後まで読んだ人間はただの一人もいなかったという。まぁ、多少小難しく書いていたのが原因だろうが

 我々には理解し難いが、人間とはそういう傾向にある生き物なのだそうだ



 契約とは<魂と魂を入れ替える契約>だというのに……

 


 私と入れ替わった間嶋とやらは、魔王へと(ビッグな)就職を無事果たしたわけだが……楽しんでいるだろうか?ククク、手足は失われ、自由も利かぬ身体だがな


 久方ぶりの手足を動かしてみる、新しい身体の隅々にまで自分の魔力を存分に行き渡らせられる開放感。いや、ずっと捕らわれていたのだ()()()が正しいのか

 

 魔王は機嫌よく職場を見渡す。薄汚い牢の中と違い、白を基調にした清潔感のある職場だ。役職に関係なく、皆同じフロアで仕事をしているが、一人一人にあてがえられたデスクには、それぞれ思い思いの花が飾ってあった。

 

 世界は違うはずなのに、失われた祖国を思い起こさせる見覚えのある懐かしい花……入り口の花壇で育てたもののようだ



 マシロがスズラン、マカベがスイセン、私には……ヒガンバナまで用意されている。そして美しいマヤはトリカブト、か。


 花言葉は【人間嫌い・復讐】


 ふふ、いいねぇ。我が婚約者殿には惚れ惚れするよ……毒のある花はみな美しい。



 魔王マジマはパチンと一つ手を叩き、接客中のマシロ以外の者に指令を下す



≪サァ、諸君。今日モ()()()()就職率100%ヲ目指シテ頑張ロウジャナイカ≫





<補足>

※カタカナ表記の名前は魔族、漢字表記は人間です(2話内では正体を明かす前&咲間は新マジマ以外は「人間」と思っているので漢字表記のままとなっています)

●マジマ→魔王、序列はマカベ、マヤ、マシロの順で魔族の三傑。マヤはマジマの婚約者でもある


最後までお読みいただきありがとうございました!

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