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2:退職

咲間メイン回

 


******



 扉が閉まったあとも、僅かに聞こえていた備品のカタカタといった振動音が消えた。



 おそらく先ほど見えた禍々しい空間は完全に閉じたのだろう。



 咲間はぎゅっと固く瞑っていた目をそうっと開けた。


 扉が実際に閉まっているのを確認するや、急いでこちらの世界の鍵を掛ける為、扉へ駆け寄った。特に【何分以内に】などという決まりがあるわけもないのに。


 それでも、万が一またあちら側の空間が開くようなことがあったら……?<次は自分が飲まれるかもしれない>そう考えただけでゾクッとした寒気と共に、全身の血の気が引いて行くような気がした。


 そんなことがあれば、間違いなく自分は簡単に吸い込まれてしまうだろうことくらい、彼女でも容易に想像がつく。しかし、起きてもいないことを想像するものだから、より一層緊張してしまい中々うまく鍵が挿さらないという悪循環に陥っていた。

 


(今は鍵を掛けることに集中しないと!)



 咲間は頭を軽く振り、目の前の扉の施錠に意識を集中させた。震えが止まらないまま、短く荒い呼吸を繰り返し、五回目でようやく鍵が掛けることができた。

 

『これでもう、大丈夫』そう思うのに、先ほどの得も言われぬ恐怖体験が、瞼を閉じようとも鮮明に映り消えてはくれない。



「でも、終わった……ようやく終わったのよ……」



 恐怖はあれど、それと同時にようやく解き放たれるという安堵から、今度はゆっくりと細く息を吐き、小刻みに震える自身を抱き締めた。


『助けるべきだったんじゃないか』と頭に浮かんだけれど、考えるだけ無駄だと気付いた。今の結果がその答えだからだ。

 

 きっと一生このことで苦しみ悩むことになるだろう、後悔で押し潰されそうな日もあるだろう。それでも私は【解放】を選んだ。

 だからそれは自分の贖罪(しょくざい)として一生背負って行かなければならないのだ。



(そう、仕方がなかったのよ……)



 今日は咲間が誰も停めることのない駐車場の掃除当番だった。いつも通り、特にゴミがあるわけでもない駐車場を無心で掃いていた。



 こちら側から見える景色は、誰もいない、なにも変わらない街並みだけ。それでも唯一、天気の変化や季節の移ろいがあるのだけが救いだった。



(今この目に映る景色も、外へ出られたら変わっているのかしら?)

 


 そうぼんやり考えていたら、男性に声を掛けられた。咲間からすれば、急に目の前に人が現れたので非常にびっくりした。外からは入って来れるのに、こちらからは出られない不思議な空間……



「お疲れ、咲間さん。羨ましいよ、チャンスをものにしてさ……」



 回想に(ふけ)っていると、少し冷やりとした手が、急に私の肩に置かれ心臓が跳ねる。特に力強く置かれたわけでもなんでもない。けれど、そこはかとなく不気味に感じて、私は不自然にはならない範囲で振り返りつつ距離をとった。



「あ……真白(ましろ)さんじゃないですか。先ほどはヒヤッとしましたよ、どうしてお客様を睨んだりしたんですか?」



 振り返ってみれば、いつも通り人好きのする笑顔を浮かべている先輩、真白がいた。咲間は、良かった。違和感を感じたのは、あんなものを見た後だったからだと思った。

 そもそも思考が正常でいられるはずもないのだ。



「ハハハ、ごめん。でも、俺にも以前チャンスはあったのに、相手も男性だっただろ?ネチネチと『お前みたいな男前で仕事もできそうな奴には、オレの気持ちはわからねぇんだろうさ!』って、怒っているのか褒めているのか……。それで結局帰ってしまったじゃないか。なんかその時のことを思い出しちゃってさ」


