七階
なずなの書いた文字が滲んで、初めて自分が泣いていることに気付いた。
なずな本人が書いたことを疑う余地はない。
とてもなずならしい文章である。
真央李も以前指摘したとおり、なずなは「気遣い屋」だ。
この遺書では誰も――皐月を殺し、なずなを殺そうとした珠里でさえも、悪く書かれていない。
他方、なずなは、なずな自身のことを決して良く表現しない。
謙遜にしては行き過ぎている。
なずなは、七年前のビル火災以降、自分自身をひたすらに嫌悪していたのである。
そんな生き方は辛過ぎる、と思う。
なずなが死を決意したことにはそれなりの理由はある。
とはいえ、私は、それがやむを得ないことだとは思わない。
私は、なずなに生きていて欲しかった。
どんな事情があっても良いし、なずなが悪人だって構わない。これから先、なずなが私にどんなに迷惑を掛けたって許せる。
だから、なずなには、是が非でも生きるという決断をして欲しかった。
そうしたら、私が、何があろうとなずなを支えてあげたのに。
なずなの決断は間違っている。
なずなは早まったことをする前に、私に全てを打ち明けるべきだったのである。
なずなのバカ――
「……あれ? じゅりちゃん?」
なずなの遺書を読むことに集中していた私は、部屋の環境の変化に気付かずにいた。
珠里がいないのである。
立ち上がり、トイレを確認してみたが、そこにも珠里はいなかった。
玄関の様子を見に行った私の背筋が凍る。
玄関には、私が履いてきた靴、それから珠里がいつも履いているパンプスとサンダルが一足ずつ、私がこの部屋を訪れた時と同じように並べられている。
他方、ドアの鍵は開けっぱなしである。
珠里は、ドアの鍵を閉めないまま、、しかも、裸足のままで外に出たのである。
私も靴を履かないまま、珠里の部屋を飛び出した。
エレベーターホールまで駆けた私は、嫌な予感が見事に的中していたことを悟る。
エレベーターの階層表示が「七」となっているのである。
七階――ビル火災の時に麻美が飛び降りたのと同じ階層である。
犯行が露見した珠里は、憧れの姉を追って、このアパートから飛び降りようとしているのである。
私は、エレベーターのボタンを連打する。
どうか間に合ってくれ――
どうか――どうか――




