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1:適性

宜しくお願い致します




******



「働きもしない、家事をやるわけでもない、売れないバンド野郎と一緒にいる気はねぇんだよ!早く出て行けっ!!クソ男!!」

「痛ってぇ!!売れねぇとはなんだよ!ビッグになるには時間がかかんだ!一生応援するって言ってたくせに。こんなボロアパート、こっちから出てくわ!!」



 バチン!と恨みの相当籠ったビンタと、転がるほどの蹴りを彼女から食らい、紙袋一つにまとめられていた荷物と共に俺は二年間寄生…いや、同棲していた彼女のアパートから文字通り叩き出された。

 

 二年も暮らした割に、紙袋一つにまとまるほどしか自分の荷物はないのか


 痛む頬を摩りながらも、目の前の袋からこぼれ出た荷物に地味にショックを受け、溜め息が溢れた



「ハァ、どうすっかなぁ……ずっとあいつと同棲してたから、代わりの女も今はいねぇし、友達のところもなぁ……」



 まずは少し冷静にならなければ先のことは考えられそうにないなと思い、残り3本しか入っていないタバコを紙袋から漁って取り出した。



 カチ、カチ――



 チッ!っと舌打ちがつい出てしまう。まだしっかりオイルは入っているのに、湿気ているのか一発で火が着かない。なんとなくライターにまで見捨てられたような気持ちになる


 何度目かでようやく火が着いたものの、いつまでも元カノのアパートの側で突っ立っているわけにもいかないなと思い、男はこの場をまずは離れることにした。



「とりあえず、近所の公園まで歩くか」



 平日の日中だ、いるのは入園前の子連れくらい。それに、チラチラこちらを警戒しているのか、都合よく距離をあけられている。



(俺は犯罪者か何かかっつーの!)



 まぁ、黒のダメージジーンズに、無精髭(ぶしょうひげ)、頭は寝起きでボサボサだから、不審者に見えないこともないかと、やや自傷気味に薄笑う



「ふぅー……あぁータバコが沁みるなー」



 住むところと金……そうなると、嫌でも仕事を探さないといけない。元カノにほぼ寄生していたお陰で、貯金…と呼べるほどでもないが、短期間ならなんとか凌げる。

 かと言って、何ヶ月もフラフラはしていられるほどの余裕は当然ない。



 タバコをふかしつつぼんやりしていると、ふと、ザッ、ザッとほうきで履いている音が聞こえ、何とはなしにそちらに視線をやった。すると、男の好みの顔立ちの女性が、恐らく自分の職場の外回りを掃除しているのだろう。

 

 どうにか声を掛けたい。なにかきっかけはないものか……さらにその女性の勤めているであろう職場の看板に目をやれば、【ハローワーク】と書いてあった



「ラッキー!話し掛けるきっかけありまくりじゃん!!」



 身だしなみを整える前に追い出されたので、髪の毛を公園の水で軽く整え、無精髭と平手の跡をマスクで隠すと、男はすぐさま女性に近づき声を掛けに向かった。


 ちなみにマスクをしていた方が実物の何割か増でイケメンに見える、らしい。


 近くで見た女性は小柄でまつ毛は長く、目がパッチリとしていて、スレていない雰囲気がまた良い。こんなに可愛い女性がハロワに勤めているなんて、就職活動する気も増すというものだ。



「あの…こんにちは、ハローワークの人ですか?」

「え!?あ、こ、こんにちは!はい、私はハローワークの人です!!」


「求人を見に来たんだけど、ちょっと久々なもので。受付って君にお願いすることも可能なのかな?名前はえーっと……「さくま」で合ってる?」

「ひゃい!あ、はい!わ、私は咲間(さくま)です。求職活動ですか?今は空いておりますので、私で宜しければご案内しますよ」



 どうやらこの女性はアガリ症らしい。しかし、この小動物のような反応はより一層男の好みとマッチしており、好感度がさらに増した。

 