「そういえばあの時の方も「ビッグになりたい」とおっしゃってましたよね。真白さんもそこで笑ったりしなければ良かったのだと思いますよ」



 実際、彼女自身も「ビッグって一体なんだろう?」とその時は思っていた。そして先輩の失敗談は、今回のお客様への対応に役立てることができたのだった。



「咲間君おめでとう、良かったな。君は今までよく頑張った。良かったら、これお祝いに……とは言っても、花壇から摘んだ水仙くらいしか用意できないのが申し訳ないんだが」

真壁(まかべ)所長……ありがとうございます、所長が大切に育てていたお花ですよね。とても嬉しいです」



 所長が毎朝お手入れをしている花壇の水仙。きちんと萎れないように濡れたティッシュを切り口に巻いてある辺り、所長の性格の細やかさが出ていると感じた。



「しかし、寂しくなるなぁ……俺、咲間さんのこと好きだったのに」

「……真白さん、こんな時に揶揄うのはやめて下さい」


「揶揄ってなんかないんだけどなぁ……それにしても、戻れるっていうのに浮かない顔だね」

「はい……戻れるのは嬉しいと思う反面、姿はどうなるんだろうかとか怖くて……」



 この空間にいる間、何年経っても変わらない自分を見ては、やはり閉じ込められているのは間違いないのだと、現実を打ち付けられているような感覚があった。

 

 逆にいざ戻れるとなったら、どのくらい老けてしまうのか、それとも変わらないままようやく時が動き出すのだろうか?なんてことが気になってくる。



「そっか、それは気になるよね」

「20歳で入社した時に、運悪くこのハローワークが異界の狭間に入り込むだなんて……あれから10年なんですよ?若いまま保っていたのはあくまでこの空間の中だけで、出た後は年相応なのか、それともって……」


「多分、時を止められたままなのであれば、その若さは保ったままよきっと……。咲間さん、おめでとう。でもすごく寂しいわ、これで女性は私一人になるのね」



 少しだけ高めのヒールの女性が咲間の前で止まる。同じ女性であっても見惚れるほどの美貌、そして女性が憧れる女性でもある。


 この職場に女性は咲間と彼女の先輩である摩耶(まや)だけだ。


 摩耶は目を潤ませながら咲間を祝福し、ふわりと優しく抱き締めた。摩耶の洋服から微かに香る鈴蘭の香りに、咲間も何度慰められたことだろうか……そんな思いに浸りながら、咲間も彼女の背中に腕をまわした



「摩耶さん……私も摩耶さんと離れるのは寂しいです。摩耶さんには迷惑だろうとは思いますが、姉と言うか、家族のように思っていたので……」

「咲間さんの気持ち、とても嬉しいわ。私も可愛い妹の様に思っていたもの」



 咲間はこの時、ずっと考えないようにしてきた実の両親や友人のことがふと思い出された。


 急に連絡が取れなくなった自分を心配し、捜索とかしていなかったのだろうか?きっと悲しませたに違いないと想像はつくのに、そんな記憶も年々霞んでいって、今では彼らがどんな顔だったのかも(おぼろ)げになってきていた。


 10年はもちろん長い、しかし()()()()()()で、少なくとも自分の親の顔を忘れてしまうなんて、自分はこんなにも薄情な人間だったのかと衝撃を受ける。

 


(私でさえこうなら、きっとみんなの記憶からも薄れているんだろう。むしろ、もう死んだ者とされている可能性の方が高いんだろうな……)



 そう思うと今更外に出るのも怖い気持ちはあるものの、それでも咲間は夢にまで見たチャンスを逃すわけにはいかないと、俯いていた顔を上げるのだった。



≪一人ニツキ、一人≫



 あちら側……そう、異世界の住人が言うには、一人こちら側の人間を送り込めば、空間に閉じ込められた者達も一人、この異界の狭間から出してもらえる。


 時折迷い込んでくるお客様は口々に『こんなところにハロワなんてあったかな?』と言った。恐らく対象者以外には認識すらされないようになっているのだと咲間は推測していた。


 お客様で共通しているのは、住所不定であることと、姓名に【マ】の字が含まれていること。異世界では幹部クラスである高魔力保持者は皆【マ】の文字が名前に入るからだそうだ。それだけに、応対する者達も<このお客様は選ばれた人>とわかる。

 

