アイラッシュのために(1)
「邪魔者を殺す……皐月が邪魔者だったってこと?」
「そうだよ。さつきちゃんは、私に対して、『アイラッシュに復讐する』って私に言ったんだ。だから、私は、さつきちゃんを殺さざるを得なかった」
アイラッシュに復讐する――
アイラッシュのメンバーである皐月が、なぜそのようなことを言い出したのか。
「かのちゃんも知ってのとおり、アイラッシュは、セゾンstationを再現するために作られたユニット。ただし、それを知ってるのは、私とふうかちゃんとなずなちゃんだけ」
やはり、真央李、凛奈、皐月は、アイラッシュの秘密について知らされないまま、メンバーにさせられていたのだ。
「さつきちゃんは、そのことに気付いてしまった。さつきちゃんの地下アイドル時代の先輩が、在りし日のセゾンstationのことを覚えていて、さつきちゃんに指摘したんだ」
アイラッシュとセゾンstationとでは、シオンを除き、メンバーのルックスと名前が一致している。セゾンstationを知っていて、覚えている者であれば、秘密に気付く可能性は十分にある。
「さつきちゃんは、ヒナノがひなの――仲宿蘭の代わりであることがショックだったみたい。さつきちゃんは、ふうかちゃんに対して、突然アイラッシュを辞めたいと言い出した」
「それで、ライブをドタキャンしたんだね?」
「そう。ライブ後、なずなちゃんは、さつきちゃんを説得したいと言って、さつきちゃんの家まで行こうとしていた。だけど、駅のホームで『少し時間を置いた方が良い』って止めたの」
なずなは、皐月を説得するために、大手町から東西線の電車に乗ろうとしていたのだ。そこで思いとどまった結果、東西線のホームのベンチで泣き崩れていたのである。
それが、私となずなとの出会いに繋がった。
「部屋にいた私がさつきちゃんの悲鳴を聞いたのは、深夜一時頃。さつきちゃんは、自分を制御できないくらいに激しい自傷行為に及んでたんだ。悲鳴を聞いた私は、すぐにさつきちゃんの部屋を訪問した」
風華の話によれば、珠里は、自傷癖のある皐月を心配して、わざわざ隣の部屋に住んでいたのである。これはまさしく想定した事態だといえる。
「インターホンを鳴らしてしばらくしてから、目を泣き腫らしたさつきちゃんが、玄関口に現れた。私はさつきちゃんの部屋に招かれた」
「手首は?」
「グルグルの包帯巻きだった。チャイムの音を聞いて慌てて巻いたんだと思う。ところどころ血が滲んでて痛々しかったよ」
珠里が苦笑する。
「さつきちゃんの部屋を訪問した時、私はさつきちゃんを助けるつもりだった。しかし、結果として、さつきちゃんを殺すことになった。さつきちゃんが私にあんなことを言うから……」
「あんなこと?」
「さつきちゃんは、私が、アイラッシュの秘密を知らないテイで、アイラッシュは『ゾンビ』だと言った。私たちは皆プロデューサーである風華に騙されてると。私たちは風華に利用され、アイデンティティを奪われてしまっていると」
アイデンティティを奪われている――皐月は、皐月が、皐月自身ではなく、ひなの――仲宿蘭の「生き写し」として利用されていることで、自分のアイデンティティが否定されていると感じたのだ。
ゆえに酷い自傷行為に及び、また、アイラッシュを憎んだのである。
「さつきちゃんはアイラッシュに復讐したいと言い出した」
「アイラッシュに復讐ってどうやって……?」
「秘密の告発だよ。さつきちゃんは、自らは死に、遺書を残すことで、アイラッシュの秘密を世間に告発しようとした」
「遺書……」
「そうだよ。さつきちゃんは実際に遺書を書いてたんだ」
皐月は、アイラッシュと刺し違えようとしたのである。
「さつきちゃんは、『被害者』同士、私もその告発に協力してくれるだろうと思ったみたい。それで、私に心の裡を正直に打ち明けた。でも、それを聞いた私は、さつきちゃんを殺して、遺書を握り潰すことにした。アイラッシュを守るためにね」
皐月は、珠里の立場を見誤っていたのである。
「さつきちゃんの殺害の方法は、かのちゃんの言ったとおりだよ。私は、自分の部屋から持ち込んだ睡眠剤を熱いお茶に溶かして、さつきちゃんに飲ませた。そして、眠り込んださつきちゃんを風呂場に連れて行き、殺害した」
珠里は淡々と言う。
「密室トリックについても、だいたいかのちゃんの指摘どおりかな。さつきちゃんの部屋には一面アイラッシュのポスターが貼られててね。私はそれを全部剥がして処分した。机の中にあった遺書と一緒にね」
「なずなちゃんに協力してもらった点も……」
「そうだよ。私はなずなちゃんに電話をして、かのちゃんの存在を知り、密室トリックを思いついた。それで、なずなちゃんに協力をお願いした。ただし、なずなちゃんには、私がさつきちゃんを殺したとは伝えなかった」
「え!?」
「なずなちゃんには、『私がさつきちゃんの部屋にいて、うとうとしてる隙にさつきちゃんがリスカして死んじゃった』って伝えたの。この状況だと私がさつきちゃんを殺したと疑われかねないから、『密室』作りに協力して欲しい、って頼んだの」
なずなは、珠里が殺人犯だと知らず、いわば珠里を冤罪から守るために、偽装工作に協力したのである。
いくら「アイラッシュを守るため」だといえどと、皐月が珠里に殺されたことを知っていたならば、なずなが「密室」作りに協力したかどうかは不明である。
だから、珠里は、なずなに協力を頼む場面で嘘をついたのだろう。
「私は無事にさつきちゃんの書いた遺書を握り潰せたし、警察はさつきちゃんの死を『自殺』だと判断した」
まさに珠里の思惑どおりに事が進んだのである。
「だけど、その後、私にとって想定外の事態が生じた」
「想定外の事態?」
「なずなちゃんだよ。なずなちゃんが変なことを言い出すから、私は、なずなちゃんも殺さなきゃいけなくなってしまった」
直近の二話は退屈で眠たくなったかもしれませんが、次話からフィナーレまではテンポ良く進む予定です。