 中へと案内する為に、手につけていたビニール手袋を外す彼女。掃除だけではなく花壇の手入れもしていたようだ。入り口を挟んで左右には小さいが花壇があった。左はこれから何か植えるのか何も植えられていないスペースがあり、右は白と紫の花が植えてある。

 ふと目についたさらさらと風に揺れる鈴蘭は、小顔で色白の彼女のイメージにぴったりだ。



(ま、咲間ちゃんが植えたわけではないんだろうけどね)



 彼女の後ろについて行きつつ、案外スタイルまで良いんだなと、腰の細く(くび)れたスーツ姿をじっくりと観察しながら進んだ。


 特に制服というわけではないのに、スカート丈も膝下で髪も染めていないなんて、イマドキにしては古風だと感じる。



(なんというか良い意味であか抜けてない。やっぱり良いなぁ)



『こちらへどうぞお掛け下さい』と半個室のような場所に案内される。普通は用紙かなにかに記入してから登録して、それから求人探しではなかっただろうか?と記憶を探る。

 何年か前に失業保険の受取り目的でハロワに通った時のことを思い出そうとするが、ほとんど覚えていないし、きっと仕組みも変わったんだなと納得しておく。



「そういえば、いつの間にかこんなところにハロワが出来ていたとは。近所に住んでいたのに全然気づかなかったなぁ」

「そうですね。来られる方、皆さんそうおっしゃいますよ。ハローワークに限らず、興味関心のない建物ですと、目には映っていても記憶に残らないものですよね」



 確かに、それは言えていると思った。ここがなんとかって、やたらと読めないアルファベットの会社だったら、きっと男は見向きもしなかっただろう。自分が不要・興味ないと感じるものは、記憶に残そうとも思わない。



「それもそうか。でも、今日はハロワに興味持って良かったな。咲間ちゃんと出会えたし。俄然、求人活動も頑張れちゃいそうだよ」

「ふふ、お上手ですね。あ、先にお客様の登録情報を作ってしまいましょう。まずはお名前から宜しいですか?」



間嶋(まじま) 隆也(りゅうや)、27歳。住所は……」

「間嶋…様ですね。……良いお名前ですね」



 話ながらも登録用紙には綺麗な字で、名前や住所などをサラサラと書いていく。正直自分の字は汚いので、代筆してくれるのは楽でもあるし、ありがたかった。



「良いお名前って言っても、そこまで珍しくもないよね?できれば咲間ちゃんには、リュウ君って呼ばれたいけど。そう言えば咲間ちゃんはいくつくらいなの?女性に年齢を聞くのもなんだけど、20歳になりたてくらいかな?」

「私がですか!?いいえ、私は30歳なので、間嶋様よりも年上ですよ」



 間嶋は内心で「嘘だろう!?」と驚愕した。化粧が特別濃いわけでもないし、男の元カノがやっていた()()()()()()()()()風のメイクとも思えない。この自然体のままで20歳程度にしか見えない肌質と顔の作りは童顔で片付けられるものでもない。

 


(ふ~ん、3歳年上か……でも咲間ちゃんならアリ、だな。全然イケる!)



「えっと……では間嶋様のご希望される職種など聞いても宜しいですか?」

「希望?う~ん、なんでも言ってもいいなら、ビッグなことがやれるとこがいいな」



『ビ、ビッグなこと、ですか……?』彼女は黙々と書き込んでいた手をピタリと急に止めた。さらに、ふと視線を感じて周りを見れば、他の職員も手を止めてこちらを見ていた。一部の男性職員にはやや睨まれているようにも感じる。


 それは多分、ほんの一瞬でしかなかったはずだ。しかし一斉に視線がきたことの恐怖と奇妙さがあって、何分間も耐えているようにも感じて、緊張からゴクリと喉を鳴らしてしまった。