 咲間の中では「異世界」とはすなわち「魔界」のような世界ではないかと考えていた。


 ただ、それがわかったところで何をどうしようもないし、お客様が来なければ就労(無駄に長い)時間がただ過ぎるのを待つだけだった。


 毎日仕事には出なければならないが、一体何の為にやっているのかもわからないし、暇で極めた電卓のブラインドタッチも生かすところがない。

 有り余る時間の中で、ゆっくりと丁寧に書くようにしていたら、いつの間にか上達していた文字。それくらいであれば、履歴書を書く上で役に立つかもしれない。


 しかし、この異世界人のこだわりのせいで、迷い込んでくるお客様は年に一、ニ人来るか来ないか……10年ここにいる咲間でも、見送ったのはたった二人ほどしかいない。来店人数が二人だったわけではないけれど、お客様が働く意欲を持ち、異世界人が用意した契約書にサインをしなければ、異世界へのゲートが開かれないからだ。


 不思議なのは、【咲間が同僚二人を見送ったこと】この記憶は間違いないはずなのに、その同僚達がどんな人物だったのか等、咲間は今日まで思い出したことも、気にしたこともなかった。


 そして口にしたにも関わらず、やはりそのことに咲間は気付かない。




 ガチャリ、ギィ―……面談室とされているドアの鍵が内側から開く音と、少し建付の悪そうな開閉音がした。

 

 説明だけは繰り返し何度も聞いてはいた。だからこそ、送ったお客様がどうなるのかも彼女は知っている……しかし、そうとわかってはいても変な汗は流れるし、心臓の音がうるさい程に鳴っていた。



「サクマ、チャン?ソンナニ震エテ……可愛イネ、ナンテ言イソウダナ」



 耳に届いたのは、つい先ほど自分に助けを求めていたはずの男の声。「ソレ」は、その顔で、声で、咲間の名前を呼ぶ。


 恐る恐る振り返れば、マスクの隙間からも見えていた無精髭は整えられ、髪も清潔、何も知らなければ好感の持てるスッキリとしたスタイルと女性が好みそうな柔らかな笑みまで浮かべ、「ソレ」は咲間を真っ直ぐ見つめていた。


 まるで初めからここで働いていたかのような佇まいで、身体にぴったりと合ったスーツ姿も全体的に品良くまとまっていた。とても『ビッグになりたい』と言っていた男と同一人物とは思えない。


 しかし、同じであって、同じではない。



「あ、、、あの、マジマ、様……?」


(雰囲気でもわかる。彼はもう、()()間嶋様ではない)



 茶色に染められていたはずの彼の髪が、今は先ほど見た彼岸花と同じ赤い色をしている。ただ、血が酸化して黒ずんでいくように、髪の根元から徐々に黒ずんでいっているので、最終的には黒髪になるのかもしれない。


 その過程が妙に生々しく、先ほどの光景が嫌でも蘇る。これ以上は直視し難く、咲間は視線をマジマの足元へと下げた。



≪ドウカナ?()モ整エレバ、ソレナリニ素材ハ悪クナイダロウ?≫



 マジマ様の姿をした「ソレ」は、まだ少しだけ言葉に不慣れな様子で、聞こえる言葉も始めの台詞はどこかカタコトのようだった。今度は空間の奥から聞こえてきた時と同じように、脳に直接聞かせる念話のような手法に切り替えてきた。あまりの恐ろしさに、咲間は緊張でまた身体を強張らせた。



 このなんとも言えない感情には絶対に慣れないだろう。咲間は軽く引継ぎだけ済ませたら、すぐにここを去ろうと決心した。



≪サテ、約束通リ外ヘノゲートヲ開コウ≫


「え、あの…今回は引き継ぎ等はしなくて宜しいのですか?」


≪ククク、イイサ。オ前、コノ顔ヲ見テイラレナインダロウ?マサカ、本当ハ気ニ入イッテイタノカ?≫


「……いえ、そんなことは…」



 気に入るとか気に入らないじゃない。精神を乗っ取っているのか、間嶋様のコピーなのか、どうやって成り代わっているのか、その方法を聞くことはタブーとされている為、本体である間嶋様がどうなってしまったのかは自分達には知り得ないことだ。


