231 焼き払えば良いのよ!
何か起こっているの? そんな気持ちです。なんと注目度ランキング一位でした。
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《天の視点》
「忌々しい森林が」
吐き捨てるように言ったのはセミーツ王国の王妃カーラーだった。
彼女は、北辺西辺と呼ばれるセミーツ王国が嫌で嫌で仕方が無かった。
更に言えばセミーツ王国の首都アナシアスが王国の最北西に位置していることも不満でならなかった。
「忌々しいラッシートが! 目障りで穢らわしい獣どもが! どいつもこいつも妾の夢を壊してくれる」
王妃の口からは王族にあるまじき悪口が留まることなく吐き出され続けていた。
さすがに口にこそ出さなかったが、彼女が本音を吐き出してやりたいのは目の前の国王であり彼女の伴侶でもあるジオフメトル三世へだった。
しかし彼女の罵詈雑言が聞こえているのか聞こえていないのかジオフメトル三世は望洋とした視線を空中に彷徨わせて何の反応も示さなかった。
彼女がイライラしているのは本当に言いたい言葉を飲み込んで言えないからだったろう。
お前が無能だから妾はこんな所で見たくもない大森林を毎日眺めて暮らさなければならないのよ! そう彼女は言いたかったのだ。
なぜ、少しでも気候の穏やかな南に首都を置かなかいの? なぜ玉座はこんな何もない森林に向けられているの? なぜこの国はこんなにも貧しいの? なぜこの国の者はこんなにも愚図で馬鹿なの? なぜこの国の軍はあの忌々しい獣供を恐れているの?
彼女には言いたいことはいくらであったのだ。
リールセラートより西は数えきれないほどのヒューマンの国が広がっていた。それらは彼女が憧れる華やかで雅な王朝貴族の文化の咲き誇る国々だ。
一方、セミーツ王国は最果ての西端に引き篭もり惨めで陰鬱な生活を強いられている。
それが彼女のこのセミーツ王国や国王ジオフメトル三世への評価だった。
彼女は、南方のミルセミーアン王国と言う華やかな国に生まれたのでこのように陰気な北方の国には生来合わなかったのだ。
しかし、彼女にはセミーツ王国の本来の伝統と言うものが理解できていなかったと言わざるを得ない。
セミーツの首都アナシアスが西の端に存在するのは古き者達の庇護を求めてであったし、北の端に有ったのは夏の暖かい気候だけだが、利用できる港湾が近いからだった。
特に彼女が忌避してやまない西の大森林に住む古き者達とセミーツ人達は、古くより交流を行って良き関係を築いてきた。
古き者達との交流は時代と共に薄く浅くなって来たが、民間伝承には古き者達と人々との心温まる物が多く根強い信仰心が残っていた。
しかし、他国から来たカーラー王妃にはそんな伝統も何も存在し得るはずもなかった。
迷信としか見えなかった。
☆
「王妃様。守備はうまく運びました。獣供を獣王国から森林に押し込んでやりました」
そう報告したのは王妃の専属の守備隊長だった。
彼はミルセミーアン王国から王妃の側近として付いて来た守備隊長で王妃の信任の厚い男であった。
その言葉に珍しく国王ジオフメトル三世が反応した。
「大森林に押し込んだとはどう言う意味だ?」
珍しい国王の剣幕に驚いた守備隊長が王妃に救いを求める視線を投げかけた。
王妃がため息を吐いて。
「陛下。目障りな獣人供を捉えて大森林に捨てさせただけです」
何をそれほど驚くのかと王妃は眼を瞬いて説明した。
国王ジオフメトル三世は、息を呑むような仕草を何度もした。
「王妃よ。大森林に手を出してはならぬ。これはセミーツの伝統などというものではない。
ただ迷い込んでしまっただけの狩人だろうと、はたまた火事で逃げ込んだ農民だろうとどのような理由によらず、必ず惨たらしい骸となって返されてきているのだ。これは何百年もの長きわたる資料に何度も書かれている事実なのだ。
古き者達は確かに存在するし、その力は我々に計り知れぬのだぞかもこの後には必ず災いが起こったと言う」
王は、それだけ言うと頭を抱えて座り込んだ。
「陛下。それほどご心痛になられる事はありませぬぞ。
大森林に押し込んだのは獣人ですし、場所も獣王国内ですから。災いが我国に降りかかることは有りません。
いっそ災いが本当に獣王国に振りかかれば良いのです」
王妃は、これくらいの陰謀を実施してみろと言いたいのだ。見下した視線をジオフメトル三世に向けて言った。
「其方は何を言っているのだ? 獣王国とのいざこざなどたかが知れたこと。したが、古き者達は神々なのだぞ。
我らヒューマンの浅知恵など遥かに超えた叡智と偉大なる力を有する神々なのだぞ。
確かにこの森の神々は、天界に住まわれる天津神とは違う土地神様であろう。影響力も小さく地域的な物に限られるであろう。それは大森林の規模が地域的な物であることから古くから分かっていたことだ。
とは言え、古よりこの地域を切り開こうとした存在がどれほどいたと思うのだ?
しかし、ここの神々はその尽くを退けてきた力ある神々なのだぞ。
今、目の前に広がるあの大森林を見て古の神々の大いなる力を全く其方は感じぬのか?」
震える声でジオフメトル三世は言った。
「全く感じませんね。あんな陰気な森になんの価値があると言うのです?
焼き払えばいいのですよ!」
王妃カーラーは、王の剣幕に、居た堪れなくなったのだろう。しまいには泣き叫ぶようにしてその場を去って行った。
王妃の後ろ姿を見て王はただ項垂れるしかなかったという。
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