「さ、咲間ちゃん……あの、俺なんか失礼なこと言っちゃったのかな?あくまで希望を言わせてもらうならって意味だったんだけど」

「………あ、いえ。全然そんなことないですよ!私が接客に不慣れなので、なにか失敗したんじゃないかと確認したんだと思います。すみません、間嶋様にご心配をお掛けしてしまって……」



 おそらくは彼女の言うような意味のものではなく、自分に対して何か含むことがあっての視線だったと男は思っているものの、彼女が「違う」と言うのなら良しとしておこうと切り替えた。

 

 それに……最悪、目を付けられたのだとしても、伝えている住所を元カノのアパートにしている辺り、男は意外にも用意周到なところがあった。



「あ、そうだ、希望がもう一つ。俺も咲間ちゃんと同じハロワに勤めたいなって思うんだけど、募集って今はないの?」

「こちらをご希望、ですか?」


「そういう志望動機は、やっぱりダメかな?」

「いえ。では、間嶋様はハローワーク又は、えーっとビッグなことができる所を就職先としてご希望、ということで宜しいでしょうか?希望職種欄に明記しておきますね」


「希望するくらいはいいよね?ありがとう」

「……はい、では次にこちらの契約書をよく読んで頂きまして、ご了承頂けるようでしたら、下の御署名欄へサインをお願い致します」



(ふんふんふん……携帯でもなんでも、同意書とか確認サイン書かされるけど、あんな細かい字であの量の文字をその場で読む人間ってどんくらいいるんだろって話だよな)


 甲は…乙は…とよく見るような内容には目もくれず、男はさっさとサインを書いたが、少しでも良い印象をつけようと可能な限り丁寧に記入した。



「はい、これでいいのかな?字が下手で恥ずかしいけど」

「そんなことないですよ、丁寧で読みやすいですし。では、確認サインも頂きましたので、別室にて面談を受けて頂きたいと思います。面談室までご案内致しますね」


「へぇ、紹介受けて面接受けに行くんじゃなくて、面談をまずは受けるんだね。……あっ、ビッグなところってやっぱり小難しいテストが必要とか?」

「いえ、求人者側が必要としている人材と求職者様のご希望が合致している方をご紹介できるように、求職活動される方にはもれなく全員受けて頂いているものですよ。わかりやすく言いますと、【適性検査】ですね。他のハローワークとうちでは、その検査内容が違っているのですが、お陰様で就職率は100%なんですよ」



(就職率100%!?すげぇ、そんなハロワが本当にあんのかよ!!)



 思い起こしてみれば、入り口付近に貼られていた求人の数も、結構あったような気がする。こんなことなら、もっと他を見てからでも良かったかもしれないと思いつつも、やはり目の前の女性と一緒の職場と言うのも捨て難く……やってみてうまくいかなければ辞めて、改めてまた紹介してもらえばいいか、と結論づけた。



「では、こちらのお部屋へどうぞ。間嶋様の担当の者が迎えに参りますので、中でお待ち下さい」

「そっか、咲間ちゃんとはここまでなんだね。……あ、ねぇ、良かったらコレ。俺の番号とか書いてあるから連絡ちょうだい」


「09…あ、電話番号ですか!?間嶋様はご出身は遠方なんですね。こちらは登録用紙の方に書き写しておきますね」

「遠方?そんなに遠くはないけど……まぁいいや。まずは同僚を目指すよ、メモ捨てないでね!じゃあハロワに就職できるように頑張らないとだ。じゃ、近いうちに!」


「はい。間嶋様も……お元気で」

「うん???咲間ちゃんもね。仕事頑張って!!」



 まるで今生の別れかのように、彼女は物憂げな表情で深々とお辞儀をしたまま、たかだか面談室へ入るだけの男を見送った。


 男は、ちょっと不思議ちゃん系なのかもしれないなと思いはしたが、それでも可愛いから全く問題なしと視線を開けた面談室の中へ移せば、そこには目を疑いたくなるほど禍々しく(うごめ)く空間があった。



「ヒィッ!!な、なんだこれ!?」



 これはなにかのドッキリであって欲しい、そう思いたいところでではあるが、蠢く空間から少しだけ漏れ出て来る、なんとも形容しがたい気持ちの悪い空気。そして己の第六感がずっと【あの空間は危険だ】と警報を鳴らし続け、心臓は早鐘を打っていた。



(とにかく、ここから逃げなければ!)