 ただ、誰かの犠牲があってようやく外に出られるというのは、やはり気分のいいものではない。それでも全ては自分が選んだこと、後悔は……していない。



≪………サァ、ゲートハ開カレタ。振リ向カズ、真ッ直グ向カウノダ≫



 マジマ様が出入り口へと近付き、手をかざしながら日本語ではない何か呪文のようなものを唱えると、ゲートと呼ばれる入り口のようなものが現れた。



「はい……。真壁所長、真白さん、摩耶さん、本当に長い年月お世話になりました。お元気で!そしていつか皆さんが揃って出られる日を祈っています!!」



 さらにマジマ様が異界の言葉を唱えながら手をかざすと、入り口から見える景色が、普段は見えない人が行き交う様子へと変わった。

 ゲートの開放時間はそう長くはないので、閉じる前にくぐらなければならない。

 

 私はマジマ様の指示通り、後ろを振り返らずゲートをくぐった―――



「あぁ……空が眩しい、人が住んでいる息遣いが聞こえるわ!えっと…まずは実家の両親に連絡よね。公衆電話を探さなきゃ……」



 職場から見えていた景色と、ゲートをくぐってからの景色はやはり変わっているところが多かった。道行く人たちの服装も、10年も経てば流行も当然変わるものだとは思う。

 今着ているのが形は多少古臭いかもしれないが、スーツだったことはある意味良かったのかもしれない。


 だけど――


 ほとんどの人が手にしている長方形の物はなんだろうか?音楽が鳴ったと思ったら、電話のように『もしもし』と言っている。あんな薄いものが?ボタンもないように思うのに……不思議な光景だった。

 


「私のポケベルは当時で最新の物だったし、まだ使える、、、わよね?」



(それよりも、なんだかちょっと視力が落ちたかもしれない。それに膝にも違和感がある……どうして?)



「……まさか!」



 慌ててパッと手を広げて見る……。よく職場でも『綺麗な手だね』と褒められていた……唯一自慢でもあった白魚のような肌が、ついさっきまでの見慣れていた手ではない


 一気に嫌な汗が(にじ)み出し、心臓は早鐘を打ち出した。



「か、確認を……そうよ、確認……鏡、鏡がある場所は……」



 視線の先にある、職場からも毎日見えていた公園は、多少遊具が入れ変わったりしていたけれど、変わらず同じ場所にあった。



 思うように足が動かない、それでも今出せる全力で走った。走るには適さない、低めとは言えパンプスで走るのはキツイ。

 この身体は一体どうなってしまったのか……10年なら30歳、こんなに肩で息をするほどだろうか?



「でも、10年間運動らしい運動もしていない。体力が落ちているだけの可能性だってあるわ!」



 転がるように公園のトイレへと駆け込み、鏡に映る自分を見た――






「イヤァァァァァァァァァ!!!」









 ――公園内で断末魔のような叫び声が聞こえると通報され、一人の女が警察に補導された。




 携帯していた身分証から、かつて行方不明のまま失踪宣告の上、法律上死亡したとされていた咲間 舞と判明。

 今までどこで、どう生活していたのか聞かれるも、「私は20歳です!ずっと異界の狭間に閉じ込められていたんです!年を取らない空間に戻して!」と言うばかり。

 まともな会話はほぼできず、何度も同じことを繰り返すばかりなので、そのまま精神病院へと送られる



***



「――♪」



 今日は桜が満開で天気も良いせいか、部屋から鼻歌のようなものが聴こえてきた。



「あら?今日は患者さん、ご機嫌みたいね」

「新しく入院された咲間さん?そうね、隔離部屋に入ってからはすっかり落ち着いたみたい」



 異界の狭間からようやく逃れたはずの彼女は今、鍵の掛かる隔離部屋で過ごしている。


 彼女の目に自分がどう映っているのかはわからないが、『これでもう安心だわ』と隔離部屋へ入ってからは幸せそうに過ごしているという









ダークなお話の箸休めにラブコメはいかがでしょうか?


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