 すぐに踵を返し、一刻も早くここから離れようと思った。そうしなければならない、そう思っている、のに……自分の身体が別の意思を持っているように、まるで言うことを聞いてくれない



「あ、あれ、足が……勝手に進んでいく!!咲間ちゃん!!咲間ちゃん!!助けて!この部屋おかしいって、咲間ちゃん!!」

「間嶋様、申し訳ございません。どうか、どうかお元気で……うっ、う…うっ…」



『お元気で』とは一体どういうことだ?目の前の空間はなんなのか、足はなんで意思とは裏腹に進んで行こうとする?

 知りたいことはたくさんあるのに、答えは何一つわからない。

 

 はっきりしているのは『この空間の先に行ってはいけない』という気持ちだけだった



「ぜっっったいに、行かねぇ、ぞ……!」



 男はなんとか入り口に死に物狂いでしがみ付き、踏ん張っていた。ずっと助けを求めているのに、助けようとしない彼女へ視線を向ければ、罪悪感からなのか恐怖からなのかはわからないが、大粒の涙を流して泣いていた。



(理由はわからないけど、この状態になることは彼女も知っていたはず。いざとなったら彼女も道連れだ)


 男は辛うじて動かせた右手を必死に伸ばし、ギリギリ彼女へと届きそうなところまできたその時、彼女の憂いの籠った瞳と視線が交わった。もしかしたら彼女にも迷いが生じているのかもしれない



 彼女が一歩近づき、手を伸ばし掛けた。良かった、助かるかもしれない!男の握力にもそろそろ限界が近づいてきていた。



「咲間ちゃん、助けて!!俺の手を引っ張ってくれ!さく……!!!?」

≪イツマデモ何ヲヤッテイル……一人ト一人ノ交換、ソウイウ約束ダ、女。ココニ来テ怖気ヅイタカ……?≫



 空間の奥……地獄の底から響いてきているような、恐ろしい声が聞こえてきた。例え耳を塞ごうとも、脳へ直接響く、【逆らえない命令】

 彼女の方もその声に身体をビクッと強張らせた後、出し掛けていた手をスッと戻してしまう。



 男はもうすでに顔面蒼白状態だった。何かが喉までせり上がってきているようだが、手で口を覆いたくともその手を離してしまえば自分は空間に飲まれるだけだ



「いいえ!忘れてなどおりません!!すぐにお送り致します。契約も済んでおりますので、もう少々お待ち下さい!!」

「は、、、契約って……面談は?希望職種とかさ、全部俺を騙していたのか?」


「……()()間嶋様には、そう思われても仕方がないのかもしれません。ですが、()()()()()()()が希望を叶え、ハローワーク職員になるかと思います」

「は?()()()()ってどういう……咲間ちゃん!!おい、扉を閉めるなよっ!ふざけんな!!おい!え、、、た、たすけ…あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



 あちらの契約者が痺れを切らせたのか、禍々しい空間の中からたくさんの彼岸花がどっと溢れ出てきた。それはまるで血濡れた触手のように花弁を伸ばし、まずは男の腕を捕らえ絡みつき、次に足、胴体、最後に首に巻き付いて――




 咲間はこれ以上見ていられず、最後だけはぎゅっと固く目を閉じた。震える手は反対の手で押さえるも、ガタガタと小刻みに震えたまま治まりそうにない。





 男の叫び声はやがて掻き消え、おそらくはもう引き摺り込まれたのだろう。

 




 開いていた空間が徐々に小さくなり、閉じていく


 ギィ…ィ……バタンと扉が閉まる音が静かな職場に響いた――




ありがとうございました


***


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